音を嘲笑うかのような、常人では一生出せないであろう速度をもって光は木々を軽業師のように渡り、疾走していく。
その約10m後ろを付かず離れずに追っている巫女。正確には付かず離れずという表現は些か不相応か。
地の利も糞も無く、衝撃波によって木々を粉々にしながら突き進む巫女は、徐々にその木々の枝を飛び移っている光との距離を詰めてはいる。
だが光も易々と並び立たせようとする程には性根が良くなく、腕を振るって不可視の斬撃をお見舞いし続けている。
木々を巻き添えにして繰り出される見えない斬撃を躱してはいるが、それ故結果的にまた距離を離されていたのだ。巫女は舌打ちしながらも光を睨み続けている。
しかし、これは"不可視"の斬撃だ。決して見る事の出来ない斬撃を躱し続けられたのは、博麗としての力による恩恵なのかそうでないのか。
――そろそろ頃合いか
それは突然。光は目の前の大樹の幹に、前蹴りの要領で足の裏を差し出したのだ。
凄まじい威力が篭っているだろうその蹴りを、しかし大樹は物ともせずそのまま受け入れた。
踏み締められた足はそこから反転。
慣性を一切合財無視し脚を、腰を、体全体を翻し、今までの逃走劇から一転して巫女へ向かって速度をそのままに強襲を開始した。
しかし、ソレに対して巫女は驚かない。寧ろそれを待ちわびていたかのように威風堂々にして正々堂々、真正面から光を迎え撃つ。
「ヒャあっはアアアアアアアアァァァァァァ――ッ!足んねぇぞ、まだ足らねェ。もうちっと精魂振り絞って非日常しろやァァァァァ――!」
「妖怪に口無し。残念ながらそれが
無茶苦茶な体勢で、しかし魔人の出力と底無しの暴威を篭めて放つその拳も。
過酷な鍛錬と経験によって洗練され、かつ極限の殺意を纏って穿つその拳も。
全て、徹底的に、忌避するように、当たらない。命中することさえ許されない。
――当たれば、即死。確実に、容赦なく降り注ぐ死の暴嵐。それでも、なお止まらない破壊的な乱打。
一度の交錯に終わらない、二度も三度も、四度も五度も、即死の一撃が飛び交う。しかし、状況は何一つとして変わらない。先程のように徹底してただ躱し続けるだけ。
巫女は躱し、そして殴り続ける。死が集束した豪腕を相手にまるで何時も通りの死線だと、そう言ってのけるようただ涼やかに。
巫女としての経験とその直感は、相対する人外のそれを遥かに凌駕していた。大して経験という経験をしていない光の比ではない。
それに裏付けされた博麗としての確固たる精神がそこにはあったのだから。
だがその拳も魔人に回避される。強化された感覚によってその全ては無駄に終わる。しかし、光には絶対的と呼ぶに相応しい魂の鎧が存在する。
――それでも、当たればそれを貫くかもしれない、そこで死に至るかもしれない。だがもしかしたらさっきの様に拳を砕くかもしれない。
そんな葛藤は一切無い。当たったとしてもそれが死に繋がるかどうかは光自身、どうとも思っていないし確証も無い。
ただひたすら、この非現実を体感したい。そういう想いだけが光を、迫り来る拳を躱すという思考に誘っていたのだ。
避けて殴る――あくまで原始的な闘争の形態は、しかし幻想的な一つの高次元へと昇華を果たす。
巫女の駆動が生じさせた、熱風と衝撃波によってその身を欠片にまで削らせた木々。
周囲は暴風によって、大から小、様々な木片が、岩石が、滞空する有り様となっていた。
次第に二人は、地を離れ、天を駆け上がっていく。
光は視界に、聴覚に、嗅覚に、第六感に感知する全ての物体を足場にし、渡り、走っていく。其処に常識なんて物は介在しない。
ただただ物理法則を無視したその動きが、巫女の黒い眼に存在するのみだったのだ。
しかし、巫女も負けてはいない。
光のように完全に――物理法則を鼻で笑う非常識な動きではないものの、十分現実に反した代物だった。
雑食な魔人とは違い多少大きめの足場ではあるものの、見事にそれを粉砕していきながらも渡り、標的と共に宙を舞い上がっていく。
時には腕を振り、斬撃を。あるいは足場を投脚し、牽制を。
戦闘経験など一遍足りとも無い光は、極短期間の戦闘によってその実力を、急速に成長させていく。
