ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】 作:鍵のすけ
「ちょ、ちょっと待ってよー!」
「遅い、遅すぎる」
後ろから掛けられる声を無視し、片峰はずんずんと校内を進んでいた。校門前ではさっさとあの場を離れたかったから承諾したが、正直、校内の図面は頭に叩き込んでいたので、案内の必要は全くないのだ。
(第一、誰が女子と一緒に歩けるか)
後ろからぴーちくぱーちく騒いでいるのは三人。片峰は歩きながら、頼んでいないのに勝手に名乗られた名前をやかましい順に思い出していた。
(一番やかましいのが高坂穂乃果、そして二番目にやかましいのが南ことり、最後にやかましいのが園田海未。なんだこの三人は? たかが案内にどうしてそこまでワイワイ出来る?)
余りにも印象が強くて、すぐに覚えてしまったのが屈辱である。
まずは一人目。一番先にエンカウントした山吹色の髪を右側だけ結んだ、片峰の中のクソやかましい女ナンバーワンに君臨した栄えある女子――
「ねえ、片峰君! どうして一人で先に行っちゃうの!?」
「校舎の中は大体把握しているからやっぱり丁重にお断りしたいんですよね、あー残念だなー」
「絶対に嘘だよね!? 何で目を見て言わないの!?」
「穂乃果ちゃん、落ち着こうよ……。片峰君、困ってるよぉ?」
そう言って高坂を諌めたのは、ベージュ色の長髪を持ち、頭部辺りをまるで鳥のトサカのように纏めた、やや垂れ目の女子生徒――
高坂ほど口数は多くないのだが、片峰が二番目に選んだ理由としては、今しがた示された。
「男の子一人でまだ慣れないと思うけど、これから仲良くしていけたら嬉しいな!」
そう、その甘ったるい声である。比喩を考えても、結局は“甘い”という月並みな表現しか出来ない程に、その声は甘すぎた。他の男共に聞かせたらメロメロになる、というのは片峰も認める所だが、彼自身にとっては有毒な音波という一言で片づけられる。
「……って、あれ? 何で片峰君、いきなり耳を塞いじゃったの?」
「ああ、すまん。南お前、意外と耳が痛くなる声をしているんだなと思ってな。つい耳を塞いでしまった」
「え、ええっ!? 私、そんなにキンキンしているのかなぁ!?」
目を丸くし、南は驚きの声を上げた。今でこそ女子高だが、小学中学と共学だった時には、男子から一切そんなことを言われた記憶が無かったので、一瞬自分の耳を疑ってしまった。
そんな南を見かねた、最後の女子が片峰を呼び止める。
「片峰君。今のは言い過ぎではありませんか? ことりに謝罪してください」
立ち止まり、振り向くと、片峰の前には長い黒髪をたたえた女子生徒――
「お前は園田だったか。悪いな、俺は女子が嫌いなんだ。だからつい言い方がキツくなる」
「女子が……、なら何故貴方はこの音ノ木坂学院にモデル生として来たのですか?」
「俺も願わくば来たくなかったんだけどな。……全く」
言いながら、片峰はポケットから小袋を取り出し、それを鼻に近づけた。突然の行動に、三人は会話を止め、ただ片峰の行動を見守る。
片峰は少しだけ小袋の紐を緩め、鼻で思い切り空気を吸い込んだ。瞬間、懐かしい香りが片峰の鼻腔を通り抜ける。片峰にとってそれは、とても清々しく爽やかなフレーバーであった。
「その袋に何が入っているの? アロマのような奴?」
「知る必要がない」
「ええー!? 教えてよー! 私、すっごく気になるよ!」
やはりここで嗅ぐのは間違いだったと、片峰は酷く後悔した。興味を惹かせるような物ではないと括ったタカがこれである。
このテの質問の仕方は恐らく永遠に続くタイプだと、一瞬で判断した片峰。そう“経験”が片峰へ語りかける。なので、さっさと答えて満足させることにした。
「……元居た高校の空気だ。ここへ来る前に採取してきた」
「空気……?」
「嫌な予感はしていたんだ。そしたらどうだ? やっぱりだよ。ならこれを嗅ぐしかないだろ?」
高坂が首を傾げたところで、園田が先を促してきた。
「何故その元居た高校の空気を嗅ぐ必要があるのですか?」
「女子校舎内の空気が鼻についてたまらないんだよ。だからこの袋の中の空気を嗅いで癒されてるんだ、察してくれ」
片峰は続ける。握り拳を作って、だ。
「フツノキは良かった……。男共の汗の匂い、そして様々な制汗剤の香りや擦り切れた上履の底のゴムの匂い、そして昼食のノリ弁当の匂い……その全てが俺を安心させてくれたんだ……なのに!!」
片峰が両手を広げると、びっくりしたのか三人が後ずさった。
「何だここは!? 甘ったるいんだよ何もかもが!」
片峰が一言でここを表すとするのなら、音ノ木坂学院は
会話、匂い、雰囲気、ノリ等その他諸々。その全てが片峰を追い詰める。正直、今すぐ硝子をぶち割って外へ飛び出したい。
「何をしているのですか?」
「……ん?」
振り向いた先にいた人物を見て、思わず片峰は南の方へ視線を向けた。何せ瓜二つ。これを見た目のイメージ通りに例えるのならそう――。
