ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】 作:鍵のすけ
『「来たか、高坂」
部活が終わった放課後。片峰君と穂乃果は部室に二人きりとなっていた。夕日に照らされ、二人の顔は赤くなっていた。それが自然現象によるものなのか、それとも照れなのか、それは本人たちにしか分からないこと。
「どうしたの? いきなり“部活が終わったら教室に来い”だなんて」
「黙ってくれ。こうして向かい合って立って話しているだけでも頭がキリキリしてくる……」
片峰君はそう言って、プイと顔を背けた。穂乃果はそんな片峰君に違和感を感じていた。
いつもなら苛立ちを露骨に顔に出しているが、今日の片峰君の表情にはどこか“優しげ”があったのだ。
「いつもの片峰君ならもうちょっと怖い言い方なのに、何だか今日の片峰君は変なのー!」
「良いだろ、こういう日くらいは。……いつも言っているだろ、女子が苦手だって。女子を前にすると、本当に素直じゃなくなるんだ……」
一歩だけ前に出た片峰君はどこか所在なさげに手や顔を動かす。穂乃果と目を合わせたいのに、合わせられない。いつも自信の塊である片峰君とはまるで別人であった。
「何だかいつもの片峰君と違うね! いつもより全然優しい感じがするよ!」
「そ、そうか……そう言ってくれると……嬉しい」
一瞬だけ訪れた静寂。その静寂が永遠の緊張にも、刹那の甘美にも感じられた。そして、片峰君がいよいよ切り出す。
「高坂、今日は来てくれて、本当にありがとう」
「うん……」
「それで、な……今日、呼び出した理由と言うのがその……」
「あ、あはは……。な、何だろう~……。私、お馬鹿だからもしかしたらその、か、かか勘違いしているかもしれないんだよ、ね……」
自信なさげにそう言う穂乃果へ、片峰君は更に近づき、彼女の肩へ手を置いた。
「違うな。大体、俺がわざわざ呼び出したんだ。勘違いなんかであって堪るか。察せ」
「う、うぅ……。ほ、ほんと?」
そう言って、片峰君はポケットからスッと小さな小箱を取り出した。穂乃果はそのシンプルながら、気品溢れるあしらいの小箱をまじまじと見つめて、言った。
「こ、これって……嘘、本当……?」
「開けてみろ。そして勘違いがどうかを確かめてみてくれ」
恐る恐る、穂乃果はその小箱を開いた。すると中には、これまた片峰君の性格を表したかのようにシンプルなデザインの――指輪が納められていた。
その瞬間、穂乃果の目から涙が零れ落ちる。
「どう、だった……?」
「――じゃな、い……」
「……やっぱり勘違いだったか?」
「……ううん。やっぱり……私の勘違いなんかじゃなかったよぉ……! 良かった……良かったよぉ~……!!」
緊張が抜けたのか、穂乃果はヘタリと地面に座り込んでしまった。スッと手を差し出して穂乃果を立たせた片峰君は、彼女の左手を取った。白魚のような、真っ白な肌であった。
「――着けても、良いか?」
「……うん。私、片峰君となら……良いよ?」
片峰君の“愛の証”が今、穂乃果の左指へと吸い込まれていく――。』
――そこで片峰は“読む”のを止めた。
「で、この三文小説で俺に一体何を訴えたいんだ南ィ!!」
びっしりと文章が書かれた『ことりのノート』を閉じ、思い切り机に叩き付けた片峰は憤怒の形相で南を睨み付ける。
「ほ、ほら……今日穂乃果ちゃんの誕生日だから、片峰君はどうやって穂乃果ちゃんをお祝いするのかなぁ……って」
アハハ、と乾いた笑いと脂汗をびっしりと流しながら、南は片峰の攻撃――否、口撃をひたすら和らげていた。最初は出来心だったのだが、妄想している内にだんだん執筆欲が湧いてきた結果である。
「……ちなみに、“監修海未ちゃん”とやら。お前はどんな精神構造でこれの添削をしていた? やけに赤ペンを入れ込んでいたな! 随分と仕事熱心な事だ……!」
「こ、これは……その、ことりからお願いをされて……べ、別に私から名乗りを挙げた訳ではありません!」
流石に後ろめたかったのか、いつもなら食い下がってくる園田も少しばかり弱気の対応であった。笑って誤魔化そうとしている南、顔を背けひたすら後悔している園田を見やり、片峰は溜め息を吐いた。
「も、もしかして怒っちゃった……?」
「“そんなことないさ”と言えるのはライトノベルの主人公だけだ。正直、
「ぴぃっ! う、海未ちゃぁん……」
「片峰君、その、ことりも悪気があってこれを書いたわけではないでしょうし……」
園田の申し訳程度の弁護を、片峰は一刀両断した。
「悪気があってこれを見せた、等と言われたら俺はきっとお前らをぶん殴っている自信があるぞ。女子だからと言って手心なんか入れない本気のパンチだ」
だが、手を上げなかったのはそれが悪気なしの、むしろより悪質な行動だと分かったので、呆れきっただけである。
あまり怒り過ぎていても冷静な考えが出来ないということを理解していた片峰は、ここらで一度仕切り直すために、深呼吸を一度した。
「……高坂の誕生日は八月三日、園田は三月十五日、南は確か九月十二日だったよな」
「知っているのですか、片峰君……!?」
「穂乃果ちゃんや海未ちゃんだけじゃなくて、私の誕生日も覚えてるの!?」