元から底辺を基準としていない。そんな水銀の秘術に適応してみせた光の才能の一端が垣間見えさえしたのだ。
「惜しいわね。成長途中を狩るのは余りにも惜しいわ」
若干、未熟な頃の己を思い出したのか、もしくは戦闘狂の一面を覗かせたのか、巫女は眉を顰めるが――
――今は未熟なその先を、もう少し先を期待したかった。けれど博麗である私に眼を付けられた以上、大人しく退治されなさい。
しかし、巫女としての職務である以上それも仕方の無いことだ。やはりそんな想いは、一瞬で露と消える。
「だから何だ?感傷にでも浸りたかったのか?それに浸るワテクシカコイイでもしたかったのか?ああ、分かった悪かったすまなかった。残念ながらそんなお前のキャラ性なんざ微塵とも興味が無ぇんだわ」
「まあ、性格悪そうな貴方に言っても何もかも無駄のようね。貴方、そういうカタルシスとは無縁そうだし」
「同感だ」
――自覚はしてるさ、そんな事。それもまた、どうでもいい事には違いないが。
狂人を相手に性格悪いの一言で片付ける――そんな巫女の言い草に嘯く光。
未だ限界など見えず、留まる事を知らない光の成長。だが、それは巫女も同じ。
光に呼応するように段々と、その拳は、脚は、戦いの中で研磨するかのように恐ろしくキレを増していく。
「成る程なァ――ッ!撲殺ってのはこうするのかよ」
「ちぃっ!貴方、人様の業を盗まないでくれるかしら」
そう、光の打撃は徐々に経験に見合わない、洗練された物となっていったのだ。
それは巫女から吸収した業であり、数多の妖をその身一つで屠った究極の体術でもあった。
摩擦抵抗なんて有ったものじゃなく迫るその猛攻に焦りの色見せながらも、しかし巫女は避ける、避ける、避ける――!
散らばる数多の木片を基点に、鋭角に、鈍角に、直角に、上下前後左右一切関係無く、非常識な三次元移動で二人は満月の下踊り狂う。
「あヒャッ、盗んで覚えろって言葉が此処にゃあねーのかよォッ!」
「そんなブラック企業みたいな戯言、幻想卿に必要無いわよ――ッ!」
だが、それすらも追い越して巫女の拳は精確を極めていた。
砕かれていく足場。それが何であっても跳ね回れる光とは違い、巫女が足を置ける場所は戦闘の衝撃によってその数を減らしていく。
しかし、巫女はそれさえも想定の範囲内にあった。突然にして口を開く巫女。それを境に空間に揺らぎが生じ始める。
「――――
たった一言。その言霊を受けた空間に、正方形の大小からなる無数の結界が現出し、足場となって巫女を補助したのだ。
「結界師ってお前、随分未来に生きてんじゃねぇかよ。某週刊日曜日にでも被れたか?」
「博麗に選ばれた以上、結界操作の技能は常に最高の水準を保っていないと、この先生きのこれないのよ」
博麗大結界の性質上、それの管轄を任される巫女にその才能が無ければ当然博麗の巫女として選ばれる訳が無い。
皮肉を言い交わす二人。だが油断など一切無く、絶えず獲物を喰らわんと息巻いていた。
大気の悲鳴をその身に浴びながら、高速で飛び交う両者はその影を少しずつ狭めていく。僅かながらも、しかし確実に。
凄まじい直感と身体能力によって凄絶な激闘を演じた巫女と光は、その終演の幕を下ろしにかかる。
「オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ――ッ!」
――狂いに狂った暴虐の魔人が咆哮する。
「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ――ッ!」
――その邪を祓わんとする巫女は怒号を上げる。
勝利?敗北?そんなものどうでもいい。栄光なんぞ糞喰らえ、苦汁なんざ理解も出来ない。
幻想に満たされたい、満たされ続けたい。ただそれだけで、その為ならば俺は――
先にその一撃が到達したのは光の方だった。
暴力染みた破壊を纏ったその壮絶な拳撃は、そうでなくても空間を引き裂き、世界を揺るがすだろうと錯覚する程に。
周囲を包み込んでいる空気の壁すらも相手にしない、ただただ純粋なその殺意を巫女に叩き込んだ――!
