ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】   作:鍵のすけ

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第14話 お前に足りないものは

 西木野真姫、小泉花陽、星空凛の三名が加入した。人数が増えると言うことは単純にやれる曲のバリエーションが広がったということでもあり、そして何より、μ'sが六人になった。

 それはいよいよ部として認められる条件をクリアしたと言うことで。

 特に片峰は何もその事について、触れなかった。部員が増えているのだ、とっくの昔に部の設立申請をしているはずと踏んだ片峰はその間、別の事をすることにした。

 目的地まで歩いている時、ふと片峰は窓から外を見上げた。今日は雨、そして何だか心が重くなるような曇天。こういう日は妙にやる気が削がれてしまう。

 その事を自覚した片峰は自身の頬を叩き、やる気を充填した後、目的地へ辿りつく。

 

「邪魔するぞ」

「……片峰君?」

 

 もはや入り慣れた生徒会室の門戸を潜り、片峰は奥に座っている二人へと視線をやった。いつもいつも二人でいる所しか見ていないが、生徒会業務は大丈夫なのだろうかと一瞬だけ片峰は不安になったが、今はそこに突っ込むべきでは無い。

 対する絢瀬と東條はあからさまに不快そうな表情を浮かべている。最近ではもう取り繕うこともしなくなった二人である。

 

「客人を睨んで迎えるのがオトノキ生徒会の流儀なのか?」

「……片峰君がそういう事言わなかったらウチらも多少は笑顔で出迎えてあげるんやけどね」

「多少か、少しはオブラートに包んでほしい物だがな。……それよりも、何も言いがかりを付けてこないと言うことはアイドル部の設立を認めたということで良いんだな?」

 

 すると、片峰の言葉を受けて、絢瀬と東條が顔を見合わせた。二人はアイコンタクトを交わし、意思疎通をしている様子である。その表情には困惑の色が。

 ……片峰は酷く嫌な予感がした。まさか、と。そんなはずはないと、片峰は自分を落ち着かせた。小泉たちが加入してから何日も経っているのだ。とっくの昔に――。

 だが、そんな片峰の恐れは見事に的中した。

 

「――何の話ですか? まだ申請ももらっていないものを認める訳にはいきません」

「……おい、東條」

「片峰君はいい加減ウチらの事を先輩かさん付けで呼んだ方が良いと思うよ?」

「まずは性別を変えろ、話はそれからだ。……ええい、そんな事はどうでも良い。それよりも今の話、どういうことだ? 高坂達は部の申請にまだ来ていないのか……!?」

 

 ジトーッとした目を向ける東條をバッサリと切り、片峰は質問を投げかけた。今の片峰はそれどころでは無かった。直ぐに高坂に連絡を付けるため、スマートフォンには既に彼女の番号を表示させている。

 

「そうや。まだ誰も来てないよ?」

「もしもし、俺だ! 片峰だ!! おい、お前達今どこにいる!?」

 

 すぐさま片峰は高坂へ電話を掛けていた。本来ならば翌日に再申請をしていてもおかしくはないのだ。だが、未だにそれが行われていない事実に、片峰は血管がブチりと切れた音がした。

 あのファーストライブの後、少しだけ見直したのはやはり間違いであった。こんなことなら最初から自分がやっておけば良かったと、片峰は心の底から後悔する。

 高坂の話を聞くと、今日は雨天につき練習は中止。これからの事を話すため、今はハンバーガーショップにいるのだと言う。即刻、向かう旨を伝えた片峰はスマートフォンをしまい、踵を返す。

 

「待って、片峰君」

「何だ? 俺は忙しい」

「例え高坂さんたちが再申請をしに来ても、それを受理するわけにはいきません」

 

 やはり来たか、と片峰は立ち止まる。

 

「この学校にはアイドル研究部と言うものがあるらしいな」

「……知っているのなら話は早いですね」

「あそこは部長の矢澤しかいないはずだぞ?」

「設立する時は五人以上必要やけど、その後は何人になっても良い決まりやから」

 

