ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】   作:鍵のすけ

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第13話 やりたい事、やらなくてはならない事

 あのファーストライブから一日が経った。

 結果は完敗となったが、あれで高坂達の活動が全て終了したわけでは無い。とっくの昔に気持ちを切り替えていた片峰は次にやることに向けて、色々反省をしていた。

 その内の一つとして、片峰は携帯のサイトでとある動画を視聴中であった。

 

「……ふむ」

 

 画面の中には昨日のファーストライブの様子が映し出されていた。三人が最後まで懸命にやり遂げ、そして講堂にいた僅かな観客たちへ確かな爪痕を残せたと言えるであろうライブ。

 ――そんなものが、あるはずがなかった。

 あの時、講堂に録画機材を持ち込んではいなかった。もちろんそれは片峰の痛恨のミスだったのだが。だからこそ、このような動画があることは“有り得ない”のだ。

 高坂達はライブ、自分は持ってきていない、ヒデコ達は運営。ならば導き出される結論はシンプル。

 

(俺達以外の誰かが撮影していたということだろうな、やはり。ならば……一体、誰が? と言うのは何だか馬鹿みたいだな。ちっ、会長のふざけた調子が移ってしまったか?)

 

 と言っても、実は片峰の中ではおおよその見当は付いていた。撮影アングルから位置を割り出すことなど、片峰には造作も無かった。故に、片峰はいよいよもって分からなくなっていた。

 

(……まあ良い。向こうは晒し上げのつもりなのだろうが、こちらにとってみれば良い栄養剤となったみたいだ)

 

 その証拠が再生数であった。多い、とは決して言わないがそれでもそれなりの人数が見てくれているのは間違いない。注目されている、これは動きようのない事実だ。

 

「それに免じて、今はまだ追求しないでおいてやる。……時間か」

 

 片峰は立ち上がり、理事長室へと歩き出す。ファーストライブの結果がどのようになったか、理事長へ報告するように取り決めがされていたのだ。正直、時間の無駄と突っぱねてもよかったのだが、この学校のトップに逆らってもあまりいいことはないので、素直に従うことにした。

 特に遠くも無い道のりを経て、片峰は理事長室へとたどり着いた。数回ノックをし、片峰は扉を開いた。

 

「……む」

「貴方……」

 

 片峰はあからさまにため息を吐き、落胆を露わにした。ここに来てまで会いたい顔では無い。絢瀬、東條の両名も同じ考えだったようで、顔をしかめていた。

 一触即発の空気。それを察した理事長はあえて明るく片峰を呼び寄せる。

 

「いらっしゃい片峰君。お茶でもお出ししましょうか?」

「結構です。折角の美味しいお茶を不味く飲みたくはありませんので」

「……理事長、お話を続けても良いでしょうか?」

「ええ。……片峰君、ちょっと待っててもらって良いでしょうか?」

「ええ。このソファに座って待っています」

 

 そう言って片峰は応接用のソファにどっかりと座り、壁に掛けられている賞状や棚に収まっている何かのトロフィーをぼんやり眺めることにした。

 そんな片峰をいない者として、絢瀬は話を続ける。

 

「それで、何だったかしら絢瀬さん?」

「スクールアイドルの件です」

 

 片峰は一瞬だけ絢瀬の方へ視線をやり、また戻した。こんなあからさまにプレッシャーを与えて来るとは夢にも思わなかった片峰は小さく、そして絢瀬たちに聞こえない様に笑った。

 絢瀬は絢瀬で、一瞬だけ向けられた片峰の視線に気付いていたが、全く遠慮する気は無かった。元より、後に入って来たのは片峰である。

 

「昨日行われたファーストライブ、生徒は全く集まりませんでした。スクールアイドルの活動は音ノ木坂学院にとってマイナスだと思われます。」

「言うに事欠いてマイナスか。大きく出たな生徒会長様」

 

 口を出す気は全くなかったが、今の言葉は流石に見過ごせなかった。少なくとも、廃校阻止のために奮闘した彼女達へ掛ける言葉では無い。

 

「片峰君は黙っていてください」

「俺とてμ'sに関わりのある者だ、黙る道理はない」

「片峰君の言うことに賛同するわけではありませんが、学校の事情で生徒の活動を制限するのは少し違うのではないかと、私は思いますね」

 

