あと言い忘れてましたが時系列は風神録前です(唐突)
春夏冬仁葉。言の葉を持つ妖神、歴史から消えた少女とも呼ばれる彼女は誤解を恐れず言うのならばけして妖怪ではない。神でもなく、ましてや人でも或いは妖精でも無い。彼女が妖怪と呼ばれるのは彼女自身が妖怪と名乗っているからであり、もしも彼女が自分を神だと偽るのならば、その偽りは真となり、生まれ持った能力そのままに神へと変化するだろう。
言霊を操る程度の能力。それが彼女の能力だった。言霊とは言葉の力。言葉とは何か。それは全てである。万物が意味を持つ前の姿であり、万物に意味を持たせる能力である。時勢とともに移ろい、是と非の境界を持たぬ能力である。故に彼女は自らの有り様を自らで決め、不完全なれど他人の在り方にすら介入することが出来る。一介の妖怪には過ぎた力。全知全能の神の身にも余る力。幸運だったのは、彼女が自由奔放で、これと言った野心を持たなかったことだろう。八雲紫と争うことなどあれば、それは神と神と争いにも等しき被害を周りにも与えるのだから。
その少女を前に黄緑は緊張していた。人里の若い娘が着るような着物の、何故かスリットが入ったものをはためかせ、不似合いな小さいシルクハットの位置を直す彼女からはまるで威厳というものが感じられない。黄緑でさえ彼女が力を出した時を見たことが無いのだ。普段は人里にいるというが、人間もこれでは警戒などしないだろう。感じられる妖力は傍らの椛よりも小さく儚い。吹けば消える蝋燭の火のようだ。だが、八雲紫が彼女を認めているという事実、そして何よりも黄緑自身に頭の上がらない理由があった。
「元気そうで何よりです仁葉さん」
「まあね。でもなかなか来なくてママは寂しいわ」
「紫の式としての仕事があるもので」
落胆する仁葉に椛が溜め息を吐く。黄緑と仁葉に血の繋がりは無いが、何かとつけて彼女の母親ぶろうとするのだ。それは黄緑の名付け親が仁葉である、という過去があるからだ。紫が頼んで付けさせたのだ。そこに込められた意味を黄緑は知らないが、あの賢者のことだ。何か考えがあるのだろう。もしかしたらこうやって八雲紫と春夏冬仁葉の間にパイプを繋ぐのが目的だったのかもしれない。本人に聞いてもはぐらかされてしまうし、もしそうだったらぶん殴ってやろうと黄緑は心に決めていた。
「それで、なんでお話しようってなったんだっけ」
「今度ここにやってくるであろう神社についてですよ」
「・・・・・・なんだっけそれ?」
「仁葉さぁん・・・・・・」
いつものことだと分かっていても泣きそうな声が出る。気まぐれな彼女は忘れっぽい。すぐさま椛が仁葉に今回のあらましを説明する。もはや専属秘書のような扱いである。これで山の見張りも同時にこなしているのだから椛の有能さには頭が下がる思いだ。黄緑ですらその恩恵の一端をうけるのだから天狗なんかは最たるものだろう。下手な烏天狗より怖い。
そんな例外的な白狼天狗が話しているのは、これから先に起こる出来事である。外の世界で進行を得ることが出来なくなった神様が神社ごとこちらに移住してくる。それは八雲紫とその神との協定によるものだが、妖怪の山への牽制という意味もある。すなわち天狗達より高位の存在を置くことで紫に対しての発言権を弱めてしまおうという魂胆だ。天狗の一員であるのにそれを知ってしまっている椛は如何なる心境なのだろうか、自分では忘れてしまうからと仁葉から聞いた時に、他言するなと言われてしまったので口にはしなかったけれども、心中穏やかではないのは確かだろう。しかし彼女も良くしてくれる仁葉と威張ってばかりの上位天狗を比べたら前者の方が恩多いので、案外小さな仕返しとしか考えていないかもしれない。いざと言うときは仁葉の名前を出せば済むのだから気楽なものだ。
「それで、私はどうすればいいんだっけ」
「何もしないでもらいたいんですよ。どうやら
