ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】 作:鍵のすけ
「――まだ若干十六歳、高坂穂乃果のありのままの姿である」
「ありのまま過ぎるよ!!」
片峰は愕然としていた。何を、と言われれば目の間に置かれたビデオを見てだ。そこには思いっきり居眠りをしている高坂の姿があり、たった今先生に怒られた瞬間が鮮明に映し出されていた。
これを見ることになった経緯は割とシンプル。生徒会が部活動を紹介するビデオ制作をすることになり、その取材をしているとのこと。
このことを知ったのはついさっきである。少し野暮用があり、片峰はそこでばったりとあった東條から成り行きを聞かせてもらったのだ。
高坂と園田、南、星空そして東條を交え、一旦ビデオチェックをすることとなった。他のメンバーは後から来るそうだ。先ほど撮っていたのだ、と園田から教えてもらった。
「……おい、何だこれは?」
「ことり先輩、上手でした!」
「ありがとう~。こっそり撮るの、ドキドキしちゃった」
星空がそう賞賛すると、頬に手を当て、顔を赤らめる南。
ブーブー文句を言う高坂を叱責しようと思ったら、隣に座っていた園田が思い切り斬り捨てた。
「普段だらけているから、こういうことになるんです」
「ん? 次の動画があるだと?」
高坂の醜態の次には、弓道場で練習をしている園田の姿である。これだけ見れば、凛々しく練習をしているカッコいい園田海未であった。正直、見惚れている自分がいる。
しかし、そこで終わらないのが園田海未が園田海未たるゆえんなのかもしれない。
静かに矢を放った園田は姿見へと視線を向ける。自分のフォームを確認するためのものであるが、その姿見へ向け、園田は“ニコリと笑顔を浮かべた”。誰がどう見ても、可愛く見える笑顔の練習をしているのだとはっきり分かる。
その瞬間、その動画が園田によって隠されてしまった。
「プ、プライバシーの侵害です!!」
「お前アイドルだろ。何を恥ずかしがっている」
常に可愛く見られるような努力をし続けるのはむしろアイドルの鑑とでもいうべき行動だ。だが、片峰の言葉は園田には届かなかったようだ。急に高坂が立ち上がり、バレリーナもどきの回転を見せながら、南の鞄へと近づいて行った。
「こうなったらことりちゃんのプライバシーも!」
鞄を開け、中を覗いた高坂が“何か”に気づいた瞬間、南がそれをひったくった。何という早業。
しかし、片峰は位置の都合上、その中身が見えてしまった。
(……あれは)
南が鞄を後ろに隠し、高坂から後ずさる。
「ことりちゃん、どうしたの?」
「ナンデモナイノヨ」
早口かつ滑らかな滑舌に、片峰は驚いた。どうしていつもそういう喋り方をしないだろうと思ってしまう。例えるならロボットが喋ったのかと思う程であった。だが当然それでは納得できない高坂が更に追撃する。
「でも――」
「ナンデモナイノヨナンデモ」
あからさま過ぎる拒否の姿勢に、思わず高坂も言葉を失ってしまった。園田ですら、見たことのない南の姿に、言葉が出ないようだ。
何となく、片峰はボソリと呟いてみることにした。
「何でも無くはないだろう。今中身が見えたが、南お前メイ――」
「カタミネクンチョットシズカニシテテ?」
「む」
思わず口をつぐんでしまった。貼り付けた笑顔のままそう言う南。
片峰はこの音ノ木坂学院に来て、初めて女子に圧倒された瞬間であったのかもしれない。しかし片峰はそんな事は死んでも口にしない。言えば、屈辱で死ぬ。
「完成したら、各部にちゃんとチェックしてもらうから、何か問題があったらその時に……」
「で、でも! その前に生徒会長が見たら……!」
今の状態ならば、『困ります』から始まる説教のコンボに繋がり、下手すれば風当りが更に悪くなる未来しか見えなかった。
高坂も全く同じことを想定していたようで、涙目になっていた。そんな高坂に、思わず東條も困り顔を浮かべていた。