 当然、そんな事は知っていた。片峰はあえてとぼけたのだ。高坂達の無謀を押し通すため、片峰はひたすらこの学校の規則を頭に叩き込んでいたのだ。抜け穴があったらそこへ捻じ込むために。

 最初見た時は、何とガバガバなルールだと顔を覆った物だ。多少へんてこな部でもとりあえず人数さえいれば、まかり通るこのシステム。少し穴を突ける物がいればそれこそいたずらに部を増やせてしまう。

 

「……なるほど、ならば答えは一つだな」

「ええ。生徒の数が限られている中、いたずらに部を増やすわけにはいきません。話を理解したのなら片峰君から……」

「部の統合。目的が一緒ならばくっついても別に問題はないよな?」

「片峰君の言うとおりや。これでこの話を終わらせたくなかったらしっかりアイドル研究部と話をしてくることやな」

 

 東條と視線が交差する。目が合うなり、すぐにツーンとした表情を浮かべ、視線を逸らしてくるあたり良い根性をしている。

 

「希、どうして……!」

言質(げんち)は取った。その言葉、ゆめ忘れるな。それと絢瀬」

「……何ですか?」

「お前、相変わらずつまらなそうな顔を浮かべているな。たまには笑顔で出迎えろ」

 

 それだけ言い捨て、片峰は生徒会室を去った。そして、すぐにハンバーガーショップへ走る。文句を言うためにだ。

 ダッシュして、十数分、ハンバーガーショップへ辿りついた片峰はすぐさま高坂達がいるところを察知し、鬼の形相で詰め寄った。

 小泉が星空の陰に隠れてしまったが、今の片峰には高坂しか見えていなかった。

 

「――電話した辺りの続きだ。さっさと理由を言え高坂」

「ご、ごめんなさ~い。すっかり忘れちゃってたんだ! えへへ……」

「えへへで誤魔化せると思うなよ。今まで一体何をしていたんだ……!?」

 

 見かねた園田が片峰の前へ出た。

 

「片峰君、まずは穂乃果の言い分を聞いてあげるべきではないでしょうか?」

「たった今、忘れていたと聞いた。それが唯一であり全てだ。分かったかプロ生徒殿」

 

 正しくその通りだったため、園田はそこで引っ込んでしまった。そもそも園田も飽きれていたレベルである。あまり強く片峰に言えないの確かである。

 その様子を見ていた西木野が口を開く。

 

「……良いの、こんな目立つところでそんな言い合いして? また怒られちゃうんじゃないの? 今朝もだったんでしょう?」

「……また? どういう事だ?」

 

 片峰は沸騰していた怒りを一時抑え、高坂に喋るよう促した。今朝の練習はフツノキ生徒会の業務の事で出席が出来なかったので、把握していなかった。

 もちろん、高坂達μ'sの事も大事だ。だが、それと同じくらい元居たフツノキも大事であったのだ。……いつの間にか、同じと言えていることに片峰は僅かな苛立ちを感じる。

 そしてそれはそのまま、絢瀬の心中を理解するには十分すぎて。

 高坂が喋り出す前に、南が簡潔に説明してくれた。少し聞いて目を細め、詳しく聞いて眉が逆八の字へ変わった。

 

「……変質者という訳では無さそうだな。しかしそんな輩がいるとは……」

 

 要約するとこうである。今朝、南と高坂がストレッチをしている時、何者かの視線を感じ、探ろうとすると高坂がデコピンを喰らったばかりか『とっとと解散しなさい』という強迫まで受けたとのこと。

 しかるべき対応をするのなら、片峰が一日張り付き、それでも効果が無かったら警察へ相談しに行くと相場が決まっているが、彼には一つだけ“もしや”があった。

 

「南、その変質者はもしや、ツインテールだったか?」

「え? うん……確か、そうだったかも……?」

「背は小さかったか?」

「あの時、しゃがんでいたからちゃんとは分からないけど、多分……」

 

