とてつもなく気だるく、この世界で生きる事が窮屈で仕方ない。
そんな惰性と迷走に侵されていく気持ちとは裏腹に毎日は確実に消化されていく。
そして今日も何でもないただの一日─
─しかし、この世界ではβ1サービスが開始されて最初のイベントである
クリスマスイベントが催されていた。
街の建物はクリスマスカラーの装飾が施され、
プロンテラの町並みはより華やかな様相を帯びていた。
また、クリスマスイベント限定でサンタ帽子を被ったポリンである"サンタポリン"登場するようになり、
そのモンスターがドロップする"サンタ帽子"を追い求め、
たくさんのプレイヤーがフィールド内をところ狭しと追い掛け回していた。
「……はあ」
そんなクリスマスムード一色のこの世界で
相も変わらずにタヌキ山の木陰で一人腰を下ろし、ため息をついてる。
唯一の変化と言えばちゃっかりとサンタ帽子を被っていることぐらいであろうか。
「……ぐぁああああああ!」
今度は痛みを我慢するようなうめき声をあげる。
ある程度、打たれ強さには自信があると自負していたが、
あのときの惨めな姿を思い出すたびに咽びくるような強い後悔と恥かしさがこみ上げてくる。
「ちきしょう…ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう!」
そして落ちるところまで落ちた後に沸いて出てくる感情のほとんどが"怒り"である。
わかっていたことではあるが、あのときのことは日記のネタにされることもなく、
全てが徒労に終わった。
「…ちょっと有名人だからってスカしやがって…」
全く相手にされなかったこと。
猫広場の住人達を焚きつけ、それによって途方もない苦しみを受けたこと。
それが時間の経過と共に少しずつ憎悪となり自分の身体を支配し始めた。
このままこの負の衝動を溜め込んでしまうと、いずれパンクしてよからぬ行動をとってしまうだろう。
そして、この苦しみからは"ヤツ"に対するの復讐でもしない限り、解放されないと分かっていた。
で、あるならばここで立ち止まっていても仕方ない。
前に進むために新たな目的を見つけるべきだ。
例えそれが"復讐"という不純な動機であっても構わないだろう。
ではどうするのか?
狩場でヤツを見かけたら、攻撃しているモンスターを横から殴って邪魔をしたり、
大量のアクティブモンスターを引き連れてそのまま体当たりをして轢き殺し、
地面に転がっている無様な姿に対して一言「ざまぁ」と言い放つ。
…ここまで出来れば相当すっきりするだろうが、
残念ながらこの行為は横殴り、トレイン、MPK、暴言とノーマナーのオンパレードであり、
通報され、悪質と判断された場合、運が悪いとこの世界に居られなくなってしまう可能性がある。
さすがにそこまでの悪意をぶつける気はさらさらない。
蹂躙ではなく、あくまで正攻法でヤツを凌駕することが大切であり、
それを満たすことでこの"復讐"は完成するのだ。
眉をひそめ、考えこむ。
自分は何がしたいのか、自分には何が出来るのか、
そして、どうやってヤツを越えたいのか、
それを頭の中に思い描き、理想の姿をもう一度作り直してみた。
「そうか……」
いつだって自らを振り返ることで答えは導き出される。
しかめっ面のような厳しい表情から
何かがほどけたようにぱあっと目の前が明るくなった。
ヤツを凌駕すること。それはこの世界で名を馳せること以外ほかにない。
ヤツは元々、しがないただの剣士であったはず。
それがプレイ日記というこの世界以外のツールを使い、
瞬く間にスターダムにのし上がった。
そのやり方は否定はしないが、
自分は名声を手に入れるために同じ手法を選ぶことはしない。
あくまでこの世界で完結することにこだわり、
この世界でしかできない手段と理のみを用いるつもりだ。
それはキャラクターの強さなのか、
レアアイテムを所持していることなのか、
たくさんの仲間がいることなのか、
どんな形でどんな風にどうすれば名を上げることができるのか─
─なんてのは全然分からない。
一つずつ、少しずつ、ゆっくりでいいので
この世界を旅しながら探していけばいい。
不器用なりの出した決意に身体は勝手に動いていた。
すっくと立ち上がると決意を咆哮に変え、高らかに宣言する。
「今に見ていろよ! フェン=アルバート!