「ま……まあ、その辺はμ'sの皆で頑張ってもらうとして……」
「ええっ! 希先輩、何とかしてくれないんですかぁ!?」
「そうしたいんやけど、ウチが出来るのは誰かを支えてあげる事だけ」
「……ほう」
「……何、片峰君? 何かウチに言いたげな感じやね」
「いいや。今日もなんちゃって関西弁が冴え渡っていると思ってな」
ピシリ、と部室内に緊張が走った。東條と片峰の視線がぶつかる。その真ん中辺りから火花が迸り、周りへ被害を与えているような気がする。
高坂達は片峰を心配そうに見つめ、東條は口の端をヒクヒクとさせる。
「か、片峰君は面白い事を、言う、なぁ……!」
東條は大分己の中で戦っていた。後輩たちの前で醜態を晒す訳にはいかない。しかし、目の前の腹立たしい男に負けたくない気持ちもある。
そんな天秤に、片峰は更に重りをぶち込んできた。
「面白いのはお前だ。喋るだけでお笑い芸人になれる稀有な才能を持つ女子だよ本当」
「……片峰君、本当片峰君は人を怒らせるのが上手いんやね……!」
見たことも無い東條の反応に、あの高坂が片峰に“待った”を掛けた。
「ちょ、ちょっと片峰君ストップストップ!! 希先輩怒るから!!」
「この言葉の強さはもう怒っているんじゃないか?」
「だったら謝ってよー!!」
途端、扉が開け放たれ、そこから息を切らせつつ矢澤が入ってきた。
「取材が来るって……!! 取材が来るって聞いたんだけど!?」
「こういう時に限っての動きは凄まじいな」
先日、μ'sに加入してから矢澤にこは妙に生き生きとしていた。そして、片峰と意見をぶつけ合う場面もまた多くなっていた。真っ向勝負と言っても良い。
「片峰! あんた知ってたんなら早く教えなさいよ!」
「俺もついさっき知ったんだ。ぴーちく喚くな」
「片峰君って、にこっちにもそういう感じなん?」
二人のやり取りを見ていた東條が何とも微妙な表情を浮かべていた。
「当然だ。そんな優しい世界があると思うな。……で、やらないのか?」
「やるわよ! 凛! カメラ向けなさい!」
言われるがまま、星空が矢澤へカメラを向けると、すぐに彼女は“アイドル”モードへ切り替わる。
――そこからの片峰は酷く冷静な物だった。矢澤が媚びに媚びまくった仕草と言動を続けるので、片峰は即刻カメラを止めさせた。そしてまだ撮っていないという一年生組の撮影をさせるため、矢澤を置き去りにして、中庭まで移動する。
後ろから矢澤のやかましい声が聞こえてきたのはきっと幻聴だろう――。
◆ ◆ ◆
「――リーダーには誰がふさわしいか。……私が部長に就いた時点で考え直すべきだったのよ」
取材の翌日の放課後。練習は中止され、代わりに緊急会議がアイドル研究部室で開かれていた。議題は、『誰がリーダーにふさわしいか』である。
「おいどうしてこうなった?」
一年生組と練習風景の撮影は滞りなく終了した。片峰としては最低限のメンバー紹介の後、練習風景をみっちり移せば問題ないだろうと思っていたので、部活動紹介ビデオは割と満足いく出来であった。
と思っていた矢先にこれだ。
だが、高坂と星空が東條から言われたらしい一言、『どうして穂乃果ちゃんがμ'sのリーダーなん?』を聞くと、片峰はとうとうこの時が来たのかと感じた。
「私は穂乃果ちゃんで良いと思うけど……」
南の意見が一番自然である。そもそもμ'sを作ったのは高坂以外の何物でもない。言い出しっぺの法則という訳ではないがそれでも言った者が責任もってやるのが筋とも言えよう。
しかし、矢澤はそれをバッサリと切り捨てる。
「駄目よ。今回の取材でハッキリしたでしょ。この子はリーダーには向いてないの」
「……それはそうね」
「ええ。何で穂乃果先輩がリーダーなのか疑問に思ってましたんで」
「まあ、いつか誰かがそう言うと思ってはいたが……」
だが片峰に驚きはなく、むしろ冷静であった。