「――――」
それでも。だがそれすらも、巫女に当てる事は叶わなかった。
博麗としての、巫女としての、そして巫女自身の、研ぎ澄まされたその超直感は――
一片の狂いも無く、鮮やかかつ正確に、光の猛攻を捉えたのだから。
極限にまで昂った一撃をひらりと躱されて、先程まで窺えなかった隙が視認出来るようになっていた。
――当然だが、その隙を博麗の巫女が見逃す筈も無い。
引き裂かれる大気、衝撃を伝える咆哮。それすら越えて突き出された豪腕。
鉄拳制裁。かくして幻想郷に紛れ込んだ異物はここに退治される。疾風を追い越した一点突破のその拳骨は、光の頭蓋をその命を砕くために迫る。
もう、けして避け切れない、皮一枚分の距離に存在する左拳を前に光は――
――その口元を、醜く歪ませていた。
――あー、確かにコレは避けられねぇ。完全に隙を付かれたわ。うん、こりぁスゲェ。
尖鋭化して停滞した光の意識だけが先走るが、その体は追い着いていなかった。
視界を遮る様に襲い来る一撃を前に、思わずそんな感想を漏らしていたのだ。
――戦ってる内に、思ったぜ。博麗の巫女ってのは凄まじく勘が良い。敢えて言うなら原作通りだ。
そう、この巫女は恐らく博麗霊夢では無いにしろ少なくとも"博麗の巫女"だ。
であればその超常的な直感にも、納得がいく。いくら攻撃をしたとしても、当たる気がしない。
巫女を相手にして光が思っていた事でもあった。
幾ら当たれば即死と、そうは言っても結局の所当たらなければ何の意味も無い。
そして、それが光を歓喜の渦に沸かせる非現実的な力であるとも、光は激情を湛えながらもそう思ったのだ。
――流石非現実だ、非日常だ、非常識だ。いいね、清々しいまでの不条理だってか?幻想郷のバランサーというだけの事はある。
ああ、どこまで俺を楽しませるんだ?震えさせるんだ?
読み合いはあちらに分があった。巫女のその強みは経験と勘に重きをおいていたのだから
――だが、お前知らなかったのか?
安堵?余裕?勝利を確信するのはまだ早いんじゃないのか。俺はまだ上の位階も、その上の秘奥も、全くもって披露していないぞ。
嘗めんじゃねぇよ、此処からだ。そして震え慄くのはお前からだ。それに――
刷り込まれたな?その脳髄に認識してしまったな?だが、もう遅ぇよ。
何の為に、何をしながら森を駆け回っていたと思っているんだ?なあ、もう避けられないと思って余裕ぶっこいてるそこのお前――
「だがよ、ソイツぁ悪手だぜ」
――
「――えっ」
唐突。予想もしなかった言葉に、冷静だった筈の巫女の顔は、動揺に染め上げられた。
危機を感じ、咄嗟に腕を退けようとするも、しかしもう遅い。月明かりに照らされる空中は、美しき紅に染まった。
その正体は、紅き血。打撃を加えようとした巫女の腕は、掌から肩まで斬り裂かれていたのだ。
一瞬の回避が間に合い、腕を切断されてはいない――がそれでも
「あ、がああああアアアアアアアアアアアァァァァ――ッ!」
魂にまで刻まれた。焼き尽くされるようなその傷に、巫女は痛みを抑えられる訳が無かった。
陵辱的に蝕む、聖遺物の猛毒が巫女のその魂を侵し喰らっていたのだから。
「倍プッシュだってか、あひゃ」
もう一閃。悲鳴を上げる巫女に容赦無く、視認出来ないその凶刃が襲い掛かる。
痛みに喘ぎながらもまた、刃に寸断されないように回避しようとするが、だが今度も完全には避けられなくて――
「ッぐううぅ――!」
