「はーちゃん、こんばんはー。」
先ほどのラヴィさんとの意味深な台詞に戸惑い、どうにもすっきりしないままだったが、
引きずってばかりいるとそのうちハルカさんに悟られてしまう恐れがある。
そうなったら心配性な彼女をさらに不安にさせてしまうため、何事もなかったように取り繕うことにした。
こちらの挨拶に少しの間を置いて、反応が返ってくる。
「ちーちゃん、こんばんわー!」
そんないつもどおりの彼女の元気な挨拶にほっと肩をなでおろす。
そのすぐ後に彼女はいつものウサミミ姿の正装をして溜まり場にやってきた。
そして、いつもどおり自分のすぐ傍にペタンと座ると、
第一声が昨日ログインしなかったことに「ごめんね」と謝ってきたので
「別に気にしていないですよ」と言うと、
彼女はとても安心したように「良かった!」と声を上げた。
そんなやり取りの後、昨日会えなかった時間を取り戻すように二人で会話を交わす。
いつの間にか彼女との距離の近さも気にならなくなってきて、
こんなに傍にいられることがこんなにも楽しく、
そして嬉しいことなんだと実感するようになっていた。
世間一般ではこんな状況をイチャついているとか、爆発しろとか言われてしまうようだが、
二人の関係はウサミミをプレゼントした以降、進展は全くないままだった。
自分に彼女の気持ちを確かめる勇気がないのが一番の原因だが、
今こうして一緒にいるだけでも満足だったため、これ以上無理に関係を深めることはしなかった。
「ところで──」
丁度会話が途切れたタイミングで話題を切り替える。
彼女は「うん?」と首を傾げながら反応したので例の話を切り出した。
「はーちゃんってそろそろレベル60近くになったんだよね? そろそろ二人でダンジョンとか行ってみない?」
「えっ…、一応、後少しでレベル60だけど…ダンジョンって一体どこに行くつもりなの?」
「えーと、いきなりハードルを上げて申し訳ないんだけど、"ピラ4"に挑戦したいなーって思って。」
「えええぇっ!? "ピラ4"ってりっちゃんが狩りしてるところでしょ? まだ私じゃ無理だよぉ~。」
慌てたように両手をパタパタ振りながら拒否をする彼女に対して
待ってましたと言わんばかりに今回のプランを提案した。
「ふふふ~ん、安心して! ボクは回避能力だけは高いから、モンスターのターゲットは全部引き受けるよ。
こっちが抱えてる間に、はーちゃんが魔法でバンバン倒してくれれば、きっと余裕だと思うよ。」
自信満々な素振りでアピールするも。
「で、でもそれじゃあ…ちーちゃんに経験値が入らないんじゃ…。」
「あっ…」
彼女の言葉にすっかりと抜けていた問題がまだ残されていることに気づかされた。
このゲームのパーティーシステムは経験値を均等に分配するという公平システムがあるが、
ログイン中のパーティー内のメンバーのレベル差が±5以内でないと成立しない。
ハルカさんとのレベルの差は公平圏内であるため問題はないのだが、
残念なことにピンク髪の廃アーチャーが一人でぶっちぎりでレベルが高いため、
このパーティーは元から公平が成立しない。
しかし、リプレさんがログインさえしていなければ、公平設定は可能だが、
厄介な事にその設定の権限を持っているのはパーティーリーダーのみである。
つまり、リーダー不在のこのパーティーは変更すらできないのである。
仮にこの後、リーダーがログインしてくれて公平状態に出来たとしても、
リプレさんがログインしてきた時点で公平設定は強制的に解除されてしまう。
つまり、彼女のログイン率の高さを考えると、
このパーティーで公平すること自体、そもそも不可能なのである。
前から問題になっていたこのパーティー内のレベル格差ではあったが、
結局うやむやにして誰ひとりとして経験値の公平分配のことを話題することはなかった。
たまにメンバーで一緒に狩りに行くときがあっても大抵皆でモンスターをタコ殴りして
適当に経験値を分けていたこともあって、それほど気にしてなかった。
しかし、今回のように攻撃と防御を真っ二つに分けることによって
役割こそは"公平"だが、その見返りは"不公平"になっていることに全く気づいていなかった。
無論、こちらとしては別に経験値なんてこだわってない。
そもそも回避に特化したシーフと火力に特化したマジシャンのペアで
"ピラ4"を攻略することが出来るかどうかを証明するために狩りに行くのであり、
それ以外のことはすべて度外視しているからだ。
しかし、こちらが良くても彼女はそうはいかない。
彼女がこんなにも気にしているのはきっと経験値を独り占めしてしまうことに罪悪感があるからだろう。
「経験値は気にしていないよ」そんなありきたりの言葉をかけてみたものの、
さっきまでの明かる表情を見せていた彼女はすっかり黙ってしまった。
その様子から最後の詰めを誤ってしまい、、誘い出しに失敗したことを後悔するも。
彼女はどこか儚げな──そして寂しそうな表情をしながら悩むも、
しばらくして、何か決断をしたのか急に表情が明るくなり、小さく微笑むと。
「じゃあ、言ってみよっか! 私もピラは初めてだから、よろしくねパートナーさん」
驚いたことに彼女はこの非公平狩りを承諾してくれたのだった。
一緒に狩りに行けるという喜びもあったが、
なんとなく影を落としているその表情が気になり、素直に喜べなかった。
もしかしてまた、無理をしているのかもしれない。
そんな風に思うと、申し訳ない気持ちで一杯になったが、今更"ナシ"なんて出来ず。
「ごめんね…」
と呟くも、結局、自分の我侭を押し通して彼女の優しさに甘えることにした。