ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】   作:鍵のすけ

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第7話 デカい背中

 星空と小泉を置いて、片峰は帰宅していた。やはり女だらけの空間は片峰にとって毒でしか無いことが良く分かる。

 すれ違い様に老婆に会釈されたので、片峰も会釈を返す。女性であるので、あまりいい気分はしなかったが、自分よりも長く生きてきた先人を敬う心の方が強かった故の行動。これが五十代や四十代の女性なら完全スルーを決め込んでいた。

 

「……甘い物でも食いたくなったな」

 

 勉強や廃校対策に頭を使い過ぎてしまったようだ。こういう時の対処法は甘い物を食べて、アニメを観て、寝る。男の鍛錬はこれで十分と誰かが言っていた気がする。

 

「手近な店で適当に何か買うか」

 

 そう思い、片峰は左右に首を振り、コンビニか何か無いか見る。

 

「和菓子屋か……値が張るのかもしれんが仕方ない。妥協するとしよう」

 

 和菓子屋『穂むら』。他に買えそうなところも無かったので、ここで買うことにした片峰は、早速扉を開く。

 割と甘い物が好きな片峰は、この歴史を感じさせる面構えの店を選んだことに、ほのかな運命を感じていた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 カウンターで挨拶をしたのは赤っ気が強いショートの茶髪の女の子だった。幼い見た目からして中学生だろうと、適当に見切りを付けた片峰は一瞬悩んだ。

 

(……女か)

 

 正直、歳が離れていても女は女である。中学生くらいなら女として認識されないギリギリの範囲なので、多少不機嫌になるぐらいなのだが、それでも関わらないなら関わらないに越したことはない。

 

「入る店を間違えた。邪魔した――」

「たっだいまー! 雪穂ー! 疲れたよー!」

 

 出て行こうとした片峰の視界に飛び込んできたのは、ラフな格好をした汗だくの高坂であった。

 

「片峰君!? どうしたのウチに来るなんて! あ、もしかしてお買い物? それならジャンジャン買って行ってね!」

 

 片峰が発言する隙さえ与えない言葉の雨あられ。喋れないことに気づいたのか、カウンターの女の子が高坂を窘める。

 

「お姉ちゃん、喋り過ぎ。先輩、困っているよ?」

「あっ、ごめんね片峰君!」

「……良い。それよりも俺は――」

「お詫びの印に、ウチの名物一つ味見させてあげるからちょっと待っててー!」

 

 片峰の返事も待たず、高坂は奥の方へ消えて行ってしまった。取り残された片峰へ、女の子が話し掛けてきた。

 

「あの……」

「何だ?」

「私、高坂雪穂(こうさかゆきほ)って言います。あの、もしかして――」

 

 高坂雪穂と名乗った女の子は少しだけ頬を染めながら、遠慮がちに片峰へ聞いた。

 

「――お姉ちゃんの彼氏さんか、何か……でしょうか?」

「ありえん」

 

 あまりの即答ぶりに雪穂は面食らった。『え、違うの?』と割と本気でそう思った。

 

(え、ええ~……? 結構カッコいい人が来たからもしかしてと思ったけど……)

 

 同時にホッとした自分もいる。あの姉が少しだけ遠くなったような、そんな気が一瞬したからだ。……本当に一瞬である。

 

「姉、と言うことはお前は高坂の妹なのか?」

「は、はい。そうですけど……」

「随分シッカリしているな。その歳でその言葉遣いは褒められるぞ。両親の教育が良かったんだろうな」

「あ、ありがとうございます……」

 

 姉の背中を悪い意味で見て育った、と言う事だろうか。姉とほぼ真逆の性格で、片峰は些か驚いていた。同時に、もう少し言動が落ち着けば、彼女のようになるのだろうな、という妙な感心をした。

 そんな事を思っている間に、高坂がパタパタと片峰の所へ戻ってきた。その手に持っていたお盆にはお饅頭が二つ乗っていた。

 

「お待たせ片峰君!」

「待っていないがな」

「これがウチの名物で、穂むら饅頭略して『ほむまん』! 美味しいよ?」

 