巫女の右脇腹が無残に切り裂かれた。傷口からその勢いが留まること無く鮮血が噴出する。
月の光によって妖しい煌きを放つその色は、巫女の苦痛を鮮明に表していた。
苦悶の表情に彩られた巫女は、勢いを失うように地に堕ちていく。
木々の残骸と、砕かれ欠片同然となった岩石が散らばる、辺り一帯荒れ果てた更地になった地表にそのまま叩きつけられた。
同時に地面へ降り立った光は、倒れている血塗れの巫女の居る真下にその目線を向ける。
血を流し過ぎたせいか眼が虚ろに、かつ血の気の失せた青白い表情を覗かせていた。
血の咳を垂れ流す巫女を尻目に、興奮冷め切らぬといった光はただ一人思考していた。
巫女の直感はまさに強力無比と言う言葉が相応しかった。幾ら光の防御は万全だったとしても、しかしその勘による回避という壁が立ちふさがっていた。
結局の所、余りに正確な巫女の勘を突破するには、巫女そのものを騙し切らねばなかったのだ。その騙す為の策が、腕から斬撃を振るうという先入観を巫女自身に植え付ける、というもの。
別に光自身、手を使わずともとも視認不能の刃は体中から、どのタイミングでも放つ事が出来た。命中率の難は既に克服しているし、相手が近接戦闘しか出来ないというのも、光にとっては僥倖だった。
攻撃手段が物理的な物しかないという事は、それだけ刃を叩きこむ機会に恵まれていた。回避しきれない、極限の状態を想定し、そこに勘でどうにも出来ない距離まで悠々と拳を突き出してきた所を刈り取る。
策にすらなっていない稚拙な物ではあったが、巫女の第六感をすり抜け有効打を与える事が出来たのだ。
「おいコラ、もうお寝んねの時間か?いくら瓦礫布団の感触は気持ちいいからって、其処で永眠するのは許容しないぜ?」
とはいえそこまで綺麗に決まるとも思っていなかった光は落胆の色を隠せなかった。
不機嫌といったその眼で、光は巫女の髪を掴み上げ無理矢理に顔を向き合わせる。
顔面蒼白のまま威勢良く睨み付けてはいたが、体には一切の力が込められていなかった。
「呆けてんじゃねえよ恍けてんじゃねえよ。ここで倒れるなんざ認めない、お前幻想だろうが。覚醒でもチートでも何でもして俺に立ち塞がって見せろよ」
――こんな簡単に終わっていい筈がないだろ、お前は現実では手の届かない存在なんだよ。
何か出せよ、あるだろうが、能力だとかそういうのが。まだ俺に見せていない物があるだろう、さっさと出せよソレを。
気丈にも光を睨んでいたが、何かをする気配は感じられない。力尽きたのか、万策尽きたのか。
「アレか?そんな物はもう無くてネタ切れになるまで薄く引き延ばしてたってぇクソ不愉快な展開か?だったら――」
一転。先程までの狂気は鳴りを潜め、底冷えするような視線と共に、光はただ言い放った。
凍て付く様な冷気だけが、巫女の眼に映っていた。
「くたばれ。お前はもう用無しだ」
これまでの表情から掌を返すようにあっさりそう言ってのけたのだ。
同時にその絞り滓にまで削られた魂を、残さず余さず犯して喰らい尽くす為に魔人は動き出す。
膝蹴り――満身創痍のその身体では、必殺にして不可避といえる一撃が巫女の顔面に襲い掛かる。
このままでは為す術も無く脳漿をぶちまけるだろうというのに。巫女は接近する死を前にしても、その顔に恐怖の色は無かった。
――クソ生意気な面しやがって。まだ俺を殺す気でいやがるんだろ?退治する気でいやがるんだろ?
