ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】   作:鍵のすけ

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第11話 音楽の女神

「邪魔するぞ」

 

 そう言って、片峰は生徒会の敷居を跨いだ。今日は特に生徒会に用事はなかったのだが、絢瀬に呼び出されたのだ。穏やかな話では無い。そう直感していた片峰はこれから起きることを色々想定しながら、待ち受けていた絢瀬へ視線を合わせる。

 視界の端っこに東條が映っていたが、その表情に友好の色は見えなかったので、あえて声を掛けないようにした。

 

「来てくれてありがとう、片峰君」

「礼よりも本題だ。俺は忙しい」

 

 いきなりの先制攻撃。絢瀬は不快そうに目を細めたが、口げんかをすることが目的では無い彼女は片峰の言うとおり、本題を口にした。

 

「単刀直入に言います。貴方達のやろうとしていることは逆効果になる可能性があります」

「……続けろ」

「スクールアイドルが今までなかったこの学校で、やってみたけどやっぱり駄目でした……じゃ皆、どう思うかしら?」

「がっかりするだろうな。下手すればオトノキ廃校確定を意味するレベルで」

「っ! だったら……!」

 

 その片峰の物言いに、絢瀬の口調が荒くなる。

 絢瀬は気付いていた。この片峰と言う男子はこの状況を自分達以上に正確に認識した上で、彼女達に力を貸しているのかもしれないと。故に、そんなつもりはないのに、絢瀬は少々“言い過ぎた”。

 

「片峰君、貴方は……オトノキを潰したいのですか?」

「エリち、それは言い過ぎ」

 

 思わず東條は差し込んでいた。それぐらい、東條にとっては予想外の一言だったのだ。ここまではっきりと他人に当たる彼女を初めて見た、と言うのが東條の感想であった。

 対して、片峰は首をかしげていた。ここまでの絢瀬の言い分を全て正確に理解した上で、彼は問いかけた。

 

「お前、本当にオトノキを守りたいくせに何故、俺たちに協力しないんだ?」

 

 呆ける絢瀬を尻目に、片峰は手近な椅子を引いて、座り込んだ。断じて今の発言は絢瀬へ喧嘩を売りたいからではない。純然たる片峰の疑問であった。

 ――絢瀬が本気でこの学校をどうにかしたい、なんてとっくの昔に理解していた。

 故に、片峰には全くの理解不能であったのだ。差し伸ばせば誰かが掴んでくれる手を伸ばさない理由が。

 

「……全く、お前と話していると頭が悪くなる。話は終わったな? 俺は行くぞ」

「……待って」

 

 ドアノブに手を掛けたままの状態で、片峰は絢瀬へ顔だけ向ける。

 

「……貴方はいつも真っ直ぐで、自分の思うままのことを言える。その理由は何?」

「俺が正しいと思える行動をしているからだ。愚問だな」

 

 そう言い残し、片峰は生徒会室を後にした。

 後ろ手に扉を閉め、片峰は大きなため息を一つ吐いた。この時間を評価するのなら時間の無駄。この一言に尽きた。

 一体どんな頭をしていたらあんな訳の分からないことがのたまえるのか。それだけが、片峰には理解できなかった。スマートフォンで時間を確認した片峰は中庭へと足を運ぶ。

 そこで、高坂達から現状報告を聞く予定なのだ。

 

「――今何て言った?」

 

 中庭で高坂から現状報告を受けた片峰は顔をしかめた。

 今日は、高坂が南と園田と一緒に作曲が出来る子に依頼をしに行ったのだ。前日、大丈夫だと言っていたので特に気にしないでいたが、これは話が違ってくる。何せ――。

 

「こ、断られちゃった……」

「……何だと?」

「私は当然の反応だと思いますが」

 

 高坂の表情が暗く、園田が憮然とした表情を浮かべ、南が苦笑する。見るものが見れば、多少なりとも同情の空気が読み取れるものなのだが、生憎と、片峰にはそんな慈悲は一ミリたりとも無かった。

 

「今更だが、やはり見通しが甘すぎる……! 何故、何も用意をしていない状態でライブをやろうだなんて言い出せるのだ……! 神経を疑う!」

「ちなみにライブ衣装は今、こんなのにしようかなぁって」

 

 南から受け取ったスケッチブックに目を通した片峰。一目見て、片峰はスケッチブックを突き返した。悪い意味では無く、完全に認めた上でだ。

 

「文句なしの出来だ。素人ながらの感想だが、この才能は後々活かせるはずだ、南」

「え……? あ、ありがとう~!」

「あー! ことりちゃんだけずるい! 片峰君に何にも嫌な事言われてなーい!」

「お前はさっさと説得してこい。……いや、次は俺が行こう。名前は把握しているんだろうな?」

 

