東方失楽劇   作:黄金ニート

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五話

一面に闇が広がる大空、浮かぶ満月が控え目に地上を照らしていた。

周辺全てが深き黒と微かな白に包まれる地上500m、そんな闇に溶け込むように、常識と非常識の壁を超えてこの世界に異物が入り込んだ。

暗がりの中、頭部から落ちていく人影。月に照らされるその表情は、ひたすらに狂っていた。

 

降下していく人影は緩やかに回り始め、やがて軽い音と共に赤に彩られる地表に着地した。

彼岸花――見渡す限りに、毒々しい色彩を放つ花々が咲き乱れるこの場所に数多の死体が埋まって居る事をその影は知らない。

肉体から抜け出し、行き場を失った亡霊が辺りに浮遊し続けるその場所を、幻想の郷の民であればこう言っただろう。

 

――無縁塚

 

天から見下ろせば真紅に黒点が、しかし地から見上げれば漆黒より更に深い黒が。違和感の様で違和感無いような不思議な人影が形作られていた。

だが、そんな違和感の無い違和感は、直後に聞こえる金切り声のような狂笑によって霧散することになる。

 

「アヒャはははははははははハハハハハハハハ――ッ!」

 

照らされた影は徐々に明るみに出る。その正体は、普通ならば親の裾を握っている年頃の小児だろうか。しかし、年齢不相応の狂った笑みを浮かべるばかりだ。

だが、其処に居るのは普通に非ず、人の枠を飛び越えた悪鬼羅刹の魔王なのだから。

 

「ひゃっはあ、ああ、あ、きーもちぃい。何だコレ美味い美味い美味い!」

 

彼の名は明星光。水銀の秘術――エイヴィヒカイトによってその身を外道に堕とした魔人だ。

二つ足で地上を起立していた光は、後ろに崩れ落ちるように倒れ、そのまま地面をのた打ち回った。

けして苦痛から逃れ出ようとする行動ではなく、寧ろ快楽に打ち震えていた。その恍惚に緩んだ表情からも、それが確認できる。

充足――己が幻想に包まれているという充足感に、ただひたすら狂喜し続けていたのだ。

しかしソレだけではなかった。地面にのた打ち回りながらも破壊的な何かが周囲を切り裂いていた。

 

――不可視の斬撃と呼ぶべきか。刀剣類の聖遺物、その特有の能力によって、光から半径20m周辺に存在したであろう障害物は全て、無残にも刈り尽くされていた。

それは周囲を飛び交う亡霊達も同様で、その魂は根こそぎ光へと接収されていった。咀嚼した魂に酔いしれる様に、絶えず美味いと呟き続けながら。

魂その物は美味と呼べる物では無かったのだろうが、幻想を体感し続ける今の光にとっては極上の美酒の肴であったのだ。

 

一頻り暴れ終えた後、我を忘れていた光は眼を覚ました。

ゆっくりと周囲を見渡すも、大雑把に掘り起こされた地面、その下に埋まっていた切り傷によって原型を留めていない腐り果てた死体群、ズタズタに引き裂かれた数多の赤い花弁。

其処に居た筈の魂達も、もう居ない。憐れにも、無縁塚は無残塚となっていた。

 

「くくく、少しはしゃぎ過ぎたな」

 

そんな戒めの言葉が零れるが反省の色は無い、やはりというべきか快楽の余韻が、その惚けきった光の表情から窺い知れる。

盛大な欠伸をかきながらも、人影は何事も無くに起き上がった。直立したその身体は行く当てもなく何気なしに、しかし確固とした目標を持って前へと歩んでいく。

 

「まるで、遠足を待ちわびる餓鬼じゃねぇか。餓鬼だがな」

 

瞬間、先程まで満月に照らされていた影は跡形も無く掻き消えた。

 

 

 

 

 

月の光など一切届かない木々が生い茂った森の中、夜という一種の環境によって活発に動き出す理性無き畜生共。

普段森の茸が発する瘴気により、夜という力だけでは滅多に寄り付かない存在だが、この日だけは違う。

――今宵は満月。百鬼夜行が跋扈し、暗夜に君臨する王者である妖は強力な月の魔力によって更に自身を奮い立たせ、化け茸の胞子を物ともせず力強く活動し始める、その筈だった。

そう――筈だった。

 

――静寂

 

