「二日間収穫はなしか…。」
普段より早くログインを済ませると溜まり場で一人、物思いにふけっていた。
この二日間、森に徘徊する
今だ幸運に巡り合うことが叶わず。
いくら数を積み上げたとしても確率という数字は
可能性という不確かな要素となり、目の前に立ち塞がる。
しかし、どれだけ時間を費やしたとしても、
疲れと焦りとそして眠気という苦痛で一杯になろうとも、
頭の中の強い意志は歩みを止め、立ち止まることを許さない。
もちろん、露天で買うという選択も可能である。
倉庫の中で腐りつつある"猫耳のヘアバンド"をいくつか売り払えば、
四葉のクローバーの購入資金を調達する事も出来るだろう。
だが、それをよしとしないのは意地というこだわり、
しいては自己満足という欲求の成れの果てにだろう。
だからこそ、この苦しみは自分一人で享受し続けなければならないし、
誰かに助けてもらうわけにもいかない──のだが。
「こんばんは、ちるちるさん。」
聞きなれない挨拶がパーティー会話に流れる。
その言葉に気負っていた気分が晴れ、顔がフッと綻ぶと、
ごく自然に二人の会話が成立し始めた。
「こんばんは、リプレさん。 今日も"ピラ4"ですか? 精が出ますね。」
「んー。 レベル90になるまでは暫くここで狩りかな? でも沸きが多いから結構大変。」
珍しく弱音を吐く戦友の言葉に「しっかりして下さいよ」と激励を送るも、
彼女は少々イラついた様子で愚痴を吐く。
「んー。 Arip(アリプ)って女マジシャンが本当に邪魔なんだよね。」
聞き慣れないそのプレイヤーの名前には大した興味はなかったものの、
いつもと違ってやけに感情的になっているリプレさんの様子の方が気になり出し、
恐る恐る尋ねてみる。
「邪魔…ってそのアリプってプレイヤーは何か妨害でもしてくるんですか?」
「んー。 直接的な妨害というよりもどっちかというと間接的かな? とにかくトレインが酷いのよね。
目の前にいる敵を全部掻っ攫っていくからこっちがモンスターにありつけないし、
そいつがモンスターを倒すときに魔法で一掃するから横沸きも酷くてね。」
「……な、なるほどそれは確かに酷いですね。」
「なのでこちらも射程ぎりぎりからモンスターのタゲ奪って取られないようにしてるんだけど、
目を付けられたせいか、さっきからトレインをぶつけて来るんだよね。 まあ、こちらもやり返すんだけど。」
「…………そ、そうなんですね」
「だいたい女マジシャンってさー、見た目が卑猥で──」
「…………」
その後も彼女の愚痴は収まらず、ありとあらゆる悪口雑言を並べ立てる。
徐々に論理が破綻し、愚痴というよりももはやただの悪口にしか聞こえなくなったが、
一つ一つに「うんうん」と頷いてあげないと恐らく彼女の気は収まらないのだろう。
聞き専に徹し、ブーたれるのが収まるのを待った。
"ピラ4"に出現するモンスターはそれ自体がレベルも高く、強敵であることは間違いない。
しかし、そのモンスターを狩るプレイヤー自身はそれ以上に
そんな
それにしても普段は冷静沈着、空空寂寂な彼女が珍しく怒りをあらわにし、
ましてやメンバーに愚痴を吐くなんてことはこれまで一度も無かったはず。
それとも実は普段から狩りに没頭しながらもこんな風にぶつくさと文句を言っているのだろうか。
そんな彼女の姿を想像してしまったら、機械のように血も涙もないと思っていた彼女の心の内が
なんとなく垣間見えてしまい、なんだか可愛らしくも感じるようになってしまった。
まーもちろん口が悪いのは相変わらずだが、今までまともに会話すらしたことがなかった相手が
こうして話しかけてくれるようになったんだから少しは大目に見てあげてもいいのかもしれない。
それにたったの二日間とはいえ、二人きりの時間を過ごしてきたんだから、さ。
***
パーティー会話のログが彼女の言葉で埋まる。
サバサバとした口調でありながら確実に毒づいてくる彼女の訴えに
「まあまあ」となだめながらも、しばらく二人だけのパーティー会話を楽しんでいた。
そんな会話の途中、自分の目の前の視界を遮る何かが降り立った。
「うっ…うわあああああ!!」
驚いたことにパーティーメンバーが自分が座っている位置に重なるようにログインしてきた。
どうやら昨日ログアウトした位置をこちらが陣取っていたらしく、