 その煮え切らない言葉に、絢瀬は無意識かどうか分からないが、理事長へ詰め寄った。

 

「でしたら、学院存続の為に生徒会も独自に活動させてください!」

「……それは駄目よ」

「っ……何故ですか!?」

「それに、全く人気が無い訳ではありませんよ? 片峰君はもう見ましたか?」

 

 その言葉にピンと来た片峰は立ち上がり、絢瀬たちへ向けているパソコンの画面を覗き込んだ。やはり、先ほど見ていたライブの動画であった。

 

「ええ、見ました。俺の落ち度で、録画機材をすっかり用意していなかったからどうしようか頭を抱えている時に、こんな素晴らしい動画が上げられているんですから、どこかの優しい誰かさんには感謝の言葉しかありませんよ」

 

 あえて大げさに褒め称え、片峰は絢瀬の方を一瞬だけチラリと見た。すると、何故か東條とも目が合う。その瞬間、片峰は彼女も勘付いていたのかと妙な納得をしてしまった。

 だが、東條はきっと自分のような観点から導き出したのではない。もっと感情的な、直感と言い代えて差支えないモノからたどり着いたのだろう。

 

「話になりません……!」

「あ、エリち!」

 

 そう言い残し、絢瀬と、それを追い掛けるように東條が理事長室を後にした。

 

「ごめんなさいね、片峰君。気を悪くさせてしまったかしら?」

「タイミングが悪かっただけです。特に気にしてはいませんよ……絢瀬に気づかせるためにあえて言葉少なに突っぱねている姿勢は嫌いでは無いですし」

「あら。気づいていたの?」

「俺が気づけたんだ、後ろにいた東條なんてさぞ複雑な立場でしょうね」

「……私は教育者としてふさわしくないのかしらね」

「そう思えている時点ではふさわしいですよ。……さて、と」

 

 片峰が唐突に出入り口の方へ振り返ったので、思わず理事長は呼び止めた。

 すると、片峰はさらりと言いのけた。

 

「ライブは完敗です。今後の活躍に期待していてください」

「……ええ、分かりました。頑張ってくださいね」

 

 実際、絢瀬たちの言い方こそ悪かったが、芳しくない結果だったのは動かしようのない事実であった。手短にそう伝えると、片峰は理事長室を後にした。

 廊下を歩きながら、片峰は手帳を開き、これからのスケジュールを確認する。片峰の判断で、今日はμ'sの練習はない。

 というより、練習も大事だが、それ以上に大事なことがある。それは何を隠そうメンバーである。

 協力するとは言ったが、片峰はアイドル部に名前を貸す気は更々ない。一人が入って、これ以上入る見込みが無さそうだったらしょうがなく名前を貸してやるレベルだ。

 

(そうならないよう、さっさと見つけなければならないな)

 

 そんな事を考えていると、廊下の向こうから高坂達が歩いて来た。

 

「かったみねくーん!」

「やかましい。廊下ではしゃぐな鬱陶しい」

「理事長の所へ行っていたのですか?」

 

 南も、園田と同じことを聞きたかったようで黙っていた。

 

「……状況報告だ。それよりも、μ'sの件だが、お前ら目ぼしい奴は見つかったか?」

 

 すると、高坂がはいっと元気よく手を挙げた。別に挙げなくてもいいのだが、そこに突っ込むのも面倒なので、そのまま促した。

 すると、高坂の口から思わぬ人物の名が飛び出した。

 

「花陽ちゃんが良いと思います片峰たいちょー!」

「穂乃果、花陽と言っても分からな――」

「ああ、小泉花陽か」

「分かるんですか!?」

 

 驚きで一瞬のけぞる海未。そんな海未のリアクションが良く分からず、片峰は首を傾げた。

 

「分からない訳ないだろうおかしな奴だな。この学校の生徒の名前は全員把握しているぞ」

「す、すごい片峰君……!」

 

 南が良く分からないことで感心しているのをさておき、片峰はその小泉花陽について、もう少し聞いてみたくなった。

 何せ、片峰もスカウト候補の一人に入っていたのだから。

 

「それよりも小泉か、あいつなら俺も目を付けていた」

「片峰君も?」

「ああ。少し話したことがあるが、あいつの声は素晴らしく透き通っている。あいつなら俺も文句は無い。……ん? どうした?」

 