「協力者のプロフィールくらい、把握していなくてどうする。それで、南の言いたいことは大体察せた、というより端から分かっていた。……ちっ、やはり買っておいて良かったというのが何とも皮肉だな」
舌打ちを交え、片峰は自分の鞄から一つの紙袋を取り出した。それなりの大きさだ。
「それは何ですか?」
「誕生日プレゼントに決まっているだろう」
その一言に、園田と南は露骨に驚きの声を上げた。片峰が何か別の生き物にでも見えたのか、距離まで離す始末。
「あっあれだけ女子が苦手って言っている片峰君が穂乃果ちゃんの為に……!? う、海未ちゃん片峰君がおかしくなっちゃったよぉ!」
「お、おおおお落ち着きなさいことり! 夏だからです! 片峰君はきっと熱中症なんです。今すぐに適切な処置をした上で病院に連れて行けば……!」
「お前らが俺のことをどう思っているのか良く分かった。今後もより断固とした対応をさせてもらう」
一拍置き、片峰は続ける。
「これはいわば投資だ。女子は苦手だが、こういった日を大事にしているという態度を見せておけば後々扱いやすくなる。ただそれだけだ、何の下心もない」
「う~ん……それは言わない方が良かったんじゃぁ……」
「うるさいぞ南。鼓膜が破れる」
「ちなみに中身は一体何なのですか?」
紙袋を指さし、園田がそう聞いてきたので、片峰は淡泊かつ短く答えることにした。
「髪留め用のリボンと、練習着だ」
「わぁ! 穂乃果ちゃん喜びそう!」
「……サイズは大丈夫なのですか?」
練習着、と軽く言うが、肝心のサイズが合っていなかったら元も子もない。そんな園田の疑問は片峰によって実に衝撃的な回答を叩き付けられた。
「大丈夫だ。首根っこ掴んで、首の後ろのタグを確認した。サイズは間違いない」
「なぁっ!? 片峰君、それは本当なのですか!?」
「そうしなければサイズ分からないだろう。多少腕が痒くなったが一瞬の作業だから、一晩掻き続ければ収まったがな」
「あ、あなたと言う人は……! よくもそう気軽に女子の身体を……!」
正直、片峰はどうして園田がこんなに一人で盛り上がっているのか理解に苦しんでいた。たかがサイズを確認するだけの、むしろ苦痛を伴う作業に、それほど頬を染める理由がまるで分からなかった。
「ええい、絡むな。当然、お前達も用意しているんだろう? これは渡しておいてくれ」
そう言って、片峰は二人へ紙袋を差し出したが、どちらも受け取る気配はなかった。
「……何のつもりだ?」
「これは片峰君が渡すべきだと思いますっ!」
「そうですね、私達が渡すべきものではありませんね」
「なっ……!?」
その瞬間、自分の計画が全て崩れた音が聴こえた。
「渡せ! 俺は絶対に嫌だぞ!」
「ん~……でも、それじゃあきっと穂乃果ちゃん、後々扱いやすくならないと思うんだけどなぁ……。やっぱり“片峰君”から“直接”穂乃果ちゃんへ“手渡し”した方が効果的だと思うの」
「……ふむ」
南の言うことも最もであった。確かに直接渡して、しっかり恩に着せた方がより効果的かもしれない。
思えば、自分が女子に何かを手渡すのは初めてである。今後、他の男子からそういう相談を受けることも無きにしも非ずなので、このような経験は何かと片峰の手助けになるはず。
そう考えたところで、ようやく片峰は腹を決めた。
「ちっ……仕方がない」
すると、扉を開け、件の人物が入ってきた。
「皆ー! 遅れてごめんね!」
手には沢山の誕生日プレゼントらしきものを抱えた高坂。正直、あの中のどれよりも地味だが、むしろ渡しやすくなったと前向きに捉えるべき。
「高坂」
「どうしたの? 片峰く――!」
突然放り投げられた紙袋を何とか受け取った高坂は、これが何の紙袋なのかを一瞬考えた。考えて――驚きの表情を浮かべた。
「え、ええっ!? 片峰君!? これ、もしかして私のたんじょ――」
「勘違いするな。それはこれからも協力関係を確固たるものとするためのコストだ。……だから、黙って受け取れ」
「あ、開けてみても良い?」
「もうお前のモノだ。さっさと開けるなら開けろ」
他の誕生日プレゼントを机の上に置き、高坂はいそいそと紙袋の中を覗いた。すると、リボンと練習着を見つけたのか、満面の笑みを咲かせた。
「わぁ! ありがとう片峰君! すっごく嬉しいよ!」
「――満足したか。なら、これからも俺のフツノキ帰還の為に精々励め」
居心地が悪くなり、部室から出て行こうと扉に手を掛けた片峰は後ろからの高坂の声で立ち止まった。
「片峰君!」
「……何だ?」
そこには、片峰が選んだリボンをサイドポニーに着け、練習着を制服の上から当ててこちらに見せている高坂がいた。
「――ありがとう! 大事にするね!」
「……是非とも使い潰してゴミ箱にぶち込んでくれ」
部室を出た片峰は、扉を閉め、廊下を歩き出す。
(ちっ……打算がご破算だ)
ただ事務的に渡し、それなりのやる気を引き出すというだけのつもりだったが、思わぬイレギュラーを生み出してしまった。ここまで感謝されるとは夢にも思わなかった片峰は、スマートフォンを取り出した。
「これだから女子は苦手なんだ」
電話の先はフツノキ会長。片峰の行動が馬鹿にされたのか、それとも褒められたのかは、本人たちのみぞ知る――。