ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】   作:鍵のすけ

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第10話 逆境、だがその顔に曇りは無く

「まさかそんな部があったとはな……」

 

 片峰はとある場所目指して歩いていた。

 その間、片峰は東條からの情報を頭の中で整理する。

 アイドル研究部。それはアイドルに関することを研究する部。なんというざっくりとした概要なのだろう、と片峰は内心突っ込んだ。部の設立理由を一言一句そのまま口に出してみると、何だか馬鹿丸出しである。

 しかし、それだけに高坂達が今作ろうとしているアイドル部が完璧に“被って”しまっているのだ。このままではいけない、と片峰は直感していた。仮に大前提条件である、五人以上を確保したとしても、あの絢瀬なら確実にその事を言及してくる。

 そこを突っ込まれた時点で、高坂達の負けは確実。今までの時間が全て徒労と帰する。それだけは断じて許容できない。

 

「……ここか」

 

 たどり着いたのは『アイドル研究部』と張り紙がされた扉の前。東條からの情報は正しかったようだ。こんな目立たない場所にあるとは思わなかった。

 意を決し、扉を開け放つ。

 中は、オブラートに包まずに言えば実にオタク臭かった。棚には無数のDVDや雑誌。そして壁にはどこぞのアイドルのポスターが張られていた。これがアニメやゲームの美少女ならば、まんまフツノキ会長の部屋となる。

 

「ちょ、あんた何なのよいきなり!? ノックも無しに入ってくるなんて失礼でしょ!」

 

 黒髪ツインテールの女子が近づいてくるなり、ぎゃんぎゃん騒ぎ始める。ため息を一つ吐き、片峰は扉をコンコンと二度叩いた。

 

「これで良いか? アイドル研究部部長の矢澤にこだな?」

「先輩かさんを付けなさい。あんた例のモデル生よね? なら私はあんたより年上よ」

「そうなのか。生憎俺は先輩と敬う者は男子としか決めていないからな」

「……何、あんたソッチの趣味?」

「俺は同性愛者では無い。……それで、だ。お前に聞きたいことがある」

 

 促される前に、椅子に座り込んだ片峰を矢澤は軽く睨むが、今はそんなことに気を取られている余裕はなかった。

 椅子に腰を下ろしつつ、矢澤は感じていた。この片峰と言う男は相当に腹が立つ男だと。一瞬でも気を取られれば一気に食い殺される。そんな異様な迫力があった。

 

「スクールアイドルと言う物を知っているか? ……何て愚問か?」

「……この私が知らない訳無いでしょう。で、何なのよ一体。話が見えないわ」

「最近、この学校にスクールアイドルが誕生した。三人組だ」

 

 次の言葉を紡ぐ前に、矢澤が言葉を遮った。

 

「知ってる。だけど、私は認めていないわよあんなの」

 

 そう断じる矢澤の言葉には明確な不快の色が込められていて。その言葉に対して、片峰は考える。

 認めていない。それは一件無関心かつ明確な拒絶が感じられるが、それは裏を返せば高坂達は興味の塊でしかないということで。自覚しているのかしないのか、今はそんなことは考えるに値しない。

 

「知っているなら話が早い。お前、あいつらに力を貸す気はないか?」

「はぁ? あんた頭おかしいの? 今の話聞いてなかったの?」

「今、アイドル部なるものを設立しようと奴らと俺は動いている。だが、部の設立条件を満たすには割と骨が折れてな。中でも――」

 

 すっと片峰は矢澤を指さした。

 

「お前のこのアイドル研究部と被っているんだ」

「それが何なのよ。言っておくけど、あんた達の方が後なんだから部を畳め、だなんて言わせないわよ!?」

 

 口調こそ荒くならないよう努めたが、矢澤は内心憤慨していた。初対面であるにも関わらず、こんなズケズケとモノを言う男は人生で初めてである。

 腹が立つ男、これが矢澤の抱いた印象だった。

 

「誰がそんな事を頼むか。……見た所、“アイドル”という物に対する情熱と知識はお前の方が断然上のようだ」

 

 お世辞の類は一切言わない片峰の、心の底からの言葉であり事実だった。この女子の瞳から感じる“熱”を本物だと見たからこそ、片峰は言った。

 

「だから、奴らをこのアイドル研究部で受け入れてくれないか? そうすれば全ての問題が解決する」

 

 矢澤は立ち上がった。今の発言で、自分の中の沸点が完全に達してしまった。ここまで馬鹿な話はない。この片峰の言葉に対する矢澤の返答は決まっている。

 

