ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】   作:鍵のすけ

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第12話 完敗、されどそれは始まりで

「片峰くーん! 宣伝のチラシってこれくらい印刷しておけば十分かな!?」

「ああ、十分過ぎる。多少余るだろうが、これで良い」

 

 頷いたおさげの女子生徒が話し終わったのを見計らったように、ポニーテールの女子生徒が片峰の所までやって来た。

 

「片峰君、今ステージ図見てたんだけどさ、当日の照明の照らし方、こことここはもうちょっと強めに照らした方が良い感じだと思うんだけど!」

「どれ見せてみろ。……そうだな、だったらこの二か所だけでは無く、ここも照らしてくれ」

「片峰、これから先生にステージ音響の操作を教えてもらうんだけど、一緒に行かない?」

 

 そう言って近づいてきたのはショートヘアの女子生徒であった。片峰は頷きながら、メモ帳に予定を記入する。

 

「ああ、分かった。俺も把握しておきたかったし丁度いい……と言いたいところだが、生憎予定が詰まっている。後で俺も先生に聞いておくことにする」

 

 高坂達スクールアイドルグループの名前が決まった翌日から、片峰はせっせと動いていた。具体的には実行部隊の確保から始まっていた。いくら完全無欠を自称する片峰と言えど、身体はたったの一つ。

 全てを一人でこなしていたら逆に全てに手が回らなくなるのは自明の理。故に、片峰が行ったことは手足の確保からであった。

 そして見つけたのは今しがた片峰に話し掛けてきた三人だった。片峰の求めた人材の条件は二つ。一つは自分の指示を忠実にこなすこと。二つは自分に意見を言える者。

 おさげの女子生徒がミカ、ポニーテールがフミコ、ショートヘアがヒデコ。この条件を完璧に満たす三人は片峰の目から見て、最良の人材と言っても過言では無かった。

 

「ヒデコ、フミコ、ミカ。当日は初めて尽くしで大変だと思うが、肩の力を抜いて行けよ。何かあったら俺がフォローする」

「うん、ありがとう片峰くん!」

 

 ミカが嬉しそうに笑うと、それに続くようにヒデコが軽く腕を上げた。

 

「私達だって穂乃果達の応援したいしね! 頑張るよ!」

「それにしても片峰君、穂乃果ちゃん達の為に本当に頑張るよね!」

「勘違いするなよフミコ。俺は一刻も早くフツノキに戻りたいだけだ。戻るために必要だから高坂達のサポートをしているんだ」

 

 片峰の中の、彼女達の評価は割と高かった。むしろ、このオトノキの中で最高ランクと言っても過言では無い。……余談だが、彼女達を苗字で呼ぼうとしたら妙な剣幕で名前呼びを強要されたのでそうしているだけだ。特にこだわりはない。

 腕時計で時間を確認した片峰は、次にやることを為すことにした。

 

「それでは頼むぞお前達。俺は高坂達の所へ行く」

「うん! じゃあね片峰くん!」

 

 三人に見送られた片峰は屋上へ上がった。そこで今日は振り付けの練習をする予定だったのだ。……だったはずなのだ。

 

「……やっぱり、無理です……」

「うおっ」

 

 扉を開けてみると、直ぐ横に園田が体育座りをしており、それを高坂と南が生暖かい目で見ていた。思わず蹴りそうになってしまったがそんなことにならなかったのを安堵しつつ、片峰は僅かにドスを利かせた。

 

「……お前ら、練習サボってお話とは流石、用意無しにライブを計画するだけあるな」

「ち、違うよ片峰君! 今、海未ちゃんが人前に出ると緊張しちゃうからどうしようって話合いしてたの!」

 

 うずくまっている園田へ視線を落とすと、彼女は少しばかり見上げ、すぐに顔を下げた。その視線にはいつものような気丈さはなく、ただのおどおどした女子と言った印象を受けた。

 

「……冗談という訳ではなさそうだな」

「穂乃果ちゃんとも話してたんだけど、海未ちゃんが辛いんだったら何か考えないとって……」

 

 南と高坂の心配そうな表情を見て、片峰はコトの深刻さを察した。そして目を閉じ、黙考。この類いの問題の解決方法は割とシンプル。

 

「だったら」

「だったら!」

 

 同時に放たれる高坂の言葉。思わず互いが互いを見やった。その瞬間、考えてることが同じだと本能のレベルで察し、片峰は僅かに表情を曇らせた。

 考えてることが似ているということの何と屈辱か。

 