まさに目と鼻の距離で向かい合った顔の近さに驚き、慌てて後退りをし、距離を取ると。
「あっ! 逃げたな~!」
むっとした表情を見せるそのメンバーはあっという間に距離を詰めると
こちらがうろたえている様子などお構いもなく、こちらの腕を掴み、引きずり込んできた。
「ち、近い!近いよ!」と心の中で叫びながらも、
嬉しさと恥ずかしさが混ざる何とも言えない気持ちになり、
その執拗に迫り来る近接攻撃になすがままにされていた。
「は、はぁはぁ…」
溜まり場はようやく落ち着きを取り戻すと、
目の前にはニコニコした表情を見せながら
こちらの慌てぶりを面白がっているハルカさんの姿が見えた。
「こんばんわ、ちーちゃん。」
首をくいっと横に傾け、嬉しそうな笑顔を見せる。
無邪気なその仕草にさっきまでのことは無かったことにされてしまいそうである。
「こ、こんばんわ…ハルカさん…」
「だめーっ!やり直しー。」
突然のダメ出しに一瞬混乱するも、すぐに理由がわかり、言い直す。
「こ、こんばんわ…はーちゃん…」
もはや抵抗する気も失せてしまい、
言われるがままに名前を読んだが彼女はふくれっ面を見せ。
「もー、いい加減慣れてくれないと怒っちゃうよ?」
と言いながらこちらのおでこを軽く突付いてきた。
普通の男ならこの時点でノックアウトだが、
色々な気苦労のせいでどうやら気は確かでいられたようである。
ようやくこちらへの攻撃が終わると彼女は自分以外のメンバーの存在にも気づき、
いつものように明るく挨拶をする。
「あ、りっちゃんこんばんわー!」
しかし、リプレさんの反応はなく、彼女は「あれ?」という不思議そうにするも、
それもそのはずである。やれやれと呟きながらいつものように指摘する。
「えーと、パーティー会話になってないよ?」
「あっ!ごめんごめん!さっきからずっと
てへっと舌を出し笑うと、何事も無かったように微笑む。
彼女はナチュラルにパーティー会話と通常会話をよく間違える。
最初に出会ったときは見事に使い分けが出来ていたようだが、
どうやら意識しないとまるでダメのようだ。
そもそも自分もたまに間違えたりするが大抵途中で気がつく。
だが彼女は会話が成立していないことにも気づかず
お構いなしに話を続けるものだから最終的に本人も相手も混乱してしまい、
結局一から会話をやり直すハメになるということを何度かやらかしていた。
「りっちゃんー!こんー…ばんー……わーーっ!」
さっきよりも何故か勢いをつけた挨拶をする。
やり直しということで気合いを入れたかったのか分からないが、いかにもハルカさんらしい。
そうして、ようやくパーティー会話が届くと。
「あ。こんばんわ。」
と、これまたいつものリプレ節が返ってきた。
それはそうと二人は自分がこのパーティーに加入する前から在籍していたわけだが、
仲は良いのだろうか。こちら側から見てまるで正反対の性格の二人なのだが
気が合うようなところがあるのか甚だ疑問ではある。
しかし、はるかさんが親しげに"りっちゃん"と呼んでたり、
パーティー会話中、会話に入れようと話を振ったりしてるところをみると
ハルカさんがリプレさんに大しての印象はそれほど悪くはないのだろうか。
まあ、気を使っている感は否めないのだが…
一方のリプレさんの方はというと、まあ、誰に対しても素っ気無い点は気にしないとしても
こと職業や狩り効率の話題となると途端に口出しや、
ときにはひどい暴言じみた押し付けをすることがあるから、
その点で過去に揉めていたりしないかが心配ではある。
まあ、本人同士に「二人とも仲良いですか?」と聞くものはばかれるわけで…
とはいえ、挨拶を交わした後、お互い何も喋らずにいたため、
その微妙な空気に我慢できずに口を挟もうとしたが、先にリプレさんの方がぼそりと呟いた。
「あ、死んだ。」
そのあっさりとした断末魔にハルカさんと二人「えっ?」と顔を向き合う。
「…ええええ!? りっちゃんどうしたの!?」
心配をするハルカさんをよそに彼女はさばさばとした口調で状況を伝える。
「んー。 アリプに轢かれちゃった。
まあ、さっきからあいつの癇に障るようなことばかりしてやったからやり返してきたのかな?」
「ど、どどどいうこと!? りっちゃん大丈夫なの?」