 話し終える辺りで、片峰は気づいた。高坂が、園田がどことなく不満げな視線を向けていたことを。南はそんな二人を見て、苦笑を浮かべている。

 

「……片峰君、私達には一回も褒めてくれたこと無いよね?」

「は?」

「いつもいつも私達には暴言しか言わないのに……」

「何だと?」

「確かに私達……一回もそういう事言われたこと無いかも?」

「何を言っている一度くらいは……、む」

 

 そこで片峰は止まってしまった。言われて思い返してみれば、確かにそうだった。だからと言って、これからの態度を改める理由には全くならないが。

 付き合っていられない、とばかりに片峰は三人へ背中を向けた。

 

「お前達は小泉の勧誘に全力を注げ。……済まないが、俺は今日はこのまま帰る」

「どこか行くの?」

「家にちょっとしたものが届くんだ。それを受け取る。自主練習は欠かすなよ。一日サボれば取り戻すには三日かかると思え」

 

 そう言い残し、片峰は三人と別れ、帰路へ付いた。

 片峰の家には今日、フツノキ会長からの贈り物が届くのだ。中身は聞かされていないが、恐らくゲームかアニメDVDの類と予想する。会長からのオススメは全てやり尽くし、退屈していたところなので、これは正に天からの恵み。心なしか、夕日も自分を祝福してくれているような気がする。

 そんな時、片峰は目の前の道をウロウロしている女生徒と目が合った。

 

「あ……片峰先輩」

「小泉か、いつものあいつ……星空はどうした?」

 

 片峰のイメージでは小泉と星空は二人でワンセットなのだ。特に追及したいわけでもないが、小泉は生真面目に返してくれた。

 

「凛ちゃんは今日、陸上部へ見学に行きました」

「陸上部か。見たところ、中学でもやっていたんだろ? 天職じゃないか」

「分かるんですか?」

 

 初めて見た時から片峰はそうだと確信していた。全体的に程よく絞られた肢体――特に、豹を思わせるしなやかな筋肉が付いた脚がそう判断させた決めてだった。

 断じて脚フェチではない。

 

「ああ、男子共の身体を見るだけでどんな運動をしていたか分かるからな。それのちょっとした応用だ」

 

 しかし、と片峰は言葉を続ける。

 

「そうか……あいつは陸上部か……」

「あの、凛ちゃんがどうしたんですか?」

「ああ、あいつとお前にはμ'sに入ってもらいたいと思っていたからな」

 

 その瞬間、小泉の様子がおかしくなりだした。

 

「え、ええっ!? わ、わた私と凛ちゃんがですか……!?」

「ああ。小泉は天性の声質を持っていてしかも容姿は抜群。星空、あいつはこの学校で一番女らしいし、運動神経も良い。アイドル向きだ」

「……片峰先輩は、凛ちゃんは可愛いって思いますか?」

 

 変な奴、と片峰に思われてしまおうがそれでも良い。そう思われてでも、小泉は聞きたくなった。

 誰よりも正直に、そして真っ直ぐに向き合ってくれる片峰からの何も飾らない親友への評価を、小泉は聞きたかったのだ。

 だが、その返事の前に、片峰は小泉の手に持っている物を指した。

 

「まずはお前の要件を終わらせてからだ。その生徒手帳、誰かの家に届けに行くのか?」

「は、はい……えっと、西木野さんの家へ……」

 

 小泉から生徒手帳を貸してもらい、住所に目を通した片峰は直ぐにそれを彼女へ返した。ここからちょっと歩けば辿りつける場所である。

 

「なら行くぞ。話は西木野の家へ行きながらだ」

「付いて来てくれるんですか……!?」

「物事は合理的に、だ」

 

 そして、片峰と小泉の短い旅が始まった。

 早速、片峰は先ほどの続きを話し出す。

 

「星空の事だったな?」

「は、はい……!」

「話の前に聞いておきたいんだが、あいつ、昔何があった? 女と言う単語に酷く動揺している節が見られたのだが」

 

 片峰は物事をオブラートに包まずに言う。星空の事を何度か評価したことがあったが、その恥ずかしがりようが“普通”ではなかったのだ。謙虚、と言うには余りにもネガティブで。

 その指摘に、小泉は答えてくれた。彼女の口から紡がれた言葉は、片峰が何となく思っていたこととピタリ一致し。

 要約するのなら、当時の同級生の心ない言葉が全ての原因であった。

 