 カシャカシャと頭の中でパズルを組み上げるように、片峰は対象を絞り込んでいく。時間にして数秒。片峰はとある一人に辿りついた。

 

(なるほど……思ったより早く食いついて来たな)

 

 片峰は少しばかり口角を釣り上げる。このタイミングで、この干渉。これはもう間違いない。奴は恐らく――。

 

「良し。おい、高坂とりあえず明日すぐ――」

「んん……?」

 

 高坂はこちらの話を聞かず、自分のハンバーガーへ視線をやっていた。叱責しようとしたら片峰は高坂の視線の意味に気づいた。

 彼女はハンバーガーではなく、そのハンバーガーに掛けていた“謎の手”を凝視していたのだ。

 すぅっとその手は戻り、どこかへ歩き去って行こうとした。ちなみに、ソフトクリームのような帽子が仕切りから飛び出ているので、よほどふざけない限りは見失うことなど有り得ない。

 

「……おい園田、何だあのファンシーな物体は?」

「さ、さあ……私にも分かりません。ですが……先ほど穂乃果のポテトが無くなったことを考えれば恐らくあの方が……」

「ちょ、ちょっと!」

 

 言うが早いか手が早いか、高坂は直ぐさま謎の人物へ駆け寄り、その手を取った。

 するとその人物は謝罪よりも早く文句を垂れた。

 

「解散しろって言ったでしょ!?」

「そんなことより食べたポテト返してよ!」

「そっちなの!?」

 

 思わず小泉がそんなツッコミを入れた。片峰はそんな様子を冷ややかに見つめつつ、相手の次の言葉を待った。

 

「片峰先輩、良いんですか?」

「黙ってい見ていろ星空。これは様子見だ」

「は、はい……」

 

 相手は高坂を指さし、こう言った。

 

「あんたたちダンスも歌も全然なってない! プロ意識が足りないわ!」

(……ほう)

 

 瞬間、片峰の目が鋭くなった。空気も読まず、園田が出て行こうとしたので片手で制しながら、片峰はただ相手の言葉を聞く。

 そこからの相手の言葉は一方的だった。アイドルを汚している、あんな練習じゃただのお遊びと変わらない、意識が低すぎる等など。

 その言葉にメンバーの全員がムッとした表情を浮かべたが、片峰はむしろそれを歓迎した。

 

「随分と具体的な問題点だな。おい高坂」

「何、片峰君?」

「どこの部のちんちくりんか分からんが、こいつの言っていることは聞く者が聞けば筋が通ったものだ。決して聞き流すなよ?」

「え……あ、う、うん……」

 

 その片峰の対応に、相手は少しばかり歯噛みした後、走り去って行ってしまった。片峰はそれを追いかけようとする高坂の方を掴む。

 

「な、何するの片峰君!? 早く追いかけなきゃ!」

「安心しろ高坂。明日にでも会える」

「片峰先輩、さっきから含みがありますね。もしかして知り合いですか?」

 

 西木野のその一言に、メンバーからの視線が一点集中してしまった。こんな近い距離から六人もの女子の視線を浴びるのは片峰にとっては拷問に等しくて。例えるなら、無数の剣山の上を全裸で前転し続けるほどの苦痛と言えよう。

 それぞれ何かを言いたげにしていたが、その全てを片峰は一蹴する。百聞は一見に如かず。言葉を尽くすより見た方が早い時がある。そういう考えの片峰はそのために知っておかなければならない情報を全体で共有すべく、口を開く。

 

「繕う気はない。この話をする前に、お前たちに報告だ」

「報告? 何の報告ですか?」

「慌てるな園田。……今しがた絢瀬の所へ行ってきた」

 

 ひとまず片峰は皆を座らせ、続ける。

 

「単刀直入に言う。条件を満たしたとはいえ、今のままでは部の設立は認められない。確実にな」

「認められない……ってどういうことなの?」

「確実って何でそんなこと言えるんだにゃ?」

 

 南と星空の質問がμ'sの総意らしく、他の皆は口を開かない。

 

