ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】 作:鍵のすけ
「西木野……?」
その苗字には聞き覚えがあった。この辺で一番大きな病院――西木野総合病院。この辺で西木野なんて苗字は聞いたことが無い。となれば、答えは一つ。
「大病院の娘が何でこんな音ノ木坂学院に――ああ、そうか」
察しが良い方である片峰はその言葉を己の内にしまった。答えは今、自分が言った。選択肢は沢山あったはずだというのに、“あえて”音ノ木坂学院を選ぶ理由は実にシンプル。
……大病院だからこそ、地元の高校を選んだのだろう。
自分の中で解決した片峰は踵を返した。元よりピアノの音色を聞くという目的は達している。ならばもう一秒たりともいる理由はない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「何だ?」
椅子から立ち上がり、西木野はこちらに近づいてきた。その視線には強い敵意を感じられる。
「何が、“そうか”なのよ? 勝手に納得しないで!」
「……地元とのコネクションを作るために入れられたんだろ?」
西木野はビクリと肩を震わせた。固まった表情で答え合わせは既に完了済み。やはり正解じゃないか、と片峰は呆れた。
「大変だなお前も。じゃあな」
「……何も思わないの?」
「言っただろ。大変だな、と」
「そうじゃなくて! ……貴方は私の事知って、何も思わないの?」
その一言で、片峰はイマドキ漫画でも使われないようなシチュエーションが浮かび上がる。典型的なお嬢様は、典型的な悩みを持つ――そういう事なのかと片峰はある種関心した。
本当にあるのかは、まるで興味が湧かないが、やはり病院経営者の娘と言う立場は“庶民”から距離を取られる原因になるらしい。
――その辺りの事情を全て加味した上で、片峰は言い切った。
「思わんな。お前の両親はすごいと思うが、当のお前が何をしたという訳でもないだろう。お前はただ、俺が苦手な女子の中の一人だよ」
「なっ……!?」
「せいぜい高慢ちきにならないように気を付けるんだな。“持っていない”者達が集まれば、“持つ者”なぞ容易く
そう言い残し、片峰は音楽室を後にした。
「……ちっ。女子との会話は世界で一番無駄な時間だな」
教室へ歩を進めながら、片峰はそう一人
「あっ」
「ん?」
下を向いて歩いていたから一瞬反応が遅れた。聞き覚えのある声だったので、顔を上げると、目の前に“彼女”が立っていた。
「昨日ぶりやね、片峰君」
「生憎、俺はそんな奇天烈な関西弁に聞き覚えはない」
彼女――東條を横切っていこうとするが、片峰の前に立ち塞がる者がもう一人。
「こんにちは。少しお話良いかしら片峰君?」
そう言って、絢瀬が手を軽く挙げた。あからさまに逃げても良いが、その選択肢を安易に取れば後々のツケとなって自身に返ってくることは火を見るより明らか。
それに、と片峰はこの手の誘いに対する対処法は心得ている。
「良いだろう」
この類いは変に突っぱねず、適当に付き合って自然と離れていくのが最善手である。故に、片峰はさっさと乗って、さっさと帰るつもりでいた。
「片峰君ならもう少し粘ると思ったのに、意外」
そんな片峰へ、東條は少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。
東條の皮肉交じりの反応へ、片峰はそれ相応の皮肉で返してやった。
「俺もそういう風にごちゃ混ぜで喋っているのかと意外に思ったぞ」
「エリち! やっぱり止めよ!? 早く離れた方がええって絶対! エリちにまで変なこと言うよこの子!」
「……カルシウムが足りていないようだな。急に大声を出すなんて、子どもじゃあるまいし」
一触即発の空気。さっきから通り掛かる他の女子達がチラチラとこっちを見てはひそひそと話していくのが見えた。
噂話は女子の大好物。この事実はどの女子にも当てはまるのだろう。
手をパンパンと叩き、絢瀬が片峰と東條の間に割って入る。
「時間が無いから手短に言っても良いかしら?」
「願ったり叶ったりだ」
「そう、じゃあこれを見て」
絢瀬が一枚のプリントを広げた。書かれている内容を上から下へ読んでいく。
「……」
そのプリントは生徒会の役員名簿である。会長に絢瀬絵里。副会長に東條希。書記に会計そして――男子枠、『片峰一心』の名前が載せられていた。
「断ったはずだぞ。誰が女子しかいない生徒会に好き好んで入りたがる馬鹿がいるんだ」
「片峰君も男の子なんやし、ハーレムだー! って思わないん?」
「悍ましい単語を出すな。生憎、囲まれるなら男と願っている方だ」
その発言に、東條だけでなく、絢瀬の表情までもが固まった。
「……え、片峰君って男が好きなん?」
「冗談言うな。俺は同性愛者ではない」
「それを信じろって方が無理な話なんやけどなぁ……」
「話の腰を折るな。そんなことより、重要な話があるだろ、何故一度断ったはずの生徒会の名簿に俺の名前があるんだ!?」
既に断ったはずの話が何故、まかり通っているのか。これは些か、片峰が承知できないレベルにまで達している。
「外堀を埋めればなし崩し的にやるとでも思ったか。それが許されるのは創作の世界だけだ! 俺はやらないぞ、誰が女子のいる空間に好んで飛び込む奴がいる!?」
この卑怯極まりないやり口に、片峰は本気で憤っていた。こんな漫画のようなやり方が許されるとは夢にも思わなかった片峰は、今しがた起こっている出来事に気絶寸前。
そんな片峰の様子を見て、絢瀬と東條は顔を見合わせる。数瞬のアイコンタクトの後に浮かべた表情は、まるでこの片峰の返しが分かり切っていたかのようなモノであった。
「……って言うから、これを渡して欲しい。確か、そう手紙に書いてあったわね。希に預けているわよね?」
「うん、ちゃんと持ってきてるよ」
そう言って、東條が取り出したのは一通の手紙であった。彼女から手紙を渡されるなり、片峰はすぐにその内容に目を通した。書かれている内容がどんなものか分からなかったが、すぐに破り捨てるつもりでいた。
――そう、思っていた。
「これは……!?」
「片峰君の元居た高校の生徒会長からよ」
「そもそも、片峰君の生徒会入りが決まったのはそこの会長さんからの推薦なんよ」
ざっと目を通してみると、その手紙にはフツノキ会長直々に『片峰一心を生徒会に入れて欲しい、絶対役に立つ』などといった文章が書き連ねられていた。
最後の一文に『この手紙を片峰一心に見せてください。考えが必ず変わるはずです』と書かれていたのが非常に腹立たしい。
(何を思って、俺を生徒会に推薦したんだ会長は……?)
