【東方小話】蜻蛉仕立ての宵祭り   作:鼓錦

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【東方小話】蜻蛉仕立ての宵祭り・後編

 息を吐く。

 

 

 ゆっくりと。

 

「なあ萃香」

 

 彼女に背を向けたまま空を見上げる。もう星は降っていない空だ。それはいつもの景色。僕がずっと見ていた景色。

 

「僕はね、幻想郷が好きだよ」

 

「ああ」

 

「僕が生まれて、生きた所だ」

 

「ああ」

 

「一応ね、これでも、色々とやりたいことが、あったはずなんだよ」

 

「……ああ」

 

 萃香の声。少し沈んでいる。

 

「んー、でもね、何だか恨みって言うのか、そんなのはないんだ。何でだろうね。んー、萃香に会ったからかもねぇ」

 

 僕の言葉に萃香は一瞬息を止めた。が、すぐに『どうかね』と、苦笑交じりの台詞が飛んできた。『お前さんは、またそうやって軽口をたたく』と。次いで伊吹瓢の揺れる音。

 

 軽口はお互い様な気がするけどね、と僕が言うと、彼女はくふふと笑った。心地よさそうに。

 笑い声は小さなものだった。少しばかり勢いが弱まった、篝火の音にかき消されるほどに。しかし、どういう訳だろう、それは余りに優しく僕の耳朶を打った。僕はかるく首を振る。

 

「でも、本当に、よくしてくれたよ」

 

「そうかぇ」

 

「ああ。でもね――、ま、やっぱり、心残りはあるっちゃある」

 

「なんだい」

 

 そうだな、と、僕は袂に手を入れて振り返り、思いついたことを口にした。

 一旦思ったことを口に出すと、自分でも驚くくらい言葉が流れ出て来た。

 

「とりあえずは九代目阿礼乙女だな。せっかく生まれた時に居合わせたのになぁ」

 

「あー、おっきくなったら話してみたかったのか。知識欲的に」

 

「そうそう。あと上白沢。寺子屋開いたし、楽しくなりそうだったのに」

 

「まだ慣れてなくて、てんやわんやらしいな」

 

「ああ。でもその分見てるだけで面白いね」

 

「はは」

 

「そーいや、こうなったら秋の神様にも会えずじまいか」

 

「去年は、芋をもらったんだってな」

 

「生が美味しいんだって言いながらわたしてきてね……」

 

 ……こうしていると、話は尽きない。

 

『そりゃ、まだまだ宵の口だからね』と萃香は笑う。これからが盛り上げる時分さ、と。

 そしてまた、小さな体に酒を流し込む。一体どれだけ入るのだろうね、と、つい出るのは微苦笑のみだ。

 ひとしきり酒を飲んだ彼女は、うつむいて息を吐いた。そしてそのまま、口を動かす。

 

「それにしても」

 

「ん?」

 

「お前さん、幽霊としてさ迷ってるって誰にも気付かれてないんだって?」

 

「あー。なんかあの巫女が四の五のしてな。どういう訳だか、もう成仏した扱いになってるようねぇ」

 

「なんでさ」

 

「知るか。あいつなりの気遣いだろ」

 

「アホだな」

 

「アホだよ」

 

 僕がそう言うと、萃香はフン、と鼻で笑った。そして、

 

「しかし、ま、良し悪しだね」

 

「まあね。でも、その方がいいだろ。妖怪に魂まで食われたとか、未練たらたらでこの世をさまよってるってより。それにやっぱり死人は死人。幽霊は、結局生者とは相容れないでしょうが」

 

「色々言って今日の宴会とかに行かなかったのも、それが理由か」

 

「ああ。てか地獄の宴会はともかく人里の祭りはいけないだろうが。そもそも呼ばれたのは死ぬ前だしさ――いや、ともかくとか言っちゃったけど地獄も嫌だよ絶対」

 

 僕はそう口にした後、一つ溜め息。

 

 すると、今まで下を向いていた小さな鬼はゆるりと顔を上げ、

 

「今の言葉は嘘じゃないな」

 

 鋭く言い放つ。

 

 それは大きな声では無かったが、(やわ)い空気を断ち切るような響きでこちらに届いた。

 

