ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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シーフ弱体化

β1が始まってから約三ヶ月が過ぎた。

 

この三ヶ月の間にレベル90を超えるプレイヤーも徐々に現れ始め、

プレイヤー間のレベルの格差がより顕著になってきた。

 

MMORPGにおける高レベルプレイヤーはリアルの時間をつぎ込んでレベル上げをしているため、

その必死ぶりに一部からは"廃人"と揶揄されがちであるが、

この世界においてはその強さに憧れているプレイヤーも多く、

その称号は非常に名誉なこととされていた。

 

そんな"廃人"と全く関わりのない、ゲフェンタワーの裏を溜まり場とする

我らがパーティー"Angel Heart"は平常運転のまったりとした日々を過ごしていた。

 

ただ、違う点があるとすれば数週間前に比べ、メンバーのログイン率が減りはじめ、

ハルカさんがほぼ毎日ログインしているのに対して、

リーダーやラヴィさんは二日に一度、酷いと三日に一度ぐらいのペースでしかログインして来なくなり、

セカンドキャラで加入しているワルキューレさんやユイネさんは溜まり場にすら来なくなっていた。

 

そんなメンバーの中にも異端児がいる──言わずもがな、リプレさんである。

彼女は毎日ログインしているにも関わらず、溜まり場に顔を出すこともせず、

あまりパーティー会話でも発言をしない。

ダンジョン内でログインをし、狩りが終わればダンジョン内でログアウトする。

たまに街に居るときもあるが、ほとんどが物資の補給のためであり、

用事が済むとすぐにダンジョンへと戻ってしまう。

 

そういったことをほぼ毎日のように繰り返すことでβ開始から1ヶ月遅れでスタートをしたにも関わらず、

驚異的なスピードと疲れを知らずの集中力により瞬く間に"廃人"の仲間入りを果たし、

このまったりパーティーの中で唯一異彩を放つ存在となっていた。

 

そんな自由きままなメンバと何よりも肝心のリーダーが不在の日が多いため、

徐々にパーティー存続を心配するようになっていた。

 

「ったく…」

 

はあ、とため息をつく。

まあ、こんなメンバーばかりだと自分がしっかりしなければいけないという

責任感も自然と沸いて来るわけで。

 

やがて、自分の愚痴が届いたのか分からないが、メンバーが一人、ログイン表示になった。

 

もしかして…ハルカさん?と期待を寄せたが、ログインしてきたのリーダーのエルドラドであった。

全く望んではいなかったものの、リーダという存在はやはり大事であるため、

とりあえずは彼の生存確認が出来たことに安堵した。

 

しばらくして、リーダーは嬉しそうな顔しながら溜まり場にやってきた。

そして座っている自分に対し、物理的な上から目線で一言。

 

「やあ、ちるっち! この度はご愁傷様だねー。くっくっく。」

 

最初はその意味がまるで理解できなかったが、

久々にログインしたと思ったら最初の挨拶が何故か小馬鹿にしたような態度だったことに

なんとなくムカッときたものの、反抗しても時間の無駄なので軽くスルー気味に

「やあ、リーダーお久しぶり」と少しだけイヤミを含んだ挨拶をするに留めた。

 

「なんだ、ちるっちは知らないのか。 シーフが弱体化する仕様変更が来たんだよ。」

 

「へっ? なんですか? それ?」

 

「しかももう適用されてるでしょ。 気づいてなかったの?」

 

リーダーの言う"シーフが弱体化する仕様変更"という言葉にぽかんとした顔になる。

そしてその反応を見たリーダーはまた嬉しそうな顔をしながら

「しょうがないな~」と長い講釈を長い講釈を垂れ流しはじめた。

 

***

 

リーダーの長い説明を聞いて、唖然となった。

 

普段からそういった情報に疎い自分にとっては

まさに青天の霹靂のような仕様変更に

これから先のキャラクター育成のビジョンが見えなくなっていた。

 

事の発端は様々あるが一番の理由はある"廃人"のせいである。

 

この世界にはリプレさんのような廃人達が主戦場とする高レベルダンジョンがいくつか存在する。

どのダンジョンも階層構造になっていて、高階層になるほど強力なモンスターが出現する。

 

職業やステータスによってメインの狩場は異なるが、

"廃人"達が好む高効率を叩きだせるダンジョンが

今リプレさんが通っているピラミッドダンジョン四階──"ピラ4"である。

 

この"ピラ4"はアンディット系モンスターが大量に出現するという特徴がある。

モンスターを倒した後の湧き時間(リポップ)も即時であるため、ゾンビのように倒した傍から湧いて来る。

 

そんなダンジョンの性質を利用した狩りの手法が"トレイン狩り"であり、

そしてこの狩り方はマジシャンにしか出来なかった。

 

以前、リプレさんにそのやり方を愚痴交じりに聞いたことがある。

意外と単純ではあるが、その内容は想像を絶するやり口である。

 

まずは大量のモンスターを引き連れ回す。

十匹、いや二十匹・・・、酷いと"ピラ4"にいるほぼ全てのモンスターを引き摺り回す。

たとえマジシャンだとしても高レベルともなれば、

"ピラ4"に出現するほぼ全てモンスターを最大回避確率(95%)で避けることが可能であるため、

いくら連れ回しても被ダメージはほぼ発生しない。

 