「嫌だ、と言えば良い? それともノー? ふざけるな? ……早く出て行きなさい! あんたと話していたらイライラして頭がおかしくなるわ!!」

 

 返したのは扉を指さしてのゴーアウト。矢澤の鋭い眼光をジッと見てから、片峰は食い下がることもせず、席を立った。

 そんな片峰の背中を矢澤は呼び止めた。

 

「何だ? 俺は忙しいんだ。もうここにいる理由もないしな」

「……一つだけ答えて行きなさい」

「聞いてやる」

「力を貸す気はないか、とか受け入れてくれないか、とか随分と私を高く買ってくれているみたいじゃない。何、お世辞?」

 

 それこそ愚問だ、とばかりに片峰は肩をすくめる。そして彼は、背中を向けたまま、純然たる事実だけを矢澤へ叩き付ける。

 

「お前の情熱はあいつらよりも遥か上だ。……比べるのが失礼とすら言えるレベルでな。あいつらに足りないものはお前が持っていて――」

 

 そこで一度、片峰は言葉を区切る。ここから先は蛇足中の蛇足。ここで終わってもこれから先に特段影響はない。

 だが、真っ直ぐに向けられたその視線に目を背けると言うことは、片峰にとっての敗北を意味するのもまた不変の事実。

 ――決して、東條から言われた“ある事”に気を取られた訳なんかでは無い。

 

「――お前に足りないものはあいつらが持っている」

「……意味が分からないわ。もう、良い。聞きたいことは終わったわ。だから早く出て行きなさい」

「当然だ。これ以上いたらこの部室の甘い匂いで鼻が曲がる」

 

 そして閉められた扉。部室には既に矢澤しかいない。矢澤は既に居なくなった扉の先を見つめ、やがてすぐにパソコンの画面へ向き直った。

 

「何なのよあいつ! いきなり来て失礼なことばかり!! あー腹が立つ!」

 

 自然とキーボードを叩く指の力が強くなる。

 片峰一心の噂は聞いていた。矢澤はそれまで、女子が苦手なのに女子高に来た奇特な奴という感想しか抱いていなかったが、今日それが一新された。主に悪い方向で。

 

「ふてっぶてしい奴! 何がアイドル研究部にあいつらを受け入れてくれないか、よ!」

 

 そこまで思い出した所で、矢澤はタイピングを止めた。片峰の言葉、具体的には最後の一言を思い出した故。

 ――お前の情熱はあいつらよりも遥か上だ。

 散々の暴言の中に、一つだけ矢澤の心を揺さぶるものがこの一言だった。

 

「……情熱は遥か上、ね」

 

 がむしゃらに走ってきた自分を見てくれる者は非常に少なかった。去って行った者達はこの情熱を受け止めきれなかった。

 そんな情熱を、認めてくれた者が出来てしまった。……非常に腹立たしい奴だ。

 そこまで考えたところで、矢澤は首をぶんぶんと振った。じっくりと、ゆっくりと、念入りに考えたら結果はこの一言に落ち着くのだ。 

 

「……あいつ、今度会ったら一発蹴り飛ばしてやりたいわね」

 

 結局は腹立たしい奴に落ち着く。惑わされてはいけない。不良がたまに良いことをすると、すごく評価されるタイプの感情を今、自分は抱いていることを自覚し、矢澤はそんなもやっとした気持ちを払拭するべく、アイドル情報の収集を始めた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ちっ。やはり上手くはいかないな」

 

 そんなことを呟きながら、片峰は一人歩いていた。

 アイドル研究部とアイドル部の統合。この一手を打つことに成功すれば、部設立条件を満たさずに部として動けた。――だったのだが、現実はそう上手く行くように出来てはいなかった。

 部長である矢澤にこは相当に頑固な、言い方を良くすればポリシーが強固な女子だった。三顧の礼よろしく、粘り強くいかなくてはならない。土台をしっかりしなければ全てが上手く行かないのだ。

 とりあえず今日は帰る為、廊下をぼんやりと歩いていると、視界の端に何かが(よぎ)った。

 何故か見逃して帰ってはいけない気がして、片峰は立ち止り、そこまで戻った。壁に何かのポスターが張り出されていたようだ。

 そのポスターをじっくり見た瞬間、片峰の動きが止まった。何回見返しても、同じ内容。ならば、これはきっと現実なのだろう。

 良く噛み締めた後、片峰は直ぐに走り出した――。

 

「高坂ァ!!」

「わっ!? な、何片峰君!?」

 

