ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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Lord of the Nightmare

地下二階に入ってすぐ、目の前には廃墟のように取り残された壁が道の両脇にそびえ立っている。

地面にはレンガが敷き詰められ、『道』となり、プレイヤーをダンジョンの奥へと(いざな)っていた。

 

恐る恐る先に進みながらもきょろきょろと辺りを見回し、

まるで観光旅行にでも来たかのごとくゲフェニアの景色を楽しんでいた。

そして入り口からレンガ敷きの道に沿って進むと、目の前に『闇』が広がる、ひらけた場所に出た。

 

そこには多くのプレイヤーがこの広場のような場所に腰を下ろし、羽を休めている姿があった。

狩りの休憩がてらに気分転換に腰を下ろした場所が

次第にプレイヤーが集まり出し、このような溜まり場になったのだろう。

中には雑談を交えているプレイヤーもいて、おおよそダンジョン内とは思えない

憩いの場のようなまったりとした雰囲気が漂っていた。

 

広場の隅っこに座り、じぃと辺りの様子を伺う。

 

目を凝らすと座ってるプレイヤーからは

何か自信に満ちたオーラみたいなものがゆらゆらとうねっている。

どこをどうみてもここにいるプレイヤーは皆只者ではないようである。

 

念のためはっきりさせておく必要があるがここはダンジョン内である。

当然、モンスターも出現し、襲われるリスクもあるにも関わらず、

まるで街中で休憩しているかの如く、平然とした顔をしている。

 

その余裕ぶりから察するに、恐らく隣にモンスターが沸いたとしても

きっと雑談を続けながら涼しい顔でモンスターを葬ってしまうのだろう。

 

そう、ここは"廃人"達の溜まり場なのである。

 

こちらはダンジョン内をまともに歩くことすら戦々恐々だというのに

こうして余裕綽々にダンジョン内を闊歩しているプレイヤーがいるという現実に

レベルの格差をまざまざと見せ付けられた感がある。

 

しかし、ここで落ち込んでいても仕方がない。

すぐに気持ちを切り替え、今回の目的である"ナイトメア"と戦うための準備を始めた。

 

実はここに来る前に事前にある程度のマップ情報は頭に入れておいた。

なるべく入り口から近い場所を考えていたが、

今いるこの広場は廃人達に見られるのは恥ずかしいので流石に"ナシ"として、

できれば誰の目にも触れられずにこっそりと戦える場所を自分なりに分析してみた。

 

地下二階はこの広場のような場所がいくつも点在している。

広場はモンスターが四方八方から襲ってくる可能性があるため、

ナイトメアとのタイマンの状況を作り出すのには向いていないだろう。

 

また、南東には壁に囲まれた廃墟があるので

そのエリアの隅っこで戦うということも考えたが、

そこまでの道のりをたった一人でで辿りつく自信は全くない。

 

であればやはり狭い通路をで戦うのがベストであるが、

広場を繋ぐ通路はプレイヤーが狩りで通る場所ということもあり、意外と目につきやすい。

 

そこで考えたのがマップの最北端にあり、

入り口から崖を挟んで向かい側にある狭い通路である。

 

ここは北側にある広場の東西を繋ぐ通路ではあるが、

恐らくほとんどのプレイヤーが溜まり場を経由していくため、

ここならば人通りが少ないであろうと踏んでいた。

 

「ここならいけそうだな…」

 

廃人達の横をそそくさと通り抜けながら、戦いの場である北通路へ向かった。

 

***

 

北通路までは大した移動距離でもないため、

移動中に他のモンスターに襲われることなく、無事に到着した。

 

マップの最北端である北通路は道幅は狭く、

南側は入り口の階段は見えるが崖になっているため、

ちょうど孤立した場所になっている。

 

案の定、人通りはなく、ここならば思う存分タイマンを張れる。

想定通りの状況を作り出したことに自信を深めたのか、

「よしっ!」と小さくガッツポーズをすると、すぐに次の準備に取り掛かった。

 

懐からシーフの相棒である短剣を取り出すと、右手に握りながら大きく深呼吸をする。

 

モンスターがリポップするのは他の場所で倒されてから即時であり、

いくら強力なモンスターであるナイトメアとて通常モンスターに分類されている限り、

ご多分に漏れず、他のモンスターと同じタイミングでリポップする。

 