仁葉が出てくれば話は何百度も別の方向を向いてしまう。野心は持ち合わせていないが、好奇心だけは他より大きいのだ。釘を刺さなければ神社に直接出向いてしまうだろう。下手をすれば勝手にその神様を倒してしまうかもしれない。黄緑には信じられずともその可能性があると紫が踏んでいるのだ。危険な目は早々に積んでおくべきだろう。案の定仁葉は難色を示した。
「えー、楽しそうなのにぃ」
「そこをなんとか」
「でもなー」
駄々をこねるように唸る仁葉。こうなったら通常の交渉は無理だと判断して黄緑は即座に持っている最強のカードを切る。
「お願いしますお母さん」
「分かった私は関与しない!」
即座に仁葉が返す。黄緑に出来て紫に出来ない最終兵器、お母さん呼びを持ってしてどうにか言質を取た。忘れっぽい性格の彼女だが、こういった類いの誓いというものは破らない。絶対、という確信が持てないのは問題だが、出張ってくる時は大抵本人に何らかの思惑があるときや、遠い昔で御破算になっていそうなものの時である。そもそも破るつもりなら彼女は誓わない。我侭を押し通すだけの力があるのだから。
「でもママって言ってくれたら指切りげんまんまで出来るかも」
「うっ・・・・・・」
さらなる要求に黄緑は窮してしまう。別に困難なものではない。自分のプライドさえ度外視すれば言葉を口にするだけの簡単な話である。この場合そのプライドというものが一番の問題であるのだが。仁葉にとって指切りげんまんとは最上級の約束である。誓いは稀に破ることがあっても指切りしたものは何が何でも破らないらしい。これは八雲紫がソースであるから信憑性は高い。しかもそれをすれば自分の仕事は完全に済ませたことになるのだから楽なことのはずだが、それでも名付け親とはいえ目の前の相手をママと呼ぶのには抵抗があった。そもそも黄緑は人間の頃に既にその段階は突破しているのだ。今更戻れと言われても恥ずかしさが勝るのは当然であろう。ただでさえ切り札の一つを切ってしまったのに、どうしようかと考えていると流石専属秘書、もとい見張り役の椛がこらと仁葉を叱る。ちなみにこれが他の大妖怪からすると自殺行為にしか見られないことには椛も黄緑も気付いていない。
「黄緑さんが困ってるじゃないですか」
「だってぇ」
「だってじゃありません。そんなことをしてたら
「それは困るなあ」
黄緑に嫌われるのは嫌なのか、仁葉はすごすごと引き下がる。黄緑はほっと胸をなでおろした。助かった、今度椛にお礼の品を持っていかないといけないな、とも思う彼女であった。精神的には命の恩人だ。
「で、今日のお土産はこれ、っと」
話を済ませてから持ってきた菓子折りを渡す。本来なら先に渡すのが礼儀なのだろうが、彼女に手渡すとそっちの方に夢中になってしまって会談にならないので後に渡すようにしている。余裕がある時は椛に預けたりもするが、今回は時間が無かったので直接手渡した。
「お茶の羊羹です。お口に合うといいのですが」
「好きだよーこういうの」
取り敢えず第一関門は突破したと再び安堵する黄緑。先ず見た目で判断、次に食べてから判断するのが仁葉のやり方だ。ただこの第一関門を突破するのが困難なのでそれだけで今まで持ってきたベストスリーに入る。ただ、黄緑は仁葉が意地の悪そうな顔をしているの気付いた。
「誰かに聞いたでしょ」
「うぐっ」
見抜かれている。おそらくそういう点に関しては聡明な彼女だ。バラした相手というのもすぐに予想が付くだろう。
「黄緑ちゃんはホント嘘を吐くのが下手よねえ。そんなんじゃ辛いわよ」
「・・・・・・善処します」
美味しそうに羊羹を食べる仁葉を見て、やはりこの人には敵わないと改めて思う黄緑であった。
仁葉の能力は純狐にも近いものだと思います。というか強さで言ったら武闘派の月民(それこそ依姫とか)とタメを張るレベルの化け物ですから。
そんなことよりお母さん呼びで恥ずかしがる黄緑ちゃん可愛い。