だったら働けよクソ巫女。好い加減飽いてんだよ、諦めてんだよ。出し惜しみしないでさっさと仕事しろや。
容赦の無い牙を突き立てようとする光、この男に楽しむ心は有れど加減という物は無い。
左腕は半ばまで切り裂かれ、右腕は圧し折られている。攻撃手段など皆無に等しい。
期待するだけ無駄。そんな重体だというのに、しかし心中では期待してしまう。やはり非現実だからか、希望を持ってしまう。だが――
――そんな油断が命取りだった。同じように、巫女はまだ諦めてはいなかったのだ。
ここで自身が息絶えれば幻想郷に後が無い、だがそれでも幻想郷の妖怪ならば――等と他者に縋る心算すら巫女には毛頭無い。
私は博麗の巫女、幻想を守護する者。この身に調停を任されたのであれば、私は最後までそれを全うする。
ああ、認めない、許せない。我が信念にかけて、迫り来る死の運命に膝を折ってはならない。
この世界を塗り潰す邪悪など許してはならない、存在してはならない。このまま悍ましい侵略者から幻想を奪われてはならない。
職務であり、誇りである。数多の幻想がこの地を愛するように、彼女もまたこの地を愛していたのだから。
「……っぉ……」
揺るがない、砕けない。ただ愚直なまでに巫女としての責務を果たさんとする彼女は――
「おおおおおオオオオォォォ――ッ!」
――反撃を開始する。
「――は?」
魔人の視点で言うなれば、それは予想外と言うべきだろう。いや、正確にはもっとも期待していた展開といった方が正しいか。
足――蹴りの動作によって、たった一本の足で支えていた光の身体は、巫女の左足に内から外へと払われる。
足払い――光が驚愕したのは単純に、それに至る過程その物ではなかった。
本来であれば魂に覆われた鎧の恩恵により、不動を保っていられる筈だったのだ。精々、良くも悪くも繰り出した巫女の足自体が砕ける有様になっていただろう。
しかしどういう訳か巫女はそれを突破し、それによって光の身体を崩し、勢いによって前へ倒れこませる結果を叩き出したのだ。
だがそれだけに終わらず、やはり敵対者相手に遠慮する理屈等、巫女には皆無だった。
【夢――】
第一の言霊が紡がれる。
莫大な霊気の放出と共に、熱気に包まれた巫女は全身全霊の拳打を。惨たらしい状態の右腕を、まるで意にも介さず光の鳩尾に放つ。
通常であれば自壊するであるというのに、博麗の巫女として、積み上げた研鑽、鍛え上げた信念、対妖怪特化の一撃、そして巫女自身の――
その身に秘められし能力が、難攻不落の霊的装甲を穿ち貫いた――!
「がァッ!」
気が付いた時には走っていた激痛。髪を掴んでいたその手が開放された事からもそれが物語る。
身体の芯にまで浸透する痛みに困惑する光の表情を無視し、即座に追撃の準備に入る。
堅固なその鎧を打ち砕く為には、常識的な攻撃手段は通す事すら許されない。もしも、それを透過して圧倒的な魔人にダメージを与える事が出来るのならば――
――非常識な攻撃手段といっても過言ではないのだから。
何という事だ、どういう事だ。何故だ、何で――
狂人に相応しくない短絡な疑問が脳内を巡る。それ程までの不可解な現象、理解不能な攻撃。
まだまだこれからだ――そう叫ぶが如く、更に振り上げられた右足の爪先が光の鳩尾に突き刺さる。
次々に消費していく魂の防護、疑問を沸かせる心中。光自身にもけして少なくないダメージが蓄積していく。
――非日常が俺に入り込んできやがる。気持ちいいィぃぃ!
違う。それは間違い無く狂人らしいぶっ飛んだ思考に他ならなかった。
一歩間違えれば被虐愛好染みた、螺子の外れた興奮は光の脳内を埋め尽くすのにそう時間は掛からなかったのだ。
【想――】
第二の言霊が浸透する。
吹き飛ばされ、空を舞う光に更なる衝撃が襲い掛かる。
肉体の悲鳴などお構い無しに繰り出される紅き閃光は、限界を絶えず超越し続けるその猛攻は、光の顎を捉えた。
顔面に生じた衝撃によって、首の皮と肉を引き千切りながらもまだ手が止まらない。またも空間に激震が走る。もう一発、巫女が追撃をお見舞いしたからだ。
――これこそが巫女の真髄、真骨頂。彼女は結界操作という点を除いて、博麗としての才能が余りに欠如し過ぎていた。
