ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】 作:鍵のすけ
小学生高学年までの片峰一心を一言で言い表すなら『自分の意志をはっきりと言えない子』、たったのそれだけで彼を語れた。
彼が通っていた保育園や小学校は男子より女子の割合が高く、そしてそれはそのまま女子の力が強かったことと同義で。何をするにも女子優先。玩具で遊ぶにも女子が最初、給食の残りを獲得するにも女子にまず伺いを立てなければならない。
それだけならまだ良かった。片峰もまだ受け入れられた。
しかし、片峰には酷く嫌な事があったのだ。
『一心君! “おままごと”しよー!』
『え、でも……友達とサッカーをする約束があるし……』
『えー! 私達と遊んだ方が面白いよー! 早く来てー!』
そう言って、いつも女子達は片峰を連れて行く。一番言いやすく、そして従順な片峰は女子達の恰好の
――片峰一心はいつも男子と遊べなかったのだ。
サッカーもしたかった。野球もしたかった。バスケットボールでも何でも良かった。だが、女子達がそれを許さない。
男子たちと遊びたい、そう言うと女子達は決まってこう言う。
『でも一心君。他の男子と比べて弱いもん。私達と遊んだ方がケガしなくて良いよー!』
その言葉が、その言葉だけは、本当に嫌な言葉だった。
当時の片峰はハッキリ言って、運動も勉強の成績も芳しくなかった。それ故に女子からは完全に舐められていたこともあり、片峰は完全に女子からは下に見られていた。
小学生の時の男女の身体能力差などあってないようなもの。たまに刃向って喧嘩になっても全く勝てない。
弱い、男だったのだ――。
「……ちっ、嫌な事を思い出した」
屋上へ来て、知らず知らずの間に眠っていた片峰はぱちりと目を開くなり、一人
目覚めは最悪だ。左頬にそっと手を当てた片峰は空を見上げた。フツノキ会長と、そして矢澤からもらったビンタのせいで昔の事を思い出してしまった片峰。
「割り切ったと思っていたんだがな。今更回想するまでもないと、そう心を強く持ったつもりだった……」
ずっと何も言えなかった。強くハッキリと、『男子と遊びたい!』『止めて!』と言いたかったのに。それでも女子達は片峰を振り回した。
いつまでこんな日々が訪れるのだろうか。そう思っていた片峰の転機は小学校高学年の時に訪れる。
(そうだ、あれはいつも通り公園で泣いていた時だ)
小学生の時の片峰は、いつも夕暮れの公園のブランコで泣いていた。男子と満足に遊べなくて、情けなくて、悔しくて。
その日も女子から良いように遊ばれ、そして少しばかり弱さを馬鹿にされて、自己嫌悪に打ち震えていると――その子が来た。
『ねえ、何をしているの?』
そう、その子は言った。泣き顔を見られたくなかったのもあるが、女子の声だったので片峰は顔を上げず、自分は関係ないと返した。
『何で泣いてるの?』
その子はそう言った。そして自分は弱いから、とそう返してしまった。女子のくせにいつも片峰を引っ張り回すような嫌な声では無く、優しい声だったから、つい片峰は口を滑らせた。
するとその子は『そっか』と言い、そのままブランコの隣に座る。片峰はまだ顔を上げず、ただ地面だけを見続けていた。
『弱いと強いは似ているって僕は思うなぁ』
片峰は聞いた。そんなこと無いよ、と。強い者は強い、弱い者は弱い。それが
だがその子は妙な自信に満ち溢れながら、こう言った。
『本当に強い人はね、自分が弱いことを知っているんだよ! だから、君も強くなれるよ!』
今思い返しても何も根拠が無い台詞だった。状況が状況ならば怒っていただろう。だけど――何故か片峰はその言葉が非常に濃厚に頭へ絡みついた、絡みついてしまった。
それだけ言うと、その子はすぐに走って行ってしまう。
――強くなれる。
一人取り残された片峰はブランコに揺られながらその言葉について考えてみた。
強くなる、とは何だろうと。その言葉の意味を。
思い描いてみた、理想の自分を。それは真っ直ぐな人間。女子に屈せず、そして男子と自由に遊べるような、そんな男だ。勉強もできる、身体も強い、何も悪い点が無い男。そうそれを一言で言うのなら――。
『完全……無欠?』
全てにおいて完璧な、女子から何も意地悪を言われないそんな男。