妖しげな喧騒に包まれて居る筈のその森林は奇妙な静けさに支配されていた。いや、正確には風によって木々は揺られ、葉の擦れ合う音を立ててはいる。

だが、違う。けして、気配が無い訳では無い。化生共は確かにこの森に存在していた。

 

――その全てが冒涜的な死臭を放ち、何者かに切り刻まれ、踏み潰され、打ち砕かれ、そして食い散らかされている事を除けば。

 

 

 

 

 

「何処だ?何処に居るんだ?早く俺を熱狂させてくれよぉ、なあ、なあなあなアアアアアぁぁぁぁぁ――っ!」

 

まだ見ぬ獲物を求めて、俺は森の中を凄まじい速度で彷徨っていた。超音速で移動している俺の、その直線状をふら付く羽の生えた人間擬きを轢き潰し、踏み砕き、その魂を食らい尽くしていく。

後ろなんて気にしない。さっき轢いた奴は何者だったのかという思考を少し留めておくだけ。己の中に絶えず満たされていく幻想の心地良さに悶え狂いながらも直進する。

しかし、さっきの奴らは何だ?妖精って奴か?それもじっくり堪能してみたいが今は真っ先に大物を喰らいてぇ。折角見つけた幻想を一度見逃してるからな、どうせ楽しむならそっちの方が良い。

妖怪だろうが亡霊だろうが魔法使いだろうが神だろうが天人だろうが、どうだっていい、何だっていい。――とにかく、俺に幻想を体感させろ。

――しかし、そんな幻想を犯し喰らう俺の姿が気に入らないようで、やはりというべきかこの地の調停者がやってくるのは必然だった。

 

その刹那、風に靡き、そしてざわめいていた木々は唐突に静まった。

それはまるで、これより来る王者に平伏す様な――

 

怪しく、妖しい魔境ともいうべきだった筈のこの森は、何かの境目を飛び越えたように神聖で荘厳な美しき神域(もり)へと変わっていく。

突然にして何かを迎え始めた森は、同時に俺へ何かが来た事を伝えていた。

居る、近くに居る。俺の近くに一際強い非現実が居る。そして、相手は確実に俺を感知している。此方に向かって移動しているのが何よりの証拠だ。

 

「異変の気配がしたから来たけれど、ちびっ子一人居るだけね」

 

人外の速度で駆動していた身体はやがて森を抜け、視界は開いた、その筈だった。しかし地表は未だ月の光に満たされていなかった。

今度は静粛な霧によって視界が包まれ、目の前には端が見えないほどの湖が存在していた。だが霧によって見えない筈の視界は、しかし強化された感覚によって声の主を正確に拾い上げた。

見れば、空から舞うように湖の畔に降り立った女。ふわりと、艶のあるその黒く長い髪を揺らしながら。

どうやらここの所、俺は顔の整っている奴とばかり出会うらしい。何処か他者と比べると、存在その物が浮いているような印象を持つ女。

紅と白、そして巫女服。そう、ざっと見れば巫女服といえなくもない、だが脇が無い。肩から袖が見切れ、離れた袖は二の腕の真ん中で紐に括られて固定されている。

巫女服としては普遍的な配色であるソレは、その巫女服と言い難い奇抜な服装によって最大限の強調がなされていた。

服装自体は奇怪この上ないが、辛うじて巫女服と把握出来たのは神職であるからか、穢し難い神聖といえる雰囲気を醸し出していたからだ。

いや――それ以上にあの巫女服が俺にとって既知の範疇であるからこそだろう。

 

――博麗の巫女

間違いない。幻想郷に存在する服装が特徴的な巫女など一人しか居ない、それは博麗の巫女に他ならない。

成程、幻想の地の守護者である巫女をこの森が歓迎する事は当たり前で、至極当然のことなのだ。

 

「あはっ、大物だぁ」

 

長い事抑制されていた為か、思わず俺は餓鬼臭ぇ声を出していた。餓鬼だがな。

お預けを食らった餓鬼が、ようやくそれが解禁された時の様に俺の表情が喜びに打ち震えていく。

 

「うーん、ちびっ子かと思ったけれど、もしかして退治屋の人かしら?」

 