 ジッとお饅頭を見て、その甘い香りに僅かながらに喉が鳴る。女子は苦手だが、その他のモノに偏見を持たない片峰はすぐにそのお饅頭を手に取り、口に運んだ。

 

「んむ……」

 

 一口、食べた瞬間、片峰は目を見開いた。割と甘い物を好む片峰は特にお饅頭が好物で、色々なお店の饅頭を食べてきた。ここのお饅頭が不味かったら即刻帰るつもりでいた片峰は直ぐに二個目を手に取り、齧りつく。

 見た目は平凡、味も特に代わり映えのしない餡子のはずだ。それなのに、飽きが来ない。下品ではない程度に詰められた餡子と、甘すぎない味わいが片峰の手を進ませる。

 その姿を見ていた高坂が嬉しそうに手を合わせた。

 

「美味しい? お父さんが作ってるんだよ!」

「親父さんが?」

「うん! 和菓子職人なんだよ!」

 

 ほぉ、と片峰は自然に唸っていた。よくもここまでホッとするような、“安心”させるような味のお饅頭を作ったものだと本気で感心する。

 

「そうなのか……さぞかし腕のいい職人なんだろうな」

「作業しているところ覗いてみる?」

「お願いします」

 

 脊髄反射であった。絶対に下げない頭を女子へ下げるくらいには、魅力的なお誘いである。こんな美味しいお饅頭を作る職人に一目で良いから会いたかった。

 

「じゃあこっちに来て!」

 

 高坂に連れられ、作業場の前まで来た片峰。ちょいちょいと指を指し、『奥を見ろ』というジェスチャーに従い、片峰は壁から作業をしているであろう高坂父を覗き込んだ。

 

「な――――」

 

 瞬間、片峰の世界(しかい)には高坂父の背中しか映らなくなった。気づけば、息を止めていた。それほどに、それほどまでに――片峰は衝撃を受けた。

 

(う、そ、だろなんて……なんて……!!)

 

 高坂が片峰の肩を揺らすも、彼は無視し、ただ高坂父の背中を見つめていた。本来ならば、気安く触れた事を糾弾して然るべきなのだが、今はそんな事すらも億劫である。

 片峰は震えながらも、この気持ちを言葉にする。

 

「なんて――デカい背中なんだ……!!!」

「片峰君……?」

 

 ガタイの良さは、白い作務衣(さむえ)の盛り上がりで押して知るべしといった所。しかし片峰の衝撃はそんなありふれた点には無かった。

 

(そして、何よりも驚くべきはゴツゴツした指。年月と業が一目瞭然、まさに年輪……!? あんな逞しい指がこの世に存在していたというのか……!)

 

 和菓子の繊細な味を紡いでいるのは、長い年月を経て、鋭さと渋みを醸し出すゴツゴツとした太い指であった。なんという矛盾。ガラスのような儚さを生み出していたのは、長い年月の末に形成された(いわお)であったのだから。

 

「えっと、片峰君? 私の話聞いている?」

(フツノキにいては絶対に会うことの無かったお人だ……。これは是非ともお近づきになっておかなくては……!)

 

 そう思うが早いか、片峰は作業場の出入り口へ姿を晒した。

 

「高坂の親父さん!」

 

 ピクリ、と高坂父が肩を揺らすが、振り向くことはなく再び作業に戻ってしまう。その背中へ片峰は話し掛ける。

 

「俺は最近、音ノ木坂学院にモデル生として転入してきた片峰一心と言います! 先ほど、ここの名物『穂むら饅頭』を食べさせてもらいました!」

 

 一拍置き、片峰は続ける。

 

「旨かったです、親父さんが心を込めて作ったっていうのが身に染みわたりました。だから、その、ありがとうございました!」

 

 片峰の心からの感想を受けた高坂父の反応は、実に淡泊なモノだった。振り向かず、ただ右手を上げ、左右に振るだけ。

 この時、高坂父は内心、照れていた。あまりお客さんと話さないのも相まってか、面と向かって話すことに若干の抵抗があったのだ。そんな自分へ、真っ直ぐな感想を言ってきた“片峰”という子供へ顔を向けるのが異常に照れくささを感じていた。