ハルカさんの叫びには困惑と焦りと、そしてメンバーを心配する気持ちが多分に含まれていた。
「んー。 まあ、デスペナもないし丁度矢も切れ掛かっていたから、一旦休憩かな。じゃあ、またね。」
そう言い残し、リプレさんはさっさとログアウトしてしまった。
何が起こったのかまるで把握できていないハルカさんは混乱したまま、
うろたえていたのでまずは彼女を落ち着かせることにした。
それにしてももう少し仲間に対する気遣いがあれば、可愛いところもあるのだが。
…と考えている場合ではないな。
***
「うーん、ピラって本当に怖いところなんだねー…」
詳しい事情を説明してひとまずは落ち着いた様子を見せたものの、
彼女は今だにリプレさんの心配をしていた。
まあ、突然パーティー会話で「死んだ」と呟かれたらそりゃ誰でも驚くわけで。
まったくリプレさんにも困ったものである。
あまり恐怖心を植え付けるのもの今後のパーティープレイに支障をきたしかねないと考え、
話題の矛先がそちらに向かないよう、他愛のない話で彼女の関心を逸らすようにした。
「まったく…アフターケアも大変だぜ…」と呟くも、もちろんそれは嬉しいわけで。
しばらく雑談は続き、その間、彼女はすっかりと明るい表情を取り戻していた。
主に話題の中心はリーダーいじりで、リーダーの小ネタやモノマネを挟むたびに
彼女の口から笑いが零れていた。
たまにはうちのリーダーも役に立つんだなーと関心しながらも
我ながら見事なまでのフォローっぷりに浮かれ気分で調子の乗っていると─
「そういえば、ちーちゃんって相方さんいるの?」
思わず、ゲホゲホと咳き込んでしまう質問をされ、間髪入れず即答する。
「いやいやいや! そんなのいるわけないですよ。見て分かりますよね?」
─相方とは。
リアルの世界での"相方"とMMORPGにおけるこの言葉の意味は似て非なるものである。
そして、MMORPGという世界においても一般的な解釈は様々ある。
システム上、婚姻関係であったり、何かアイテムや契約などで成立している関係も相方と呼ぶが、
システムや数値で表すことのできないもっとプレイヤー同士の結びつきを強くしたものが
本来、MMORPGにおける"相方"という存在である。
単に狩りのスタイルやプレイ時間、職業の相性などを理由に
行動を共にすることでお互いの仲を深める戦友や親友のような存在。
話しが合ったり、趣味があったり、お互いの好きな部分を見つけ、
一緒にいることが当たり前になり、もっと深く互いのことを知りたくなり、
ついには依存し合うようなカップルや恋人に近いような存在。
そして共通して言えるのはお互いの価値観を共有できる存在の中でも
多くのかけがえの無い時間を過ごし、一番身近にいて、一緒にいることが楽しい。
そんな心の許せる間柄のことを指すのではないだろうか。
また、キャラクターの性別やプレイヤーの性別に関わらず、この相方という関係は存在する。
そしてこのROという世界はキャラクターが可愛いということもあり、
とりわけ男女の相方が多いのも特徴なのだが、なんともまあ羨ましい限りである。
そんな自分とはまるで縁のない話題を平然と質問してきた意図や真意は分からないものの、
彼女は嬉しそうに話を続けた。
「そっか~。でも、いいよね~相方さん。」
「いやいや、はるかさんなら引く手数多でしょうに」という突っ込みをする前に
待てよ、これはもしや誘われているのか?という淡い期待を抱く。
次第に心臓の鼓動が早くなり、思わず前のめりになるそうになるも、
高ぶる感情押さえクールに、彼女の目をひくためにマジ紳士的に興味のない振りをする。
「ま、まあ、そのうち気が合うプレイヤーさんがいたらお願いしてみたらいいんじゃないかな…」
ちらちらと横目で気の無いフリをしながら様子を伺うと
彼女をコホンと咳き込み、不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ~…。 実は私、相方さんがいるでーす!」
私、
「…?」
私、
「……っ!?」
私、
「………うっそぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
彼女の台詞の認識しようと三度繰り返す。
