ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】 作:鍵のすけ
「む……」
片峰の手の平には小銭が数枚あった。今月の仕送りが入金されるのは明日。幸い食事の作り置きはあったので、朝と夕飯の心配はない。
だが、昼食の弁当にぶち込めるほど、食事の作り置きに余裕はなかったのだ。導き出した結論はシンプルなモノである。
「……まあ、昼くらい食わなくても平気か」
昼食を抜いても死にはしないだろう。そんな事を考え、片峰は今日も今日とて勉学とμ'sの活動に邁進することにした。
こんな時に限って、時間の進みは早く、あっという間に昼食の時間となってしまった。弁当が無い、と意識するだけで腹の減りがいつもの二割増しとなってしまった。
空腹を満たすため、とりあえず水でも飲もうと席を立つと、後ろから声を掛けられた。
「あれ、片峰君お弁当食べないの?」
高坂が不思議そうに尋ねてきた。向こうでは園田と南がこちらの様子を伺っている。
このままでは更に目立ってしまうと判断した片峰は端的に事実を告げた。
「少々仕送りを使い込みすぎてしまってな。今日は昼飯抜きだ」
「え、ええっ!? どうして使い過ぎちゃったの!?」
高坂の純粋な質問に、片峰は思わず言葉を失ってしまった。
実は最近、フツノキ生徒会役員メンバーと遊びに行った。その際、日ごろ世話になっている皆の為に、片峰はつい大盤振る舞いをしてしまったのだ。楽しかったのだろう、ついつい片峰は後先を考えずに大放出をしてしまうという愚を犯した。
ほんのりと避わした片峰はさっさと教室を出ようとすると、高坂によって上手く回り込まれてしまった。そのキラキラした瞳を見て、片峰は嫌な予感がしてしまった。
「だったら私のお弁当分けてあげる!」
「何だと……?」
片峰は耳を疑った。特に裏表のないこの優しさが片峰は素直に受け取れず。
さっさとここから去ろう、そう固く決心を固めた片峰は教室から出て行こうとした瞬間、ガッシリと腕を掴まれてしまった。
「ほらー昼休み終わっちゃうよ!? 早く早く!」
「おい……俺はまだ頼んでいない……!!」
「大丈夫! あ、そうだ! 海未ちゃんとことりちゃんも分けてくれるかも!」
何故か今日は一段と力が強い高坂に引っ張られ、片峰はあっという間に園田と南もいる席に着くこととなった。
他の男子が知れば間違いなく血の涙を流すことになるこの美少女だらけの空間。だが、片峰にとってここは有毒空間と同義。
そんなことを思っていると、早速高坂は二人に事情の説明を始めた。正直、片峰はこの二人が弁当を分けてくれると言う事はしないという確信があった。
何せそんな好意的な事をしてくれるような言動をした覚えはないのだから。――そんな、片峰の思惑は見事に瓦解した。
「まあ……困ったときはお互い様と言いますからね」
「私も良いよ、片峰くんっ!」
「嘘だろ……」
何と快諾してくると言うこの事態に、片峰は思わず顔を手で覆ってしまった。
しかし、と片峰は腹を括ることにした。思った以上に空腹が進行し、このままでは午後の授業に集中できる気がしなかったのだ。
「……まあ、もらえるならぜひお願いしたい。本当に良いのか?」
「うん! じゃあまずは私から! はい、これ!」
そう言って渡されたのはランチ的なあのパックであった。たまご味である。そもそもお弁当では無いことに突っ込みたい気もしたが、問題はそこにはない。
大体食べ尽くしたのか、高坂はあろうことに一齧りしたパンを差し出してきたのだ。しかし、贅沢は言っていられない。
すぐに食べないのも失礼だと考えた片峰は特に躊躇することも無く、そのパンを一齧りした。たまごの優しい味が片峰の口から食道へ、そして胃袋へと到達する。目を閉じるとじんわりと身体に染みわたっていくのが感じられた。
「美味しい?」
「ああ、たまごパンは久々に食べた気がする。礼を言うぞ」
「良かったー! じゃあ食べちゃおーっと!」
片峰が食べたのを見届けた高坂は残りを一気に平らげてしまった。その一部始終を見て、戸惑う者が二人いた。
「ほ、穂乃果……」
「穂乃果ちゃん、大胆……」
「え? どうしたの二人とも? 何で顔紅くしてるのー?」
「どうした暑いのか?」
片峰と高坂の反応に、思わず園田と南は顔を見合わせた。特に園田は既に頭がパンクしそうなほどに混乱していた。自分でも気づいているというのに、親友はその事に気づく素振りすら無いことに呆れを通り越してしまった。
南は南ですぐに冷静さを取り戻す。二人が気にしていないならそれで良い、というのが南の見解である。
それよりも、と南は自分の弁当を差し出した。
「そしたら次は私の番かな? 好きなの取っても良いですよっ?」
そう言って見せられた弁当は、高坂のとは打って変わって非常に可愛らしい物となっていた。食のスピードが遅いのか、まだ弁当はほぼ手つかずとなっていた。
「ほう、これは……」
中身は非常に見ていて楽しい物であった。