「親……鳥?」
「“とり”? 確かに私はそこにいることりの母親ですが……」
片峰は善田校長から聞いていた理事長の名前を思い出す。瞬間、片峰は先ほどまで話し掛けられていた南ことりがどういう人物なのかを理解する。
「は? ……は? じゃあ、貴方が――」
「ええ。この音ノ木坂学院の理事長を務めている南と言います。善田君から話は聞いているわ。これから一年間、よろしくね片峰君」
そう言って、親鳥もとい――南“理事長”がにこやかな笑みを浮かべ、手を差しだした。
◆ ◆ ◆
「……理事長直々にご足労頂くような身分だと思いあがったつもりはないんですがね」
「気にすることはないですよ? 予定していた時間を結構過ぎていたから運動も兼ねて、探していただけですから」
「それはご面倒を」
南理事長に連れられ、片峰は理事長室へとやって来ていた。あの三人はお役目御免ということで、教室へ戻っている。ようやく訪れたつかの間の休息。
あともう少しあの時間が続けば、またフツノキの匂いを嗅いでいたことは間違いない。
それはさておいて。片峰は改めて理事長へ目を合わせる。女の顔は一秒足りとて眺めていたくないというのが本音だが、少なくともこの学校のトップくらいには愛想を振り撒かなければなるまいという、片峰の小ずるい考えだ。
「ああ、片峰君。善田君から片峰君の話はある程度聞いているわ。どうぞ楽に話を聞いてくれると嬉しいわ」
「お言葉に甘えるとします。……さっきから気になっていたんですけど、ウチの校長とどういう関係ですか? 善田君?」
「善田君は私の後輩なのよ。今回の話も、善田君がいなかったらもうちょっとややこしくなっていたと思うわ」
既に“楽”な姿勢を取っていた片峰は一切理事長の顔を見ず、ただ執務机を見ていた。良い木材を使っているようだ、輝きが違う。
「それで、早速本題に入って良いかしら?」
「むしろ大歓迎です」
女が苦手な片峰にとってはどこの部屋も地獄に変わりはない。片峰の心境を見透かしたように、南理事長は苦笑を浮かべた。
「それは良かったわ。既に善田君からウチの事情は大体聞いていると思うわ」
「年々生徒数が減少して、オトノキがヤバいってアレですね」
「ええ。それで今日、全校集会で廃校になることを伝えるつもりです。そしてある計画の事も」
「今日? ……ああ、だから呼ばれたんすね」
要は廃校という突如降りかかった不安へ、音ノ木坂学院共学化という希望を与えて、帳消しにするという話である。
実は本来、片峰は今日来る必要はなかったのだ。一応、今日付けで音ノ木坂学院の生徒と言う扱いだが、本格的に登校するのは明日から。だが、善田校長伝えで“今日顔を出しに来てほしい”という指示を受けたからこそ、片峰はここにいる。
「察しが良くて助かるわ。だから今日、片峰君に来てもらったのですよ」
「……一つ質問です」
「どうぞ」
「廃校確定はいつですか? まさか『廃校だよ! 皆、さっさと入試勉強してね、はぁと!』じゃないでしょう」
「もちろん。在校している生徒達が卒業してから正式に廃校となるでしょうね」
すぐに頭の中で
(ならやっぱり一年間我慢。……いいや、あの“条件”が生きてくるという事か)
伏線は張っておいた。ならあとはそれを回収するたびへと興じるのみ。
「理事長、善田校長から“例の話”は聞いていましたか?」
「……ええ。もちろん」
ならば話は早い。片峰は顔を上げた。
「『音ノ木坂学院の廃校を阻止したら俺、片峰一心を試験期間問わず、符津乃木高校に戻す』、これは間違いなく守られることと思っていて良いんですよね?」
「約束するわ。そんな奇跡を起こしてくれた人の頼みごとを聞かない訳にはいきませんもの」
南理事長の眼は一切嘘を言っていない。だが、その鵜呑みはそのまま“不可能だから呑む”ということの何よりの証明の訳で。
しかしその事をとやかく言う片峰では無い。有象無象の雑音は、一度の行動で払拭する。
「――なら、奇跡を起こしてみせましょう。何故なら俺は完全無欠ですからね」
「随分と強気ね。そんな片峰君を突き動かしているモノは一体何? 何が目的で善田君と私にそんな約束を取り付けたの?」
投げ掛けられた問いは、片峰を鼻で笑わせるには十分すぎた。そんなモノはたったの一つしかない。
片峰は内ポケットからある物を取り出した。それは、符津乃木高校の生徒手帳である。
「俺は、男共の汗臭い香り漂うフツノキと言う楽園に一日でも早く、いや一秒でも早く戻りたいんだ! だったら廃校阻止なんて奇跡の一つくらい、安いものですよ!!」
符津乃木高校でもそうであった。片峰一心は目的の為ならば常に笑顔で地獄に飛び込んでいた。そんな片峰一心は、再び“何か”の中心に飛び込むことを平気で受け入れる。
廃校阻止と言う究極的に高い難易度を持つ壁を相手に、片峰は――いつものように笑顔で突撃することを決意した。
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