それでも尚、彼女が博麗として選ばれたのはそれ以外の才能に抜きん出ていたから。札が使えない、陰陽玉も殆ど扱えない、博麗の秘術なんて持っての外。歴代一の異端児。
そんな彼女が博麗として妖怪と渡り合って行けたのは、「■■を■■する程度の能力」と格闘術の才能が有ったからに他ならない。
しかしそれでも、溢れる霊気の奔流と能力による補正が掛かった猛攻は、巫女自身の肉体を崩壊させていく。
巫女の攻撃そのものがそういうデメリットを持つのではない、光自身の霊装甲があまりにも堅過ぎた――
【封――】
第三の言霊が滲み通る。
そして更に、両者の血肉を削りながらも吸い込まれるように顔面を破砕する一撃。光自身、何の動作も行っていない筈だとのに上空へと登りつめる。
殴打により仰け反り、上を向いた光の視界には巫女の踵が至近距離まで迫っていた。先程まで光の下で乱打を繰り返していた筈の巫女が、何時の間にかその上を陣取っていたのだ。
その瞬間、光の世界がぶれた。空中を浮遊していたその身体は、打撃音と共に地表へと急降下する。凄まじい速度で落ちて行く光の眼には仕上げとばかりに追撃しようとする巫女の姿が見えた。
絶えず、日常的に、物の怪を討伐していた巫女。その闘争による研鑽はやがて、自身が扱う体術の、その究極系とも言える業を完成させた。
何処から、何時、どのタイミングからでも入る高速連撃。そしてあらゆる魔物だろうと一度それが直撃すれば二度と常世に出る事が出来ない。
勘と経験だけで即座に最適化する。型など一切無い実践重視の無形の七撃確殺は、同じく博麗の奥義になぞらえて巫女はこう名付けた。
【印――ッ!】
"夢想封印"――――と。
大地は魔人一人を受け止めて盛大な軋みを上げた。その真上から第四の言霊を伴い、血肉で編まれた防衛機構ごと魔人の魂を砕く落雷の如き鉄槌が殺到する。
自身を熱狂の渦に沸き立たせるほどの猛攻撃、先程までの劣勢を根本から引っ繰り返す逆転劇。身体から魂が消費されていくその感覚に――
――光はただ悦楽を見出していた。
不老不死の魔人を砕かんと、うねりを上げていた拳は、しかし当たるか当たらないかの距離で勢いを完全に失っていた。
阻まれたのだ――幻想を凝縮したその腕は、魔人によって音も無く掴まれていた。
そして全身全霊の究極の霊拳を捕らえられた巫女に反撃の気力はもう無く、光に覆いかぶさるように音を立てて倒れた。
意識さえとうに無いのだろう。辛うじて息はあるが、魔人の腕に容易く跳ね除けられるその身体はやけに重量が無く思える。
血を撒き散らし、さっきまで強烈な拳打によって所々肉が弾け飛んで居た筈の光の身体は、逆戻しのように再生されていった。
「痛い、痛い?痛いィ……」
視界いっぱいに広がる夜空に対して話しかけるように。ひたすら続く怪物の自問自答。
未だに、肉体に響くその激痛を実感しながら、しかし方向性を間違えた歓喜がその表情を支配していた。
気絶し、倒れている女の方に、上体を起こしながら光は顔を向けた。
「はひゃっ」
魔人の顔が大きく裂ける。大口を開けて溢れ出る喜悦をそのまま、幻想の世界に吐き出した。
ドス黒い粘着くような悪意の視線が巫女を貫く。巫女自身、それに気付く事も最早無い。
「ひゃあははははは、良いのか好いのかそれで善いのか。何だ、
理屈は分からない――が居た。自身を突破しうる存在が居た。自身に非現実をぶつけられる存在が此処に居た。
永劫破壊に防護されている光。だが巫女はどういう訳かそれを突破し、その逆転劇は此方に致命傷を与える可能性を示した。
そして他にも居るのではないのか。もはやそれは確信にも似た物だった。非日常が欲しい、非日常を願う。当然と言えば当然かもしれないが、非日常は同じ非日常に対抗する牙を持っていた。
これで悦ばない訳が無い。非現実を本格的に体感しているのだ。もう、ずっとずっと手を伸ばして、それでも尚も届かなかった夢にまで見たその世界を――
「幻想が、非現実が。ああ、これが"生きてる"って感覚なのかそうなのか、ひぃヒャハハハは――ッ!」
ただひたすらに激情を吐き続けた。狩るべき相手が目の前に居るというに光は哄笑した。――しかし、ふと周りを見渡せば
「――あー?」
――虚無
