ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】 作:鍵のすけ
その日、片峰は理事長室へ足を運んでいた。
つい先日、校内全体を使ってPV撮影をしたので、その結果報告と礼と媚を売る為である。正直、無視しても良かったのだが、それが尾を引いてしまったら動きづらくなるだろう。
ノックをし、扉を開くと、いつも通り理事長が座っていた。
「あら片峰君、どうしたの?」
「いや特に。……強いて言うなら、モデル生として、スクールアイドルグループの活動報告とでも思いましてね」
「ああこの間の……。私も見せてもらったわ。皆、可愛く撮れていましたね」
「ええ。俺もそう思いました」
すると、理事長は丁度見返していたのか、パソコンの画面を片峰へ向けた。μ'sの新曲『これからのSomeday』。メルヘンの国を思わせる衣装、そして校内装飾で楽しく歌う曲である。
このPV撮影には校舎全体が使われた。だが、もちろんそんなことをするためには事前の申請と、全体への周知が必要不可欠。
この撮影の為に片峰は動きに動いた。実は前からこの学校全体を使って何かをしたいという構想があったので、申請書と添付資料の作成、そして放送部に流してもらう原稿の作成等はとっくの昔に行っていたのだ。
肝心な校内装飾の作成等などは、ヒフミトリオや他のクラスメイトに手伝いを依頼し、片峰先導で執り行った。
(絢瀬達があっさり通したのが意外だったが、まあ文句を出させない様にそれなりの文章を書いたのだ。通ってもらわなければ困る)
これだけ大掛かりならば当然、生徒会へも通さなければならない案件だったが、そこは全力を尽くした。その甲斐あった今の成功がある。
「あの、片峰君……」
「どうしましたか?」
片峰は理事長へと意識を集中させる。そして違和感に気づいた。いつもは堂々としているあの理事長が歯切れの悪い言葉を掛けてきた。妙な引っ掛かりを覚えつつ、片峰は次の言葉を待った。
「失礼します」
だが、結局それは聞けずじまいとなってしまった。
絢瀬と東條が入室するなり、好意的ではない視線を向けて来たので、軽く睨み返すと、片峰は一歩下がって理事長の前を譲った。
「良いの?」
「ああ。さっさと用件を伝えてさっさと去れ」
「……何だか片峰君のその態度にも慣れてきた気がするわ」
「絢瀬さん、東條さん、どうしましたか?」
すると、絢瀬が理事長の前へ歩いて行き、片峰としては聞き飽きたことを口にする。
「今日こそ、生徒会が廃校阻止の為に活動する許可を頂きに来ました」
「何度来ても答えは変わりませんよ?」
「何故アイドル研究部の活動を許して、生徒会の活動は許されないのですか!?」
ちらりと、東條の方を見て、片峰は小さくため息を吐いた。一人で茨を突き進もうとする者と、支えになりたいともどかしがる者。
実にピッタリなコンビじゃないかと、片峰は絢瀬へ視線を戻す。
「本当に分からない?」
「ええ……!」
「絢瀬お前、本当に分からないのか? それとも、分かりたくないのか?」
鋭い絢瀬の視線と片峰の呆れた視線が交差する。
その様子を見ていた理事長が少し肩をすくめる。
「片峰君には関係のない事です」
「元より関わろうという下心はない。ただ、お前はどうしてそう面倒な方向へあえて進もうとしているのかが、それが分からない」
「面倒な……?」
この似た様な問答もあと何度続くのだろうか、そう思いながら片峰は返す。
「巨大な荷物を一人で無理して運ぶ必要はないと言うことだ。……興が削がれた。俺は行く」
そう言って、片峰は理事長室を後にすべく、扉を開いた。
すると、目の前には悪霊達が中の様子を伺っていた。片峰は白けた目でその内の一人へ声を掛ける。
「お前達は覗きの趣味でもあるのか?」
「あ、あははは……」
何か用があったのか、少しだけ開かれた扉の向こうにはμ'sメンバーがいた。しかし運が悪い。
案の定、絢瀬が東條と共に扉の方へやって来た。
「何の用ですか?」