先程まで俺の顔を見ていた女の視線の先には、血塗られた両腕。

それより下の右手は、肘部分から荒々しく引き千切った痕がある獣の様な物の片足が。左手には首の部分を芸術の様に粗無く、綺麗に寸断された人型の生首が握られていた。

そう、人型。人の形をしてはいるが、目は二つではなく無数に有る正しく異形の生首。

それ以上に、どうやって異形と呼べるそれら一つは無駄無く、二つは粗く、どのような手法を使って殺したのか。どう考えても幼子がやったようには見えない、凄惨な状況だ。

だが女には幼子がソレらを持っている様に見える。つまり、これ等は全て目の前の幼子の仕業ではないのか。

無残にもバラバラになった――異形の死体を手に掴んで引き摺って笑っている俺を見て、女はそう思っていたのだろうか。

 

――そんなことはどうでもいい。どうだっていいんだよぉ。限界だって言ってんだろうが、そんなつまらねぇ会話なんざいらねぇんだよ。

 

「博麗の巫女ォ――!」

 

またもポツリと、口から言の葉が零れ出る。喜悦の感情を露にしながら。

あら、知っていたの――等と呑気に呟く巫女を無視して自身の昂った想いを乗せて、標的である巫女に襲いかかる。

先程よりも面積が解放された地面を蹴り女に向けて、高速で移動していく。音を超えて走り去ったであろうその大地に、その傷跡は無かった。

 

一筋の狂気の束となって襲いかかる様は見事に人から外れていただろう。それ程重厚な殺気が籠っていた筈だ。

しかし、目の前の赤の他人にそこまでされて女も黙っている訳では無かった。距離が縮まるにつれて、湖を背後に女は――

 

「ああ、貴方妖怪なのね。なら、別にいいわ」

 

無表情。そして無関心。そう、まるでそれが仕事であるかのように女は表情を切り替えていったのだ。

敵対者は殲滅する。目の前の存在をただ敵であると認識した巫女は流星と化した俺を迎え撃った。

明らかに日常的には出せない轟音が、霧に包まれた湖に、光の届かない森に、通り抜けるように浸透していく。無音だけが、後から追随していた。

 

周辺一帯は静寂だけがこの場を支配していた。交錯した影が、どちらも食らいついて離れない。

異形を掴んだまま俺は拳を振り抜いた。だが、その感触は微塵として無い。俺の一撃は紙一重で躱されていた。

――では、さっきの凄まじく重い音の出所は何処なのか。

 

「――ッ!随分、堅いじゃない。貴方本当に妖怪なの?」

 

「少なくとも人外だ」

 

俺の腹部に、鋭く減り込んだ女の右拳が轟音の発生源だった。だが――

何故か、攻撃を命中させた筈のその拳は、腕は、砕け、圧し折られていた。暗がりにも分かる白き柔肌を折れた骨の、鋭利なその先端が突き破っており、その先から滴る血の雫がかなり痛々しくも見える。

だがそんな痛ましい惨状を意にも介さず、そして間合いを取る為かすぐさま後退した女は淡々と俺に疑問を投げかけていた。先程までの興奮状態とは真逆に、冷静な声色で俺が答える。

巫女が俺に対して哀れにも自傷行為に走っていたが、その原因には心当たりがあった。

エイヴィヒカイトによって強化された肉体には、霊的装甲という常人では突破する事が不可能である、と断言できる代物がある。

強度は魂の質と量に比例し、その突破を物理的に可能とするには少なくとも非常識な攻撃手段が無ければならない、凄まじく堅牢な鎧だ。

元から強大な質と量を兼ね備えた魂を持っていてる身ではあったから、常識的に考えて非常識なまでに硬い。

一応、言ってはいなかったが事前に墓地だとか、魂が多く彷徨う場所に行きそれらを喰らってきたから尚更だろう。

故にその速度と強度を、真っ向から迎撃した巫女がそんな様になるのは予測の範疇だった。

 

――だが、俺が今言いたいのはそういうことじゃねえ。

 

「違う、違うだろ、そうじゃねぇ」

 

俺はひたすらに湧き上がる激情を徐々に露にしながら呟く。

 

――認めない、許さない。俺はこんな物を望んじゃいねぇし、願ってもいねぇ。俺は非日常を体感する算段で此処に来たんだ、だったらさっさと大人しく非現実を見せろよ。

霊力だか妖力だか魔力だか知らねえが、そんな非日常的な力なんて毛程にも籠っていない女の拳。それでも威力が出ると期待してたってのか?

