「じゃあ、ちょっと準備してくるね。」
「うん。西門で待ってるねー!」
期せずしてハルカさんとデート…と称した観光に行くことになり、
この絶好のチャンスを逃すことは出来ないというプレッシャーを感じつつも内心は浮かれていた。
「にへらぁ。」
…緩みきった情けない顔を道行くプレイヤーに見られ、
慌てて顔を元に戻し、
今回のデートの場所、目的地は"ゲフェン展望台"である。
その展望台はゲフェンの西門を出たすぐのフィールドにあり、
ゲフェンを根城にする我らパーティーにとってはまさにアクセス抜群の場所であった。
フィールド自体は中央には南北に流れる川があり、
展望台に行くには東西に架かる橋、通称"ビッグブリッジ"を渡る必要がある。
この"ビッグブリッジ"は
残念ながら橋を渡った先は行き止まりになっているため、古城を拝むのは大分先になりそうだ。
また、このフィールドはゲフェンで生まれ育った
転職のレベル上げに利用するだけの場所であり、プレイヤーの姿もほとんど見ない。
そんな大きな川と橋が架かっていること以外は特に何の変哲もない普通のフィールドの様だが、
実はゲフェン生まれでここで修行をしてきたプレイヤーにしか知らない秘密の場所がある。
それが"展望台"なのだ。
一人で行ったことは今までに何度もあるが、
開放感溢れるロケーションとしては恐らくこの世界においてこの場所が一番であろう。
…暇な時間を見つけてはデートスポットを探しに各地を転々としていたのがようやく役に立ったと言える。
そうしてゲフェンの
緊張した面持ちで倉庫から取り出した"あるアイテム"をそっと懐のインベントリに仕舞い込んだ。
「喜んでくれるといいな…」
はやる気持ちを抑えながら、彼女の喜ぶ顔が早く見たいと思った。
***
「うわー、すごーい! こんな近くに素敵な景色が見れる場所があったんだね。」
ハルカさんは展望台の柵に手を掛け、身を乗り出すようにしてその景色を見つめていた。
そして自分はその様子を切り株のベンチに腰掛け、後ろから笑みを零しながら眺めていた。
この展望台までの道のりはあっという間である。
橋を渡り、対岸から北の山へ続く山道に沿って登っていくと、
横道にそれたところに宙に浮かんだ小島がある。
一体どんな力が作用しているのかわからないが、
この宙に浮く島は川の中央へ向かってうねるように連なっている。
一つ一つの浮島を階段を登るようにして進むと、その高さはどんどん雲に近づいていく。
そして頂上には今回の目的地である展望台があり、
途中、ハルカさんと二、三度会話を交わすだけの時間で辿りつくことができた。
展望台は設備もしっかりしており、パラソルのような巨木や腰を休める切り株のベンチ、
そしてもちろん双眼鏡もきちんと用意されている。
そして肝心の景観だが、このフィールド全体の景色を360度のパノラマで見ることができる。
その壮大な眺めはまさに"絶景"である。
そんな秘蔵のデートスポットを得意げに自慢する。
「いい場所でしょー。 ここはボクのとっておきの場所なんだよね。」
すると彼女のうしろ姿がくるりと振り向き、嬉しそうな笑顔を見せる。
「ふふふ。なんかデートみたいだね。」
ふいに彼女がドキっとすることを言ってくる。
そろそろ慣れないと、色々と神経をすり減らしそうだったので
少しだけ視線を逸らし、何事もなかったのごとく振るまう。
「い、いやまぁ…デートですから。」
鼻をポリポリさせながら照れくさそうにしてると、彼女は途端と笑い出し。
「あはは、そうだったね! でも、ちーちゃん、流石は元ナンパ師さんだけあって、
こんな素敵なデートスポットもちゃんと押さえてて感心したよっ。」
その言葉に安堵の吐息をもらす。
以前、溜まり場で自分が"タヌキ山のナンパ師"を自称してたことを話したことがあって、
リーダーは「くだらないことやってんなー」とか馬鹿にしてたけど、
ハルカさんは面白がって何をやっていたのかをこと細かく追求されたことがある。
であれば、これからすることもきっとただの"ナンパシーフ"としての軽い行為だと思ってくれれば
こちらとしてはやり易い。
最初はこんな雰囲気あるところでは厳しいと思っていたが、どうやらなんとかなりそうである。
そしてタイミングを見計らいながらそのときを待った。
***
会話が途切れ、しばらくの間お互い、眼下に広がる美しい風景を眺めていた。
とはいってもこちらは景色を見る余裕なんてなく、
今は視線も焦点もすっかりと彼女に奪われていた。
「ええい、ままよ!」
と心の中で叫び、すくっと立ち上がると彼女の方まっすぐ見つめた。
「えーと、ハルカさ…いや、はーちゃん。」
覚悟を決めたにも関わらず、今までにない緊張が襲い、
また呼び名のルールを間違えそうになる。
そんな緊張を感じ取ったのか、そのかしこまって声に反応したかは定かではないが、
彼女はぴたっと動きを止めた。
「ん? 何? どうしたの…?」
「…えーと、これ、はーちゃんにあげる。」
そう言って彼女に近づき、取引要請を出した。
彼女は疑問を感じながらもその取引要請応じると
取引ウィンドウに置かれたアイテムを見て、言葉を失った。
「…………っ」
それは…彼女が欲しがってやまなかったあの"ウサギのヘアバンド"である。
どういう状態で何を渡そうか散々悩んだすえ、
結局、材料である"四葉のクローバー"ではなく、
完成品である"ウサギのヘアバンド"を渡すことにした。
「これ…どうしたの?」
当然の問い掛けにも動じる事なく、シミュレーションどおりに軽口を叩く。
「うーん、ネコ耳の在庫余ってたから処分ついでに作ってみたんだ。」
ついでの割には大分苦労はしたが…
「装備してみたんだけどこれがまた、男シーフには超絶に似合わなくてね。
はーちゃん欲しがってたし、それに女マジシャンならぴったりかなーと思って。」
NPCで交換してから一度たりとも自分で身に着けたことはないが…
「自分はサンタ帽子が一番似合ってるし、使う予定もないし、はーちゃんにあげるよ。」
深い意味はないことを主張して、軽い気持ちで受け取ってくれたら…
そんな淡い期待を膨らませていたが──
─取引がキャンセルされました。
「……えっ?」
何か操作を誤ったのかと、再び取引要請を出すも──
─取引がキャンセルされました。
二回目の取引拒否。「えっ?どうして?」と疑問に思い、
ハルカさんに視線を向けるとさっきまでとは明らかに違う態度を見せ──
「いらない。」
その言葉でようやく、自分の行為が拒絶されているということに気づいた。
いつもの彼女の口調とは違う、重くそして深く突き刺さるような言葉。
わけもわからぬまま、立ち尽くすと、
彼女は自分の方に背を向け、その場に座り込んだ。
そしてそのまま顔を伏せ、身動き一つとらなくなってしまった。
彼女はその行為の理由を説明してくれない。
だからといってその理由を尋ねたら、恐らく今より状況を悪化させてしまうに違いない。
それならばここはもう押し黙るぐらいしか選択肢はなく、
"何故"という言葉は口の外から出なくなっていた。
展望台はその高さゆえ、風音が鳴り響く。
会話や景色を見ているときには気にならなかったが、
この重苦しい空気の中を切裂いて飛んでくる音で耳を傷めた。