 そして、

 

「でも、その前に言ったことは嘘だ」

 

 萃香の視線が刺さる。

 

「私がアホだって言ったのは、お前さんのことさね」

 

 僕は薄く笑い、同時に軽く息を吐く。

 

「嘘をつくんじゃないよ。解ってるんさ、アホ」

 

「うーん」

 

「博麗の巫女が、お前さんがまだ『ここに居る』ことを隠してる理由」

 

「いやね……」

 

「巫女が気を使ってんのは、他の人間に対してじゃないね。お前さんにだけ、だよな」

 

「……」

 

「だってね、そんなウソって、あんたの家族とかに対して、酷過ぎやしないかい」

 

 ここは幻想郷さ、ちょいと会うくらいなら、と萃香は息を吐く。

 

「近来稀に見る死に様を晒したお前さんさね」

 

 あの、何処までも下卑たクズ妖怪のせいで。

 吐き捨てるように、萃香はそう言った。

 

「ただ、普通に食われるだけなら、まだしも、」

 

「ああ」

 

「人間が妖怪に食われる。それはままある。ここはそういう所だ」

 

「そうだな」

 

「お前さんは妖怪に食われた」

 

 言ってみれば、『山菜取りをしてたら、たまたま妖怪に襲われた村人その一』って所だろう。

 

「だが、ただ、食われるだけならまだしも、」

 

「まあね」

 

「お前さんが何とか逃がした弟、あの子の表情は――、ああ、そうだ、とても、」

 

 鬼の性格上、捻じ曲がったことには嫌悪感を覚えるのだろう。しかし僕の死に様は、ことに彼女の琴線に触れるようだ。詳しく口に出すこともしない。

 

 萃香は荒く憤った声で言葉を発する。

 

「巫女も絶句していた」

 

 そう。高ぶった妖怪の気配を察し(カンかもしらんが)、駆けつけてきた博麗の巫女も驚いていたな。

 

「久々に幻想郷見物へ来ていたっていう物好きな鬼に見つかったのは、その後だったな。酔っぱらってべろべろだっていうのに、しっかり妖気は隠しちゃってるんだから」

 

「おかげで、あのクズにも気付かれないで済んだね」

 

「巫女曰く、僕を咥えていた妖怪がいきなり消えたと」

 

「場所を変えただけだ」

 

「はは、おかげで僕の体は、まあ残ったな。弟も、何とか死なずに済んだ」

 

「何を笑っている。お前さんがよくても、こんなの、むしろお前さんの家族たちに、弟に未練が残るだろうがよ」

 

 萃香のその声は、喉に引っかかるように擦れて消えた。

 

「しかも襲われる危険が無い所で襲われたと――いや話が大きくなって、人を無差別に襲う、幻想郷の調和を崩す妖怪が現れたと、人里でも大きな話題になってしまっている。言ってしまえばこれは不祥事。――そうだ、ちょいと会う程度なら、閻魔だって目をつぶる」

 

 確かにそれはそうかもしれない。

 

「なら、なんで博麗の巫女は、こんな嘘をつく?」

 

 僕は一つ溜め息をつく。

 

 誤魔化していいか? と聞くと、萃香は僕をねめつけた。私はね、嘘や誤魔化しが、大嫌いなんだ。そう言って。

 

 大嫌い。僕はそう復唱した。

 

 そうだよ、大嫌いなんだよ。小さな鬼はまたそう言って、少しだけ体を乗り出した。嫌いなんだ、だから――と、また言って。

 

 話して欲しい。口には出さないが、彼女はそう願っていた。

 

 萃香は萃香なりに――多分妖怪の一人としても責任を感じていて、そうでないと、彼女は納得できないのだろう。何処かにしこりが残るのだろう。

 

 彼女は話の途中から、出来る限り軽い調子で喋ろうとしていた。でも僕が見る限りその顔に張り付いた表情は、涙をこぼすためのものに、何処までも近かった。

 

 優しいんだ。

 

 萃香もまた、僕のことを考えてくれている。僕の事だけを。他の人を引き合いに出し、それを隠れ蓑にしてまで、僕の事だけを。

 考えるまでも無く、初めからそうだった。幽霊になった僕にこっそりと声をかけ、何かと手助けをしてくれた。何も聞かずに。何も言わないで。

 

