ラブライブ!~再び男子の園へ戻るために~【完結】   作:鍵のすけ

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第8話 地獄に身を晒す覚悟

 スタスタと音を立てながら、片峰は廊下を歩いていた。すれ違う女子達から視線を向けられるが、その(ことごと)くを無視し、片峰は進む。

 以前の視察で学校内の構造は大体把握出来ていたので、その歩みに迷いはない。

 

「……ここだな」

 

 立ち止まり、顔を上げて表札を確認するや否や、片峰は扉に手を掛けた。

 

「邪魔するぞ」

「なっ……!?」

 

 そう言い、片峰は“生徒会室”に入った瞬間、室内の空気が凍った。温度が下がったと言っても良い。

 一方、片峰は妙な懐かしさを感じていた。フツノキでは副会長をやっていただけに、“生徒会室”という空間に居心地の良さを感じていたのだ。……女子という異物が居なければもっと良かったのだが。

 他の役員が驚きで目を丸くしている中、二人だけは反応が違った。

 

「か、片峰君。いきなりどうしたん……?」

「聞きたいことがあって来た」

「一体何でしょうか?」

 

 東條が怪訝な表情を浮かべ、絢瀬が目を細めている。何故か、ピリピリとした空気に変わりつつあり、他の役員たちが声を潜めて三人の様子を窺う。

 

「スクールアイドル。この単語を知っているか?」

「……貴方は彼女達と何か関わりがあるのですか?」

 

 スクールアイドルと言う単語を出した瞬間、更に険しくなった絢瀬の表情を見て、片峰は確信した。やはり、あの三人は生徒会へ何かかしらの話をしに来たようだ。

 思い返すは昨日の高坂との会話。その中でも抽出されるべき単語は『廃校阻止』。どれくらいの本気度かはまだ分からないが、廃校阻止を謳うなら少なくとも一度くらいは生徒会へのコンタクトを避けて通れない。

 

「無い。だが、興味がある。もし奴らの練習している場所を把握しているなら情報が欲しい」

「……彼女達に直接聞かないのですか?」

「やかましい声はなるべく鼓膜に入れたくない。それで、知っているのか……と言うより、奴らは部活動か何かとして動いているのか?」

「……アイドル部として部の設立申請はありました。ですが、アイドル部は部として認められません」

 

 ピクリ、と片峰は片眉を上げた。そこで片峰は一つ思い出していた。それは部の設立規則である。その中の大前提として――。

 

「同好会でも最低五人だったか。なら五人集まれば良いだろう」

「オトノキの状況は知っていますね? そんな時に、彼女達は廃校を何とか阻止するためだけに部を設立しようとしているんです。……部活は生徒を集めるためにやるものではありません。だから私は――」

「認めないか。それも一つの手だな、思いつきで動いて状況を悪化させたくないという、実にこの学校の事を考えた発言だ」

「……理解して頂けて良かったです」

 

 あっさりした返答に、絢瀬は拍子抜けしてしまった。だが、片峰は絢瀬の言葉の全てに諸手を上げた訳では無かった。

 

「だけど、それは一番面白くない選択肢だな」

「……何ですって?」

「お前達は何だ? 生徒のことを第一に考える生徒会だろう。生徒のやる気を後押ししない生徒会のどこに存在意義がある?」

「なら、貴方は一体どうしていましたか? 確かフツノキでは生徒会でしたよね?」

 

 絢瀬の挑戦するかのような視線が片峰を貫く。正直、目を合わせるのも億劫だが、ここで目を逸らしては『絢瀬に負けた』という事実しか残らない。

 故に、片峰は両腕が痒くなりながらもハッキリと、そしてキッパリと言い切った。

 

「やる気さえ感じられたら全力で後押しをしてやる。それが全く感じられない奴に押す手は一本もないがな」

「貴方は……彼女達にやる気があるから庇っているの?」

「分からん」

 

 その言葉で絢瀬が苛立ちを露骨に表情へと表した。ここまで言っておいて、『知らない』は馬鹿にしているとしか受け取れない。

 そんな絢瀬の感情を読み取ったように、片峰は続ける。

 

「それを知るために俺はあいつらの活動を見てみたいんだ。それでやる気を感じられなかったら別の手を考える」

「……別の手? 貴方、何が目的なの?」

「廃校阻止だ」

「廃校阻止……」

「“出来っこない”と笑うか?」

 

 絢瀬は言葉に詰まった。それを否定すれば、自分を否定すると言う事だからだ。片峰の目には一切の冗談は含まれていなかった。だからこそ分かる事がある。

 

「だけどやる。フツノキに戻る為なら、奇跡の一つや二つ、安い物だ」

 

 そう言って、片峰は背を向ける。とっくの昔に言いたいことは言い終わり、女子だらけの空間に居られる“我慢”の限界は超えていた。全身が痒くなり、鼻は男臭を求めている。小袋に閉じ込めた“フツノキ臭”をポケットから取り出したくて手が震えている。

 扉に手を掛けた瞬間、後ろから東條の声がした。

 

「神田明神」

「何だ?」

「あの子ら、いつも神田明神に来て練習してるよ」

「……そうか」

 

 ようやくありつけたまともな情報を耳に残し、片峰は生徒会室を後にした。すると、まるで見計らったかのように、片峰のスマートフォンが鳴動する。

 画面を見た片峰は、すぐに電話を取った。

 

「もしもし」

『先輩! 会長が仕事しないッス! 助けてくださいよ~!』

 