ようやく理解した瞬間、驚きと共に頭の中は真っ白となり、そして愕然とする。
舞い上がっていた気持ちは一気に奈落の底に突き落とされ、
軽くパニックになっていた。
いや、まあ、そりゃ…ねぇ…これだけ…
可愛ければ相方の一人や二人…いやもっといるよな…
悟られてはいけないと精一杯の強がりを見せようとするも─とき既に遅し。
「あはは。何がーっかりしてるのかな~?ん~?」
覗き込むような視線を送られ、はっきりと先手を取られてしまった。
「い、いやそんなことは…」
慌てふためいている様子がまるわかりのまま、視線を逸らすと
彼女はふふんとした表情を見せた後、嬉しそうに笑った。
「うそうそ。確かにいつも一緒に狩りしてたけど、相方は弟だよっ!」
「…弟!?」
まさかの正体に逆の意味で驚く。
「うん。 最初は私、弟と一緒に遊んでたんだよ~。」
「そうなんだ…って最初はって…?」
「うん。弟はアーチャーやってたんだけど、タヌキ山の荒れ具合にちょっと参っちゃったみたいで、
もうつまんないって先にやめちゃったんだ。」
あの惨劇を目の当たりにしたら耐性が無いプレイヤーはそうなっても仕方ないのかもしれない。
悲しい現実と残されたハルカさんが不憫に思い、押し黙ってしまうと彼女は続けて。
「それで、わたし一人になっちゃって、路頭に迷っていたところをリーダーに拾われたんだ。」
「そう……だったんですね」
「えーと、なので、正しくは…相方さんが
そう、にっこりと笑うと、何かを思い出したようにポンと手を叩く。
「あ、そうだちーちゃん」と言うと他には誰もいない溜まり場のど真ん中で何故かこちらに近づき、
そっと耳元にささやくような声で呟いた。
「私に相方がいるって聞いて、がっかりした?」
「なっ………!」
と小悪魔的ボイスで耳打ちを仕掛け、そしてすぐさま遠のき距離を取る。
瞬間、頭がぼっと湧き上がるように沸騰し、
何の反応もできず、思考を完全に奪われてしまった。
彼女は手を後ろに組みながらじぃーとこちらの反応を待っているが
もはやそれどころではない。
どうにでもなれーと思ったその瞬間─
パーティウィンドウのログイン表示が"ON"になると共に
金髪にサングラスをかけた男剣士が二人の距離の丁度ど真ん中に降り立ち、
お互いの視線を遮るように出現した。
目の前に現われた金髪剣士はきょろきょろと溜まり場を見回すと。
「ばんー…って二人とも早いなーもうログインしてたのか。」
頼れるリーダーことエルドラドがメンバーのピンチに颯爽とあらわれた。
九死に一生を得ると共に、「流石はリーダー」と尊敬の眼差しを送った。
リーダーに遮られてはいるが、恐らくその後ろで
悔しそうな顔をしているハルカさんの「ちぇっ」とした表情が透けて見えた気がした。
***
いつもは空気の読めないリーダーの登場は
今回ばっかりは機転の利いた見事なまでのタイミングであった。
さらに珍しいことは続くもので、普段は滅多にしないリーダーが
ここぞとばかりにパーティー狩りに行こうと提案したため、
その号令に従い、久々に三人で一緒に行動することになった。
そしてその二時間後、無事に狩りは終わり、
皆ログアウトする時間となったため、そのまま何事もなく解散した。
理想的展開といってもよいぐらいの見事な流れで先ほどの質問はうやむやになった。
そして今、自分は次の狩りの準備をしていた。
その準備がてら、今日の出来事で最も印象に残ったこと─ハルカさんのことを思い出していた。
これまで知らなかった彼女がこのパーティーに入った経緯を聞いて、
なんとなく彼女がこのパーティーを盛り上げている理由が分かった気がした。
彼女は自分を拾ってくれたこのパーティーに恩返しをしたい。
この世界を共に仲間を大切にし、一緒に楽しい時間を過ごしたい。
彼女のこの世界での行動原理は眩しいくらいに純粋で真っ直ぐな想いから来るもので、
自分はそんな彼女の強い意思に強く憧れ、そして惹かれていったのだろう。
彼女に出会ってから自分の世界は変わった。
そして変えてくれたのは間違いなく彼女である。
だから、もっと彼女と──ハルカさんとの多くの時間を共有し、
自分の知らない世界を見てみたい。そう思うようになった。
そして、今の自分のこの世界での行動原理はたった一つ──彼女の想いを満たすこと。
それだけである。