 今日こうして来てくれたのも、僕の四十九日が終わるからだろう。つまみ云々は本当だろうが、そうでなくとも来てくれただろう。最初に感じた、萃香のいつもとは違う雰囲気。多分あの空気はそういう事で。

 

 その行為を『何事にも誠実な鬼だから』で片づけるのは、あまりにも易しい。しかし僕はそう思いたくはなく、だから僕は、伊吹萃香がただ優しいだけだと勝手に信じている。

 

 その優しさには応えたい。だから巫女の(きづかい)を貫くのはやめよう。僕は口を開く。

 

「……人の目の前で、死にたくはないもんだよ」

 

「目の前で?」

 

「僕の意識が無くなったのは、あいつが来た少し後の事だったんだよ」

 

 萃香が息をのむ。壊れた笛の様な音を出して。目を大きく見開いて。

 

「最後の最後に人を見た。よりによって妖怪退治の巫女だ。絶好の恨む対象が出来て、行き場の無い僕の感情は、その方向に集中した。――どこまでも」

 

「……ぁ、」

 

「恨んだねぇ」

 

 どこまでも、どこまでも恨んだ。

 どこまでも憎んだ。

 どこまでも呪った。

 この世のすべてに呪詛を投げ、知る限りの(こと)()全ては組み替えて、呪いへと変えた。

 

「でもね」

 

「……ん?」

 

「博麗の巫女って、代々あんな感じなんかね」

 

 萃香は、どういうことだと首をかしげる。

 

「ちょっと純粋過ぎたみたいだね」

 

「純粋?」

 

「綺麗だった」

 

「きれい」

 

「ああ。毒気を抜かれた」

 

「無邪気だ」

 

「そうそう。僕はあいつの感情に散らされて、怨霊にならないで済んだんだ」

 

「幽体になって、人の想念とかに敏感になってたからかな」

 

「たぶんね」

 

「巫女の魂は、そんなに綺麗だったのかぁ」

 

「ああ、そうだよ」

 

 あまりの純粋さに自分の中身が洗われて、余計なものが無くなった。だから唯の幽霊としてこの世に残ることが出来て、今、この様に静かな心地でいられるのも、巫女のおかげだ。

 

「そか」

 

 萃香は笑う。少し寂しそうに。

 

「それでお前さんの中には、未練もなんにも無くなったんだな」

 

「いや」

 

「え?」

 

「死んで幽霊になったとしても、僕は、最後まで幻想郷の住人でありたいと思った。普通に過ごしたいと思った。ここに居たいと思った。どういう訳だか、そんな思いだけは、僕に残ったんだよ」

 

 そうか、と萃香は微笑んだ。そして、確かめるように言葉を紡いだ。

 

「それを、巫女は叶えてくれた」

 

 僕は頷く。

 

「優しいんだ」

 

 本当に、巫女は優しい。どこまでも。悲しくなるほどに。

 

 僕は、彼女が僕の亡骸を、里まで運んで行った時の様子を知らない。巫女が話そうとはしなかった。

 

「でも」

 

 息を吐く。

 

「一体、僕の家族――いや、里全体から、彼女はどれだけの呪いを受けたんだろう」

 

 彼女は仮にも妖怪退治の巫女だ。幻想郷の管理者の一人でもある。

 そいつが居ながらの不祥事。規定を無視し、無作為に人を襲う妖怪の出現。そして出た死体。

 

「人が勝手に呪う理由なんて、この通り、いくらでもあるしね」

 

 僕の家族からは怨み言を、里の人たちからは慨嘆を、いかに浴びたのだろう。

 

「少なくとも、妖怪の方からは、嘲笑を浴びただろうよ」

 

 萃香が吐き捨てるように言った。

 

「ああ。それでも彼女は笑ってた」

 

 僕に、願いを叶えてあげたい、と笑いかけてくれた。

 そしてまた今日も、彼女にとって辛い状況なのに、警備をするため祭りに行った。もう、あのような事が起こらないようにと。今頃は隠れて、目を光らせているのだろう。

 