「オトノキにはな、アイドル研究部と言うものがあるんだ。アイドルに関することを研究するという実に大ざっぱな設立理由のな」

「え? それじゃあ私達と……」

「小泉の思っている通りだ。大ざっぱ過ぎて被っている。事実、その事を絢瀬に指摘されてきた。認めたくはないが、これでアイドル部の設立はほぼ絶望的だ」

 

 その事実に、ざわめきが起きた。特に高坂は心中穏やかでは無かった。折角、部の設立条件を満たしたと思った矢先にこれであるのだから。

 しかし、片峰はただメンバーのやる気を削ぐためにこの話をしたのではない。彼は垂れさがった蜘蛛の糸の事もしっかりと口にした。

 

「――という話になりたくなければ、アイドル研究部の部長と話をする必要がある」

「アイドル研究部さんと?」

「ああ、そして部を統合する。これで全ての条件はオールクリアだ」

「で、ですが……その部長さんの名前も知らないのでは……」

 

 園田の言葉に対する返答代わりに片峰は店の出口を指さした。

 

「安心しろ。今のがアイドル研究部部長だ」

 

 ――矢澤にこ。たった一人で部を続けている者の名を挙げると、店の中だと言うのに全員が驚きの声を上げた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「な、なな……!」

「よう。話をしに来たぞ」

 

 翌日の放課後。

 片峰は他のμ'sメンバーを引き連れ、アイドル研究部室前で矢澤を出向かえた。万が一にも、矢澤に気取られないよう、全員には先走らないよう念入りに厳命した上で、向こうの気が緩むこの時間に電撃戦を仕掛けた。

 その効果はてき面で、見事に矢澤とのエンカウントを果たせた。

 

「か、片峰君の言うとおりだった……! あ、貴方がアイドル研究部の部長!?」

 

 瞬間、矢澤は高坂へ猫騙しをし、部室に入った。すぐさま扉を閉めようとしたが、片峰を前にして、その行動は些か遅すぎる。

 

「まあまあ。高坂穂乃果率いるμ's御一行様だ……ここは快く出迎えてやろうじゃないか……!」

「あ、あんたの部じゃなーい!!」

 

 扉の隙間に足と手を入れ、すぐに扉を全開にした片峰。逃げようとする矢澤の身体に片腕を回し、手早くかつ完全に拘束する。

 

「ちょ、ちょっ!? あんた、む、むむむ胸っ! 腕が、胸に、当たってるん、だけど!!」

 

 矢澤はじたばたし、何とか拘束を逃れようとするが、そこはやはり男子。びくともしない。そして最悪な事に、動けば動くほど片峰の腕へぐいぐい胸を押し付けるようなことに繋がってしまうので、そう派手にも動けないこのジレンマ。

 そんな矢澤の複雑な乙女心へ、片峰は一言。

 

「ん? ああ、良い感触だな。……おい、お前ら早く入れ。そして鍵閉めろ。時間が勿体ない。早く話し合いをしたいんだこっちは」

 

 皆、言うとおりに部室へと入ったが、その視線はやや冷たい物になっていた。

 

「……片峰君のえっち」

「やっぱり片峰先輩、凛達以外にもあんなことやってたんだ……」

「ぴゃ、ぴゃあ……」

「片峰君はもう少しデリカシーと言うものを学んだ方が良いと思います」

「片峰君、だいたーん」

「悪気無しでやってんなら相当ヤバいわね」

 

 高坂、星空、小泉、園田、南に西木野の順番でそんな事を言われてしまった。片峰は首を傾げる。

 

「これが確実に捕まえられる手段だろう、何を言っている?」

「て言うかもう離しなさいよ!!」

「逃げないか?」

「逃げない! 逃げないから!!」

 

 矢澤の懇願を信じた片峰は彼女を解放した。そして、渋々と言った様子で矢澤が皆を入室を許可した途端、皆部室の中のアイドルグッズが物珍しいのか、次々に物色を始めてしまった。

 一番に反応したのは小泉である。

 