「……なるほどな。たまには、と思い立ってスカートを着用してみればそれを男子にからかわれ、それを未だに引きずっている……か」

 

 ――瞬間、片峰は近くの電柱に思い切り拳を叩き付けた。言葉にしても良かったのだが、誰の迷惑にならない様、この苛立ちをぶつけるにはこうするしかなかった。

 その片峰の突然の行動に、思わず小泉が肩を震わせてしまった。

 それに気づいた片峰は小さく謝罪の言葉を口にした。

 

「すまない。驚かせてしまった。」

「い、いえ……その、手大丈夫ですか?」

「星空の心の痛みに比べたらどうということはない。……俺は憤っている」

「何に、ですか?」

「その言葉を投げかけた連中に全く男子らしさを感じられなかったことにだ。……女子に対して投げる言葉では無い。同じ男子として、その事実に顔から火が出そうだ……!」

 

 片峰は女子が苦手。

 これは既に周知の事実だ。行動に文句を言ったり、一々距離を詰めて来ようとする根性に物申したりもする。――だが、女子の外見に対して苦言を呈したことは生まれてこの方、物の一度も無い。

 女子は可愛い物だ、苦手だからこそその事実を良く知っている。故に、その者のアイデンティティに関わってくるような発言を何の考慮もせずにしている者が、片峰には許せなかった。

 

「片峰先輩、ありがとうございます。凛ちゃんが聞いたら、絶対に喜ぶと思います」

「何故お前が礼を言うんだ? おかしな奴だな。それで、さっきの話だったな」

 

 一拍置き、片峰は話す。

 

「一度目が合ったら礼をする。上着やブラウス、スカートの手入れが行き届いている。あと、一度目にしたことがあるが、地べたに座る時はハンカチを下に敷く。近づかれると、甘く良い匂いがする。良く動き、良く食べているのが良く分かる健康的な肌色。……挙げればキリが無いが、星空は間違いなく可愛い。何が可愛いって全体的な仕草がもう可愛い」

 

 言いながら片峰は腕を掻く。女子と並んで歩き、話す。実はもう最初の段階からだいぶキテいたが、それでも逃げ出すという選択肢は片峰には有り得なかった。

 男子だろうが、女子だろうが、向き合う。これは完全無欠を目指すうえでの絶対条件であった。

 

「……簡単で申し訳ないが、そういう事だ。そして小泉。お前もだ」

「私も、ですか……?」

「ああ。しつこいようだが、お前には素晴らしい歌声がある。そして、アイドルへの情熱もな」

「アイドルへの……」

 

 片峰は気づいていた。アイドルと言う単語が上がるたびに彼女はその瞳に炎を灯していた。

 以前、矢澤にこという者と向き合い、その情熱を感じ取っていたが、この小泉も中々どうして。彼女に匹敵するモノを持っていたのだ。

 そしてそれはそのままμ'sの幅の増大に繋がることを確信していた片峰に、彼女を勧誘しないと言う選択肢は無かったのだ。

 

「で、でも……」

「でも、なんだ?」

「私なんかが……」

「人生は一度きりだ。そしてそこにIFは存在しない。ありもしない“もしも”に縋るな。そんなモノに縋るより、やれ。やって後悔で死にたくなった方が全然良い」

 

 と、そこで目的地が見えてきた。と言うより、強制的に目に入った。

 

「う、わああ……」

「ほお、流石はといった所か」

 

 比喩表現抜きに、西木野宅――西木野邸と言った方が正確だろうか――は豪邸と言って差し支えなかった。絵に描いたような裕福度の象徴に、小泉はすっかり(おのの)いていた。

 だが、根性はあるようだ。恐る恐るとはいえ、すぐにインターホンを押した。

 

『はい』

「あ、あの……真姫さんと同じクラスの、小泉、です」

「その小泉の付き添いで来ました、二年の片峰です」

 

 ちょっとすると鍵が開いたので、片峰と小泉は顔を一度合わせ、そして西木野邸へ足を踏み入れた――。

 

「ちょっと待ってて。今、病院の方へ顔を出しているから」

 

 出迎え、応接間まで通してくれたのは西木野と瓜二つの顔立ちの母親だった。健やかに成長を遂げ、髪を伸ばしたら、きっと彼女のような容姿になるだろうと、片峰は室内のトロフィーや楯を眺めながら思った。