絢瀬がそう問うと、前に出てきたのは西木野である。気が強い者同士が面と向かえばどうなるか、それを理解しきっていた片峰は内心穏やかでは無い。
「理事長にお話があって来ました」
「各部の理事長への申請は生徒会を通す決まりよ」
「申請とは言ってないわ。ただ、話があるの」
次の瞬間、高坂が西木野の肩を掴んだ。それを見た片峰は感嘆の吐息を漏らす。どうやら人並みの上下意識はあったようだ。
「真姫ちゃん、上級生だよ?」
「案の定噛み付くと思っていたがやはりな。わきまえろ。社会では通用しないぞ」
高坂と片峰の言葉をしっかり理解し、西木野は不服げに引き下がった。次の瞬間、理事長が扉をコンコンと叩き、全員の注目を一気に集めた。
理事長の指示で、一年生以外が理事長室へ入ることとなった。正直、そのまま出ていくつもりであったが、理事長が引きとめてくるので渋々また入ることとなった。
「へー『ラブライブ』ね」
「そんな大規模な大会があったのか……ふむ」
高坂と園田、南の説明を聞き、自分なりに噛み締め、飲み込みながら片峰はそのイベントの規模にひたすら驚いていた。
要はスクールアイドルの大会であり、ネットで全国的に中継もされるという規模の大きさ。
これに出場することが出来れば、この音ノ木坂学院の名前を全国的に知らしめることも出来るだろう。つまり、オトノキへの入学者が増えるかもしれない訳で。
……それ故に、絢瀬がそれを絶対認めないであろうことを片峰は知っている。
「私は反対です」
やはりと言ったところであった。即刻否定的な意見を出した絢瀬が、言葉を続ける。
「理事長は学校の為に、学校生活を犠牲にするようなことはすべきではないとおっしゃいました。ならば――」
「そうねぇ。でも良いじゃないかしら? 『ラブライブ』? の大会にエントリーするぐらい」
その判断に高坂達や外で聞いていたメンバーの士気が一気に高まる。割と説得するのに時間が掛かるとでも思ったのだろう。
しかし、その理事長の判断に絢瀬が不服を感じているのもまた確かである。
「ちょっと待ってください! どうして彼女達の肩を持つんです!?」
「理事長様の判断だ、しょうがないよな絢瀬」
「片峰君は黙っていてください。だったら! 生徒会も学校を存続させるために活動させてください!」
しかし理事長の出した却下に、とうとう絢瀬が呆れを通り越してしまったようだ。
「……意味が分かりません」
そう言い捨て、絢瀬が出て行った。その剣幕に、東條は付いて行くタイミングを見逃したようで、そのまま理事長室へ立っている。
絢瀬が出ていく姿を見送りながら、矢澤が一言。
「ざまーみろってのよ」
「――ただし、条件があります」
だがそう簡単にラブライブへの出場を認めないのもまた理事長である。娘がいるからといって、一切の甘えを見せない辺り、やはりトップに立つ者であり、その一点に関しては片峰も認める所であった。
「勉強が疎かになってはいけません。今度の期末試験で一人でも赤点を取るようなことがあったら、ラブライブへのエントリーは認めませんよ? ――良いですね? もちろん、関係者である片峰君もですからね?」
「何だ、そんな条件あってないような物じゃないか。おい、お前達当然――」
後ろを振り向いた瞬間、片峰は顔をしかめた。
“赤点を”の辺りから理事長室全体に緊張が走っていたのは何となく把握していた。絶望感と言っても良いのだろうか。星空と矢澤が崩れ落ち、高坂が壁に手をつき、あからさまな空気を醸し出しているのだ。
片峰の背中に一筋の汗が流れ落ちる。
「……嘘、だろ?」
片峰の声が虚しく理事長に反響する――。
◆ ◆ ◆
「日々の勉強を怠って何が学生だ! ふざけるな!」
「大変申し訳ありません!」
「ません!」
部室に戻って作戦会議を開いた直後、高坂と星空が机に手をつき、土下座のようなことをしだした。
その姿に、思わず片峰は声を荒げる。
「……小学校の頃から知ってはいましたが、穂乃果……」
「数学だけだよ! 小学校の頃から算数苦手だったでしょ!?」