「こ……これは……!? 『伝説のアイドル伝説』全巻BOX!?」

「あ、こら! 勝手に……!」

「そんなにすごいの?」

「すごいなんてもんじゃないですよ!!」

 

 高坂の言葉をいつもの数倍増しで強く返し、小泉はすぐに手近なパソコンを立ち上げ、そのBOXの説明を開始する。いつもの大人しそうな印象とは打って変わり、細かくそして情熱的にいかにそのBOXがすごいかを語る小泉の姿は既に一人のアイドルマニアであった。

 ちなみに片峰はこの全く興味が無かったが、これも一つの勉強と割り切り、案外真面目に聞いていたりする。。

 

「……ん、どうした南?」

 

 片峰の視線の先には、棚の上を見上げ複雑そうな表情を浮かべている南の姿があった。片峰が一声掛けると、南は直ぐに首を横に振る。

 

「ううん。何でもないよ!」

「ああ、気づいた? 秋葉のカリスマメイド『ミナリンスキー』さんのサインよ」

「ことり、知っているのですか?」

 

 園田の質問に、南は先ほどと同じように首を振って、否定した。

 

「う、ううん……全然」

「まあ、それはネットで手に入れたものだから、本人の姿は見たこと無いんだけどね」

 

 そのサインを何気なしに見る片峰。女の子らしい字であった。その字をジッと見つめた片峰はその筆跡にどこか見覚えを感じた。

 

「この文字の雰囲気……どこかで見たような」

「片峰君、そろそろ話合いした方が良いと思うなぁ! ね?」

 

 そう言いながら、片峰とサインの間に南が現れた。その近い距離と甘い匂いに、片峰は直ぐに後退する。

 南の言うとおり、これ以上時間を無駄にしたくない片峰は矢澤と皆を席に着かせた。片峰は女子とテーブルを囲むのはまっぴら御免なので、その辺の壁に背を預ける。

 

「アイドル研究部さん!」

「にこよ……」

「にこ先輩! 実は私達、スクールアイドルをやっていまして!」

「知っている。部にしたければ話を付けて来いって希辺りに言われたんでしょ?」

「おお! 話が早い! だったら――」

 

 ――お断りよ。

 高坂が話を続けようとした次の瞬間、矢澤がバッサリとそう切り捨てた。その言葉を受け、園田がすかさずフォローに入ろうとしても、矢澤は一切それを受け付けない。

 

「お断りって言ってるの。言ったでしょ、あんた達はアイドルを汚しているの!」

「でも! 練習してきたから歌もダンスも――」

「そういう事じゃない」

 

 その言葉に、話を聞いていた片峰は眉を潜めた。今しがた挙げられた点以外で他に何を語らう所があるのか。片峰は単純にソレに興味を持った。

 

「あんた達……ちゃんとキャラ作りをしているの?」

「……キャラ?」

 

 いまいち分かっていない高坂の曖昧な返事に業を煮やした矢澤は気だるげに立ち上がった。……ちなみに、片峰含め他のメンバーもちんぷんかんぷんである。

 

「そう! お客さんがアイドルに求めるモノは楽しい、夢のような時間なのよ! だったら! それにふさわしいキャラってモンがあるの。――しょうがないわね」

 

 そう言って、矢澤はくるりと皆から背を向けた。

 何をするのか、そんな片峰の疑問は斜め上の方向で返された。

 

 

「にっこにっこにー!」

 

 

 そこから始まる数秒間の口上。その間、片峰は白目をむいていた。

 手でハートの形を作ってみたり、敬礼を思わせるようなポーズを取ってみたり、最後には両手の人差し指と小指を立たせるへんてこりんなポーズでフィニッシュ。

 そこからの反応は六者六様である。片峰は呆れを通り越して、もはや“無”となっていた。このボディを確実に抉ってくるようなジャブを数千数万と受けたような気がした。

 気を抜けば、一気に失神してしまうレベル。

 

「何か寒くないかにゃ?」

 