つまり、次の準備とはこのマップのどこかで倒されたナイトメアが、

この通路に出現するのをじっと待つことである。

 

──おおよそ一分かそのぐらいの時間が経過しただろうか、

 

この狭い通路ではプレイヤーはおろか、他のモンスターさえ出現せず、

次第に焦りと高ぶりとそして緊張が徐々に支配し始めた。

 

「まだか…まだか…」

 

ぶつぶつと呟きながらも、足は震え、腰が引き気味になりながらも、

武器を持つその手だけはしっかりと握りこんだそのとき──

 

「ヒヒィィィィィィィン!」

 

その狭い通路にけたたましい馬の鳴き声が響き渡る。

 

ついに、ゲフェンダンジョン最強モンスターである"ナイトメア"が姿を現した。

自分が待機していた通路の中央ではなく、少し離れた通路の入り口付近にリポップしたため、

相手はこちらに気づいていない様子である。

 

しかし、こちらの気が猛っていたのか、相手にターゲッティングされる前に距離を詰めようと接近すると、

相手もこちらの存在に気づき、向きを変えるや否やこちらに向かって襲い掛かってきた。

 

蹄の着地音が一歩、また一歩とこちらに近寄ってくるとあっという間にお互いの距離を詰まった。

すると悪霊であるナイトメアは馬の外形から死神に姿を変え、手に持った鎌を振りかざしてきた。

死神が鎌を振り下ろすまでのその刹那───

 

「────────ッ!!」

 

渾身のファーストアタックがナイトメアの胸元を切り裂き、死神(ナイトメア)の鎌は空を切った。

 

「攻撃が当たった!?」

 

敵の攻撃を避けたことよりも攻撃が命中したことに驚く。

回避には自信があったが、肝心の攻撃が当たるかどうかはやってみなければ分からない状態だった。

何せDEXが初期値なうえにそもそものレベル不足という根本的な懸念材料があったため、

もしかしたら攻撃自体当たらないのでは?と不安を抱えていたが、なんとか命中させることが出来たようだ。

 

「ふしゅぅぅぅぐるるるる!」

 

異様な雄たけびを上げながら、幾度となく鎌を振りおろすも、

切り裂くのは空気のみで、その度に馬蹄音が暗闇の中をこだましていた。

 

一方こちらの攻撃は八割程度は命中しており、

短剣の斬撃音と共にナイトメアから放たれる悲鳴のようなの遠吠えが耳を刺激した。

 

そしてなんといってもこの回避率である。

レベル60に満たないシーフが、最強モンスターの一角を相手に見事に攻撃を捌き、避けきって見せた。

ここまでAGIにつぎ込んできた成果がようやく形として見えたことに少しだけ誇らしくなった。

 

─────だが。

 

敵を一方的にタコ殴りしているこの状況にこれはもしかして楽勝なのでは?と

一瞬でも期待したが、目の前に見えたのは目を覆いたくなるような絶望だった。

 

確かに相手の攻撃は避けきっており、今のところ被弾はない。

そしてこちらの攻撃も多少ミスはあるものの気にならない程度に命中はしている。

がしかし、肝心の──攻撃における最も大事な要素であるダメージは───たったの"1"であった。

 

手に握り締めているこの短剣はNPCから購入できる中でもっとも強い"グラディウス"という短剣である。

店売りとはいえ、この武器は現在のところシーフが装備できる短剣の中で二番目に攻撃力(ATK)が高い。

これ以上の武器はボスモンスターである"ミストレス"のMVPアイテムにあたる"ダマスカス"になるため、

普通のプレイヤーでは容易に手に入ることができず、

ほとんどのシーフがこの短剣(グラディウス)を使用しているはずである。

 

「くっそぉぉおおお!硬すぎるっ!?」

 

確かにSTRは初期値のため、並のシーフより攻撃力は低いのは間違いない。

それでもこの短剣(グラディウス)のおかげで今まではそれなりにダメージも与えてることが出来ていた。

しかし、このナイトメアには自分の攻撃はまるで歯が立たない。

それだけナイトメアの防御力(DEF)は高いことを意味しており、

もはや武器の攻撃力だけではどうすることも出来ないことを痛感した。

同時にその非力さにさっきまで調子に乗りかけていた自信が脆くも崩れ去ってしまった。

 