小泉が凄く簡単な問題を高坂へと出した。恐ろしく簡単な掛け算だ。しかし、高坂はあろうことにそれを間違えてしまうという離れ業をやってのけた。一体、今までどうやって生きて来たのか、片峰は本気で疑問であった。
園田には“重傷ですね”と断じられることとなる。当然、片峰も同じ感想である。
「凛ちゃんは?」
「英語! 英語だけはどうしても肌に合わなくて……」
星空が更に小泉へまくし立てる。
「そうだよ! 大体何で日本人の凛達が外国の言葉を勉強しなくちゃならないの!?」
凛の逆ギレに、真姫が立ち上がり、その上で更にキレた。
「屁理屈言わない! これでラブライブにエントリーできなかったら恥ずかしすぎるわよ!」
「ま、真姫ちゃん怖いにゃ~……」
「全く……やっと生徒会長を突破出来たって言うのに……!」
「そ、そうよ! あ、赤点なんか絶対と、取るんじゃないわよ……!」
「おい教科書逆だぞ矢澤」
滅茶苦茶声が震えている矢澤であった。理事長室と言い、今の状況と言い、矢澤も危険コースなのは間違えようのない事実であるのだろう。
「に、にこ先輩。成績は……?」
南の質問を矢澤の得意技らしい“にっこにっこにー”でやり過ごそうとするが、それはむしろ片峰の確信を固めるの十分すぎた。
その惨状を理解した西木野は片峰の方へ顔を向けた。
「片峰先輩はどうなんですか?」
西木野の質問に、メンバー内の視線が一気に集まる。唐突に視線に晒されたので一瞬立ちくらみを覚えた。最近では視線に晒されることに対しては多少の耐性を得たと思っていたが、片峰は自身の自惚れを諌める。
すぐに片峰は答えた。その言葉には絶対の自信が込められていて。
「百点未満は点数では無い。心配される方が心外だ。……ええい、俺の話は良い。お前達すぐに始めるぞ」
次の瞬間、片峰はポケットから縁なし眼鏡を取り出し、着用した。いつも勉強や家にいるときに掛けている愛用の品だ。
高坂が愚かにも首を傾げた。
「何を?」
「勉強に決まっているだろう。特に星空、高坂、矢澤」
片峰の鋭い視線が三者を捉えて離さない。
「今夜は幸せな夢を見られるとは思うな。お前達が今日見るのは数字と文字と図形のワンダーランドだ。そこで遊べばお前達はたちまち一流大学の挑戦者となるだろう。丸眼鏡と坊主頭が似合う勉学の修羅にな」
「え、ええ~……。片峰先輩、そこまでは……」
「星空は特に熱意に溢れているようで、俺も安心したぞ」
「にゃっ!? そ、それは~!」
星空が涙目になっているのを見て、片峰はきっと勉強への期待に打ち震えているのだろうと己の中で解釈し、更にやる気を高める。
「全く……凛と穂乃果はしっかりやりなさいよ? にこは三年生で、誰も教えられないと思うから自分で……」
「――と思うなよ? 安心しろ。フツノキの男子全てに勉強を教えるため、とっくの昔に全学年の教科は修めている。安心して勉強してくれよ矢澤」
「は、はぁっ!? あんた何者よ!?」
「俺か? 完全無欠の男だ。……とはいえ、手が足りないな」
片峰は黙考した。やろうと思えば全員に教えられる。他の者も手伝うのは確実なので、見回って行けばいいのだが、矢澤一人に釘づけになるのも避けたい。
そんな悩みを抱えている時、部室の扉が開かれた。
「にこっちはウチが担当するわ」
そう言って、東條が現れた。
「東條か。どういう風の吹き回しだ?」
「ウチだってにこっちに赤点取って欲しくはないんや。それだけじゃ駄目?」
「……良いだろう。ただし、確実に赤点を回避させろよ」
「りょーかい」
そして早速、勉強会は始まった。
片峰は少しだけ甘く見ていた。懇切丁寧に教えればきっとすぐに吸収してくれるだろうと、ラブライブ出場が掛かっていればいつも以上に集中すると――。
「……そんな事を思っていた俺が悪かった。おい、起きろ」
「も……も、う無理……」
十数分後には机に突っ伏している高坂と星空がいた。矢澤は東條とのマンツーマンで休む暇はないのだろう。
どれだけ懇切丁寧に教えても全く集中していない。これならば全く効果なし。
「フツノキの成績が悪い男子共でもまだ集中して俺の言葉を聞くぞ」