タコさんウィンナー、小さな卵焼き、小振りなから揚げに、隅っこに添えられたサラダ、そして全体的な色合いを引き締めるようにプチトマトが添えられている。もう一段には高坂、園田、そして南の顔を可愛らしくデフォルメされたキャラ弁ならぬキャラおにぎりが三つこじんまりと収まっていた。一つ一つは小さいのでご飯の量的にも無理なく食べられるだろう。
流石は衣装担当、という訳ではないが、色合いや内容などどれを取ってもパーフェクトと言うに相応しい内容であった。
「可愛い弁当だな、センスを感じざるを得ない」
「ありがとう~嬉しい! あ、そうだそんな片峰くんにはこのから揚げをあげちゃいます!」
「良いのか? ではありがたく頂く」
一言断ってから片峰はから揚げを摘み、口に放り込んだ。噛み締めた瞬間、片峰は今まで食べてきたから揚げは一体なんだったのだろうと、感じてしまった。
これは断じてただのから揚げでは無い。鶏肉に、念入りに下ごしらえをしたうえで、かつ然るべきタイミングと油の温度で揚げられたから揚げである。噛めば、静かにだが確かに肉汁が口の中へ流れ込む。肉本体と肉汁を噛み締め、飲み込むと、片峰はこの下ごしらえに使われたモノの名を挙げる。
「生姜醤油でしっかり味付けをしているんだな。これならいくらでも食えそうだ」
「分かったの!? すご~い片峰くん!」
「こんなに美味い物なんだ、すぐに分かる」
しばらくから揚げの余韻を楽しみつつ、片峰は何の気なしに呟いた。
「これなら毎日でも食いたいな。素晴らしい腕だ南」
「えぇっ……!? えっと~……その、あ、ありがとう片峰くん……!」
「……何故目を合わせない? おかしな奴だな」
「え、ええっと……い、今は駄目っ! 駄目なんですっ!」
顔が熱い。いつもは口の悪い事しか言われてなかっただけに、ふいに来るべた褒めに弱かったのだ。南はとりあえず自分を落ち着かせるために、片峰から目を逸らしたが、それでもまだ、顔の火照りは静まらない。
園田はそんな南を見ているのが恥ずかしくなってしまい、勢いに任せて、片峰の前へお弁当を置いた。
「か、かた、片峰君! 次は私の番ですよ!」
「何で動揺しているんだ?」
「良いんです! さあ、早く食べなさい!」
そう言って差し出されたのは、これまた『ザ・園田』という印象の内容であった。
出汁巻卵に焼き鮭、そしてえんどう豆と豚肉の炒め物にこれまた彩り用のミニトマト、最後にひじきの煮物であった。園田は弓道部にも入っていることもあってか、それなりのご飯の量であった。
まさに質実剛健。そんな中で片峰の選択肢は一つ。
「ならこれ貰うぞ」
「その出汁巻卵は自信作なんです。お口に合うと良いのですが……」
つまみ、口に放り、一齧り。歯を突き立てるだけで出汁巻卵はプッと中の出汁が飛び出た。お弁当用にやや固めに作られたソレは片峰の好みの堅さでもあった。柔らかい食感も好きだが、多少歯ごたえがあった方がもっと良いのだ。
もう二、三噛み締めると、自己主張しない程度のしょっぱさと卵の味を感じ取れた。プロの板前が作ったと言って出されても恐らくは気づかないだろう。
「これをお前がか……」
「な、何か問題があるのですか……!?」
「いいや。純粋にすごいと思っただけだ。これなら将来の旦那は大喜びだな」
「だ、だだだだだ旦那!?」
途端、挙動不審になり始める園田。箸を箸入れに戻しては取り出し、戻しては取り出し……という実に奇天烈なものだ。
「……何だ、俺の口から出るのはそんなに変か?」
「い、いえ! ですが、その……何も感じないのですか!?」
「それこそ何がだ? 料理の感想を一々計算していられるか」
「うっ……確かに、そう……ですが」
『片峰君はズルいです』。と、小さく園田が小さく呟いたのを、片峰は聞き逃さなかった。
「何がズルいんだ。そんなに気に喰わなかったか?」
「ええっ!? な、何で聞こえているんですか!?」
「こんな近くにいて聞き逃すわけがないだろう。今のを聞き逃せる奴がいたら、そいつは間違いなく難聴だよ。俺が病院へ連れて行ってやる」
ライトノベルの主人公じゃあるまいし、こんな近くで聞こえないことの方が有り得ない片峰はいつものように憎まれ口を叩こうとしたが――今日は止めた。
片峰は立ち上がると、三人へ軽く頭を下げた。
「お前達、今日は助かった。おかげで腹が満たされたよ」
「……片峰君がいつもの片峰君じゃない……!?」
あからさまに驚く高坂を軽く睨み、片峰は続けた。
「男だろうが、女だろうが、受けた恩は返す主義だ。今後何か困ったことがあったら、俺に言ってくれ。出来うる限りで恩を返すつもりだ」
一瞬静まる三人。妙な事を口走ったか、一瞬だけ言動を振り返ったが、それはどうやら杞憂だったようだ。
「ええっ! 本当!? だったらどうしようかなぁ……?」
「まさか片峰君からそんな事を言い出すなんて……」
「穂乃果ちゃん、片峰君に何をお願いしちゃうっ?」
その言葉を聞いた途端、きゃっきゃっと騒ぎ出す高坂と南。園田も満更では無いのか、二人の会話に参加していた。
そんな三人を見て、片峰は一言。
「……やはり、昼食抜きの方がまだマシだったのかもしれんな」
その日の午後の授業は腹が鳴ることも無く、いつもの数倍は集中することが出来たのは高坂達には内緒である。素直にソレを口にするのは何だか癪に障るから――。