***

 

「うぉおおおおおお!」

 

今度はこちら側が雄たけびを上げる。

 

ナイトメアとの交戦を始めてから既に十分が経過した。

折れかけた心も次第にある可能性が生まれると共に徐々に立ち直りを見せていた。

 

確かにこちらの攻撃たったの"1"しか通らない。

しかし、十分経過しても被弾はせいぜい二、三回程度であり、

相手の攻撃はほとんどこちらには命中していない──であればどうか。

 

『当たらなければどうということはない』

 

かの有名な理論であり、ここに来るときに込めた期待が見事に体現できていたのである。

 

そう考えたときに一気に目の前が明るくなってきた。

相手のHPがいくつあろうが、"1"ダメージずつ削り取ればいい。

毒のナイフでじわりじわりと相手のHPを削っていく感覚に近いものを感じ、何故か悪い顔になる。

 

勝ちの筋が見えたことにより、緊張もほどけると

ようやく余裕も出始め、当初の目的だった仕様変更によるAspdの違いを確認することにした。

 

攻撃の手を緩めず、ただひたすらナイトメアの懐で短剣を振るうその姿は確かに早いように思える。

そもそもこんなに長い時間、敵を攻撃し続けてきた経験がないもので、

今の攻撃スピードが果たしてこれまでより速くなったのかどうか

自分で確認することが出来ないという致命的な問題が出てきてしまった。

 

「うーん…早い…のかなぁ…?」

 

なんとなく発生するダメージ表示の間隔を見て、

ようやく「早いのかなぁ」と感じるぐらいの違いしか分からなかったが、

恐らく他のシーフと比較することでようやく自覚できるのだろうと

仕様変更についての確認はここまでで留めることにした。

 

すっかり、目的が変わってしまったものの、

目の前のナイトメアを倒すことだけに集中し、短剣を振るう。

一体どれだけの"1"ダメージの山を築いたのか分からないが、

いずれは来る終わりを楽しみに待ちながら、浮かれ気分でいた。

 

しかし、この世界の神はそんな慢心しきったシーフの緩みを見逃さなかった。

 

『今です!』

 

そんな声が聞こえたような気がした。

さっきまで、人っ子一人、モンスターっ子一匹、現われなかったこの狭い通路に突然、

両脇からなんと二匹のナイトメアが同時に沸いた。

 

「げーっ ナイトメア!」

 

今回の仕様変更によってモンスターに囲まれていると回避率が著しく低下する修正が加わった。

一匹では余裕をぶっこいていたが、三匹ものナイトメアに囲まれてしまったら、

いかにAGI極振りシーフといえ、レベルが不足している以上、避けきれるわけがない。

 

「待て、慌てるな」と冷静さを装うも、そもそもこの状況ではどうすることも出来ない。

先ほどまで見事な虚空に鳴り響いていた死神(ナイトメア)の鎌があっという間に命を刈り取る音に変わり、

それが時間差のように休む暇を与えず襲い掛かってきた。

 

こちらも反撃を試みるが、与えられるダメージはたったの"1"である。

十分以上も攻撃し続けているのに今だに一体も倒す事ができていない。

 

反撃も空しく、みるみるうちに被弾していき、HPはレッドゾーンに到達する。

回復財を連続で使用し、なんとか耐えてみるが、HPと同じようにその数もみるみるうちに減っていく。

 

「こりゃもうだめだ…」

 

残りの回復財もあとわずか、ホントはもっと早く死んでもよかったのだが、

途中から意地になり、せめて一匹だけでも道ずれにしようと粘っていたが

どうやらこれまでである。

 

──風前の灯に、死を覚悟した。

 

「───おいっ!」

 

すると消え行く回復財と共にナイトメアに囲まれ、遮られた視界の先から声が聞こえた。

 

「おいっ!大丈夫か? 叩こうか?」

 

敵の隙間から覗くようにしてその声の主の姿を視認する。

そこにはゴーグルを装備した一人の男シーフが立っていた。

 

