「さて…戻るか。」
通りすがりの廃シーフに助けられ、一命を取り留めた後、
やっぱりこの場所に来るのはいささか早すぎたと実感し、結局"死に戻り"でゲフェンの街に帰ることにした。
せっかく助けてもらったのに申し訳ない気持ちもあったが、
この世界では"死亡"によるペナルティがないため、この帰り方が一番手っ取り早いのである。
地面に転がった後、ゆっくりと目を閉じると、キャラクターは
そして、目を開くとそこにはいつものゲフェンの町並みが広がっていた。
戻ってきてすぐにパーティーウィンドウをチェックする。
ダンジョンに向かってから一時間も経っていないが、
さっきまでログインしていたはずのリーダーはいつの間にかいなくなっていた。
「なんだ、もうログアウトしてるのか。」
先ほどまでのの出来事を語りたくて仕方なかったのに溜まり場は話し相手すらいない状況になっていた。
既に深夜を迎えていたため、恐らくハルカさんも今日はログインしないだろう。
とすると…唯一の話相手はリプレさんだけということになるが、今も狩りに夢中になっているだろうし、
邪魔するのもアレなので諦めて一人で物思いにふけることにした。
***
「うーん…」
溜まり場で一人、唸り声をあげる。
当初の目的は仕様変更の確認であったが、
Aspdが一体どれだけAGIに影響しているのか正直あまり分からなかった。
普段の攻撃スピードとさほど変わらないようにも感じたが、
唯一、違いが見て取れたのが自分を助けてくれたシーフよりは
明らかにこちらのほうがAspdは上であるということだけだ。
しかし、いくらAspdが上回っていてもそんなことは関係なしに今の自分には致命的な欠陥がある。
それは言わずもがな"火力"である。
あの廃シーフは一撃で三桁のダメージを与えており、文字通り、自分とは桁違いの攻撃力を誇る。
それに引き換え、こっちはたったの"1"ダメージ。これではいくら手数で上回っていても意味がない。
囲まれることでFLEEが下がる仕様になってしまった以上、今後は殲滅力が重要になってくる。
今まではモンスターを回避させるための必要回避分だけ確保していればそれでよかったかもしれないが、
今後はモンスターに囲まれないような状況を作り出すことが求めるだろう。
仕様変更によって新たなシーフの戦闘スタイルが変わってしまったことによる影響をもろに浴びてしまい、
今の自分のシーフは時代に合っていないまったく逆の方向にいっていることを気づかされてしまった。
やはり、AGIをこれ以上振り続けるのは無意味なのだろうか。
大人しく火力をあげるためにこれからはSTRに振り始めて、
あのシーフのような殲滅力主体の形を目指すべきなのだろうか。
「せっかくここまでこだわってきたのになぁ…」
当初はなんとなしに、一つのステータスにポイントをつぎ込む、
いわゆる"極振り"──いや、他のステータスは何も増やしていないのだから
正確には"全振り"というのが正しいのだろう──そんな偏ったキャラクターメイクをしていた。
きっかけは単なるシーフの特性である高FLEEを活かしたかったに過ぎない。
店売りの
なので、普段の狩りに大して支障がないのであれば、
一つのステータスを振り続けるのもなんか面白い──そんな軽い気持ちだった。
しかし、レベル60近くまで一つのステータス振り続けると、
今まで、歩んできた道のりを振り返ったとき、他のステータスに浮気する気持ちがどうしても芽生えずに
ある意味こだわりという名の"意地"みたいな別の感情が沸いてしまっていた。
そんな折、ここに大きな壁が立ち塞がったのだ──それは強さという憧れである。
男なら強さに憧れないヤツはいない。
この世界で強さを証明するならば、圧倒的な"
そしてそれが体言したのがあのシーフの姿なのかもしれない。
