ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】 作:鍵のすけ
「お前……」
片峰の身長は百七十五から八十の間である。これほど曖昧な数字になっているのはしばらく身長を測っていないのと、興味が無いからである。
件の金髪の子はそんな片峰の胸に収まるような身長。小柄、と言っても良いのかもしれない。そして、オトノキの制服を纏っている。その子は片峰の背中にまで腕を回していた。
そんな光景を見て、μ'sメンバーは動揺、というよりむしろ冷や汗をかく。そしてその向けられる心配の矛先は片峰ではなく、抱き着いた子へ。
――手をあげる前に止めなくては。
無言の意志疎通の末、九人の思考が一致した結果がこれだ。目の前で抱き合うとか、片峰君が……とかそういう甘酸っぱい類いのものでは無く、そういう主に暴力を連想させるような最悪の結果である。
「か、片峰君! 駄目だよ暴力は!?」
「そうです! それは人としていけません!」
そんな皆の注目の的である片峰はいきなり胸に収まってきた人物に視線を落とす。高坂と園田の訴えは既に聞き流している。
それよりも、この人物に強烈な既視感があったのだ。そして、そんな云々の前に、“身体が痒くない”。片峰は何気なく髪に触れてみた。――その瞬間、理解し、みるみる片峰の顔つきが変わる。
「ほう……女子が、俺に抱き着いてくる、か」
ゆらり、と片峰の右手が金髪の子の顔にそっと当てられ、次には既に手の平全てで鷲掴む。所謂アイアンクローだ。五指が顔に喰い込み、その握力を如実に表している。
当然、その握力を一身に受けた子は途端、声を上げだした。
「い、っだぁ! ちょ! 一心! 痛っ!!」
その光景を見て、高坂達はすぐに動いた。まさか本当に手を出すとは思っていなかったので、その表情には焦りが見られる。絢瀬に至っては口をあんぐりと開けていた。
「だ、駄目ー片峰先輩! 女の子にそれは駄目にゃ~!!」
「そうよ片峰! あんた見損なったわよ!」
星空と矢澤から始まる非難の嵐。あの高坂や南たちですら何か言いたげである。その表情達を一瞥し、片峰は溜め息を一つ吐き、更に彼女達の想像を超える行動を行った。
「お前達……この痛がっているのが何に見える?」
「……何って、女の子でしょう? 片峰君、いくら片峰君が女の子が苦手だからと言ってもそれは……」
「俺に何のトンチを求めての発言だ絢瀬。……全く、良く見ろ」
絢瀬の発言を嘲笑うや否や、片峰は金髪の子を解放し、皆の方を向かせた。その子の顔にはほんのりと片峰の指の跡が残っている。
「って、えええ!?」
何を思ったか、片峰は直ぐに金髪の子の制服を
いきなり女子生徒の制服が脱がされるという犯行現場に出くわし、皆は絶句してしまう。そして、その感情が一気に爆発する直前、片峰は手の平でそんな皆を制した。
「待てお前ら。おかしいと思え少しは……。“俺が女子に容易く触れている”、有り得ないと考えられないのか?」
憮然たる面持ちでそう言う片峰の言葉に、皆の動きがピタリと止まった。その言葉を反芻し、飲み込み、そして一様に首をかしげる。
確かにおかしい。片峰一心が女子に触れて平気でいられるなど今までの付き合いから考えて百パーセント有り得ない現象である。『女子に触れるだけで痒くなる』、常に片峰はそう言っているのだが、今この瞬間はそんな事も、そんな仕草も見せない。
そこで、矢澤はその金髪の子の“違和感”に気づいた。
「……さっきから思ってたんだけど、何か女子にしては身体ガッチリしてるわね」
その矢澤の言葉で、皆がもう一度金髪の子の胸からお腹を眺めた。突然の出来事で戸惑ったが、改めて見ると、その違和感が良く分かる。
