「黄緑さんが幼女を誘拐したとの情報を得て飛んで来ました」
「歩いて帰れ」
「いやいや現場を押さえてますから。あと歩いてってなんですか烏に飛ぶなと言うおつもりですか」
人里の甘味処で一服していた黄緑の前で大仰な身振り手振りと共に話す面倒な烏天狗。また面倒なのがやって来たと黄緑は握った拳を額に当てて困ったと意思表示する。誰に向けたものでもないが、こうすると何処から見ているのか大抵誰かがやってくるものだ。特に多いのは紫と仁葉だからたぶん本当に見ているのだろう。どちらにせよ、煩い烏天狗を追い払ってくれるならどっちでも良かった。普段なら一目散に逃げているところだが、今に限ってはそうもいかない訳がある。
「んにゅ・・・・・・?」
「ほら、アンタが煩いから
座っていた黄緑の膝を枕にして惰眠を貪っていた少女が聞き取れない言葉を発しながら目をゴシゴシと擦っている。これが黄緑が動けない理由であった。少女は幻想郷の少女達の中でも幼く見られる黄緑と比べても、さらに幼く見えるだろう。もしかしたら橙よりも小さく見えるかもしれない。特徴的なのは頭についた狼を思わせる耳。垂れていて赤みがかった茶色の髪に同化していた耳が、彼女の覚醒と共にぴたりと立ち始める。道教のような装いは丈が合わずにぶかぶかになってしまっていて、まだ着慣れていないことを想像するのは難くないだろう。
彼女は黄緑の式であった。正体はもちろん以前抗議の意味合いを持って黄緑を襲撃した妖怪達の、頭一つ抜けた強さだった狼妖怪である。式神が欲しいと常に考え続けていた黄緑の目に留まり、双方の同意を得て黄緑の式神と相成ったのである。ちなみに赤という名前には忠誠という意味があり、紫や藍と共に一晩中考えた末に出たものである。人型にもなれないまだ若い妖怪だったが、式を付けられた結果人の姿になり、可愛らしさに黄緑が悶絶していたのは秘密の話である。まだ人のルールを知らない無邪気な良い子である。黄緑としては悪い大人の典型例である文には引き合わせたくなかった。筆頭は自分の主人なので手遅れではあるのだが。
「お姉ちゃん、この人だあれ?」
ようやく目を開くことが出来るくらいには意識がはっきりしてきた赤が文を見て舌っ足らずな疑問の声を上げる。お姉ちゃんとは言わずもがな黄緑のことである。赤は黄緑達を家族だと捉えているようで、全員が名前ではなくそのような呼び方で呼ばれている。紫がお母さんで、橙は小さいお姉ちゃん。何故か藍がお父さんになり、落ち込む藍を黄緑と紫で慰めたりすることもあった。そんな八雲一家の末っ子である赤は黒い翼を持った知らない少女に興味津々といった様子で目を輝かせ始めた。それに呼応して文の目も輝きだす。嫌な予感がすると黄緑が感じたのはけして間違いではないだろう。幻想郷の伝統ブン屋はわざとらしく居住いを正し、恭しく一礼した。そして誠実さを感じさせる作り声で話し始めた。
「初めまして、私射命丸文と申します。今回は黄緑さんが式をお作りになったと聞いたのでこうして取材しに参ったのです。少しお時間を頂けないでしょうか」
烏なのに猫をかぶるんじゃないと睨みつける黄緑の視線をものともせず、文は慇懃に全て言い終えた。八雲の式に敵意をぶつけられてこの胆力はたいした物だろう。伊達に幻想郷でも有力者として生きている訳では無い。
しかし、対する相手はまだ右も左も分からぬ新参の妖怪。赤は文の言葉を聞いて「しゅざい?」と首を捻っていた。意味を知らないのだと黄緑にも文にも分かるような声音だった。狼だった頃に新聞などという文化は無かったから彼女の反応はある意味自然なものだろう。文はがっくりと肩を落としているが。
「くっ、まさかこんな所に伏兵が潜んでいたとは」
「勝手に自爆しただけでしょうが」
相も変わらず大袈裟なリアクションをする文に冷静なツッコミを浴びせながら黄緑はどうやってこの烏天狗を追い返そうかと頭を悩ませる。赤が興味を持ってしまった以上自分達から逃げるのは避けたい。かといってこのまま悪影響ばかりのブン屋を大事な式に近付けるのも嫌だ。ある程度しっかりしてからならまだしも今の赤は知識を吸収している最中だ。間違った知識を植え付けられては堪らない。どうしようか考えているとようやく救いの手がやってきた。
身振り手振りでどうにか取材の何たるかを説明しようとする文の後ろにスキマが開く。金色の存在感がある尻尾を九つもモフモフさせながらそのスキマから出てくる藍を視界に収めて、黄緑は文に後ろを向くよう呼びかけた。
「おっとこれは藍さんじゃないですか」
「誰かと思えばお前か」
藍は目の前の相手が誰か理解した途端に呆れた顔になる。この天狗の面倒臭さは黄緑よりも良く知っている。なんだかんだで幻想郷が出来る前からの付き合いだ。意外と単純なこの天狗の思惑など聡明な狐にはすぐに把握出来た。
「おおかた赤のことについて取材しようとしてたのだろうが、こっちにも用事があるのでな。また今度にしてもらおう」
「むむむ、そんなことを言われても引き下がれませんよ」
「そうは言ってもな。急用だ。紫様が冬眠なされた」
冬眠。その言葉を聞いて黄緑の背中に悍ましいものが走る。力の多くを結界の維持に使っている紫は冬になると自分の力を維持するために休息に入る。それを本人は冬眠と冗談半分に言っているのだ。霊夢なんかは単に寝ているだけだと思っているが、実際にはもっと重い出来事である。その間藍と黄緑がすることは、紫が眠りについた瞬間に発生する結界の緩みを直すのだ。寝ていたところで崩れる訳では無いが、それでも全く影響がない訳では無い。それを軽減するのが二人の役割だった。今年ももう冬になったのだと、黄緑は拳を強く握りしめた。
そして文はそれを聞いて苦虫を噛み潰したような顔になる。幻想郷でも大事だと分かっているから、自分が取材したい気持ちをこらえてでも退く以外にないのだろう。これを邪魔することは本気で八雲と対立することになるからだ。
「仕方がありませんね。また今度、日を改めて伺います」
「そうしてくれ」
「いや来ないでよ」
黄緑と嘆きは無視して文はふわりと浮かび上がる。手を振る赤に振り返しながら、文は妖怪の山の方へ飛んでいった。それを見届けて藍が黄緑に動くよう促す。黄緑も食べた団子分の金額ちょうどを払って、赤と共にスキマの中に入っていった。