このボクはきっとお前を越えるような有名プレイヤーになって、
ちかげさんみたいな可愛い嫁を絶対に手に入れてやるぞ!」
"不純な動機こそが真の純粋な動機である"とは─
─良く言ったものである。
***
しかし、有名になって可愛い嫁を手に入れるなんていう
雲を掴むような野望ではあったものの、最初の一歩をどうするかは既に決めていた。
この前の出来事で、そろそろソロの限界を感じたし、
せっかくのMMORPGの世界であるならば、
他のプレイヤーとの交流を深め、コミュニティを形成していくことが大事であろう。
…とはいえ、見知らぬプレイヤーにいきなり話しかけて仲良くなるというのは無理があるし、
猫広場のような既にコミュニティが形成されてるところに
単身突っ込むという行為は危険であるということは身をもって体験済みである。
であるならばやはり、システム上用意されているコミュニティに加入し、
その中で共に行動することで徐々に仲良くなっていくというのが王道ではないだろうか。
MMORPGにおいてシステム上用意されたコミュニティの最も大きい単位が
ギルドやクランと呼ばれるものだ。
それをさらに目的や用途に応じて絞り込んだのがパーティーという単位である。
パーティーを組み、力をあわせることで
強力なモンスターが登場するダンジョンやレイドボスへ挑戦することが可能になる。
MMORPGはそんなパーティプレイを前提としたバランスが調整されている。
そしてこの世界では、まだギルドという概念が存在しないため、
システム上最小単位のコミュニティはパーティーになる。
よって、この世界のパーティーはギルドと同じぐらい価値があり、
一度入るとそう簡単には抜けられないため、
加入や脱退する際には慎重に判断しなければならない。
もっともパーティーシステムは色々な都合でまともに機能していないため、
単なる会話を楽しむだけのものになっているのが残念ではある。
さて、この世界の場合、肝心のパーティーに加入するにはどうしたらいいか、であるが
手っ取り早いのがメンバーを募集しているパーティーに乗っかることである。
プロンテラのメインストリートの南十字路ではたくさんの
よっぽど悪名高いプレイヤーで無い限り、来るものを拒んだりはしないだろう。
しかし、そういった有象無象の募集看板から一体、何を基準に選べばよいのだろうか。
パーティーを組むのであればやはり同じ志を持ったプレイヤーをメンバーにしたい。
そんな思いから、プロンテラの募集看板は眺めるものの、入ることは一度もなかった。
そもそも募集主が男キャラばかりってのが気に入らないのだが。
***
「どうしたものかなー…」
パーティー加入すると決めてからも、相変わらずタヌキ山に篭る日々が続いていく。
ゴールデンタイムのタヌキ山は相変わらず盛況だったが、
一部のトッププレイヤーはとっくの昔に卒業し、
今では強力なアクティブモンスターが出現する"ダンジョン"を狩場としているらしい。
かくいう自分は近接職であるシーフでありながら、腕力はマジシャン並であるため、
スモーキーみたいなノンアクモンスターを狩るぐらいしかできず
卒業していくプレイヤー達を羨むような目で見送りながら悶々とタヌキを追いかけ回していた。
そんないつものどおりの日常を繰り返していたはずが、
不思議な違和感を背中で感じていた。
「なんだなんだ…?」
そしてその違和感は時間の経過と共に判明した。
そう、タヌキを追いかけ回しているはずが─
─いつのまにか何者かに追いかけ回されていた。
何を言っているのか良く分からないかもしれないが、
どうやら、さっきからストーカーのように
こちらを追いかけているプレイヤーがいるみたいである。
恐る恐る後ろをチラ見すると、金髪の髪型にサングラスを装備した男剣士が
木の後ろに隠れて覗いている様子が伺える。
一見すると怪しいエージェントに見えないこともない。
「なんか悪いことしたっけ…思い当たる節しかないんだけど…」
覗くのは好きだが覗かれるのはあまり好ましくなく、
それが男キャラであるならなおさらのことである。
ここはやはり「何か用ですか?」と話しかけるのが常道であろう。
意を決して、後ろを振り返り、ずかずかと足音を立てながら彼の元へ向かう。
すると彼は隠れていた姿を現し、こちらに対峙するように向かってきた。
不意を突かれた行動に一瞬たじろぎ、歩みが止まると
