四葉のクローバーとは──
通常、普通のクローバーは小葉が三つあるのに対して、
四葉のクローバーはその名のとおり四枚の小葉が付いている。
変異体であるため、数も普通のクローバーと比較して少なく、
おおよそ一万分の一の割合と言われている。
そんな希少価値の高い四葉のクローバーは幸運をもたらすラッキーアイテムとして
世の中では定着している。
──というのがリアル世界の四葉のクローバーの話であるが、
この世界においては今もっとも旬な頭装備である、
"ウサギのヘアバンド"の交換に必要なアイテムの一つである。
ドロップするモンスターは"マンドラゴラ"という植物の形をした化け物で、
にょろりと伸びるツタのような触手を動かし、襲い掛かってくる。
フィールドにしか出現しないモンスターの中では珍しくアクティブ型である。
マントラゴラは御馴染みのタヌキ山の手前にある通称"ゴラァ森"と呼ばれているマップ"のみ"に出現する。
この森はアコライト志望のノービスが
森の出口の直前で襲われるなど、寸でのところで苦汁を飲まされたプレイヤーも多く、
マンドラゴラは未来のアコライト達の心をへし折り、立ち塞がる最初の壁であった。
とはいえ、単なる初心者キラーであれば
今の自分のレベルでも十分狩ることのできる低級モンスターである。
「ま、たいしたことないでしょう。」
そんな風に鼻歌交じりの軽い気持ちで森へ目指した。
***
──だがしかし。
森に到着すると、その光景はまさにどこかで見たことのあるようなデジャヴを感じていた。
草という草は乱獲され、そこいらじゅうに"植物の茎"が散乱している。
「…なんだ…これは…」
それはタヌキ山で見た光景そのものが克明に再現されていたのだ。
マンドラゴラが他のプレイヤーをターゲットする前に横から弓矢や魔法で奪い取る。
ドロップアイテムが収集品である"植物の茎"であれば拾わずに放置し、次のターゲットを求め索敵に戻る。
スモーキーと違い、マンドラゴラはルートモンスターではないにしても
相変わらず遠距離職のモラルのなさには困ったもので、
その横殴りギリギリの行為のせいでフィールド内はそこらじゅうで
こんな惨状を目の当たりしまえばハルカさんが諦めてしまうのも無理はない。
欲しいものを手に入れようとする貪欲さは見習うべき点もあるだろうが、
争い事を極端に嫌う彼女にとってはこの行為はとてもじゃないが受け入れられなかったのだろう。
だとすればこんな欲の
姫を守り、姫の代わりに汚れを被るナイトの役が必要であり、
タヌキ山を生き抜いてきた自分こそが彼女のナイトたる資格を持つものなのである。
見返りなんて求めていない。
だけど、ただの自己満足にすぎない行為の行き着いた先に彼女の笑顔があるなら
やる意味があるのではないだろうか。
ま、自分はそもそもナイト様じゃなくてただの一介のシーフに過ぎないわけで。
こんな場所で醜い争いに巻き込まれるのはまっぴらごめんである。
いつものように盗賊らしく空いてる
***
草木も眠る丑三つアワー。
ひと気も少なくなったであろうゴラァ森に再びやって来た。
辺りを見回し、先ほどと混み具合を比較するとプレイヤーの数は大分減っているようだった。
それでも深夜というのにまだ狩りを続けているのだから必死としか言いようがない。
…いや、自分もだが。
この時間、パーティーメンバーは皆眠りにつき、
ログインを示すパーティーウィンドウも自分一人になっている─はずだった。
パーティーウィンドウに煌々と光る"ON"というマークの横には"Lipure"と書いてある。
彼女は一体、いつ休んでいるのか不思議なぐらいただひたすらに狩りをしている。
溜まり場にもあまり顔を出さず、パーティー会話も必要以上は絶対にしない。
狩りのためにログインして挨拶もせず、狩りが終われば何も言わず黙ってログアウトする。
そんな孤高の狩人は果たして今どのぐらいのレベルになっているのか気にはなるものの、
いかんせん初対面からあまりいいイメージがなく、こちらから話しかけるのは少々はばかられるため、
現在、唯一のログインしているメンバーとはいえ、構わずに押し黙ることにした。
なるべく、四葉のクローバーを探しにいっていることはメンバーにばれたくないのだが、
彼女なら口は堅い…というか話すこともないだろうと気に留めることはなかった。
─四時間後
夜が明け、朝がやってくるもこの世界の太陽は沈まない。
短剣をぶんぶんと横振りしながら、次々と草狩りをしていたはずが、
気づくと森のど真ん中でどこかのアコライト志望のノービスと同じようにHP0の状態で横たわっていた。
「ふぁああああ……寝落ちしたか……」
大きなあくびと共に、意識が途切れる直前のことを思い出す。
二千匹近くまでは数えていたが、次第にマンドラゴラではなく睡魔との戦いが始まり、