「言え、高坂。どうやら同じことを考えているらしい。俺はまだまだやることがある」

「うん分かった! 片峰君と同じならこの方法はもう間違いないね! そういう事で海未ちゃん、行こう!」

 

 園田が返答しようと口を開いた時には、既に高坂は彼女の手を引いて、屋上を後にしていた。

 

「南も早く行け。あの二人を正しくコントロールできるのはお前だけだ」

「うんっ、今行くよ!」

 

 南が走り出す前に、こちらの方へ向いて、意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「片峰君って、やっぱり優しいね!」

「……女子が苦手な俺に言う台詞じゃないな。ほら、さっさと行け」

 

 そう言い、南を見送ると、片峰は空を見上げる。既に空が紅く染まりかけていた。今日も今日とて、雨一つ無い良い天気である。

 屋上を後にした片峰は当日の会場誘導をスムーズにするための動線作成をすべく、校内をもう一度見回ることにした。

 園田の方は心配ないだろう。緊張するならその感覚が麻痺するまで人前に出させる。……高坂も同じことを考えているのなら、当日までには大分マシになっているはずであった。

 スタートからゴールまでをシミュレートしようと、玄関を目指していた片峰は後ろから近づいてくる足音に気づき、振り向いた。

 

「片峰先輩だー!」

「廊下を走るな星空、足音がやかましい」

 

 ごめんなさーい、と言って舌を出すのは後輩である星空凛であった。

 最近、たまに会うと、手を振ってきたり、こうして近づいてくることが多くなっていた。片峰にしてみたら、鬱陶しいことこの上無かった。

 もう一つの視線に気づき、片峰は星空の後ろを見た。

 

「小泉、お前も居たのか」

「は、はい……その、こんにちは」

「片峰先輩、何してるんですか~!?」

 

 言葉の代わりに、チラシを見せた。校内見回りのついでにもう一度チラシを張り直そうと持っていたものだ。それを見た星空が小さく声を漏らす。

 

「片峰先輩、スクールアイドルになった――」

「そんな訳があるか。手伝いだ。……随分と興味深げだな小泉」

「え、えっと……その……少し、だけ」

 

 少し、と言うには大分食い入るように見つめている小泉。その瞳には明確な興味が伺えた。

 

「お前達は高坂達のグループ、μ'sに入る気はないのか?」

 

 だからこそ、片峰は何気なく聞いてみた。小泉にしても、星空にしても、高坂達にはない個性がある。それをみすみす逃す手はなかった。

 

「り、凛達が……!?」

「μ'sに……!?」

 

 片峰は二人に気づかれない様に目を細めた。何となく言ってみたが、食い付きは存外悪くはなかったことに片峰は思わぬ手ごたえを感じる。

 しかし、ここで無理に説得してはむしろ離れる原因となる。

 

「お前達は中々どうして素材が良いからな。まあ、頭の片隅にでも留めておけ」

 

 故に、最低限の含みを残しておくだけにした。

 このまま駄弁っていても時間の無駄と判断した片峰はそろそろ行こうとした。だが、二人から歩き去ろうとする直前、片峰の目にとあるモノが飛び込んでしまった。

 

「……星空、首の右側に糸くずが付いているぞ。しかもデカい。よくも恥ずかしげも無く歩けたな」

「え……?」

 

 言いながら片峰は星空に近づき、首筋についている糸くずを取った。

 

「え、ええええ……!?」

「至近距離で大声を出すな。耳が痛くなる」

 

 途端、星空は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせたり、手を上げたり下げたりする奇天烈な行動を始めた。

 片峰にしてみれば、首に触れる程度で大声を出される意味が分からず、不快そうに顔を歪めた。そんな片峰に、星空の内心を知る由は無かった。

 むしろ、片峰は星空の隣に移動していた小泉へと視線を移した。出くわした時から、ずっと気になっていた箇所があったのだ。

 

「小泉、先ほどから気になっていたんだが、胸元のリボンが歪んでいるぞ。……動くな」

 

 有無を言わせず、片峰は小泉の胸元のリボンを解いた。その瞬間、小泉の動きが止まった。正確にはショートした。

 

「ぴ、ぴゃあ……!」

「何だぴゃあとは? ええい、動くなと言った」

 

 顔から湯気が出ているんじゃないかと錯覚する程度には小泉は顔どころか、全身をゆでダコのように紅くする。たかがリボンを結び直すだけでどうしてそこまで真っ赤になれるのか、そこが片峰には分からなかった。