そもそも西木野の今までの態度から察するに、割と高坂に不満を持ってそうなイメージはあったように見えていたからだ。だが、高坂にショックの色はまるで見えない。一応自覚はしていると言えばしているのかもしれない。
片峰は皆を一瞥し、口を閉じる。μ'sも七人と言う大所帯になってきた。ここで大事なのは確固たるカリスマを持ったリーダーだ。もちろん皆で話し合い、納得できる答えを探せるようにした方が良い事もあるが、やはり皆の先頭を往く者がいた方が良いのも間違いない。
それは、フツノキ会長が教えてくれたことでもある。
「そうとなったら早くリーダーを決めた方が良いわね。PV撮影もあるし」
「決めるならさっさと決めろよ。PV撮影も控えているんだからな」
「悔しいけど片峰の言う通りよ。次のPVは新リーダーがセンター」
「でも……誰が?」
小泉の言葉で矢澤は立ち上がり、近くのホワイトボードを回転させた。そこには『リーダーとは!』という題名で、三行の文章が書かれていた。
無駄に用意周到である。
「リーダーとは! 熱い情熱を持って、皆を引っ張っていけること! そして――」
矢澤が語るリーダー論を片峰なりに纏めた結果が、つまりはこういうことである。『熱い情熱の持ち主で、皆を包み込めるぐらい器が大きく、メンバーから尊敬される人間』ということである。
そんなご都合主義の塊、居て堪るかというのが片峰の感想であった。
「つまり! この条件を全て満たすメンバーは!」
「海未先輩かにゃ?」
そこに行き着いた星空の感性は全く間違っていない。世間一般では凛々しい女子として通っている園田こそリーダーとしての適正があるだろう。
「私が!?」
「おお! 海未ちゃん向いてるかもリーダー!」
「……穂乃果、それで良いのですか? リーダーの座が奪われようとしているんですよ?」
「それが? μ'sを皆でやっていくのは一緒でしょ?」
「でも! センターじゃなくなるかもですよ!?」
ことアイドルに掛けては一家言持つ小泉の喰い付きと言ったすごかった。それに加え、センターと言う片峰でも分かる重要ポジションの話ともなれば熱くなるのも必然と言えよう。
高坂は高坂で別にセンターにこだわりはないようで、皆を驚かせる。片峰は顔半分を手で覆った。その言い分に、片峰は一瞬フツノキ会長を重ねてしまったのだ。
片峰は首を軽く振り、この話を終わらせにかかる。
「園田で良いんだな? なら確定ということで次へ――」
「ま、待ってください片峰君!! その……む、無理です……私」
「何だと……?」
片峰は眉を潜めた。前々から匂わせる言動はあったが、これで確定してしまった。どう考えても、園田は前に出ることを恥ずかしがる人間のようであった。良くて副リーダーといった所だろうか。
ならば、と小泉が視線を南へ移した。
「なら、ことり先輩?」
だが、その意見は星空によってすぐに勢いを失うこととなった。
「副リーダーって感じだねー?」
「片峰君はどう思う?」
高坂の意見で全員の視線が一気に片峰へと注がれることとなった。突然スポットライトを浴びた片峰は、少しばかり不服そうな表情を浮かべる。
しかし、引っ張るのも嫌な片峰は自分の思ったことを直球でいう事にする。
「矢澤か高坂だ。それ以外は考えられん」
片峰は続ける。
「細かな所をさておけば、この二人は似た者同士だ。そして更に俺がリーダーにふさわしいと思っている条件に合致する奴は――。いや……良い。俺の意見はここまでだ。」
更に直感と言う要素を付け足すなら更に絞られるのだが、片峰はそこで終わらせる。
良くも悪くも、片峰一心の意見には“力”がある。そしてそれは意見をぶつけ合う事を失くしてしまうということで。
その片峰の意見を受けてもなお、西木野は己の意見を引っ込めない。
「私は、海未先輩を説得した方が良いと思うけど」
「い、いえ……それよりも穂乃果を……」
そしてまた始まる話し合い。だが、少しばかり不毛になって来た頃合いに、とうとう我慢の限界を超えた矢澤が“ある事”を提案する。