そして、マジシャンの魔法スキルであるネイパームビート(NB)を使用する。これだけである。

NBは詠唱が必要なボルト系の魔法スキルと違い、ほぼ詠唱が不要の速射型である。

また、消費SPも少なく、何よりもこのスキル自体が拡散型範囲魔法という凶悪ぶりで、

威力は少なめだが、連発することであっという間に大量のモンスターを屠ることが可能である。

 

しかし、この狩り方を成立させるにはいくつかの問題をクリアしなければならない。

それは大量のモンスターを引き連れまわすことによる"ラグ"の発生。

そして一気にモンスターを倒すことによって発生する大量の負荷により、

魔法スキルを放った側も強制的にサーバーが切断されてしまう現象を回避する必要があり、

ただのマジシャンには到底実践すること出来なかった。

 

しかし、この狩り方を実践可能なプレイヤーが唯一、一人いる。

それがリプレさんが目の敵にしている女マジシャン、Arip(アリプ)である。

 

このプレイヤーはこの世界のシステム負荷の影響少ない領域、

つまりはサーバーを設置されている海外のプレイヤーであるため、

大量のトレインをしてもラグは発生しないし、

何十匹というモンスターを同時に倒しても、サーバーが切断されるといったことも発生しない。

 

そんなゲームシステムとは関係ない特殊能力を所持していたアリプは

大量モンスターを引き連れては周囲にラグを発生させ妨害したり、

モンスターの塊を他プレイヤーにぶつけてはMPKをし、

また、NBを使用することによって周囲にいるプレイヤーを強制的にサーバー切断に追い込む

といった行為を繰り返していたため、多くのプレイヤーから疎まれ、蔑まれ、忌み嫌われていた。

 

そんな折、ついにこの世界の神が対策を講じてきた。それは──

 

『モンスターに囲まれているとその数に応じて回避率が低下する』

『ネイパームビートを複数のモンスターに使うとその数に応じてダメージが分散する』

 

──といった仕様変更であった。

 

一つ目の仕様変更は、トレイン狩りにとってはまさに致命的である。

これまでどれだけモンスターに囲まれても

モンスター一体に対する必要な回避率さえあれば最大回避確率は維持できた。

そのため、大量のモンスターをトレインすることも容易だったが、

モンスターに囲まれた数に応じて回避率が低下することで被ダメージも増えてしまい、

一度、大量のモンスターに囲まれてしまえば

耐久力の低いマジシャンならあっという間にお陀仏となってしまうであろう。

 

そしてもう一つはNB自体の仕様変更である。

これまで拡散型範囲魔法と銘打っていたNBだが、どんなに数が多くても

ダメージが分散しないため、ほぼ速射可能な範囲魔法として

マジシャンにとっては有用な魔法スキルであったが、

こうしてダメージ自体が拡散してしまえば、殲滅力も低下し、

倒すまでの消費SPも増えることで効率も悪化してしまう。

 

まさにこの仕様変更はアリプ一人を狙ったトレイン&NB狩り対策そのものであったが、

同時にこの仕様変更は回避性能の高いシーフにも影響が及んでしまった。

シーフの持つパッシブスキルである回避率向上は回避率(FLEE)を30あげるスキルである。

この30という数字はレベルでは30レベル分に該当し、またステータスでいえばAGI+30と同じ意味を持つ。

 

そのためシーフは低レベルや低AGIによって必要回避が足りていない状況であっても、

このパッシブスキルによって強いモンスターと戦えるだけの力を持っていた。

しかし、モンスターに囲まれることによってFLEEが低下してしまうことにより、

モンスター一匹なら余裕で回避していたはずが、二匹、三匹と囲まれる数が多くなるにつれて、

一気にピンチに追い込まれるようになってしまった。

 

さらにシーフへの影響はこれだけではない。

回避率向上という防御系のパッシブスキルに加え、

攻撃系パッシブスキルであるダブルアタックにも手が加わった。

発動確率が10%ダウンし、発動時の攻撃力も60%以上もダウンしてしまったのだ。

 

攻撃と防御の両方のパッシブスキルが一気に弱体化してしまったことから

この仕様変更は別名"シーフ弱体化パッチ"と呼ばれ、

シーフをメインとする多くのプレイヤーが悲鳴をあげていた。

 

***

 

「あーあ、ただでさえ耐久力のないシーフが囲まれたら本当にただの紙になってしまう…」

 

リーダーから仕様変更の説明を聞いてがっくりとうなだれ、思わず愚痴も零れる。

かくいう自分はAGI全振りという回避性能に特化したステータスであったため、

影響は計り知れなく、絶望に打ちひしがれることになった。

 

その姿を見て、リーダーはにや、と愉快そうに笑みを浮かべると、

そっと肩越しに近づくと、バンバンと背中を叩いてきた。

 

「まー、仕方ないね。 シーフは今まで強かったわけだし、

ちるっちもAGI極なんて変なステ振りしてないでオレみたいにVITに振ってみたらー?」

 