その日から“今”の片峰一心になるための、血の滲むような努力が始まった。体力づくりをして、勉強をして、そして鏡の前で強くモノを言う練習に明け暮れた。
「……今ならば絶対にやれないな。顔から火が出る」
ただガムシャラだった。あの言葉を胸に抱き、片峰はひたすら己を研鑽し続けた。
そして、その甲斐があり、中学から高校生に上がるころにはもう女子を寄せ付けず、そして男子の友達が爆発的に増えているような男となれたのだ。今ならば確信を持ってハッキリ言えるが、もしあそこで動かなかったら片峰一心は一生女子に振り回されていただろう。
「ふん……それなのにこうして女子に対して首の皮一枚の態度なのが腹立たしい」
片峰を追い詰めていたのは女子だが、自分の転機となったのもまた女子である。故に、女子への苦手度は九分九厘となっていた。素直に容姿や仕草、生きざまを褒めることが出来るのも、全てそのせいである。ギリギリのところで女子への苦手意識を固められなかったからこそ出る雨漏りのような現象。
「“完全無欠”。この言葉を目指して刃を研いできたが……どうやらまだまだのようだ。あの日から……何が変わったのだろうな」
すっかり赤みも痛みも引いたはずなのに、未だに痛む頬を押さえ片峰は呟く。
「頬が痛いのか? それとも……」
九人の顔が浮かんでは消え、消えては浮かんで。苛立つこともあった、素直に感嘆出来たこともあった。彼女達の行動を全て見守ってきた上で片峰は――。
「……ちっ。ああ、分かってるさ……本当に腹立たしい」
突然、校内放送が鳴った。理事長からの呼び出しである。題名は考えなくても、フツノキ帰還に関係することであろう。
燻る感情を吐き出すように舌打ちを一つし、片峰は歩き出す。今の片峰は自分で何を考えたいのかが分からないでいた――。
「あら、ごめんなさいね片峰君」
「いえ……」
理事長室に入るなり、片峰はどこか不機嫌そうな表情のまま、南理事長の前まで歩いていく。
「そういえば片峰君に一つだけ書いてもらいたいものがあるのをすっかり忘れていたのよね」
オホホ、と笑う理事長には特に言及せず、片峰は続きを促した。些事にかまけている余裕は片峰にはない。
「実はね、モデル生に学校の紹介文を書いてもらいたかったのよ」
「紹介文……?」
「ええ。短い間だけど、その中で片峰君が感じたことを書いてもらえないかしら? それが――」
「このオトノキでの最後の仕事という訳ですね」
首肯した後、理事長は机から容姿を何枚か取り出し、片峰に手渡した。
「何枚でも良いわ。片峰君の、このオトノキに対して感じた事を見せてもらえたら嬉しいわ」
「期待しないでもらえると嬉しいんですがね。この俺が女子高に対して何も思うはずが無いですから」
その言葉に理事長は微笑を浮かべた。そして何かを見透かしたように、片峰の胸を指さす。
「……いいえ。片峰君はきっとこの音ノ木坂学院の生活を通して、確実に何かを思っているはずですよ?」
分かりきっているような、そんな笑顔が片峰には酷く不快であった。女性に向けられる笑顔としては最上級に苛立つ。
「期日はオトノキ滞在最終日までですからね」
「……分かりました」
最後の最後まで逃げられないこの状況に、片峰は気持ちを固める事は出来なかった――。
◆ ◆ ◆
「――そんな感じさ、これが一心の女の子が苦手な理由」
そう締め括り、会長は小泉からもらったお茶を一啜りする。室内はシンとしていた。片峰の“理由”を聞き、どう反応していいのか全く分からなかった。
まず最初に口を開いたのは絢瀬である。
「何というか……どう言えば良いのかしらね……?」
「まさか片峰君にそんな事情があったなんて……」
口々に飛び出る感想。そのどれもが戸惑いの感情を多分に含んだもので。
だが矢澤だけは違った。
「要は女子に良いように遊ばれてた片峰に目標が出来て、それに向けて努力したから今の片峰が出来上がったのね」
「そうだね、矢澤さんの言うとおりだよ。その一心が出会ったという女の子に言われた一言で一心は今の一心になったみた――」
そこで、フツノキ会長は止まった。目を見開き、得心いったようにゆっくりと頷く。
「そうか……自分で話してようやく整理が付いた」
「ん? どうしたんですかー?」
「あはは。何でもないよ星空さん。それで、どう皆? 前置きした通り、聞く人が聞けば『何だそんな事で』と鼻で笑えるような理由なんだ、本当に。これが高坂さんの聞きたかった一心の根本だよ」