 

「病院……?」

「西木野総合病院。ここは病院を経営しているんだ小泉。フツノキの生徒も結構世話になっているしな」

 

 すると、西木野母が片峰の方へ視線を向けた。

 

「あら、良く知っているのね。えっと、片峰君……と言ったかしら? 小泉さんも、良く家へまで来てくれたわね」

 

 そういう西木野母の表情にはどこか嬉しそうな色が含まれていた。

 

「本当に良かったわ。高校に入ってから、友達一人遊びに来ないからちょっと心配してて……。それが一気に二人も。……片峰君はもしかして、真姫のボーイフレン――」

「違います。お母様が気にされるような間柄では無いことをお約束しましょう」

 

 あらそうなの、と何故か拍子抜けしたような声と共に目を丸くする西木野母。

 すると、玄関の扉が開き、西木野の声が聞こえてきた。

 

「……小泉さんはともかく、何で先輩が……?」

「出会い頭の挨拶としては中々洒落ているな」

 

 西木野は片峰の顔を見るなり、あからさまに不快そうな表情を浮かべる。それを照れ隠しと判断した西木野母は特に気にした様子も無く、部屋を後にした。気を利かせたのだろう。

 

「で、何の用?」

「俺じゃない。小泉がお前に用があるらしい」

「えっと、これ落ちてたから……西木野さんの、だよね?」

 

 小泉から受け取り、念のため確認した西木野。どこかで無くしたとは思っていたが、まさか小泉に拾われているとは夢にも思わなかった西木野は何となく聞いてみた。

 

「な、何で貴方が……?」

「ご、ごめんなさい……」

「ど、どうして謝るのよ? ……ありがとう」

「良かった良かった。お前にも人並みの感情はあったんだな」

 

 そこでお礼を言わなかったら咎めるつもりだった片峰。お礼を言えない人間はそこで終わっている、と言うのが片峰の考え方である。

 

「……μ'sのポスター、見てたよね?」

(……ほう)

 

 片峰は気づかれない様に口角を釣り上げた。少しは話がしやすくなりそうだ、とそう言う意味での笑みである。

 当然と言えばいいのだろうか、西木野は否定をした。だが、小泉の次の一言がトドメとなる。

 

「でも、その手帳そのポスターの所に落ちてたし……」

「っ!? ち、違うの!」

 

 その瞬間、余りにも焦ったからか、西木野がテーブルに足をぶつけ、バランスを崩し、そのままソファに倒れ込んでしまった。

 その光景を目の当たりにし、片峰は冷静に一言。

 

「下着が見えているぞ」

「っ!? 変態!!」

 

 白である。何がとは言わないが。顔を真っ赤にしてぎゃんぎゃん騒ぎ立てる西木野へ片峰は更に一言。

 

「男子の下着ならまだしも、女子のを見ても、何も面白くはない。それで小泉」

「は、はい!」

「お前、まだ言いたいことがあるんじゃないか?」

「……はい。西木野さん、スクールアイドルやってみませんか?」

 

 ソファを戻し、座り直した西木野は紅茶を一口。片峰はあえて口を出すことはしない。同性だからこそ、効く言葉がある。

 

「私がスクールアイドルに?」

 

 頷くと、小泉は語り出す。いつも歌を聴くために音楽室の近くを通っている事、そしてずっと聴いていたいくらい好きだと言う事。

 

「――私ね、大学は医学部って決まってるの。だから、私の音楽はもう終わってるって訳」

「決まってるから終わってるか。面白い言い回しだな」

「はぁ?」

 

 あえてそう言い切るのは、その思いが燻っているから。もちろん両親の期待に応えなければならない気持ちも分かるので、『医学部なんて行くな』なんて言う噴飯ものの台詞を吐くことはしない。

 ――だが、片峰はこれだけは言っておきたかった。

 

「両親が作ったレールは偉大で尊いものだ。レールの上を歩く人生はそれで良いのか、なんて馬鹿馬鹿しい事は言わない。……だがな」

 

 一拍置き、片峰は言った。

 

「レールにも歩き方と言うものがある。それを知らないで歩く奴が本当の愚か者だと言うことを、いつかは理解しろ」

 

 そう言って、片峰は席を立った。既にいう事はない。これ以上言うことは無い。後は小泉と西木野の時間である。

 