「その数はやばいだろ、ちょっと待ってろ。」

 

声をかけてくれたシーフはこちらのピンチを把握し、懐から武器を取り出すと──一閃。

 

「ヒィィイイイイイイイイイイイイイン!」

 

振りぬいた短剣はナイトメアの胸部を切り裂くと、

そのまま断末魔のような長い雄たけびを上げて、ナイトメアは消失した。

一瞬何が起こったのか分からないぐらいの速さであっという間に一匹目を片付けた。

 

「なんだ、死にかけだったのかい。悪いことしちゃったかな。」

 

そう、ぼやくとすぐにこちらを向き、短剣をナイトメアに向け一言。

 

「その二匹はどうする? 俺が(ころ)そうか?」

 

あっけに取られて「あっ、えっ…その」とどもりながらも、彼の提案を受け入れ。

 

「す、すみません…! お、お願いします!」

 

すると彼は「りょーかい」とぶっきらぼうに答えると、あっという間の間合いを詰め、

こちらをターゲットしていた二匹のナイトメアを一撃を加え、奪い取った。

 

ターゲットを奪い取ってくれたおかげでようやく敵の攻撃から解放されるも、

死にかけの身体を無視し、呆然と立ち尽くしながら視線はそのシーフの姿に釘付けになっていた。

 

「つ、強い…」

 

自分の軽い攻撃に比べ、その鈍重な一撃はおおよそ短剣とは思えないほどの衝撃を生み出していた。

一撃の斬り払いで三桁のダメージを叩き出し、さらにダブルアタックも発動で二倍のダメージを重ねることで悪霊(ナイトメア)(ヒットポイント)を深く削り取っていく。

 

その圧倒的なパワーにさすがの最強モンスターも、悲鳴をあげざる得ない。

瞬く間にもう一匹が闇の世界へ送られ、そして間を空けずに最後のナイトメアも

悲鳴と絶叫が混じった咆哮の後、"(ひづめ)"のみを残し、四散した。

 

助太刀を御願いしてから、一体どのぐらいの時間で三匹のナイトメアを葬ったのだろう。

一匹目は、こちらが十分以上の時間をかけてHPを削ってたのであっさりと倒されたが、

他の二匹は口を空け、ポカンと見ているうちに事切れていた。

 

「ふ~、もう大丈夫だなー、んじゃまオレはこれで。」

 

汗を拭う仕草をし、一仕事終えたそのシーフは、

これぐらい余裕と言わんばかりに飄々としながら、颯爽とこの場を立ち去ろうとした。

 

その瞬間、自然に「あ、待ってください」と言葉が漏れ、

立ち去ろうとした彼の足を止めた。

 

「ん、どうかしたかい?」

 

「あ、いや…あの…すみません。 助けて下さって、ありがとうございました!」

 

深々と頭を下げると彼は握った短剣を肩に担ぎ、腰に手を当てた。

 

「ん、まあいいよ、経験値ごっそさん。」

 

こちらが迷惑をかけたにも関わらず、その余裕そうな態度にまた惚れそうになってしまう。

同じ職業ということもあるのだろうか、口が勝手に尊敬と敬意の気持ちを言葉にする。

 

「あの、すごい強いですね…。感動しました! ボクもあなたのように強いシーフになれるよう頑張ります。」

 

まるでヒーローに憧れる子供のような眼差しを向けるも、

 

「そうかい、そいつはどうも。」

 

彼はクールに返答した。

 

質問したいことは山ほどあったが、これ以上の引き止めは狩りの邪魔になってしまうため、

この場は大人しく諦め、最後にもう一度だけお礼の気持ちを伝えた。

 

すると彼は「んじゃな」と言い残し、北通路を抜けて東の広場の方へと消えていった。

そして去り行くその背中を最後まで眺め、ぽつりと呟く。

 

「すげぇなぁ…カッコ良すぎる…」

 

今までダンジョンに来ていなかったせいもあったが、

こんなにも強いプレイヤーを、そしてこんなにも強いシーフを見たのは初めてだった。

 

彼の名前はWhite Comet(ホワイトコメット)

まぎれもなくトップクラスの廃シーフであり、通称白米(ハクマイ)さんと呼ばれていることを後で知った。

 

 

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