八色の虹   作:溶けた氷砂糖

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気が向いた時にしか書かないけど時々無性にこっちが書きたくなる。


私は人間の側にしか立てないよ

「話は分かった」

 ガン、と何かのぶつかる音が響く。白髪に所々青い髪の混じった背の低い女性が湯呑みを乱暴に置いたのだ。青い服に身を包み、建物のような奇天烈な帽子を被った彼女は、言葉では分かったと言いながらも、納得はしきれないと額に寄せた皺で主張している。ちゃぶ台を挟んで反対側に座っていた黒髪の少女は大きな音を立てた湯呑みにげんなりとしながらも、自分が悪者にされてはたまらないと弁明を続けた。

「あのね、襲ってきたのはあっちよ? 現に何人か生きて返してるじゃない」

「それは理解している。お前は決まりを破ってはいないし、むしろ有情だろう」

 しかし、彼女の表情は苦いままだ。理屈では分かっていても人間の側に立つ者の感情としてはやり切れないものがあるのだろう。死体が帰って来ないのも、彼女を怒らせている要因かもしれない。或いは、黄緑に人間を襲う理由は特別無いということも。

 黄緑は人間と妖怪の隙間に位置する存在である。だが、彼女を妖の側に近づけさせているのはは八雲紫の式神という事実だ。彼女の身体は人間と殆ど変わらない。人間からの畏れよりも、米や野菜の方を必要とする為、人間を餌にする必要は無い。

「じゃあ殺すなって言いたいの?」

「そうは言っていない」

 博麗の巫女や普通の魔法使い、メイドや風祝のような例外は居るが、元来妖怪とは人に恐れられるべきものであり、多少緩くはなったとしても、大前提が崩れることはあってはならない。故に襲ってこなければ殺さないという優しい妖怪でも、何もせず見逃すというわけにはいかないのだ。まして、彼女は幻想郷の管理者、八雲紫の式神である。その役割は彼女も知っていることだ。だから殺すなとは口が裂けても言えないだろう。

 黄緑も自分の行いは間違っていないと確信しているのだが、目の前の相手の態度が重いままであることに段々自分が悪かったような気がしてきて語気が弱まっていく。

「慧音ー、怒らないでよ」

「怒っているわけではない。むしろ呆れていると言った方が近い」

「呆れてる? どういうことよ」

 人を殺して怒られるというのはまだ分かる。上白沢慧音。後天的なワーハクタク。彼女は歴史の編纂者であると同時に人里の守護者でもあるのだから、苦言の一つくらいは黄緑も覚悟はしていた。しかし、呆れられるとは一体どういう了見なのだろうか。言葉の真意を理解出来ずに黄緑は首を捻る。慧音は大きく溜息を吐いて、彼女の憂鬱の理由を説明した。

「お前に生かされた奴らが泣きついてきてな、曰くいきなり妖怪に襲われたと」

「え、待ってそっち信じちゃうの」

「信じるわけがないだろう。どちらが信用出来るかは分かっているつもりだ」

 それなりに長い付き合いだろう。そう言って慧音は空になっていた黄緑の湯呑みにお茶を注ぐ。旧友からの疑いも晴れて黄緑はほっと胸を撫で下ろした。淹れられた煎茶は少女達が飲むには似つかわしくない渋いものだったが、黄緑は彼女がいつも同じような味にすることを知っている。最初こそ嫌な顔をしていた時期もあったが、今ではこれもこれでいいと肯定的に受け止められるくらいにまでなっていた。

 黄緑を襲った身の程知らずの人間達は、この二人が昔からの親友であったことを知らなかったのだろうか。重ねて言うならば、慧音から危険人物としてマークされていたこともおそらく気付いてはいなかったのだろう。愚鈍な奴だ、と彼女は思う。人間というものを知っている彼女だからこそ、男達の道化師(ピエロ)具合がより一層滑稽に映った。

 人里には妖怪が人間を襲ってはいけないという不文律がある。それを勘違いして、妖怪恐ることなしと外に出て戻ってこない輩も最近になって多くなってきた。だがそれでも多くの人間達、特に吸血鬼異変の直後には妖怪を怒らせてはいけないと深く心に刻み込んでいたのだが、スペルカードルールの制定により人間と妖怪が対等に戦えるようになってしまったのが、少数派の暴走を助長してしまっているのかもしれない。霊夢には落ち度はないけれど、また面倒事が増えたと黄緑は嘆いた。