 そんな事を思いながら、片峰は解いたリボンを手早く、そして美しく結び直す。長さも均等の、まさに完璧なリボンの結びであった。

 ……本来、女子に触れるなど絶対有り得ないことなのだが、一度目にし、そして気にしてしまったらイライラして夜も眠れなくなってしまうのは目に見えていたので、全身が痒くなることを覚悟して、触った。そんな片峰は、自分はやはりA型なのだと改めて確信できた。

 

「良し、終わった。お前ら二人とも、身嗜みにはしっかり気を遣え。そんなのでは、いくら美少女と言えど、人も寄りつかんぞ」

 

 早速痒くなって来たので、片峰は腕を掻きながら、その場を後にした。取り残された星空と小泉がしばらく呆けていたのは片峰には全く知らない話である――。

 

(……ファーストライブ、これで廃校阻止への第一歩として手応えを掴めるのかが分かる)

 

 彼女達がどれだけ期待をされているか、廃校阻止と言う目標への足掛かりとなるか、当日に全てが分かる。

 

(高坂達、頑張ってくれよ。俺のフツノキ帰還の為にな)

 

 既に、片峰の意識はファーストライブにしか向いていなかった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 いよいよライブ開催日である新入生歓迎会の日となった。

 朝からヒデコ、フミコ、ミカと共に色々動いていた片峰は今だ高坂達とじっくり話す機会を取れなかった。昨日の夜、南からメールが入り、当日着る衣装の画像を見せてもらった。

 曲、歌詞、振り付け、ライブ衣装、ステージ設営、告知その他諸々。全ての条件がクリアされた。後は始まるその瞬間まで、ライブの案内をするだけであった。

 

「片峰君!」

「フミコか、どうした? チラシならまだ俺の机に――」

「そういう事じゃなくて! 案内とかお客さんの誘導は私達がやっておくから、片峰君は穂乃果ちゃん達の所へ行ってあげて!」

 

 思いがけない提案であった。まだ今日、じっくりと話せていない片峰に取ってみれば、またとない申し出である。だが、じっくり考えればまだやることがあるかもしれない。

 少しばかり躊躇っていると、後から来たヒデコが僅かながら怒ったような口調で背中を押す。

 

「穂乃果達、多分いま緊張しているかもしれないんだよ? メンタルケアもちゃんとやってあげなきゃ駄目だよ!」

「……中々言うじゃないか、ヒデコ」

「私だって言うよ! ほら、もうちょっとでライブが始まるんだよ!? 早く早くー!」

 

 後ろからやってきたミカがそう言って片峰を急かした。ここまで言わせておいて行かない、という選択肢はかえって彼女達を疑うことに直結する。

 

「……分かった。ならば行かせてもらおう」

 

 そう判断した片峰は早速控室へと向かうことにした。

 

「……礼を言う。ありがとう」

 

 小さく片峰が呟いたのを聞き逃さなかった三人は思わず顔を見合わせる。互いが聞き違いでなかったことを確認し合うと、三人は片峰に聞こえない様に小さく笑った。そんな風に礼を言う人間に見えなかったからだ。

 ひとしきり笑い、やる気へと変換した彼女達は音楽の女神を支えるべく、身を粉にしに散り散りになった――。

 

「邪魔するぞ」

「……へっ?」

 

 扉を開けた片峰が目にしたのは、高坂が海未のジャージの下を脱がした瞬間であった。

 

「きゃ……きゃ――」

「ほお、南から衣装の画像が送られてきたから把握はしていたが、中々似合っているじゃないか」

 

 既に衣装に着替えて何も恥ずかしい物は見えていないとはいえ、年頃の少女が脱衣した瞬間を目にしてもなお、動じない片峰。その心の内を察した園田はむしろ、声を上げるのが馬鹿らしくなってしまい、途端落ち着きを見せる。

 

「……片峰君は申し訳ないという感情は無いのですか……?」

「とっくに衣装に着替えて、尚且つ下着も何も見えていない。……どこに問題がある?」

「片峰君、どうしたの? もしかして最終の打ち合わせ?」

 

 南の問いに、首を横に振って答える片峰。

 

「……お前達、今日まで良く頑張ってきた」

 

 思わぬ言葉に、三人が固まる。そんなリアクションに気づいたか、気づいていないか、片峰は続ける。

 