「なら、センターの座を掛けて勝負よ!!」
「勝負? 何をするつもりだ?」
矢澤の口からその勝負の内容が告げられる。その意見に、片峰は一言。
「……決まらんと思うがな」
「何でよ?」
「その内容ならよほど万能超人がいないと不毛になるぞ? そしてお前達に優劣はない。俺が見た限り、と付け足しておくが」
この言葉に嘘偽りはない。歌やダンスの練習を見る限り、そう大差ないメンバー達。そして誰かかしら抜きん出たモノを持っていることもあり、全体で見ても、個別に見ても、結果は実に判断が難しい物になるだろう。
その旨を告げてもなお、矢澤の行動は止まらない。
「あんたの眼は節穴なの? ここにいるじゃない、スーパーアイドル矢澤にこが!」
「……まあ、やってみろ」
この手の人間は自分の眼で確かめるまで止まらないと言うことを理解していた片峰はとうとう矢澤の提案を飲んだ。
そして早速矢澤を先頭に、メンバー達は部室を後にする。立ち会いは要らないだろうと踏んだ片峰。
どういう結果になるのか、そんな事を考えながら片峰はたまには部室の掃除をしてやろうと掃除用具を取りに行く――。
◆ ◆ ◆
「――で? 結局皆、同じだったと?」
園田から見せてもらった結果表を見て顔をしかめる片峰。誰かかしら抜きん出たモノを持っているから確実に決まらないだろうと、思っていた片峰の予想はそのままズバリで。
そしてまた話は振り出しに戻る。矢澤は矢澤でまたアピールしているが、皆一切聞く耳持たず。
互いが互いを推薦しあう中、高坂が何となく言った一言。それで話は変わった。
「無くても良いんじゃないかな?」
途端、ざわつく皆。そんな中、片峰は少しばかり驚いた。一瞬。一瞬だけ、高坂にフツノキ会長の姿が見えたのだから。
「何故、無くても良いと思えた高坂?」
「え、だって……今までリーダーがいなくても皆練習してきたし、歌も歌ってきたんだし!」
「それなら、センターはどうするのよ?」
西木野が提示した疑問に高坂以外が頷いた。矢澤と小泉の言によれば、センターがないグループなんて聞いたことがないとのこと。
そんな疑問に、高坂は既に答えを用意していた。
「それなんだけど、私考えたんだ。皆で歌うってどうかな?」
そうして高坂は語り出した。皆で順番に歌い、皆で一つのライブを作っていく。片峰から言わせれば甘々な考え。それこそ、アイドルと言うものを知っている者からすれば“甘い”と切り捨てられそうな絶対に有り得ない考え。
――故に、片峰はその提案を喜んだ。
「良いじゃないか。実にお前達らしい形だと思うぞ。それに、聞いたことが無ければお前達先駆者になればいい。そんな簡単な話だ」
「ありがとう片峰君! それで……どうかな? そう言う曲って作れるのかな……?」
すると、園田、西木野、南はそれぞれ肯定的な意見を示してくれた。μ'sの生命線とも言えるこの三人。彼女達が駄目だと判断したら、そもそも成り立たない。
小泉と星空はオーケーのようだ。ならばあと一人。
「おい後はお前だけだぞ矢澤」
「……はぁ。仕方ないわね。ただし、私のパートはかっこよくしなさいよ!」
「了解しましたっ!」
南の返事に満足したのか、矢澤はそれ以上は何も言わなくなった。その矢澤の反応にやる気を高ぶらせた高坂は『練習しよう!』と言い、一目散に教室を後にした。
「でも……本当にリーダー無しで良いのかなぁ?」
「何を言っている? さっきので確定したよ」
「片峰君の言うとおりです。何せ――」
園田の言葉に目を閉じる片峰。
何者にも囚われず、目の前の目標に一直線で、そんな彼女の周りには常に人がいる。片峰はホワイトボードの文章を思い返し、少しだけ口角を釣り上げた。
PV撮影の為の準備があるが、今日は少しだけ特別。練習を見届けてからでも遅くないと判断した片峰は、屋上へ真っ先に辿りついた“リーダー”を僅かに見上げた――。