例えばブラを付けていない事、そして女子の体つきにはとてもではないが見えない事。
「というか片峰君、そろそろ制服戻してあげたら? その子、風邪引いてまうよ?」
「む……そうだったな」
東條の指摘ですぐに片峰はその子の上着から手を離した。
そして、身嗜みを整えたその子が口を開く。
「はぁ~……ようやく解放してくれた……もう、痛いよ“イッシー”」
「痛いよ、で済んだだけで奇跡と思え。大体、仕事を放り出して一体何の余興だ――会長」
「会長……って、まさかその子が……?」
絢瀬の呟きに“彼”は反応し、そして居住まいを正した。
「あはは……初めまして皆さん。イッシーがいつもお世話になっています。僕はフツノキで会長をやっている者です。あ、名乗る程の名前でもないので気軽にフツノキ会長って呼んでください!」
ニコリと笑みを浮かべ挨拶した後、フツノキ会長は出入り口の方へ視線を向けた。
「ということで絢瀬さん、この辺で人気のなさそうな場所ってどこかありますか?」
「え?」
「ちょっと着替えたいなぁって……あはは。着替えは持ってきたんだけど着替える場所を完全に考えてなかったんですよねぇ……」
「やはり考えていなかったか」
スカートの裾を摘みながら、フツノキ会長は笑う。そんな会長の様子を見ていた片峰は当然のように呆れ顔を浮かべる。
「……さて、こういうことだ。今着替えに出て行ったあいつはフツノキの会長だ。何故女装をしていたかは甚だ疑問だがな」
「お、女の子かと思っちゃったよぉ~」
「可愛くてびっくりしました……!」
南、小泉という『ザ・女子』コンビがフツノキ会長をそう評価する。
「凛もそう思う! あの人とっても可愛いにゃ~!」
その二人の言葉が他七人の感想そのままだったようで、頷くことでその意見に同意を示す。特に星空は物凄く興奮しているようだ。
「あのフツノキ会長……だったかしら? かなりの女顔ね。ことりと花陽じゃないけど、完全に女子かと思ったわ」
西木野がそんな感想を漏らした後、高坂がはつらつとした態度で片峰に詰め寄る。
「ねえねえ片峰君! 片峰君とフツノキの会長さんって友達なの!?」
「ああ。一年の時にな、馬が合ってそれからは持ちつ持たれつの関係となった。絢瀬と東條みたいな関係だと思ってもらえれば良い。後離れろ高坂」
「そ、そんな風に言われると少し照れくさいわね……」
「ウチとエリちは仲良しやもんね!」
噂をすれば何とやら。ガチャリと扉が開かれ、そこからはフツノキの制服を着た会長が現れた。詰襟のオーソドックスなタイプの黒い学生服である。
それを纏ったフツノキ会長は『美少女』から『美少年』へとクラスチェンジを果たした。太い声とは掛け離れた鈴を転がすような声のせいで、美少女に限りなく近い美少年と注釈しておくが。
「いやぁありがとう絢瀬さん、助かったよ」
セミロングの金髪は後ろの方で縛っており、会長が歩くたびに房が揺れる。そこでようやく片峰は会長へ話し掛ける。
「お前、髪伸びたんだな。前はもう少し短かったはずだが」
「ああこれ? えへへ、どう? 今日の為に頑張って伸ばしてみたんだよ。ねね、どうどう? 僕頑張ったでしょ!?」
「……何だったんださっきのは?」
「何、と言われるとサプライズとしか言えないんだけど……」
いち早くその言葉に喰いついたのは高坂である。何故か目をキラキラと輝かせてはしゃいでいる。
「会長さん会長さん! さっきの制服ってウチのだよね!? 誰から借りて来たのー?」
すると会長はバッグから先ほど来ていた制服を取り出し、机の上に置いた。