その強敵との戦いにあえなく敗北したようである。
さらに残念なことに相当の数の草を狩ったのにも関わらず、釣果は0のままに終わった。
さすがに初日で出るという甘い考えはなかったものの、
これまで数多くの猫耳を狩りとってきた実績のある自分であればもしや…
という淡い期待も抱かざるえなかったわけで。
「今日のところはこれぐらいにしとくか」
ぼーっとした頭のまま、そして寝転がったままログアウトしようとするも、
ふとパーティウィンドウをみると、リプレさんがログイン状態になっていることに気づく。
よもや自分と同じ時間、さらに言うと自分がログインする前にもいた彼女が
今もなおこの世界に留まっていることに驚いた。
「えっ…?もしかしてリプレさんってまだ起きてますか?」
彼女は一体いつまで狩りをしているんだろう…。
そんな純粋な疑問に普段はこちらから話しかけるようなことはしないはずなのに
思わず声を掛けてしまった。
「ん。起きてるけど?」
あまり反応を示さないはずの彼女がすぐに返事をしてきた。
と同時にまだ起きているという事実に衝撃を受けた。
「えっ…途中でログアウトとかしてないんですか?」
「そんなわけないじゃん。ずっと狩りしてるよ。」
彼女はさも当たり前のように平然と答える。
先に寝落ちした自分とは違い、恐ろしいまでの集中力である。
それにしても彼女の狩りに対するモチベーションの高さは目を見張るものである。
こちらも一応それなりに強い意志と目的を持っていると自負しているが、
身体が言う事を聞かない以上はプレイにも限界がある。
しかし、彼女はそれすらを凌駕し、ただひたすら一心不乱に狩りに没頭している。
その原動力の源とは何なのだろうか。
眠いせいもあり頭が酔った感覚に陥ってるため、彼女に対する畏怖もさほど感じず、その疑問をそのまま投げかけた。
「それにしてもリプレさんってそんなに頑張って何か目標でもあるんですか?」
「え。このゲームってレベル99を目指す以外に何かあるの?」
お前は何を言ってるの?と言わんばかりの高圧的な返答に口が独りでに反論する。
「いやいや…色々あるんじゃないんですかね…レアを手に入れたり、ボスを倒したり…とか…」
あえて仲間見つけたり、パーティーで冒険したりといったことは言わなかった。
それは彼女にとって意味を成さないものと分かりきっていたからだ。
「ふーん。でも、それってレベル99にしてからやる事じゃないの。
弱いままでそんなことするなんて愚の骨頂だよ。」
「…そうですか。」
彼女の切って捨てる態度に辟易とし、冷めた口調で素っ気無さを表す。
やはり、彼女の感覚は自分の"それ"とはズレがあると言わざる得ない。
例え弱くても挑戦することに意味はあるだろうし、楽しさで見出すことはできると信じているからだ。
これ以上は会話も弾まなさそうだし、そもそも彼女とは"合わない"ということがはっきりしたため、
さっさと切りあげようとしたが─
「ところで四葉のクローバーって手に入ったの?」
何の前触れもない質問に一瞬えっ? と思ったもののすぐに冷静さを取り戻す。
恐らく、パーティーウィンドウに表示されているこちらの位置から推測したのだろう。
それにしても突然すぎて焦ってしまったが、他のメンバーがいなくて助かった。
「い、いや~まだ手に入ってないんですよ。」
変にうろたえつつ、とぼけるように返事をするも彼女はそれを意に介さずに突然の要求を突きつけてくる。
「ふーん。そうなんだ。手に入ったら私に"も"頂戴ね。」
一瞬、言葉の意味を理解できずに訊き返す。
「えっ…どういう意味ですか…?」
「ん。ハルカさんのために探してるんでしょ。ついでだから私の分もお願いね。」
誰にも気づかれていないはずの自分の目論見が全て筒抜けになっている事態に慌てふためく。
「何故…?」と思いつつも、よく考えてみれば彼女は常にパーティーにいる。
だからこそメンバの会話や行動、居場所などを全て把握できる状況にある。
仮に自分がその情報を全て仕入れていれば彼女と同じように推察できるだろう。
しかし、彼女は孤高のソロリストであり、メンバのことなんてまるで興味がないはず…なのに…
どうやって返事をしようか迷ってる間に彼女が確信めいた言葉を口にする。
「ふーん。やっぱりそうなんだ。」
表情は見えないものの何故か勝ち誇ったような笑みがパーティー会話越しに見えた気がした。
その様子に早く誤魔化さなければ、という思いで必死の言い訳を考えようとするも、
彼女はそれ以上は言及せず。
「んー。 まあ、そろそろ落ちるね。また明日。」
と言い残し、そのままログアウトしていった。
結局、彼女の挨拶にも反応できず、
その後も彼女に見抜かれてたという由々しき事態の収拾に奔走した。