 片峰の耳に飛び込んできたのは、若干高い“男の声”だった。その声を聞いた瞬間、先ほどまで鬱屈としていた片峰のテンションは一気に回復の兆しを見せた。

 

「茂手木か。相変わらず良いタイミングだな」

『……何の話ッスか?』

「良いや、沈んでいた俺の心が回復しただけだ」

『そうッスか!? 先輩の役に立ったなら良かったッス!』

 

 片峰は満足げに頷いていた。

 電話の向こうの彼の名は茂手木(もてぎ)。片峰の忠実な部下である。生徒会業務の全てを叩き込む事に何ら“手間”を感じなかったぐらいには気に入っている男子だ。そんな、どこまでも良くデキた後輩に片峰は思いを馳せつつ、冒頭の件について聞いてみることにした。

 

「それで、会長が何をやらかした?」

『明日、この辺りの男子校の生徒会が集まって連絡会やるじゃないッスか?』

「ああ。それがどうした?」

『その会議に使う資料を纏めて置いている所へ会長、コーヒーぶちまけたんスよ!!』

「何をやっているんだ……」

 

 部数こそ少ないが、膨大なページ数を誇る資料。印刷をし、製本作業をするとなったら恐らく明日にまで作業は持ち越されてしまう。

 

『どうしましょー!? ヤバいッス! ヤバいッス!』

 

 あろうことに会議は明日の午前から。そんな絶体絶命の状況を聞かされてもなお、片峰の表情には余裕があった。

 

「落ち着け。顧問に予備の資料を預けている。会長が何かやらかすのは想定済みだったから保険を掛けておいた。多少は顧問から怒られるだろうが、我慢してくれ」

『さ、流石先輩ッス……! 会長の事を全く信用してないんスね!』

「絶対何かやらかすと信頼しているから保険を掛けられるんだ。茂手木、お前もまだまだ修行が足りないな」

『は、はいッス! 勉強になります先輩!』

「会長は俺が居なくちゃ駄目だからな。なるべく早く戻る」

『いや、先輩彼女作りましょうよ……。先輩、ホモ疑惑掛けられてんの知らない訳じゃないッスよね……?』

 

 ピシリと、片峰は固まった。いい加減払拭されたと思っていた根も葉もない噂が未だ流布されていることに苛立ちを覚える。

 

「俺は女子が苦手なだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

『じゃあ先輩、『男の娘』ってジャンルはどう思いますか? “こ”って“むすめ”って漢字の方ッスよ?』

「理想だな。見ていられるし、話せるしな」

『……その事について何も感じることはないッスか?』

「茂手木。お前の言いたいことがいまいち分からん。可愛いし、話せるし、触れるしで、一石二鳥……いや、三鳥だろう」

『……な、何かすいませんでした』

 

 断じて茂手木の感性がおかしいのではない。百人が今の片峰と茂手木のやり取りを聞けば、その百人全員があらぬ勘違いを抱いてしまうのは必然と言える。

 腕時計を確認した片峰は、名残惜しさを感じつつも、“用事”を果たすことを選んだ。

 

「野暮用を済ませなければならない。また何かあったら遠慮なく連絡して来い」

『片峰先輩、あんまり無理しないでくださいね。あと、一刻も早く彼女作ってくださいね!』

「聞ける言葉と聞けない言葉が俺にはある。じゃあ、健闘を祈る」

 

 そして通話を終了した片峰はポケットにスマートフォンを突っ込み、歩き出した。目的はそう、神田明神である――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……ここか」

 

 地図アプリを辿り、やって来たのは大きな神社。こここそが、東條の言っていた神田明神である。

 

「練習頻度を聞くのをすっかり忘れていたな」

 

 万が一、今日が練習日で無かったとしたらとんだ無駄足となる。そんな一瞬抱いた不安は、遠くから聞こえてきたやかましい声によって一気に消え去った。

 

「海未ちゃん、疲れたよぉ」

「はぁ……はぁ……海未ちゃん、何で汗一つ掻いていないのさ!」

「言っている場合ですか。穂乃果とことりもこれくらいにならないとスクールアイドルなんて務まりませんよ?」

「海未ちゃんの鬼ー!!」

 

 物陰から隠れ、三人の様子を見ることにした。どうやら階段を駆け上がって体力づくりをしているようだ。懸命に汗を流している姿を片峰はただ眺めていた。

 

(……やはりお遊び気分か)

 

 高坂と南は両手を地面に着け、ひたすら酸素を求め喘いでいた。たった一回階段を駆け上がっただけで、あの泣き言。正直、帰るつもりでいた。どうやら口だけの、思いつきだったらしい。

 

「――でも!」

 

 高坂の言葉で、片峰は立ち止まる。

 

「私決めたんだ。絶対廃校を阻止して見せるって! やるったらやるって!!」

(女子にしては中々どうして……)

 

 その先はあえて言葉にしなかった。

 高坂の目が、言葉が、意志が、寸分の狂いなく片峰の耳に届いた。――気づけば、片峰の足は動いていた。

 

「高坂、園田、南」

 

 三人がぎょっとした表情を向けてきた。何を察したのか、園田が二人の前にそれとなく移動する。

 片峰は決断を下していた。一人では何も出来ないと自覚していたからこそ、フツノキに早く帰りたいからこそ、女子が苦手だからこそ――。

 

「――単刀直入に言う。俺に協力しろ」

 

 ――片峰は女子の力を借りることに何の躊躇いも無かった。進んで地獄に身を晒す覚悟が、彼には既にあったのだ。

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