「片峰せんぱーい! ここ分かんないにゃー!」
「何だここはこの定型文を変えれば良いだろう。ほら、ここだ」
立ったままでは良く見えなかったので、片峰は星空の横に移動し、膝を曲げ、彼女の顔の横まで顔を近づける。そして文章の所を指さした。
「う……」
「ん、何だ星空? 分からなか――」
「ちょ、ちょっと待って、ください! その、今こっち向けられるとその……!」
片峰は特に意識していなかったのだが、ここで星空が彼の方へ顔を向けると、鼻先がくっつくような距離にいたのだ。
異性にここまで近づかれたことはない星空にとって、これは刺激が強すぎた。
「何で顔を紅くしているんだ、おかしな奴だな。……うん? 電話か?」
スマートフォンの画面を見ると、そこには『会長』の名前があった。長くなることが予想された片峰は皆に顔を向ける。
「すまない。俺は今日はここまでだ。明日以降もやるからしっかり予習復習を怠るなよ?」
部室を出るなり、すぐに片峰は電話を取る。今日はどんな厄介事を起こしたのか。それだけが不安だった。
『イッシー!』
「どうした会長? 今日は何だ?」
『あー! 今日も僕が何かやらかしたと思ってるでしょ!?』
「すまないな。そうとしか思えなかった」
『ちっがうんだなーこれが! イッシー、どうしているのかなぁって心配の電話さ!』
「母親か」
しかしフツノキ会長の声が久しぶりに聞けて嬉しかったというのもまた事実。そんな事を思っていると、会長が続けた。
『廃校阻止は順調?』
「ああ。今、ラブライブなるものに出るか出ないかを賭けて勉強中だ』
『ら、ラブライブ!? μ's出るんだ! すっごいなぁ!』
いつの間にかμ'sと呼んでいた会長。恐らくPVを既に視聴済みなのだろう。
『そういえばPV見ていて思ったんだけど――絢瀬さんってμ'sに加入しないの?』
「……何故お前が絢瀬を知っている?」
会長の口から思わぬ人物の名前が飛び出たことに片峰は驚いた。すると、会長はどこか懐かしむかのような声で語り始めた。
『ほら、僕って何か多趣味じゃん?』
「否定はしない。実際、その内の一つとしてお前からアニメやゲームを教えてもらったしな」
『そそ。でね、僕バレエ見るのも好きだからコンクールを見に行ったり動画で見たりって感じで結構見てるんだよね』
「本当にお前は妙な趣味しかないな」
『それでね、ロシアのとあるコンクールの動画を見たら絢瀬絵里って子がそりゃあもうすんごい綺麗な演技をしていたんだよ!』
その瞬間、片峰に電流が走った。絢瀬にそんな特技があるとは夢にも思わなかった片峰は会長に先を促す。
『だからさ、きっと絢瀬さんもその経験を活かしてμ'sに関わっているのかなぁって!』
「……そう、か。なるほどな……」
『あれ? もしかして生徒会業務が忙しい感じなの?』
「ありがとう会長、良いことを聞いた。またこちらから連絡する」
会長の声を置き去りに、片峰は通話を切る。
「……なるほどな。あの態度の裏付けが分かったような気がする」
「何が分かったん?」
背後から東條の声が聞こえた。そのまま片峰は彼女へ背中を向けたまま、手の平を差し出した。
「お前なら持っているはずだ。出せ、絢瀬のバレエをやっている動画を」
「……頼み方ってもんがあるんやないの?」
「頼む」
「め、珍しい……片峰君が普通に頼んできた」
動画を手に入れるためなら頭の一つ、安いものである。――何て言うのは嘘だ。物凄く心がざわついてしょうがない。
そんな屈辱の末に手に入れたものは絢瀬のバレエのデータである。
◆ ◆ ◆
「……」
翌日、片峰は生徒会室へ歩いていた。夜、例の動画を見て、確信した。――絢瀬は必要だと。
「片峰君ですか……」
「園田か、どうした?」
「いえ、生徒会長に用が……」
その瞬間、片峰は察した。一体どこでそれを知ったのか、園田も同じ考えを持ってやって来たのだと。
「お前はどう思った園田」
「私達のやって来たことは何だったのだろう、とそう思いました。悔しいですけど、生徒会長が私達の事を『素人』というにも納得が出来ます」