 一人で、人知れず、何処かで。

 

 泣いてもいいのに泣かずに、誰かにそっと微笑みながら。

 

「優しいんだ」

 

「……そうだな」

 

「お前も」

 

「え?」

 

「優しいんだ」

 

 僕の言葉に、うつむきかけた萃香の頭がぴょいと上がった。かすれた声を小さく上げて。

 

「今までずっと僕を助けてくれただろ」

 

「いや、だってそれは、」

 

「おかげで僕は、何を気にすることなく自由に動けた」

 

「いや、私は、私は、ね」

 

 

 

 なんにも知らなかったんだよ。

 

 

 

 彼女はそう言おうとしているのだろう。

 

 お前さんの思っていることなんか、なんにも知らないで、ただ私が、妖怪の一人としての責任と、曲がった事は好まないと言う理由だけで、お前さんを勝手に助けて。

 それで今日、勝手に(いだ)いた感傷を手繰(たぐ)ってここに来た。

 私は巫女の様に、ちょっとでもお前さんを知ろうとすらしなかったんだよ。

 

 萃香は少し俯き、歯を食いしばる。長い睫毛はかすかに湿り気を帯び、喉からは小さな音が断続的に聞こえていた。

 

「やっぱり私は妖怪なんだ」

 

 その声は、消え入るように。

 

「自分勝手な、ただの妖怪で、」

 

「その奔放さに、僕は救われたんだよ」

 

 萃香の言葉を遮り、僕はそう言った。

 

「でも」

 

「でもじゃないんだ」

 

 

 

 僕は首を振り、萃香の目を見据える。正面から。

 

 

 

「何も知らない他者の行為が、どういう訳だか自分の理想と寄り添って歩いてくれている。

 ――それは僕にとって、何より嬉しいことなんだよ」

 

 君はどうあれ、僕の願いを叶えてくれた。

 

 ありがとう。

 

 そう伝えると、萃香は肩を震わせ顔を歪めた。

 

 

 僕はそれを、笑顔だと思っている。

 

 

   *

 

 

「さて、」

 

 僕は空を仰ぎ見る。

 

「もう行くよ」

 

 巫女に出会ったあの日から、この世にいつまでもいたいと思う程の未練は無い。

 そして萃香と話した今はもう、本当に何も無くなった気がする。

 有難いな、と、もう一度思う。僕は幻想郷に生まれてよかったと。

 

「行くのかぇ」

 

 神社に響いたその声に、僕はそっと微笑んだ。

 

「ああ。今まで色々とありがとうね。感謝して――」

 

「酒が、」

 

 僕の声にかぶさって響いた萃香の声。少しばかりか細く聞こえる。

 

「酒が、まだ残ってるんだ。――それに、まだ、まだ宵の口さね。月も綺麗だ。虫の音も。あとな、つまみも取ってくるし、」

 

「萃香」

 

 僕は笑う。

 

「篝火は消えそうだ」

 

「でも」

 

 すがるような萃香の声。

 

「今は、ここで飲みたい気分なんだ。そうなんだ、だからな、一人酒は、寂しいんだ」

 

 寂しいんだよ。

 萃香はそう言った。

 一人は、寂しいんだ。

 また、一人になるのは、寂しいんだ。

 

「素直だな」

 

「私は鬼さ」

 

「でもな、嘘つきな人間より、別の奴を探した方がいい」

 

「妖怪はもっと嘘をつく」

 

「かもねぇ」

 

 萃香は立ち上がり、一歩だけこっちに近づいた。

 何かを離すまいとするように。

 

「お前さんみたいなのは貴重なんだ。素直でいようと努力をする奴は、まっすぐで、綺麗な奴は」

 

「いや、だからそれは死んでからだって。そもそも巫女のおかげ。あいつがいなけりゃ今頃怨霊」

 

「それでも」

 

「ああ。それでも君は誠実な妖怪で、君は不羈奔放に生きて、僕はやっぱり嘘つきな人間で、僕は人間として死んで、これからしっかりあの世へ行く」

 

「でも」

 

「忘れっちまうんだろう? 過ぎる季節の中で」

 

「それは」

 