「ん、これ? 僕がオトノキの制服を真似て作ってみたんだ。似てる? 一応フツノキに置いてあったオトノキの制服の写真を何回も見ながら手がけたから近い完成度だとは思うけど……」
「ちょ、ちょっと見せてもらっても良いですかっ?」
衣装担当の
「す……すごいよこの人……」
「わ、南さんに褒めてもらっちゃった! 嬉しいなぁ!」
「さっきから思ってたんですけど、会長さんって絵里ちゃんやことりちゃんのこと知ってるんですか?」
「うん。もちろん君の事も知っているよ、星空凛さん」
「わ、凛の事分かるんですか!?」
すると、会長はバッグからごそごそと物を取り出しては置いていく。それら全て、μ'sのグッズであった。
「実は僕、μ'sのファンなんだよね~。もう、皆が大好きすぎて辛いよぉ~!」
あはは、と笑うフツノキ会長を見て、片峰以外が何となく察する。
――この人も片峰君みたいにオブラートに包まないんだなぁ。
屈託のない笑顔で素直に褒めるフツノキ会長と、不快感を露わにしながらも素直に褒める片峰。馬が合うのも分かる。
ここで一端、全員席について話す流れとなった。さっきから立ちっぱなしだったフツノキ会長を気遣ってのことである。全員が席に着いたのを確認した片峰はすぐに切り出した。
「それで、何の用だ? 生徒会の仕事を放りだしてまで来る意味が分からんぞ」
「――それは一心が良く分かっていると思うんだけどなぁ」
その言葉に、片峰は口をつぐんだ。フツノキ会長は“一心”と呼んだ。それはつまり、会長が遊び抜きの真面目状態だと言うことを示している。
――この時の会長に勝てたことは、ただの一度も無い。
片峰は自然と拳を握りしめていた。その様子を見ていた東條が口を開く。
「会長さん、片峰君、何かあったん?」
「あ、そうか。一心まだ言ってなかったんだね」
そのあからさまに意味ありげな言葉に皆の視線が片峰へ集まった。取り繕うことは許されない。そもそも後には言うつもりだったタイミングが今に来ただけ。だが、それでも片峰は会長を見ざるを得なかった。
(いつ知ったのかは分からないが、会長はこのタイミングで来た。……俺にどうさせたいんだ一体……?)
長引かせるのは趣味じゃない。片峰は飾らず削らず、単刀直入にソレを告げた。
「そのうち分かるだろうが、先日のオープンキャンパスの結果が非常によく、中学生からの入学希望が多数だった。その結果受けて音ノ木坂学院は来年度も入学者を受け付けることになった。とどのつまり、廃校は阻止されたということだ」
「え……?」
「……嘘?」
「学校が……存続する!?」
動揺するのも無理はない。何の前触れも無くそんな事を告げられれば素直に聞き入れられる訳が無い。その証拠として、理事長から許可を貰って撮影していた画像を皆に見せた。
それで、ようやく皆はゴールを実感できたようだ。途端、部室の中がお祭り騒ぎとなる。
「やったぁぁぁ!!!」
「嘘では……無いんですね!」
「ハラショー……!!」
涙ぐむ者、席を立ち騒ぐ者、静かにガッツポーズをする者……九人九色の喜び方があった。そのまま宴会でもやりかねない雰囲気の中、高坂がふと気づいた。……気づいてしまった。
「――あれ? それじゃあ片峰君は?」
その言葉が出た瞬間、部室内がシンと静まり返った。
そして皆思い出す。片峰一心が今の今まで身を粉にして働いていたその原動力を。常日頃皮肉交じりに言っていた言葉を。
「……当初の約束通りだ。ここでの俺の役目は終わった。俺は一週間後に――フツノキへ帰る」
「え……?」
「言葉通りで、約束通りだ高坂。俺は――」
「――と言うと思っていたよ一心」
片峰の言葉を遮ったのは会長である。その笑顔が何だか嫌な物に感じたのは……何故だろうか。
「理事長に言われたのはそれだけじゃないでしょ?」