 思った以上に星空は“言う”ようだ。ボソリと言った星空の一言を矢澤は聞き逃さなかったようで、鬼のような形相を彼女へ向ける。

 

「そこのあんた……今、寒いって言わなかった?」

「ぜ、全然! すっごい可愛かったです! さいっこうです!」

 

 そこからはμ's全員で矢澤を持ち上げる作戦に出た。小泉だけは声色から察するに、心の底からの賛辞だったはずだ。正直、真面目に神経外科を薦めてやろうか悩む程である。

 そんな褒め殺しの中、とうとう我慢の限界を超えた矢澤は退去の言葉を告げる。

 

「出てって」

 

 そう言うが早いか、手が出るが早いか、あっという間に皆追い出され、鍵まで掛けられてしまった。それはそのまま、説得の失敗を意味した。

 そんな皆の前へ現れたのは、やはりと言っていいのか東條である。

 

「やっぱり追い出されたみたいやね。皆、ちょっと付いて来てくれる?」

 

 皆が東條に付いて行こうとする中、片峰だけは動かない。

 

「片峰君、行かないの?」

「野暮用がある。行っててくれ」

 

 特に追及する訳でも無かったのか、すんなりと片峰を一人にさせてくれた。

 一人になった片峰は扉の鍵を見つめ、肩をぐるりと回した後、針金を取り出した――。

 

「邪魔するぞ」

「は、はぁ!? どうしてあんた入ってこれたのよ!?」

「これだ」

 

 針金を見せると、矢澤は察したのか非難を続ける。

 

「ちょ、あんたこれ犯ざ――」

「……お前は、ままごとをしたことはあるか?」

「突然何言って……」

「したことは?」

「いや、まあ……無い訳じゃ、ないけど」

「それと同じだ。気にするな」

「気にするから! そんなゲッスい遊びがあってたまるもんですか!!」

 

 叩けば響く鐘のように、片峰の言葉に対し、矢澤は甲斐甲斐しくも反応しきった。

 

「それよりもだ、まあ座れ」

「にこの部室よここ」

 

 ふてぶてしさしか感じられない片峰に対し、矢澤は怒りのゲージは上がりまくっているのだが、彼の冷静さがかえってそのゲージが吹っ切るのを阻止しているという皮肉。

 そんな矢澤の心境には何の興味も無い片峰は切り出した。

 

「……あいつらとやる気はないか?」

「しつこいわねあんたも」

「当たり前だ。こんな逸材、逃して堪るか」

「逸材……?」

「何回か言っているが、お前は本当に魅力的な人間だ」

「な、何を言ってんのよ!!」

 

 矢澤の言葉を聞き流し、片峰は部室内を見渡した。

 

「……部の設立には五人以上必要だと聞いている。しかしお前は今一人。……これは、そういう事だと考えても良いのか?」

 

 その事に触れると、矢澤は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。片峰の“何となく”はそのままズバリ的中したようだ。

 五人以上いたにも関わらず、今は一人だということは、それはその分、去って行ったと考えるのが妥当で。その理由も、片峰には想像が付いていた。

 

「何、笑いに来たのあんた?」

「まさか。おまえのアイドルと言う物に対する意識の高さは本物だ。付いていけない奴が悪い」

「……同情? 一人で慎ましくアイドル研究部を続けている私を」

「笑わせるな。そんな暇があるならとっくにお前を締め出してこの部室を占拠している。……それに、そんなモノお前には不要だろう」

 

 矢澤は憎々しげに頷いた。片峰の言っていることは正にそうであって。自分を可哀想だと思われることだけは容認できない。それは、矢澤にこに対する侮辱と同義である。

 

「矢澤、俺が前に言ったことを覚えているか?」

「お前に足りないものはあいつらが持っている、だったかしら?」

「ああ。その答えを知りたいか?」

「……聞いてあげるわ」

「――お前に足りないものは志を共にする仲間だ」

「……っ!?」

 

 片峰は続ける。

 