先に到達点に達した金髪のグラサン剣士はその場であぐらをかくように座ると、
─PTメンバー募集中!(1/12)
突然PTメンバー募集の看板を立て始めた。
この予想だにしなかった行動に一瞬、足元がふらついた。
その瞬間、彼は次の行動に出た。
─まずはお話しからでも!(1/12)
チャットルームのタイトル表示が変わった。
彼の行動を理解するのにほんの刹那の間、思考の切り替えに時間を要したものの、
要するに彼は自分をメンバーに勧誘をするために追いかけまわしていたということを理解した。
ようやく納得したものの、どう対応してよいか分からず、戸惑っていた。
すると業を煮やした彼は、
─おい、早くしろ!(1/12)
より高圧的な態度をとるようになっていった。
なんだか回りくどい真似をしているなぁと思いながらも、
その頑張りに少しだけ応えてあげようと不本意ではあるが入室を決意した。
─おい、早くしろ!(2/12)
入室音が鳴り響く。
─ChiRuChiRuさんが入室しました。
「ったく、ようやく入ってきてくれたな。」
「どうもーこんばんわー」
「んじゃま、まずは自己紹介な。オレの名はEL DORADO(エルドラド)、お前は?」
「あ、ボクはちるちると言います、よろしくお願いします。」
どうやら、この偉そうな態度が彼の本質らしい。
追い掛け回してたのなら、名前ぐらい確認しているだろうに。
「んじゃま、早速で悪いんだが、俺のパーティー入らないか?」
ド直球な勧誘に潔さを感じ、つい二つ返事をしてしまうところだったが、
まずは冷静に経緯を聞くことにした。
「えーと…有難いお話しなのですが、何故、自分を勧誘されるのでしょうか…。
先ほどからボクを追いかけて色々と見ていたようですが…。」
「いやさ、オレもこのゲーム始めたばっかりでさ、どうせなら同じレベルぐらいのヤツがいいかなと思ってね。俺の見立てでは君、大して強くないだろ?」
初対面の相手に対して失礼この上ない態度ではあるが、その観察眼はお見事である。
「ええ、AGIに全振りのシーフなので、レベルの割には非力ではありますね。」
「AGI全振り…? へー…変わったステータスしてんだな。
ふーん…まあ、そんなことはどうでもいいから、とりあえずうちのパーティーに入ってよ。」
話を強引に推し進めようとするその態度は少しムッときた。
こういうのは最初の印象が大事なのにどうやらこのプレイヤーは少しおつむが弱いみたいだ。
丁重にお断りをしようとした次の瞬間─
「うちのパーティー…女の子が多いぜ…?」
その魅力的な言葉に惹かれ、一瞬で断りの返事の声を引っ込めた。
とはいえあまりがっつくとこちらの性根を見透かされてしまう恐れがある。
できるだけ平静を装うと共に、彼に尋ねた。
「そ、そうなんですかー。女キャラってみんな可愛くて魅力的ですよね。
…で、どういった職業の方がいらっしゃるんですか?」
動揺で震えかかった声を必死に隠しながら、最重要ポイントを探る。
「えーと、まあ色々いるけど、一押しが最近入ったマジ子ちゃん、可愛いぜ?
うちの今のアイドル的ポジションで萌えること間違いなしってもんよ!」
「なん…だって…。」
思わず、声が漏れる。
その言葉に察知したのか、彼はにやりと笑い、畳み掛ける。
「まあ、うちのメンバーはその子だけじゃなくて、他にも個性的なヤツが多いし、
一度入ってみればきっと気に入ってくれると思うぜ?」
「えっ…いや…」
「それに気に入らなければすぐに抜けても構わないぜ。うちは去るものは追わずのスタイルだしな。」
「じ、じゃあ…、まあ、そこまで言うのでしたら…」
「よし!じゃあ、決定な!」
「わかりました。では、よろしくお願いします。」
断る方向だったはずが、マジ子さんの話を聞いてしまった途端、どんどん流されてしまった。
押しに弱いのはいつもの事とはいえ、なんと緩い意思なのだろうか。
しかし、どうせ自分からPTを探す気もなかったし、
せっかく、あっちから勧誘してきてくれたのだから、
と納得しながらも気になるマジ子さんの存在に淡い期待を寄せていた。
こうしてソロ生活は意外な形で終わり、
この世界で初めてパーティーというコミュニティの場に参加した。
パーティーの名は"Angel Heart"(エンジェル・ハート)
どこかで聞いたことのあるような名称ではあるが、
リーダーであるエルドラドからその由来を聞くことはこの先一度もなかった。