 高坂がまた行っても良いのだろうが、かえって逆効果になる恐れがある。なので、片峰が足を運ぶことにした。

 

「うん、名前がね!」

 

 高坂の口から出た名前を聞き、片峰は思わず手で顔を覆ってしまった。何故ならその名前は――つい最近、会ったことがある人物だからだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「邪魔するぞ」

「だ、誰!? ……って、この間の!?」

 

 音楽室に入った片峰を見るなり、西木野は表情を曇らせた。あまりにも友好的とは程遠いやり取りをしたのだから当然と言えば、当然だった。

 高坂が出した人物とは、西木野真姫の事であった。そのピアノの腕は片峰も認める所であり、この人物以外にはありえないと思っていたレベル。

 

「西木野だな。お前に頼みがある」

「……さっき来た先輩と同じことですか?」

「そうだ。作曲をやる気はないか?」

「ありません」

 

 即答である。片峰の見立て通りならば、この西木野は相当自分の音楽に誇りを持っている類いの人間であった。だからこそ、相当に骨が折れる。

 

「お前、普段何を聴く?」

「クラシックとか、ジャズとか、そういうのよ」

「なるほど、そういう事か。この中二病め」

「はぁっ!? 今、何て言ったのよ!?」

「言葉通りだ。何だ、アニメソングやアイドルソングを低俗というクチなのかお前は?」

 

 言い方こそ悪いが、ずばり的を射たことを言われたので、つい固まる西木野。片峰の言葉通り、西木野はアイドルソングやそれに近い楽曲全てを低く見ているきらいがあった。

 

「べ、別に良いでしょ! 何と言うかこう、遊んでいる感じしかしないのよ」

「それこそ世界が狭すぎるぞ。様々なジャンルには様々な良さがある。それらをしっかり聴いた上でそんな事をのたまっているんだろうな?」

「それは……」

「お前、まさか高坂にもそんな事を言って、追い返したのか?」

 

 そうよ、と短い言葉で返された。思わず片峰は天井を仰ぎ見る。これは平行線をたどる未来しか見えなかった。

 

「とりあえずお前が、頭の凝り固まった偏屈ピアニストだと言うことは十二分に理解した」

「だ、誰が偏屈ピアニストよ!? 貴方は一体何様なの!?」

「あいつらの協力者だ。だからこそ俺はあいつらの為に、お前に目を付けた」

「……何で私なのよ?」

 

 愚問であった。片峰が西木野を選ぶ理由なんてたったの一つしかない。

 

「お前のピアノの音色が美しかったからだ」

「は、はぁっ!?」

 

 途端、西木野が動揺しだす。若干だが頬に朱を帯びて、視線が宙に彷徨っている。

 

「いきなり何よ……!?」

「事実だ。実際聴いてみて分かった。俺はお前が欲しい」

「……い、一体何を言っているのか分かってるの?」

「当たり前だろう。こんなこと、冗談で言えるものか」

 

 片峰は全く気付いていなかった。受け取るものが受け取れば、これは紛れも無く告白、またはそれに近いレベルだと言うことに。

 対する片峰はただピアノの腕に絶対の信用を抱いただけである。何の不純物もない純度百パーセントの信用であり、そこには一切のやましい心は含まれていなかった。

 そして、片峰は理解していた。この程度でなびくようなら、とっくの昔に高坂によって籠絡されていることを。

 そう思うや否や、片峰はくるりと踵を返した。

 

「まあ、良い。今日は引かせてもらう。どうやらアイドルソングはお前には難しすぎるようだからな。考えさせてやる」

「待って! 誰が難しいって言ったのよ!」

 

 掛かった、と片峰は悪い笑みを浮かべながら、もったいぶる様にあえてゆっくり振り返る。

 

「何だ? 事実を言われて図星か?」

「違うわよ! 出来るわよ! だけどやらないだけ!」

「どうだかな。まあ、存分に出来るかどうか十分に考えろ。どうせまた高坂あたりが行くだろうしな」

 

 その後の西木野の言葉を完全無視し、片峰は音楽室を後にした。

 

「ちっ……! だいぶ手間取りそうだな」

 

 しかし幸いなのが、ほんの少し傾ければ一気に転がり落ちる系の女子だということだ。

 

「……男子高ならばもっと早く話がまとまっていただろうに……」

 

 噂をすれば何とやら。スマートフォンが鳴動したので、すぐに電話を取った。

 