片峰の、フツノキ生徒会長への評価は高い。会長は仕事こそしない人間だが、断じて馬鹿では無い。そんな会長が無意味に人を困らせる事をするとは考えにくかっただけに、片峰は困惑した。
念のため、筆跡を確認すると、紛れも無くフツノキ会長の直筆だ。
「どうかしら? そこまで負担になるような仕事を与えるつもりはないから――」
「俺はまだやるとは言っていない。会長が何と言おうが、誰が好き好んで……!!」
「あ、片峰君!」
「エリち」
東條は、歩き去っていく片峰の背中を追いかけようとする絢瀬をやんわりと止めた。これ以上追いかければ、絢瀬にまで手酷いことを言うだろうという東條の配慮である。
「エリち、先生に言われたからって無理して誘わなくてもいいんよ? 片峰君だってあんまりしつこく誘われても迷惑やろうし」
東條の言葉に頷きながらも、絢瀬の視線は既にない片峰の背中へ向いていた。
(……こんなことをしている暇はないのに、どうして私は片峰君へ気を回しているの……?)
絢瀬の目的である『音ノ木坂学院の廃校阻止』。これは自分に課せられた究極の課題であった。この課題を解決するため、絢瀬は常に思考を巡らせる。
その思考運動に、片峰一心というイレギュラーは何ら関わってこないし、異性だからと言って気になる訳では全くない。
――ならば、どうして自分は片峰一心が気にかかるのだろう。
色恋なんて浮ついた話などでは断じてない。そんなキラキラした感情など、今の自分には不要なのだ。これは、そんなプラスの意味合いは持たない。
強いてこの感情を言葉に、単語に表すとするのならばそう――。
「……人を寄せ付けないその姿勢が、私と似ているから?」
「ん? 何か言ったエリち?」
無意識に口を突いて出た言葉が聞かれてしまったかと一瞬冷や汗を掻いたが、幸いにも聞かれていなかったことに胸を撫で下ろしつつ、絢瀬は首を横に振った。
「いいえ。片峰君には後日、また話しに行きましょう。それよりも、廃校阻止に向けて案を纏めなければならないわ」
「……エリち」
東條は使命感に燃えた絢瀬の横顔を見て、表情を暗くする。その横顔に何も言えなくて、その代わり東條は言った。
「片峰君にはウチが話しに行くわ。エリちは忙しい忙しい生徒会長様やしね」
「もう、そんなこと言って。希にだってちゃんと仕事があるんだからね?」
「もちろん! やる時はやる女やからねウチ」
はいはい、と絢瀬は言い、彼女と東條は歩き出した。
(……ただエリちの負担を減らすためだけでもないんやけどね)
チラリと、東條は片峰がいた場所を目だけ動かして振り返る。
女子が苦手というこのオトノキ唯一の男子生徒、片峰一心。自分の“喋り方”にいちゃもんをつけてくる腹立たしい存在。こちらが何か喋れば真っ向から否定してくるというイマドキ類を見ない女子の苦手ぶり。
――それなのに。
(あの時確かに片峰君ウチの事、びっ……美しょっ美少女って言ったよね……?)
暴言の嵐の中、確かに存在した“台風の目”。あの時の状況を色濃く思い返せば思い返すほど――頬が熱くなる。それとなく耳に触れてみると、明確に熱を感じた。ぐるぐると何度もリフレインする言葉。
……だけど、暴言を吐く腹立たしい存在。
(本当に嫌な子って訳でもなさそうなんやけどなぁ)
故に、そんな疑問符が浮かぶのだ。この疑問符を外さない限りは色々と落ち着かない。
大事な友達と、腹立たしい存在。その二人の事を考えながら、東條は少しだけ距離が離れてしまった絢瀬の後ろを小走りで追いかけた――。