 故に、せめてもの返しとして、手を振るだけに留めておいた。口下手は自覚している。変に喋って、印象を悪く受け取られたくもない。

 ――そんな高坂父の思いを、片峰は全く正反対のベクトルで受け取っていた。

 

(『若造が、一人前に味を語るんじゃねえ。出直して来い』……か。確かに、その通りだったな。軽々しくその道の職人へ物申すこと自体失笑ものだ。……俺としたことが、身の程を測り間違えたか)

 

 片峰の眼には、高坂父の仕草は職人故の厳格な“線引き”に映っていた。この程度の賛辞で浮かれてはいられない、という日本刀のような鋭さと気迫が片峰の肌をビリビリと刺し貫く。

 

「ふっ……」

「あれ、どこ行くの?」

「帰る。俺はまだまだ親父さんに声を聞いてもらう事すら叶わぬ身分のようだからな」

「……えっ? 片峰君、お父さんは多分ただ照れ――」

 

 手の平を突き出し、高坂の言葉を遮った。今の片峰に安易な慰めは無用であった。ましてや女子から慰めてもらうなど自殺ものである。

 

「皆まで言わなくて良い。……適当に和菓子を詰めてくれ、買って帰る。そうだな、予算はこのくらいだ。予算ギリギリまで詰めてくれ」

「うん、分かっ――ええっ!? 何これ!? 片峰君お金大丈夫なの!?」

「良い。だからさっさと迅速に、丁寧に、美麗に詰めろ」

 

 片峰に言われるがまま、高坂は『ほむまん』を中心に、手ごろな価格に収まるようにどんどん和菓子を詰めていく。そんな様子を眺めながら、片峰は壁に仕切られた作業場の方へ再び視線を向ける。

 

(高坂の親父さん。俺は必ずまた来ます。だから今回はお店の売り上げに貢献しますね)

 

 大きな袋を二つ、高坂から受け取り、片峰は札を一枚レジに置いた。

 

「ありがとうございましたー! 片峰君、また来てね!」

「ああ、今度はお前がいないときに来る。……というより、ずっと気になっていたんだが、何だその格好は」

「ん、この練習着の事? もぉー言ったじゃん! 私達、スクールアイドルを始めたって!」

 

 片眉を上げる片峰。その単語を再び聞くことになるとは思っていなかっただけに、随分新鮮に片峰の鼓膜に響いた。

 

「……聞きそびれていたが、どうしていきなりスクールアイドルになんてなろうと思ったんだ?」

「スクールアイドルって今、すっごく人気なんだよ! だから私達がスクールアイドルになって頑張れば、入学希望者が増えるかなって!」

 

 その言葉へ――片峰は酷く不愉快な感情を抱いてしまった。

 

(選択肢の一つとして入れたとはいえ、俺が、こいつと同じような発想を抱いただと……!?)

 

 屈辱だった。自分が思いついた案が、高坂の“思いつき”と同レベルだったことに。

 気づけば、片峰は高坂の言葉を振り切り、穂むらを出ていた。

 

「……本当にやる気があっての行動なのだろうな?」

 

 この案に、不要な人材の条件がある。『お遊び感覚』で取り組む奴だ。だからこそ、片峰は一つ行動を起こしてみることにした。

 女子が苦手だ、近づくだけでも、声を聞くだけでも、体温を感じるだけでも。そんな不快な感情を全て我慢してでも、片峰は知らなくてはならない。そう判断出来たのだ。

 

「……まずは奴らが練習している場所を確認しなくてはな」

 

 穂むらを飛び出す前に聞いておけば良かった。そんな事を少しだけ反省しつつ、片峰は袋の中からオマケとして入っていた『ほむまん』を手に取り、一口。

 

「やっぱり旨いな」

 

 これからは高坂がいない時間に買いに行こう。新たな行きつけが出来たことに片峰は、少しだけいい気分になった――。

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