『先輩!! 助けてくださいッス!!」

 

 電話に出るなり、すぐに茂手木は叫ぶように片峰へ助けを求めた。言葉の調子からして、またフツノキ会長が何かをやらかしたに違いない。

 

「何だ茂手木? 相変わらずそっちは楽しそうで良いな」

『言ってる場合じゃないッス! マズイッス! マズイッス! 会長がやらかしました!』

「ああ、やらかさない方が珍しいからな。で、どうした?」

 

 すると、茂手木は何度も言葉に詰まりながらも、状況を説明する。

 要約するとこうである。隣町の男子校に渡さなければならない重要書類があったが、フツノキ会長が見事にシュレッダーにかけてしまい、作るには少しばかり時間が要るとのことだった。

 それだけならまだ良いが、その相手の会長が曲者で。

 

「なるほど……向こうは期限に厳しいからな。絶対に一悶着あるだろうな」

『そうなんスよ! どうしましょう!?』

「……良い、俺が向こうに掛け合う。お前は会長をしばいといてくれ」

『だ、大丈夫なんスか!?』

 

 会長の事なのか、向こうの事なのか、どちらかは分からなかったがとりあえず何も心配するなとだけ言い、片峰は通話を終了した。

 そして、すぐに電話帳から向こうの会長の電話番号を呼び出し、呼び出す。思いのほか、すぐに繋がり、通話口の向こうから野太い声が聞こえてきた。

 

『おおう、誰じゃァ!? ワシに直接電話掛ける愚か者はァ!』

 

 この威圧感たっぷりの声の主こそ向こうの学校の生徒会長である。……番長、と言った方が正しいのかもしれない。

 聞き慣れた声に多少の安らぎを感じつつ、片峰は喉を鳴らして声を整える。

 

「俺だ。片峰だ」

 

 名乗った瞬間、向こうの野太く威圧感たっぷりの声が急にしぼんだような錯覚を覚えた。

 

『かっ片峰のアニキぃ!? 申し訳ありやせん!! あろうことに片峰のアニキに何て舐めたクチをォォ!』

「良い。気にするな。それでな、お前に謝罪しなければならないこと――」

『皆まで言わんでください片峰のアニキィ! 気にしないでくださいィ! ワシは片峰のアニキなら全部許せるのでェ!!』

「いいや、謝らせてくれ。ウチの会長がお前の所にやる大事な書類をあろうことにシュレッドしてしまってな。少しばかり納期が遅れる事を許してくれ」

 

 その瞬間、番長の声の調子が一変した。

 

『またか、アン畜生がァ!! いったい何べんワシんとこの書類をォ!』

「そういう事なんだ。悪いな、俺の右腕が今、全力でリカバリーしている。必要とあらば、俺がこの後お前の所に行って頭を下げる。すまないがそれで手打ちにしてくれないか?」

『グっ……グゥゥ!!? か、片峰のアニキに頭を下げさせるなんてワシ自身が許さぬゥ……!!』

 

 しばらくの沈黙の後、ようやく番長に声の張りが戻った。

 

『……良いでしょう。片峰のアニキの腹心が全力を尽くしているのなら、ワシは待ちましょう。それがワシの、片峰のアニキへの忠誠としてくだせェ!』

「良い心がけだ。すまんな、なるべく急がせる。それではな」

 

 そう言い、片峰は電話を切った。

 

「あ、片峰君! ここにいたんだね!」

 

 どこにそんな元気があるのか、高坂が全力で走って来ていた。その手には小さな紙が握りしめられている。

 

「片峰君片峰君片峰君! 来たよ! 来たんだよついに!!」

「何がだ鬱陶しい」

 

 言うが早いか、高坂は片峰の目の前でその紙を広げた。

 そこにはえらく上手な字で『μ's』と書かれていた。それが意味する所とは――。

 

「まさか……来たのか、グループ名が?」

「うん! これが私達はこれから『μ's』だよ!!」

「『μ's』か……良い名だ」

「だよね! じゃ、私はこれからもう一回西木野さんの所に行って説得してみるから! じゃあね片峰くーん!」

 

 そう言って、高坂は嵐のようにやってきて、嵐のように去って行った。その後ろ姿を見送りながら、片峰は先ほどのグループ名を頭の中で反芻していた。

 μ's。――音楽の女神。名づけた者は相当なロマンチストかポエマーらしい。

 だからこそ、片峰は確かな手ごたえを感じていた。グループ名を考えてくれた人がいると言うことは高坂達に期待しているという何よりの証拠なわけで。

 

「これからが大変だな」

 

 片峰はそう言い、やる気を新たにする――。

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