「小泉、俺の用件は終わった。後は自分で帰れよ」

「あ、は……はい。ありがとうございました」

 

 西木野の呼び止める声も聞かず、片峰は西木野邸の正門までやってきた。

 目を閉じ、思い返すは西木野の表情であった。口ではああいっていたが、やはり胸には燻りがあるのだ。どちらが大事、ではないのだ。どちらも大事だからこそ、西木野は苦悩している。

 入って欲しい。そんな想いが燃え上がる瞬間でもあった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「――皆さん、ちょっと良いですか?」

「西木野?」

 

 次の日の放課後。夕日に照らされた屋上には高坂達と片峰。そして、星空と西木野に両腕を組まれた小泉がいた。その姿はどことなく宇宙人を連想させる。

 そう思っていた片峰と小泉の目が合った。そして軽く頭を下げられる。

 ――結局あの後、片峰は西木野邸の正門でずっと小泉を待っていた。流石に女子一人を暗い夜道に帰す趣味を持ち合わせていないだけで、断じて優しさなどではないというのが片峰の言い分である。

 

(ほう……)

 

 第一声はやはりと言っていいのか、星空であった。

 

「あのっ! かよちんは歌も上手だし、可愛いし、スクールアイドルに向いていると思うんです!」

「いきなりすぎ。あの、小泉さんはμ'sに興味があるみたいなんです」

 

 星空の言葉を真姫が切り捨て、小泉を高坂達の前に突きだした。

 

「もしかして……メンバーになるってこと?」

 

 彼女達のやり取りに、期待と共に南はそんな質問をぶつけた。それに大きく頷いた星空が再び小泉のPRを始める。

 そして、それに負けないよう西木野も小泉の良い所を語り出す。

 

「かよちんはずっとずっと前から、アイドルやりたいって思ってたんです!」

「そんなことはどうでも良くて! この子、結構歌唱力あるんです。皆にも負けないぐらいに」

「そんなことってどう言うこと!?」

「言葉通りの意味よ」

「お前ら、真ん中の小泉が死にそうだぞ」

 

 西木野と星空の言い合いがヒートアップしていく中、真ん中の小泉が遠慮がちに言葉を発する。

 ……と言うより、いつの間にこんなに仲良くなっているのかまるで理解が出来ない片峰であった。

 

「あ、あの……私、まだ……」

 

 ここまで来てまだ消極的な事を言う小泉に、とうとう星空が痺れを切らした。

 

「もう! いつまで迷ってるの!? 絶対やった方が良いのー!」

「それには私も賛成。やってみたい気持ちが少しでもあるんならやった方が良いわ」

 

 小泉を解放した西木野が、彼女の両肩へ手をやり、顔を近づける。その光景に若干百合の花が見えたが、フツノキ会長の影響を受けていることを自覚し、首を横に振った。

 そして彼女は優しく声をかけた。言い含めるように、言い聞かせるように。

 

「さっきも言ったでしょ? 声を出すなんて簡単よ。貴方だったら……絶対出来るわ!」

 

 次の瞬間、小泉を奪い取るように自分の方に向かせた星空が自分のハートの全部を彼女にぶつけた。

 

「凛、知ってるよ? かよちんがずっとずーっとアイドルになりたいって思ってたこと!」

「凛ちゃん……西木野さん……」

 

 瞬間、片峰は小泉の“眼”が変わったことに気づいた。しかし自分からは背中を押さない。それは――他の者の役目だ。

 それから小泉は“その言葉”を言おうとした。だが、まだ声が小さい。他の者が認めても、片峰はこれを意志の表明とは認めない。

 

「凛たちが」

「応援するから」

 

 言い、星空と西木野が小泉の背中を優しく押した。ふわりと、そして優しく背中を押された花陽が一歩前へと踏み出す。その瞳と表情にはもはや“迷い”というモノは微塵も感じられない。

 感情の昂ぶりを示すかのように、小泉はうっすらと涙を浮かべながらついに――“その言葉”を口にする。

 

「私、小泉花陽と言います! 一年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで得意なものは何も無いです。……でも、アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです! だから――μ'sのメンバーにしてください!!」

 

 片峰は口角を釣り上げた。これでようやく四人目のメンバー加入。いや、ご都合主義と言うモノがこの世にあるとするのならば――。

 

「こちらこそ……よろしく!」

 