「藍は藍で忙しそうだけど、こっちもこれじゃ大差ないわ」

「お前の役割を考えれば仕方のないことだろう」

「あー、私も全部任せられる式神が欲しいなー」

 困った時に大きな伸びをする癖は十年前から変わらない。式神になってから成長も止まってしまった彼女は、癖が移って同じように伸びをした慧音の胸元を見て唇を尖らせた。気付いた慧音は黄緑の目線から逃げるように伸ばしていた手を戻しで体を隠す。恥ずかしがる様子もどこか艶かしく、黄緑には絶対に出せない色気が漂っている。

「余りじろじろと見ないでくれ」

「狡いよねー、慧音はそんなにあるのにねー」

「怒るぞ」

「ごめんなさい」

 本気で怒りそうな気配を察知してすぐに謝る。ただ、自分の胸ともう一度見比べてしょんぼりと肩を落とす。十年前、学生だった彼女は八雲紫に会って人間をやめ、それから成長していない。人間を辞めても一応は女の子だ。もっと胸が大きければと思ったことは何度もある。将来があると自分に言い聞かせていたのも今はもう何の意味もなさないし、慧音のたわわに実った胸は彼女にとって羨望と嫉妬の対象になっていた。

「お、お前の仕事はお前でないと務まらないだろう」

 話題を逸らすつもりか、わざとらしい咳払いを一つして慧音が切り出した。黄緑からすれば必死な様子が可笑しくて仕方ない。自分でも胸の話を続けると自虐にしかならないことは分かっていたので、彼女の提案に乗って話を元に戻す。

「慧音でも務まるんじゃない?」

「私は人間の側にしか立てないよ」

 半人半獣(人でも妖でもない者)の浮かべた笑みは謙遜か自嘲か。どちらにせよ、慧音は目の前の自分より若い少女に与えられた役割と、責務に対する彼女の功績を強く評価していた。

 八雲紫が幻想郷の管理者なら、藍と黄緑は不備を直す修理工だ。藍は幻と実体の境界を、そして黄緑は人間と妖怪の力関係を取り持つ調停者。妖怪は人に恐れられなければいけない、妖怪は人を襲いすぎてはいけない。その釣り合いを取り、どちらの味方でもないという点では博麗の巫女に近い立ち位置だ。事実、紫の古い知り合いには彼女のことを妖怪の巫女などと呼んでからかったりすることもある。動きたがらないところが霊夢にそっくりだとも。

「酷い話よね」

「すまんが擁護出来そうにないな」

「慧音に裏切られた!?」

「私は事実を言っただけだ」

「やっぱり怒ってるのね」

「当たり前だろう。お前の視線は不躾過ぎるんだ」

 怒ってると言っても、笑いながらでは説得力はないじゃない。友人の悪戯心に黄緑は舌の一つでも出したくなったが、これ以上煽って角でも出たら大変なことになるので我慢することにした。

 空になったお互いの湯呑みを慧音が片しに台所へ向かう。自分の言いたい事は全て言い切ったが、黄緑はまだ立ち上がろうとはしなかった。

「で、藤原妹紅はどうしてるの?」

「いつもと変わらず、だ。だが最近は生きることを楽しめているんじゃないか?」

「それはいい兆候ね」

 ここに居ないもう一人の蓬莱人(人を辞めた人)の話はこれだけだ。紫からついでに頼まれた藤原妹紅の動向。彼女が幻想郷を受け入れてくれているか。それが気になるのは、黄緑の境遇が僅かながらも妹紅と似ているから、正確に言えば、式神になった当初の黄緑と妹紅が似ているからだ。世界に絶望したかのような悲痛な面持ち。紫はこの二人を重ね合わせているのだろう。だからお節介を焼きたがっているのかもしれない。

「じゃあ聞きたいことも全部聞いたし、お茶も頂いたし、私もそろそろ戻るわ」

「ああ、お前に限ってまさかとは思うが、気を付けろよ」

「分かってるって」

 笑顔で言葉を交わし、黄緑は座布団から立ち上がろうとするのだが、その足が伸びずに止まる。唇を噛み締めて必死に何かをこらえているようだ。心配した慧音がどうしたと声を掛けると、少女は顔を赤くして俯きながら、小さな声でこう言った。

「足が痺れた」

 




黄緑ちゃんは貧乳可愛いってわちき信じてる←

ちなみに不死人の方とは世界観が違うので別にリンクしてるとかはありません。
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