フツノキ会長が皆を一瞥する。そしてニコリと笑った。これは無言の促しである。皆が何を思うか、それを見定めるような笑顔だ。
「――私は、すごいと思いました」
「ん?」
園田がポツリと言い、更に続ける。
「私はその、人前に出るのが恥ずかしい部類の人間です。そして片峰君にとっての女子嫌いは私のソレに値すると思った上で今の話を聞いていました。だから、私はすごいと思います。自分の弱さを認めた上で、自分を変えられた。並大抵の事ではありません」
自分がそうだから。自分の弱さを知っているから、園田は片峰を“見直した”。そこに一体どれだけの壁があったのかは想像に難くない。鋼の心を以て、自身の変革にあたる。尊いと、素直にそう思えたのだ。
園田の言葉に、高坂も嬉しくなったのか、声を弾ませる。
「やっぱり片峰君はすごいんだね! でね! 私、思ったことがあるんだ!」
高坂はずっと考えていたことがあった。ふわふわと雲のように漂っていたおぼろげな考えだったのだが、フツノキ会長の話を聞き、ようやく形が定まったような気がしたのだ。
自然と笑顔になる高坂は、続きを話す。
「私達、ずっと片峰君にお礼を言ったことが無いよね!? だから、片峰君に“今までありがとう”って言わなくちゃならないと思うんだ!」
「片峰先輩に……」
「お礼……」
泣いても笑っても片峰がいる時間は一週間。その中で出来ることには限りがある。
「私、片峰先輩に声を褒めてもらったことがあるの……。それがすっごく嬉しくて、凛ちゃんや真姫ちゃん以外にも褒めてくれる人がいたんだなぁって……。だから、私はやっぱり片峰先輩を嫌いにはなれません。ちゃんとお礼を言いたいです」
「凛ね、思ってたんだ! 片峰先輩って怖いけど、ほんとは男の子女の子関係なくすごーく優しい人なのかもって! そしたらその通りだったよ! だから凛謝りたいにゃ! “変なことを思っていてごめんなさい”って!」
「……“レールにも歩き方というものがある”。私、まだ片峰先輩に示せてないわ。……私なりの歩き方って奴をね」
小泉が、星空が、西木野が。理由を突き付けられてもなお、片峰への考えは変わらず。むしろ、更に……。
「……思えば、片峰君にはずっと言われっぱなしだったわね。最後くらいは片峰君の鼻を明かしてやるのも面白そうね。私は穂乃果のアイディア、良いと思うわ」
「ウチも片峰君には腹立つことばっかり言われたからなぁ。片峰君に感動の涙を流させたら、ウチも胸がスッとなるやろうな! やろう! 片峰君に泣いて帰らせよ!」
「あいつって本当にしょうがないわよね。やることやってさっさと帰るなんて子供以下よ、……あいつ、きっとにこ達が何も言わないと思ってんのよきっと。……最後の最後まであいつの思い通りにさせて堪るもんですか」
絢瀬が、東條が、矢澤もそれに続く。それぞれ決して片峰に対して高い好感度を抱いていた訳では無い。だが、感じたモノ、受け取ったモノをただそれだけにしておく三人でもなかった。
「フツノキ会長さんの話を聞いても、片峰君の今までの言動を全て肯定する訳にはいきません。……ですが、彼が今まで私達の為にしてくれたことを忘れる訳にもいきません。やりましょう穂乃果、皆。彼へ感謝を伝えるために」
「確かに片峰君はいつも言い方がちょっぴり怖いけど、でもそれだけ皆の事を真剣に考えてくれていたってことだよねっ! それってすごく素敵な事だと思うの! だからちゃんとありがとうを言いたいなぁ」
フツノキ会長の視線が高坂へ移る。既に皆の思いのたけは十分に伝わった。そして、最後に高坂が言う。
「片峰君は私達が三人の時からずっと頑張ってくれていた。私達が落ち込んで、挫けそうになった時でも片峰君は常に前を向いて私達を励ましてくれていた!」
感情が高ぶり、高坂は机の上を叩いた。そしてこう締めくくる。
「――やろう!! 片峰君へ、“ありがとう”を伝えるためのライブを!!」
キッカケは廃校だった。本来なら交わることの無い線。男子校と女子高という相容れない世界を繋いだ皮肉な架け橋。
これから語られようとするのは廃校阻止を目標に駆け抜けてきた女神九人と、そして女子が苦手な男子の最後の物語。彼への報酬と呼ぶには過言で、そして宝物と呼ぶには――あまりにも尊い、そんなモノだ。