「歌もダンスも、全くの初めてだというにも関わらずこのライブの日まで、お前達は死ぬ気で練習してきた。俺の言葉をものともせずここまで辿りつけたお前達を、俺は評価している」

 

 高坂が口を開こうとした瞬間、片峰が睨んで黙らせる。元より、反応は望んでいない。これはそう、独り言なのだ。

 

「この後、どんな結末になろうが俺はそれを受け入れる。成功しようが、しくじろうが、だ」

 

 そう言って、片峰は控室の扉を開けた。

 

「良いか。お前達は三人で一つだ。自分に折れそうになったら他の二人に頼れ。添え木には十分すぎるはずだからな」

「片峰君!」

 

 高坂に呼び止められ、片峰は立ち止まる。振り向くと、三人が手を繋いで、軽くそれを上げて見せた。

 

「私達のステージ、見ていてね!」

「……端からそのつもりだ」

 

 控室を出た片峰は講堂に行くべく、足をそちらの方角へ向けた。その前に、と廊下の陰へ声を投げかける。

 

「おい、見学料を請求するぞ」

「片峰君すごいなぁ。ウチの気配を感じ取るなんて」

 

 案の定、と言ったばかりに片峰はあきれ顔を浮かべる。と言うより、端から気づいていた。彼女達あるところに、東條あり。そして――。

 

「ああ、実に分かりやすかった。あいつらを観に来たのなら早く講堂へ行け。もう始まるぞ」

「それはもちろん、ウチもそのために来たんやから」

「愚問だったか。そうでなくてはわざわざ名付け親になった意味も無いだろうしな」

「……な、何の事かウチ分からんわ」

「……以前生徒会室へ行った時、お前の名前が書かれている書類が机の上に一枚あってな。……そして高坂から見せられたあの投票用紙、『μ's』の筆跡がお前の名前の筆跡とよく似ていることに気づいた」

 

 書類は無闇に晒しておくな、と片峰は締めくくる。

 反論が無いのか、東條は黙っていた。そんな彼女を見て、片峰は特に追及することも無く、彼女を横切った。

 

「……ふらすつもりはない。言いたくなったらお前が言え」

「片峰君なら言うと思った」

「思った以上に、お前はロマンチストのようだからな。無粋な真似はしないよ。……もう始まる。お前も早く講堂に入れよ」

 

 東條を置き、片峰は講堂へ向かった。東條と無駄話をし過ぎたせいで、開始時間を多少オーバーしてしまった。

 МCをしくじっていないか、そんな不安を抱きながら、片峰は講堂の扉を開く――。

 

「…………ちっ」

 

 “その光景”を目の当たりにし、片峰は思わず舌打ちをしてしまった。

 講堂はまるで伽藍堂(がらんどう)のように静まり返っていた。照明に照らされたステージには高坂達三人だけ。正確には手伝いであるヒデコ達しかいなかった。

 高坂と目が合う。その瞳は僅かに潤み、目の前の現実を正しく受け入れている最中のようだ。園田も、南も、同じように。

 観客が誰一人としていないライブ会場。普通なら心が折れ、二度とステージに近づこうとすら思わない状態。誰かが中止しようと言えば、それだけで瓦解するこのステージ。

 ヒデコ達が、高坂達が、片峰へ視線を送る。判断を促しているのは誰の目から見ても間違いない。

 ――故に、片峰の判断はおよそ一か月前からずっと変わらない。

 

「…………」

 

 腕を組み、片峰はただ“始まり”を待つ。そんな片峰へ、思わずヒデコが、続いてフミコとミカも詰め寄った。

 

「も、もしかしてやらせるの?」

「観客がいないのに!?」

「可哀想だよ!」

 

 片峰は依然、ステージから目を離さない。

 

「可哀想? お前達はあいつらの努力をそんな一言で片づけるのか?」

「そ、そうじゃないけど……」

「あいつらが止めたいと、そう言うなら中止の判断を下すのもやぶさかではない。だがな、口に出していないなら俺はその判断を絶対に下さないと決めている。それに――」

 

 人生に逆転ホームランは無い、というのが片峰の持論だ。この後、ドッと観客が押し寄せてくるなんていう希望的観測を持ったつもりはない。

 しかし――安打の一本くらいはあるだろうと言うのもまた、片峰の持論である。

 次の瞬間、講堂の扉が開け放たれた。

 

「――あいつらに興味を持っているのは全くのゼロではない」

 

 チラシを握りしめて入ってきた小泉を見て、片峰は口角を釣り上げる。

 