 神田明神で練習していた高坂達は突然大声で走ってきた片峰の形相に怯えの色を隠しきれないと言った様子であった。そんな高坂達の反応なんか気にしている余裕が無い片峰は懐から取り出したポスターを彼女達の前に突き出した。

 

「これは何だ!? 説明しろ!」

 

 それは片峰が見たポスターだった。その中身を要約するとつまり、『ライブ開催予定!』である。初見で意識が飛びそうになった掲示物は前にも後にもこれだけだという自信が片峰にはあった。

 そのポスターを見た、高坂が少しばかり気まずそうに舌を出す。

 

「えへへ……何と言いますか……?」

「園田、南! お前らも同罪か!?」

 

 口をつぐむ二人。高坂の独断だということは目に見えていたが、これで確信した。

 

「まだ何も決まっていないのにどういう勝算があってあんなものを張った!? あんなものを校内中に張ったら、『やはり出来ませんでした』じゃ済まないんだぞ! しかも日程がよりにもよって……!」

 

 そう、ただのライブなら片峰はそこまで憤ることも無かったのだ。問題は日程。

 ――新入生歓迎会。あろうことに、高坂達の初ライブはあと一か月も無いそんな切羽詰まった日であったのだ。

 

「で、出来るよ! 出来るもん!」

「……ほう。どういう根拠でだ」

「ま、まずは作曲! 作曲は一年生で歌の上手い子がいたからその子に頼むよ!」

「……歌詞は」

 

 すると高坂は園田の肩に手をやって、ズイと前に押し出した。

 

「海未ちゃんがやってくれる!」

「園田が?」

「ね、海未ちゃん!」

「…………非常に不本意ですが」

 

 その場しのぎの冗談では無いらしい。園田が表情を曇らせた所を見ると、祭り上げられたようだ。……実力は分からないが、いるならば良いと片峰は判断し、次の質問をぶつける。

 

「どこでやるつもりだ?」

「講堂なんてどうかなって。あそこなら広いし、お客さんも来てくれるよ!」

「……良いだろう。ならグループ名は?」

 

 そこで、高坂の口が止まった。そして他の二人の表情が更に暗くなる。

 行き着きたくない結論が出てしまったのだ。

 

「……決まるのか?」

「だ、大丈夫! グループ名募集したし!」

「……不安過ぎる……が、まあ、良い。園田はともかく、その作曲の奴への交渉は間違いないんだろうな?」

「た、頼めばやってくれる……はず!」

 

 不安要素しかないが、とりあえず片峰は己の判断に間違いはなかったと自身に言い聞かせる。唐突過ぎるタイミングから目を逸らせば、これはいずれ通らなければならない道である。ましてや、“本気”ならばなおの事。

 

「……信じても良いんだな?」

「大丈夫だよ! 海未ちゃんとことりちゃん! それに片峰君もいるんだから!」

「チッ……。ならばライブは信じるぞ。ならば俺は別の事と――」

 

 言いながら、片峰は鞄から書類の束を取り出した。それは女性が出来る体力づくりを一通り纏めたものであった。

 アイドルが何の努力も無しに、歌って踊れるなんて言うのは幻想である。血反吐を吐くようなトレーニングをした上で、あの輝きは初めて成り立つのだ。

 そう考えている片峰は、一晩で資料をひたすら掻き集め、自分なりのトレーニングメニューを組んだ。これをしっかりこなせば少しは体力向上を見込める、そんな内容だ。

 そんな資料を抱え、片峰は三人の前に立つ。

 

「お前らの体力づくりを担当する。俺の特訓は過酷だぞ。一週間あれば、お前らを殺戮兵器に仕立て上げることが出来る。笑顔で戦場を闊歩出来るような、そんなイカれた死の司祭だ。喜べ、今日からは泥のように眠ることが出来るぞ」

「……いえ、そんな風になりたくはないのですが……」

「もうちょっと普通のにしてくれないかなぁ……? 私達、死んじゃうかも……」

 

 園田と南の懇願を受け、片峰はふむと眉を潜めた。確かに下手を打てば再起不能になるかもしれないこの内容。億が一があってはその時点で片峰の計画は終了を迎える。

 ならば、片峰の答えは決まっていた。

 

「……良いだろう。メニューを減らしてやる。ただし、お前達が泥のように眠ることになるのには変わりないがな」

 

 ファーストライブまで一か月を切っている。そんな逆境でも、高坂達、そして片峰のやることに一切の変わりはなかった。

 まずは手始めとして、片峰による地獄の特訓メニューが開始されることとなった――。

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