ナイトメアを一瞬で屠り、息一つ乱さず、そしてさも当たり前のように振る舞い、颯爽と立ち去る姿。
どれをとっても見惚れるぐらいにカッコイイ。
しかし、自分がそれを今から目指すにしても、本当にそれでいいのかと悩んでしまう。
──こだわりを貫き通すべきなのか。
──それとも強さへの憧れのためにこだわりを捨てるのか。
相反する二つの違う道のどちらを進めばいいのかわからず、悶々としながら葛藤を繰り返していた。
***
「せっかくここまでこだわってきたのになぁ…」
溜まり場では相変わらず、全く同じぼやきとため息が交互に入れ替わるように繰り返された。
自身で結論が出せない悩みを解消するのには誰かに意見を貰うのが一番だろう。
しかし、そんな相談したい相手は残念ながら今は見当たらない。
すると、そんなお願いが神に通じたのかそれともどこかで見ていたかのように、
突然パーティー会話が動き出した。
「んー。 ちるちるさん、さっきゲフェンダンジョンに行ってたみたいだけど。」
まさかの
狩りに夢中の彼女が何故かこうして自分の行き先をきちんとチェックしていることに
いい加減に突っ込みたい気持ちはあったもののこうして話掛けてくれたことが素直に嬉しかった。
最近は彼女とも普通に会話できてるし、あっちから話しかけてくるなら迷惑にならないよねと思い、
今日のこれまでの出来事を彼女に伝えた。
「いやー、聞いてくださいよ~! リプレさんの言ってた、Aspdの仕様変更の"ヤツ"。
気になったので、確認も兼ねてゲフェンダンジョンに行って見たんですよ~。」
「ふーん。 それでどうだったの?」
「いやー、実は試し切りはナイトメア相手にやってみたんですけど、
ちょっと早くなったことぐらいしか分からなかった上に、肝心のダメージがなんと"1"ですよ"1"!
しかも十分以上も粘ったですが結局、通りすがりのシーフさんに助けられちゃいました。」
話相手がいることで気が緩んだのか、つい余計なことまで喋ってしまった。
まあ、いつもの彼女なら「ふーん」と興味を示さないだろうなと油断していると
突然、重い一撃のような言葉がパーティー会話から飛んできた。
「あのさ、そんな態度でダンジョン挑戦するなんてどうかしているよ。」
豹変した彼女の態度に「えっ?」と戸惑う。
これまで少しずつではあるが、互いの理解を深め、距離が近づいていると感じていたが、
彼女は最初に会った時と同じように突き放すな口調になっていた。
「そもそもさ、ちるちるさんのレベルやステータスでゲフェンダンジョンの、
それも地下二階で狩りするなんておこがましすぎる。」
自分のキャラクターを全否定されたことに感情のタガが外れ、カチンと来た。
すぐさま、反論の狼煙を上げる。
「いやいや、一応ナイトメアは避けれたんですよ? 確かにダメージは全然通らないにしても、
一応は戦えているんですから、そんな風に言わなくても…」
それでも大人な態度で対応し、冷静に彼女の高ぶりを諭すも。
「あのさ、それのどこが戦えてるの?」
「えっ…」
「他人に助けてもらったくせに、そんな武勇伝をヘラヘラしながら自慢気に語るようなことじゃないんじゃない?」
「いや、そんなつもりは──」
「私なら絶対に助けは求めないね。それなら潔く死を選ぶよ。」
「まあ、まあ、ちょっとリプレさん落ち着いて…」
何ゆえここまで彼女が感情的になっているのかまるで理解できないまま、
突然始まった彼女の攻撃は留まることを知らなかった。
その一方的な態度に今度こそ我慢の限界が訪れ、いよいよ口論となってしまった。
「私はきちんと狩りができるようになるまではそんな無謀なことはしない。 恥をかきたくないから。」
「確かに自分はまだレベルが低くてリプレさんには到底およびませんけど、そこまで言わなくてもいいんじゃないですかね…」