気配が無い、何も無い。先程まで力尽き、倒れ伏していた筈のその存在は何故か視界から消失していた。
そして何故という疑問も、狂喜の感情を表す事も、もはやこれ以上許されない、許されなかった。
幻想の世界を乱した悪逆非道の魔人を受け入れられるもの等、何処にも無かったのだ。
美しく、残酷に、この大地から明星光を抹殺するために、幻想の郷の管理者は産声を上げる。
「龍神様が憤しておられます――そう、空が嘆いておられるのです」
一つ、虚無の世界に
歓喜も憤怒も、悲哀も安楽も。全ての境目が塗り潰された様にありとあらゆる感情を引っ括めた、胡散臭さを体現する口調。
光の仕業では無い。巫女を神隠しさせた正体不明の存在の所業も含めてその例外はない。
「常識と非常識。美しき世界を汚した忌々しい外来人――貴方はその境界を越えた、それはそれは残酷な事ではありますが」
「――重い、実に重い。貴方の犯した罪はこの地をして、到底受け入れられる物ではない」
二つ、空間を隔て
透き通るように優美な声色、顕現したその身体は丸みを帯び、女である事はまず間違い無い。
紫――八卦模様を拵えた奇妙な道士服から零れ落ちるのは、紫色からハッキリと境界線を敷かれるように断絶された不気味な金色。
それらから隠れ見える肌は人智を超えた、或いは踏み外した妖しげな美しさを放っている。
月の光を遮断するように正体不明の人型に被さるのは、装飾品であろう日傘。可愛らしい意匠とは真逆、異様な気配がそれもまた人外の所有物である事が分かる。
無地の扇子が表情を覆い尽くし、尋常ではない気配を強調させる細められた目線は、同じく人外である魔人を覗き見ていた。
「しかし、何故でしょうか。幾度の時を経ても不滅とされる魂。それそのものに干渉する不可思議な呪法、外法ともいうべき理。ああ、まるで聞いた事がありませんわ」
三つ、隔てられた境界は決壊し、対する愚か者に溢れ返るほどの禍々しい冷気を叩き付けた。
底の見えない威圧は猛威を振るい、この場の主導権を支配し、そしてその主は降臨する。
常人であれば等しく発狂するであろう、常軌を逸した魑魅魍魎の瘴気を伴い、遂には姿を完全に現したのだ。
「巫女を打倒したその
ソレをマトモに受けた光は、一切の怯えも見せない。寧ろ、目の前の幻想に狂喜乱舞している。
迫り来る事象など知った事かと、そういうように。まるでそれらを知っているかのように、その現象を享受する。残酷なまでに受け入れる。
正体不明の女も、そんな光を相手にもせずひたすらに胡散臭く喋り続けた。
「――――何とも興味深い」
添えられた扇子の向こう側――その深奥に秘められた笑みを携えて。
後書き
黄金ニートです。
BBAァーーーーーン!!!111と登場したあの御方。原作の会話見て頭が可笑しくなってくる程に教養の無い私ですが、どうにか胡散臭くなったでしょうか?
おっぱいの描写を事細かく書いてみたかったんですが、それをするとシリアスじゃない方向へぶっ飛んで行きそうだったので仕方なく自重しました。
色々と突っ込みたい戦闘描写です。私自身後半から何書いてるのかさっぱり分からなくなってきましたwww
主人公は活動位階で戦っていますが、この時点で普通に形成(笑)さんよりも強いです。非常識な動きが云々~というのも、主人公の
その気になれば、"波紋を刻まずに水面を疾走する"なんて芸当も出来ます。バキ理論で水上戦してた練炭よりも何か凄くなってます。
他者の魂が無ければ自分の魂を使う訳だから、聖遺物の使徒の魂ごと削れるなら物理攻撃でも何とかなるのか?
取り敢えず、巫女さんの攻撃は霊的な攻撃手段なので効いていると言う感じです。そもそも、それが出来なければ東方側が詰んでしまうし。詳しい説明は後に……出来るといいなあ。
「■■を■■する程度の能力」ですが、~程度の能力は自己申告制らしいので適当に解釈してくださいっていう投げ遣りなものです。
因みに巫女さんはギリギリ死んでないです。ジェーン・ドゥみたいな状態です。後書きで説明しないといけない時点で描写不足が極まっていますね、本当に恥ずかしい限りです。
どうにか自然に解説出来るように展開を持っていけないものか、と試行錯誤しつつもやっぱり頭がこんがらがってきます。悔しい……でも(ry