 高坂と小泉が握手が固く握手を交わす。片峰はこの朝八時アニメのような展開が見られたことに少しだけ感動してしまった。

 星空と西木野の二人は二人で感極まったようで、互いが互いのことを茶化しながらも、涙を浮かべている。片峰はそんな二人の元に近づいた。

 

「さて、次はお前達の入部宣言を聞かないとな」

「……入部?」

「……宣言? 凛達が?」

 

 すると、片峰は吐き捨てるように言った。

 

「当たり前だ。お前達、まさかこんないい感じの雰囲気で加入せずに去るつもりだったのか? 嘘だろう? 特に西木野」

「私?」

「そうだ。やりたい事、やらなくてはならない事。……たった二つを抱きしめられない奴が、どうして沢山の人の命を抱きしめられる?」

 

 その言葉に、何を思ったのか、唇をきゅっと引き結んだ西木野。そして不思議そうに見つめる星空。

 そんな二人の前に、南と園田が歩いてきた。そして、にこやかに手を差し出す。目くばせしようと思っていたが、丁度いいタイミングである。

 

「メンバーはまだまだ募集中ですよ?」

「うん!」

 

 星空と西木野がその手を取ったかどうか。ここまで来てその答えを考える片峰ではなかった。

 今はただ、音楽の女神が六人となった事実を噛み締めるだけであった。

 

(……チッ、また腕が痒くなった)

 

 そして、腕の尋常では無い痒みと戦うだけであった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……さて」

 

 早朝、片峰は神田明神へやって来ていた。昨日を以てμ'sに加入した小泉、星空、そして西木野達が早速今日から練習に参加するのだ。

 無いとは思うが、この練習で弱音を吐きいなくなる可能性も頭の片隅に入れて、片峰はいつも石段を登る。

 

「真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃーん!」

 

 上に近づくにつれ聞こえてくる非常に耳障りな声。じゃれあっている星空と西木野を一瞥し、小さな舌打ちを鳴らす。

 

「お前ら、随分とやる気が見て取れる……」

「あ、片峰せんぱーい! おっはようございまーす!」

「近づいてくるな星空。耳がキンキンする」

 

 舌を出して謝罪する星空を放っておき、片峰は小泉へと視線を移した。彼女が眼鏡からコンタクトレンズに変わっていたのだ。

 個人的には眼鏡の方が良かったのだが、こっちはこっちで中々どうして。また別の魅力があった。

 

「印象が変わったな小泉」

「え、と……それは変ってことですか……?」

「眼鏡の時とはまた違う可愛さがあるということだ。はき違えるな」

 

 そう言っている内に視線が合ったのは西木野であった。彼女は少しばかり不機嫌そうな表情を浮かべ、少しだけ近づいてきた。

 

「……先輩、言いましたよね。『レールにも歩き方と言うものがある』って」

「ああ、言ったな。それがどうした?」

「……いいえ。後、勘違いしないでくださいね。別に、先輩に言われたから、私はμ'sに入った訳じゃないですから」

「当然だ。自分の意志が無いのに入った……などとのたまうような奴は俺から願い下げだしな」

 

 一瞬だけ交わされる視線、そして散る火花。

 この西木野とはだいぶやり合うことになりそうだと、そう感じる片峰。だが、片峰はそれを喜んだ。自分の意見をしっかりと言える者は、性別に関係なく悪い気はしないからだ。

 下から高坂達がやかましい声を上げて、石段を駆け上がって来ていた。

 今日の片峰の練習メニューは十分に気合いが入ったものとなっている。今から苦痛に歪む彼女達の顔を想像するだけで気持ちが安らぐ。

 それとはまた別に。片峰はこの後すぐにでもぶつけられるであろう問題について、思考を巡らせた。

 小泉、星空、西木野。彼女達三人に高坂達をプラスすればμ'sは“六人”。これで部設立の条件はほぼクリアされた。

 ――そう、ほぼであって“完全”ではないのだ。あと一つだけ、絶対に処理しなければならない問題があるのだ。

 

(……アイドル研究部。絢瀬は必ずこの事を突き付けてくるはずだ。……ならばどうする……等と、愚問か)

 

 だが、今は良い。それよりも、と片峰は練習メニューが書かれたプリントを手に取った。

 まずは彼女達六人を筋肉ダルマにするという作業があるのだから――。

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