 彼女はうぐぐと口を結んだ。うつむいて、その表情が読めなくなる。

 宴の音も聞こえないこの神社の中で静止した二つの影が、消えかけた篝火で揺らぎを見せた。

 

 吹き抜けたゆるりとした風が、萃香の前髪を揺らす。

 なびく亜麻色の下に、光りが二つ。それは星の瞬きよりも早く、流れて落ちた。

 

 僕は少しだけ顔をしかめる。

 自分には彼女の悲しみが解らない。彼女の孤独は、どうしても人間には計り知れないものだ。

 それを救う事なんて、多分誰にも出来ない。

 でも、僕は手助け程度はしてみたいと願った。

 僕を救ってくれた、どこまでも優しい彼女へのお返しに。

 だから、出来る限りの軽い口調でこう言った。

 

「そこでだ、僕は、お前に忘れられないために、贈り物を用意した」

 

「え」

 

 萃香はそっと顔を上げた。

 

「ま、忘れられないためってのは気恥ずかしさから出ちゃった冗談だが、贈り物は本当だ。今までお世話になったからね」

 

「お、お前さん」

 

「僕の事なんざ、お前が言った言葉の様に、忘れっちまえばいいんだよ。

 ――でもね、これは受け取って欲しいと願っている」

 

 過ぎる季節をたった一人で送り続ける彼女にとって、贈り物なんて残酷なだけなのかもしれない。

 僕がこれを送れば、それは『ある一つの過去の象徴』として在り続ける。だから、彼女は急速に過ぎ去る季節の流れをさらに早く感じ、さらに辛いものに感じてしまうかもしれない。

 

 それでも、僕は決めた。萃香に何かを送ろうと。

 

 多分、世界は悲しいだけじゃないから。

 だからいずれ、彼女にも心から楽しいと思える日々が来ると、僕は信じている。過ぎる季節の中のきらめきは、決して悲しいものではないと彼女が信じられる日が。

 そうしたら、今この瞬間も、萃香の中で、思い出になってくれるだろう。

 思い出が形を持てば、それは、彼女の救いになってくれるかもしれない。

 

 だから僕は、君にこれを送ろう。

 

「すぐ後ろの部屋にある箪笥。そこの右から三番目、上から二番目の小棚にりぼんが入ってる」

 

「りぼん」

 

「ああ。巫女に頼んで買ってきてもらった。似合うと思うよ」

 

「あ、う、」

 

「君はしゃれっ気が無いからなぁ」

 

「そんなこと」

 

「しかも僕の手作りだよ。香霖堂店主が使い古した赤ふんから作ったんだ」

 

「ふ、ふんどっ……!」

 

「嘘だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

   *

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、月が綺麗だ。

 

 

 

 

 もうそろそろ夏へと移行する今日この頃は、柔らかな風が心地よく、木々も、より一層生々しい蒼さを月下に(ぼか)している。

 

 

 虫の音はささめくように宵に消え、緩やかな川の音は、その叙情をさらに深めている。消えかけた篝火の揺らめきも、また同じように。

 

 

 一言で言うならば、その日は本当に、良い夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   *

 

 

 

 

 

 

 

・終わりに

 

 

 最後に彼女はどんな顔をしていただろう。

 

 あえて見ないようにそっぽを向いていたから、今もって僕には解らない。でもそれは、僕にとっては知る必要の無いものだった。

 そうしておけば、またいつか――来年のお盆にでも――彼女に出会ったときに、何より先にからかえる。

 

 

『あの時の君の顔は傑作だったよ』

 

 

 そう語りかけた時の、萃香の顔が目に浮かぶ。

 そしたら彼女は、こんな感じで言い返すだろう。

 

 

『まったく、相変わらずだねぇ。お前さん、そっぽを向いていたくせに』

 

 

 だから僕は、こう言ってやりたいと思っている。

 

 過ぎる季節の中で、唯一人留まっている彼女に。

 

 記憶を虚ろにすることを、ある種の救いとする彼女にこう言うのだ。

 

 

 

『なんだ、覚えているじゃないか』と。

 

 

 

 

 




 ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。てかいます?

 つたない文章と内容でしたが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 たまにはこんな話も、まあ有りよね。
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