「……本当にどこまで知っているんだ会長は」
「あはは。でもまあ、約束は約束でしょ? 一心が希望すればそのまま一年間どころか卒業まで居れるとも、南理事長さんは言っているはずなんだけどね」
まさにその通りであった。去り際に理事長から言われた一言がある。それが、会長の言った内容の通りで。
要は片峰の思いのままなのである。そしてそれこそが片峰一心に与えられた“選択肢”。だからこそ、片峰は会長を見据える。
「……お前はそれを告げて、俺に……こいつらに何をさせるつもりだ?」
「僕は教えただけだよ。一心の事だからどうせ二日前とかに言うつもりでしょ?」
「ああ。そのつもりだ。そのつもりだった」
「――ちょっと待ちなさいよ」
ゆっくりと矢澤が立ち上がった。怒りとも悲しみともとれない感情を瞳に湛えて。
「あんた、それは勝手すぎない……!?」
「……何が勝手だ? 俺は役目を果たしたから帰るだけだ。そもそも……俺は女子が苦手なんだ。こんなところ、一秒だって居たくない」
「……今、何て言ったのよ? 私達の顔を見て、同じことをもう一度言えるの?」
「言えるさ。俺は女子と顔を合わせるのだって苦痛なんだ。フツノキへ帰るためにお前達の力が必要だっただけで、それ以上の感情は持ち合わせていない。お前達も喜ばしいだろう、俺が消える事でお前達にも元の日常が――」
バチン、と室内に乾いた音が鳴り響いた。片峰の左頬は赤く染まり、矢澤の右手は赤くそして仄かな熱を持つ。
片峰が口を開くよりも早く、矢澤が言った。
「あんた……私達の事をそんな風に思っていたの!? あんたが鼻持ちならないのは知っていたけど……それでも、私達は皆あんたのこと――」
「……買い被るな。俺は――本当に女子が苦手なんだ」
そう言い残し、片峰は席を立った。まだ痛みが滲む左頬にそっと手をやり、部室を去る。
その後ろ姿をただ黙って見ているだけしか出来なかった皆。そんな中で、フツノキ会長が口を開く。
「……ごめん、皆。どうやら僕は喋り過ぎたようだね」
「……ねえ、会長さん! 質問があるんですが!」
「ん? 何、高坂さん?」
「片峰君って、何であんなに女の子の事が苦手なんですか?」
真っ直ぐにそう問う高坂穂乃果の視線を受け、フツノキ会長は少しばかり真面目な表情を浮かべた。普段の生徒会業務では見る事の無い表情。それが、今の彼の心持ちを明確に示していて。
「その前に聞きたいんだけどさ、高坂さんは一心の事どう思う? いつも女子が苦手で、君達への対応は容易に想像が付く。それを踏まえた上で、どう思う?」
「え? 片峰君、いつも私達の為に頑張ってくれる優しい人だと思うよ?」
キョトンと、むしろそれ以外の答えは無いとばかりに高坂穂乃果は答えた。――それが、フツノキ会長には大変に嬉しい誤算であったことは言うまでも無い。
「あははっ! やっぱり皆思った通りの人達だった! うんうん。皆の顔を見ていると、似たり寄ったりの答えみたいだしね。これは本当に――良かった」
すると、会長は居住まいを正し、机の上で腕を組む。
「じゃあちょっとだけ長いけど聞いてくれるかな? 僕の親友片峰一心が何故、女の子を苦手とするようになったのか。まあ、一心から聞いた話だから真偽は定かでは無いけどね」
そんな不安になるような前置きと共に、フツノキ会長は語り出した。
そう、これから語られるは片峰一心の現在の方針を確固たるものとした話。“完全無欠”を志すようになった話でもある。
聞く者が聞けば“そんなことで”と鼻で笑うようなちっぽけな出来事。――だけど、片峰一心にとっては強く心に残った出来事だ。
そんなページが今、彼の親友によって開かれる――。