「……一人で突っ走っても駄目なんだ。どんなに高尚な、そして高い理想を掲げても一人ならくじけてしまう。そんな時、支えて、そして並んで歩いてくれる仲間が必要だと、俺は思う」

 

 言い返せなかった。心にもない事を言い出したら笑ってやろうと思っていたのに、矢澤はそれを言えなかった。

 片峰の眼が、それを冗談とは言わないのだ。心の底からの、片峰一心の言葉だと言うことに気づいた矢澤は口をつぐむ。

 話は終わりだとばかりに、片峰は席を立った。

 

「俺のどうしようもない経験則から出た言葉だ。聞く耳持つかどうかは特に興味ない。ただ……頭の片隅には入れておけ」

「待ちなさい」

「何だ?」

「……あんたは、どうしてあいつらに手を貸してんの?」

 

 一拍置き、片峰は答えた。

 

「フツノキに帰るためだ。俺にそんな涙ちょちょぎれる理由を求めるな」

「は、はぁ!? 何それ!?」

「……あいつらを信じてみろ。少しはお前の毎日が充実するかもな」

「あ、ちょ! あんた待ちなさーい!!」

 

 矢澤を置き去りにして、片峰はアイドル研究部を後にした。

 正直、あんな個室の中で女子と二人きりなど怖気しかしなかった。腕を掻きながら、片峰は窓を眺める。すると、まだ東條たちは話しているようだ。

 東條、そして高坂を見つめ、片峰は帰路につくことにした。

 

「……ちっ。傘を持って来るのを忘れたな」

 

 雨は未だに降り続いていた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 その日の夜、高坂から電話が掛かってきた。

 

『片峰君、ちょっと良い?』

「何だ高坂。もう少しで寝る所なんだが」

『あ、ご……ごめんね。ちょっとだけ! ちょっとだけだから!』

「……良いだろう」

『ありがとう! えっとね! にこ先輩の事なんだけど!』

 

 そして、高坂は話し始める。思ったこと、やりたいこと、それがどうなるかは分からないけど、とにかくやってみたいこと。

 

「……ほう。お前にしては面白い案だな。良いだろう、協力してやる」

 

 話を聞いて、素直に面白いと思った。仕掛ける訳でもない、仕掛けられる訳でも無い第三の選択肢。片峰には思いも付かなかったモノである。

 そうなると話は早かった。電話を切ろうとすると、高坂が言った。

 

『……えへへ』

「いきなりどうした? 気持ちの悪い笑い声を出して」

『ううん。片峰君から褒められたのあんまりないから嬉しくって!』

 

 他の者が聞けば、少しは彼女を意識してしまうような台詞。その声色から感じられる人懐っこさ。

 そんな彼女の純粋な言葉に、つい片峰も――。

 

「それでトキメクのはギャルゲーの主人公だけだ、残念だったな。では明日」

 

 ――全く心が(なび)かないのは片峰を良く知る者達ならば、もはや当然と言えた。

 携帯を切った片峰はカーテンを開けて、夜空を見上げる。良い方向へ転がることを静かに祈り、部屋の電気を消した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 その日、矢澤はいつものように部室の前までやって来ていた。変わり映えのしない日々、今日も今日とて前進が無い一日。

 だと思っていたのに、いつもと違う点はずっと絡みつく片峰の言葉であった。

 

「『あいつらを信じてみろ。少しはお前の毎日が充実するかもな』……か。ふん、あいついちいち癪に障る物言いしかしないわよね」

 

 今日も全国のアイドル最新情報を収集するべく、矢澤はアイドル研究部の扉を開け放った。

 次の瞬間、矢澤の視界には“いつもと違う”モノが広がった。

 

「お疲れ様でーす!!」

「なっ……!」

 

 一斉に広がる“お疲れ様です”の声。南が手早く部室に電気をつけると、次に動いたのは高坂である。

 

「お茶です! “部長”!」

「今年の予算表です。“部長”!」

 