「そうやって、無謀な挑戦をして他人に迷惑をかけてるプレイヤーが多いんだよ。」
「でも、レベルが低くたって、ダンジョンに挑戦しちゃいけないんですか?」
「変に背伸びをしたってどうせ死ぬだけなのに、何の意味があるの? 時間の無駄でしょ。」
「弱くたって、やりたい事だってあるんです。
リプレさんはそういうプレイヤーがいるってことも理解して下さいよ。」
「あのさ、ちるちるさん、MMORPGにとってさ、"弱い"ってことは無知と同じぐらい罪なことなんだよ。
それを理解した方がいいよ。」
「なんですかそれ…意味分からないですよ…。」
この言葉に完全に呆れてしまい、もはや彼女とは相容れないということを理解した。
そもそも思考が"廃人"の"それ"であり、ついていくのはもう無理である。
これ以上の言い争いは彼女の言う"時間の無駄"であり、
さっさと終わらせようと話を打ち切ろうとするも──
「んー。なんか、気分が悪いので今日は落ちますね。一回冷静になった方がいいですよ。」
そんな頭にくる捨て台詞を吐くと、こちらの反論を待たずして彼女のほうから、
さっさとログアウトしてしまった。
パーティーウィンドウには一人取り残された自分のみがログイン表示となっており、
溜まり場には文字どおり一人になったシーフが取り残されていた。
両手の拳を強くにぎ込む。
すると自然と身体全体がわななわと震え出すと、一気に脱力し、絶叫する。
「それはこっちの台詞じゃぼけえええええええええええ!」
そうして誰もいない、誰も聞いていない、誰も見ていない、
パーティー会話に一人猛り狂ったログだけが残された。
確かにあのシーフさんに迷惑をかけたかもしれない。
でもそれは単に自分に火力が無かっただけで、
タイマンならナイトメアで相手でも余裕で回避することができた。
たまたま敵が沸いて、たまたまプレイヤーが通りかかっただけであり、
別に死んだって対して痛いわけでもないのに
一体、
もしかしてダンジョンで狩りをするというのは選ばれた強者のみに許される
神聖なもので雑魚は引っ込んでろと言いたいつもりなのだろうか。
だとしたらそんなのは間違っている。
もし本当にそんな風に思ってるのなら同じパーティーメンバーとして考えを改めさせる必要がある。
では、どうしたら
答えは簡単である。自分は決して弱くないことを証明すればいい。
このシーフの武器である回避性能については問題ないことは確認できた。
現時点でナイトメアすら避けれるのであればほとんどのモンスター最大回避確率を維持できるはず。
しかし、火力は不足は弱点であると認識した──なら、そこを補えばいい。
ではどうやって補うのか、それはいたって単純で、
そもそも何ゆえソロにこだわる必要があるのだろうか。
これはMMORPGである。パーティープレイこそが楽しみの一つであるのなら
ダンジョンだってパーティーで攻略すべきだ。
自分は『壁』としての性能であれば一級品だ。
ならばそれを活かして、壁役として活躍すればいい。
そして火力なんてものはハンターやマジシャンに任せてしまえば、
十分に狩りは成立するはずである。
まあ、そのためには相棒が必要であるが、
その役にピッタリなメンバーがいる──それはもちろんハルカさんである。
ハルカさんのマジシャンのレベルはそれほど自分と変わらないが、
ステータスは火力特化型であるため、魔法の威力は抜群である。
一方、ステータスを威力に割いた分、回避性能などの防御面はてんでダメだが、
そこは『壁』の自分が補えばいい。
そしてこのペアで
ピラミッドダンジョンのしかも四階、"ピラ4"で狩りが成立することが証明できれば
「見てろよ…絶対にぎゃふんと言わせてやる。」
静かなる闘志を胸に秘め、明日、"ピラ4"にハルカさんを誘って狩りにいくことを決めた。
自分は決して弱くはない。それが正しいことを証明してみせる。