「あれ……? ライブは……?」

「小泉」

「片峰先輩……あの、ライブは……」

「ああ、その事か。ステージトラブルがあってな。たった今、解決した」

 

 言いながら、片峰はステージに立つ、高坂達へ視線を投げつける。

 

「……やろう!」

「穂乃果ちゃん……?」

「穂乃果……」

 

 高坂の眼を見た片峰は既に彼女達を心配していなかった。むしろ、ダンスや歌をしくじらないかのほうが心配となってきた。

 

「歌おう! 全力で! だって、そのために今日まで頑張って来たんだから!!」

 

 ――歌おう。

 その言葉がそのまま高坂達の総意となり、寸分違わずその意思を受け取った片峰が開始の合図とばかりに腕を上げた。

 高坂達は後ろを振り向き、準備を終える。そして講堂の照明が落とされ、伴奏が流れ出す。

 『START:DASH!!』。彼女達の始まりの歌が今、走り出した――!

 

「……ほお、リハーサルなんか比べ物にならんな」

 

 このちっぽけな講堂に収まらないばかりに輝く魂の光。その光に誘われたかのように、星空も現れ、小泉の隣まで歩いて行った。講堂の扉を見ると、東條のおさげが一瞬だけ見える。

 まだまだいる。片峰達が入ってきた扉とは逆側の扉が少し開かれると、見覚えのあるツインテールが観客席の陰から陰へと移動し、バレないような位置でそーっと彼女達を覗き見ていた。続いて、これまた見覚えのある赤毛が講堂の扉の側で彼女達のステージを見守っている。

 曲も佳境へ差し掛かったところで、片峰は音響操作室へと足を運んだ。“今後”のため、上から彼女達の動きを見るためである。

 

「――ご足労だな、生徒会長」

「……片峰君」

 

 音響操作室に入ると、そこにはヒデコの他に絢瀬絵里が腕を組んでいた。絢瀬は片峰の姿を確認すると、ほんの少しだけ居心地が悪そうに顔を歪める。

 

「……これが彼女達の限界よ。これ以上は意味が無い」

「意味か、確かに無いかもな。自己満足と言われればそれまでだ。仮にこの先、何回何十回何百回このような催しを開いても、誰も来ないかもしれない」

 

 絢瀬は未だに、片峰の考えが分からずにいた。黙って続きを促すと、片峰は続ける。

 

「――だが、あいつらはやるったらやると、そう言った。意味があろうがなかろうが、あいつらはやるぞ? 廃校阻止を夢見て何度も空へ羽ばたき続ける。だから俺は協力する。もしあいつらの翼が折れるような現実があるのなら、それは俺が叩き壊す」

「……貴方は、一体誰? 何故、そんな事を言い切れるの?」

「知りたいか? それは俺が完全無欠だからだ」

「は……?」

 

 ここで、そんな子供じみたことを言うとは予想していなかった絢瀬は思わず変な声を上げてしまった。

 

「俺に出来ないことはない、と言うことだ。覚えておけ」

 

 そう言い切ったのとほぼ同時、彼女達のファーストライブは終わりを迎えた。それを確認した絢瀬は音響操作室を後にする。

 

「……え、片峰。良いの? 生徒会長にあんなこと言って……」

 

 一仕事を終えたヒデコが顔を真っ青にしながらそう言うが、片峰はそれを笑い飛ばす。

 

「ああ。俺の言いたいことが理解できない程、絢瀬は愚かでは無い。……俺も行く。お前も音響の電源を切ったらアイツらを労いに行ってやれ」

 

 片峰が講堂に行くと、既に絢瀬が高坂達と向き合っていた。

 

「いつか私達、必ず――ここを満員にして見せます!!」

 

 聞き間違いなんかではない。確かに、はっきりと、涼やかに、片峰の鼓膜へと響き届いた決意の言葉。

 結果だけ見れば、完敗も良い所である。そんな事実を突き付けられてもなお、彼女達は折れるどころか、踏み止まり、天を仰ぎ見るという事をやってのけた。

 その事のどれだけ驚異的な事か。

 

(やはり俺の目に狂いは無かった……!!)

 

 既に片峰はこのファーストライブの完敗を過去へと置き去った。あるのは“これから”の事だけ。

 だが今は少しばかりの賞賛を――。

 完敗を喫しても、その翼を地に着けない女神三人へ、誰にも見られない様に片峰は小さな拍手を送った。

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