ああ、認める、そこだけは認めてやる。お前がそれだけ豪胆である事をな。だがよ、お前人様嘗めてやがんのか?餓鬼だと思って嘗めてやがんのか?

大体幻想が現実的に殴ってきてんじゃねえぞ、ふざけてんのかよ。非現実なら非現実らしく長ったらしい(うた)でも詠って不可思議現象起こして見せろや。

お前、幻想郷の巫女だろうが。巫女なら巫女らしく神と対話したり、降ろせば良いだろうが。博麗の秘術とやらを使えば良いだろうがよ。

 

「何で博麗の巫女が普通に格闘技してんだよ。そうじゃねぇだろ違うだろ、STGしろよ弾幕出せよ能力使えよ。ジャンル違いも甚だしいんだよ舐めてんのかお前?ああ?」

 

「生憎、博麗の秘術(ソレ)は門外漢なのよ。霊力による身体強化はまだしも、札さえまともに扱えないわ」

 

博麗として選ばれている筈なのにね、と苦笑しながら補足する巫女の声も俺の耳には一切入っていなかった

拳の研鑽が妖怪退治の秘訣ですってか、馬鹿にしてんのかコイツ?ふざけるのも大概にしろよこの糞アマ。

 

両手に持って居た筈の肉片は、原形さえ留めないほどグチャグチャに押し潰され、崩れ落ち、血塗られた手だけが握り締められていた。

前髪でその眼を覆い隠しながら、俺の全身は怒気によって揺れる。莫大な殺気は湖周辺を覆い込む程に、陽炎のように揺らめいていく。

 

「有るなら使え、無いなら死ね。ここまでして何も無いじゃ絶対に終わらせねェ――ッ!」

 

もしも無いと言うのなら、俺に見せられる幻想が無いと――そうほざくのであれば。

 

――ならば死ね、ここで死ね、俺に見せられない幻想など今此処で息絶えてしまえ。

 

その瞬間、女と俺の直線状に大規模な亀裂が走る。地面は容易く抉り取られ、空気は轟音を伴い真っ二つに切り裂かれていく。

そして、気が付けば俺の目の前には今度は巫女が接近していた。至近距離から覗くその眼には無駄な感情が一切見られなかった。

 

――再度、この空間に衝撃が走った。

 

巫女は俺の後ろに背を向けていた。同時に大地を平行に穿ちながら、俺の真後ろにあった木々は砂のように木っ端微塵となって吹き飛んでいく。

俺は確信した。この非現実な現象を引き落とした手法は恐らく、同じく非現実的な力による恩恵だろう――と。

内心で狂喜しながらも、しかし俺は躱した。紙一重で回避した。もっと力を出し尽くせと、ただただ嘲り笑うように。

だが、やはりそれだけでは終わらない。終わらせない、とそう吠えるように、次に先程の速度をそのままに巫女の体は円を描き――

 

「――ッ!」

 

――そして回し蹴り。身長の差からか斜め下へと、当たればその部位を斬り飛ばす様な、怒涛の勢いで脚を振り切った。

鋭く、尖ったその脚は真っ直ぐに、何の迷いも躊躇い無く、俺の首を胴体から切り離しにかかる。

やはり、それも空を切り裂くだけに終わる。俺はその殺意しか見当たらない一撃を跳躍し、飛び越えたのだ。

 

巫女の真上を通り過ぎ、そして森の方角を直進する。物理法則を無視し、木の枝を飛び回りながら暗闇へと消えていく。

単純に逃げているという訳では無い。巫女を誘うように、俺は腕を振り上げて不可視の斬撃を背後にお見舞いしたのだから。

 




後書き
黄金ニートです。
唐突な撲殺巫女さんの登場です。霊夢じゃない巫女さんなんてこの人以外のイメージが全く思い浮かばなかったんですよね。
勿論巨乳です。音速を超えて巨乳をぶるんぶるん揺らしながら、脇の空いた巫女さんが襲いかかってきます……ゴクリ。
この人もまた性格だとか口調だとか勝手に想像させていただきました。仕事に忠実な感じを出そうと、若干冷淡に描写してみましたがどうだったでしょうか。
それにしても主人公がどんどん基地外染みてきました。一体何処に行き着くのか……。
次回はインフレ戦闘第一弾になりますが、よろしくおねがいします。
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