 続けざまに南が矢澤へ予算表を差し出す。何が何やら理解が追いつかない矢澤を追撃するように、椅子に座っていた星空が、テーブルの上をポンポンと叩く。

 

「“部長”~。ここにあったグッズ、邪魔だったんで棚に移動しておきました~!」

「ちょっ! あんた勝手に!!」

「さ、参考にちょっと貸して? “部長”のオススメの曲」

「な、なら迷わずこれを……!」

 

 西木野の隣では小泉が目を輝かせながら、例のDVDBOXを掲げていた。

 

「あー! だからそれはぁ!!」

「ところで次の曲の相談をしたいのですが“部長”!」

 

 やんややんやとまるで豪雨のように降り注ぐ、“部長”への“相談”。完璧に矢澤は、唖然としていた。だが、呑まれないように一度頭を横に振ってから、口を開く。

 

「……こんなことで押し切れるとでも思ってるの?」

「私はただ相談しているだけですよ。音ノ木坂アイドル研究部所属のμ'sの“七人”が歌う、次の曲の!」

「七……人?」

 

 高坂の言葉に差し込んだのは、ずっと黙って一部始終を見守っていた片峰であった。

 

「ほう……大人気じゃないか矢澤“部長”様」

「……片峰、あんたの仕業?」

「残念だったな。仕込みから開始まで、全部この高坂の段取りだ」

「……これが、あんたの答え?」

「俺達の答えだ。間違えるな」

 

 どこまでもふてぶてしい片峰の答えを聞いた矢澤は大きなため息を一つ吐く。それも、今までのしがらみが全て吹き飛ばすような、そんな大きなため息を。

 

「――厳しいわよ?」

「分かってます! アイドルへの道が厳しいってことぐらい!!」

 

 その言葉に、皆が頷いた。だが、矢澤は皆を順番に指さしていく。

 

「分かってない! あんたも! あんたも! あんた達も!! 皆甘々なのよ! アイドルって言うのは笑顔を見せる仕事じゃない、笑顔にさせる仕事なのよ! それを自覚しなさい!!」

 

 皆が顔を見合わせる。その言葉が、矢澤にこの“答え”であった。それを見届けた片峰の、次にやることは決まっていた。

 

「おいお前ら。アイドル研究部の入部申請書に名前書け。持っていく」

 

 そこからは行動が早かった。皆が順番に名前を書いているのを眺めていた片峰の隣に、矢澤がやって来た。

 

「片峰」

「何だ?」

「私はあんたの言葉を真に受けた訳じゃないからね。ただ、あの子達の情熱にもう一度賭けてみようと思っただけなんだから」

「ああ上等だ。それで良い」

 

 申請書を受け取った片峰は脚を掻きながら部室を後にした。正直、非常に痒くて血が出るぐらい掻き毟りたいほどである。だが、そんなみっともないことも出来ず、片峰は廊下に出るまで、ずっとムズムズしていた――。

 

「――どうだ、絢瀬。まだ文句はあるか?」

「……ええ、良いでしょう」

 

 『アイドル研究部』の名簿には矢澤の他にも六人の名前が書き連ねられていた。これで、ついに本当の意味で始動することになったのだ。

 ふと、片峰は外から『にっこにっこにー』なる奇天烈な事を叫んでいるのを耳にした。

 

「……ふん。雨が晴れたらすぐに練習か。あのやる気だけは認めてやる」

「片峰君、素直ににこっちが仲間に入ってくれて嬉しいって言えば良いのに……」

「確かに設立の為の条件がオールクリアされて嬉しいのは間違いないな」

 

 その返しに、思わず東條は小さく笑ってしまった。憎まれ口ではあるが、窓の外を見るその表情はどこか優しげで。

 

(……前から何となく思ってたけど、片峰君って、実はエリちやにこっちと案外――)

 

 そこで東條は思考を止めた。勘付かれたのか、片峰の視線が自分の方へ向いたからだ。

 何だか妙な親近感を感じてしまった東條はとりあえず怖い視線をやり過ごすべく、雨上りの空へと顔を向ける――。

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