「そんなことを言われていたのか……まあ、良い。確かにその通りだな。だが、そこからどうするつもりでここへ来た?」
ここで園田が自分と考えが合っていなかったら即刻帰らせるつもりでいた。そのような弱腰は要らない。
――しかし、園田は片峰の要望を容易く叶えた。
「ダンスを教えてもらえないか、頼みに来ました。生徒会長に教えてもらうことが出来れば、もっと沢山の人を惹きつけられるのにと」
園田の眼をジッと見つめ、片峰は小さく頷く。
「ああ、良い答えだ」
「――の前に、やることがあるんやない?」
そう言って物陰から出てきたのは東條であった。盗み聞きをしていることに突っ込みたかったが、今は置いておこう。
「その前……? ああ、そうか。あと五日だものな。五日待てば、良いんだな?」
「それは試験の結果次第かもしれないね」
言い残し、東條は生徒会室へ入って行った。
取り残された片峰と園田は互いに視線を交わすと、アイドル研究部の部室へと向かった。残り五日。ラブライブ出場の他にも目的が出来た今の二人の、勉強に対するモチベーションは過去最高のものとなっていた――。
◆ ◆ ◆
地獄のテスト期間が終わり、今日はいよいよ全員のテストが返却される日であった。即刻全員の点数を把握した片峰は報告をするため、理事長室へと足を運んでいた。
「単刀直入に言います。全員赤点は免れました」
「あら、それは良かったですね。片峰君は全教科満点でしたよね?」
「ええ。それ未満は点数じゃないので。報告は終わりました。ラブライブ出場の手続きをお願いします。それでは――」
「待って片峰君。……少し大事なお話があります」
神妙な理事長の顔を見て、片峰は足を止めた。よほど面白い話では無いらしい。
「今、もう一人が来ます。そうしたら話しますね」
噂をすれば影。すぐにその“もう一人”がやってきた。そこにはやはりと言うべきか、絢瀬が居た。
向こうはまさか片峰がいるとは思っていなかったみたいで、少しだけ目を見開いていた。
「理事長、お話とは何でしょうか?」
絢瀬に促され、理事長はその重苦しい口を開けた。そこから発せられた言葉に、絢瀬は、そして片峰の時間が凍結する。
「今度行われるオープンキャンパスの結果が悪かったら、音ノ木坂学院は――廃校とします」
呼吸を忘れ、やがて気づいたように空気を取り込む。垂れ下がっていた腕に力を込め、乾いていた瞳を瞬きによって潤いを取り込む。
今、理事長が何と言ったのか、言葉を聞き、噛み締め、理解し、片峰は酷く動揺する。そして認められない。まだ自分は何も進めていない。ここでその事実に頷けば、片峰はどうにかなりそうだった。
「どういう……ことだ理事長……! 冗談なら笑えんぞ!!」
「そうです、理事長! 今のはどういう事ですか!?」
二人の剣幕に何ら怯んだ様子はなく、理事長は言葉を続ける。
「言葉通りの意味です、片峰君、絢瀬さん。見学に来た中学生にアンケートを取って、結果が芳しくなかったら廃校にします」
「そんな一方的な……!!」
「これは決定事項なの。結果次第で、音ノ木坂学院は来年から生徒募集を止め、廃校とします」
途端、片峰は理事長に詰め寄っていた。その表情にはもはや憤怒すら感じられる。
「待て理事長!! なら何のために俺をモデル生として呼び寄せた!? その未来を回避するためのモデル生なのではないのか!?」
「色々な所と協議した結果なんです片峰君。……共学化計画をもっと早く打ち出していれば……今更ですが、そう後悔しています」
一度、片峰は大きく深呼吸をした。そして、自分を落ち着かせる。
冷静に考え、そして、まだギリギリゲームオーバーでは無いことを理解する。
「……オープンキャンパスの結果次第、だったな。なら――」
「今の話、本当ですか!?」
「貴方……っ!」
絢瀬が理事長室へ入ってきた高坂を睨むが、彼女はそんなのをお構いなしに理事長の元へ走ってくる。
(……どうやら、もう時間は無いようだ)
そう呟き、片峰は絢瀬へと視線を向ける。その眼光はさながら、狩人のごとく――。