さっきからリーダーはこうして安い挑発を仕掛けてきていたが、

「ぐぬぬ」と拳を握りながらも、必死に我慢していた。

が、そろそろ限界を迎えようとしていたそのとき──

 

「んー。 でも、ちるちるさんにとっては今回の仕様変更はある意味良かったんじゃないの?」

 

突然、パーティー会話に乱入してきたメンバが居た。

彼女はいつもどこかしらでパーティー会話を聞いていて、そして絶妙のタイミングで割込んでくる。

最近はもう慣れてしまったところもあって、驚かなくなったとは言え、

相変わらず、彼女は色々と足りていない気がしてならないのだが。

 

そんなリプレさんの登場に、さっきまで息巻いていたリーダーが突然黙りこくる。

何だかんだいって彼女のことは苦手なのだろうか、いい気味である。

 

それにしても彼女の言っている意味がいまいち理解できないため、

念のため真意を聞いてみることにした。

 

「えーっと、それってどういう意味でしょうか…? 一応、下方修正と理解しているんですけど…」

 

「んー。 回避性能が落ちたぐらいじゃ対して変わらないよ。そもそもこれトレイン対策でしょ。」

 

「で、でもリプレさんだって、アーチャーなんだから回避性能が落ちたことによる影響って結構大きいような…」

 

「んー。まあ、ちょっとぐらいキャラの性能が落ちたって、

トレイン狩りするクズが居なくなって、その分ピラが快適になってくれたんだし、

そっちの方が私は嬉しいかな。」

 

その言葉に絶句する。キャラの性能よりも狩り場の快適さを何よりも優先するという

"廃人"ならではの思考に、やはり彼女はどこかネジがぶっ飛んでると言わざる得なかった。

 

「そ、そうですか…それは何よりですね…。」

 

どうも彼女と会話をしていると自分の常識までもがどこかに追いやられてしまうような気がして、

早々に切り上げようとしたが。

 

「それと、今回、AspdにAGIとDEXが適用されたから、攻撃がものすごく早くなったの。

それがすごく楽しいよ。」

 

「Aspd…?」

 

その聞きなれない単語に思わずステータス画面を見てみると、

確かにその"Aspd"という欄があることに気づく。

しかし、この欄には数字は入っておらず、空欄のままであった。

 

「えーと、これって…」

 

「アタックスピード(Attack Speed)、略してAspdだよ。つまり攻撃速度ってこと。」

 

さっきまで黙っていたリーダーが突然説明し始めた。

 

リーダーの説明によるとどうやら今まで"Aspd"の値は職業と装備する武器によって

固有の値が設定されていたという。

 

そのため、六種類の基本ステータスにはこれまで影響されなかったのだが、

今回のシーフ弱体化パッチによってAGIとDEXが高ければ高いほど早くなるという

仕様が追加されたとのことだった。

 

特にAGIによる影響は大きく、AGIが高ければ高いほど、Aspdも上がるため、

ダブルアタックによって手数が他の職業よりも多いシーフにとっては今回のAspdの仕様変更は大きく、

今まで回避性能でしか影響を与えなかったAGIというステータスが脚光を浴び始めていたのだった。

 

また、この仕様変更はアーチャーにも影響を与えていた。

 

アーチャーはダメージのベースはDEXの数値によるものであるから、

当然多くのプレイヤーがそこに割いている。

さらに盾を装備できないアーチャーは基本的には防御性能はAGIによる

回避がメインとなるため、ステータスの大部分はAGIとDEXの二つに

振り分けているプレイヤーがほとんどである。

 

もちろん、リプレさんも典型なアーチャーのテンプレ型のステータスであるため、

今回の仕様変更による攻撃速度の変化の恩恵を強く受けていたのだった。

 

「んー。 ちるちるさんも早く試してみたら? 目に見えて攻撃スピードが速くなってて楽しいよー。」

 

ようやくリプレさんが言っていた『ちるちるさんにとっては』という意味を理解した。

自分はAGI極振りのシーフとしてこれまでレベルを上げ続けてきたが、

それがようやく花開くときが来たことを意味していたのだった。

 

リーダーにシーフ弱体化をいじられていたことなどもうどうでもよくなり、

すっかりと冷静さと自信を取り戻していた。

その姿を見て、リーダーは何故か「ちぇっ」と舌打ちをしていたようだったが、左から右へ受け流した。

今はとにかく早くその変化を試してみたくなり、試し切りできる場所を考えた。

 

「──そうか。」

 

しばらく考えるとある場所が閃く。

そして溜まり場から空を見上げると、そこにはゲフェンタワーがそびえ立っていた

 

そう、この地下にはゲフェニア遺跡のあるゲフェンダンジョンが広がっている。

もちろんアクティブモンスターだらけの危険地帯であるが、どうせなら強い敵と戦って試してみたい。

 

無謀ではあるが、どうせなら長く戦えるモンスターをということで

ここは初のダンジョン潜入に挑戦することを決めたのだった。

 

「わー。 はやいはやい!」

 

何故か子供のようにはしゃぐリプレさんをよそに一人、ゲフェンダンジョンへ向かった。

 

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