「やっぱり、ここは落ち着くな…。」
ホームタウンであるゲフェンに戻ると、一人、街の北西にあるベンチに座っていた。
溜まり場に行っても、パーティーウィンドウを見ても誰もログインしていない。
さっきまで一緒にいたハルカさんとは今日はもう会えないだろう。
カッコイイところを見せつけようとした罰が当たったのだろうか。意気揚々とピラに乗り込んだ結果、
さっさと尻尾を巻いて逃げてきたのだから立つ瀬もない。
それでもこうして情けない姿を晒した
いつものようにここのベンチは腰を下ろす場所を与えてくれていた。
「弱いってことは罪か…」
リプレさんの言葉を短く、何度も繰り返す。
と同時に"強さ"っていうの一体、何なんだろうという答えの出ない命題が突き刺さる。
頭では答えの出し方は分かっているのだが、
今の自分には恐らく答えが出せないのだろう。
今まで見てきた"強い"というプレイヤーの多くは自らの求める強さの形が見えていて、
それに向かって努力し続けている形が結果となって現れた──であれば。
そもそも、自分の求める"強さ"って一体何なんだろう。
そんな事を言っている間は答えは出ないわけで。
「ごちゃごちゃ考える前にまずはレベルをあげるか…」
しばらく思考を張り巡らせた後、今やるべきことを考えた結果、
「よっ」と腰を下ろしていたベンチから飛び降りると、
目の前にあるゲフェンタワーを見上げた。
ゲフェンの街の象徴は今日も地下に封印された
***
ゲフェンダンジョン地下一階──
情けない姿を晒してしまった喪失感に苛まれつつも
それを振り払うように無心で
"ピラ4"のモンスター群れとは違い、ここはいくら囲まれようとも
こちらの殲滅力の方が上回っているため、苦戦を強いられるようなことはほとんどない。
さっきに比べたらぬるい狩場でしかないこの場所で、
少ない経験値をひたすら積み重ねていく作業に没頭した。
気分は滅入ったままであったが、それでもこのレベル上げの作業をしている間は
頭の中を空っぽにすることで少しは気を紛らわすことができる。
目の前に沸く毒キノコを脇目も振らずに刈り取るだけの作業は
今の自分にとっては他愛も無い、ただのルーチンワークであった。
***
狩りを開始して二時間近くが経過した。
先ほどの"ピラ4"に比べたら格段と難易度が落ちることもあって
持ってきた回復剤もほぼ消費することなく、順調に狩りを続けていた。
また、これだけの時間が経つと次第にモンスターの寄り付きも良くなってくる。
これはアクティブモンスターのターゲッティングが
同一マップへのログイン時間が長い方が優先されるという"隠し"仕様のせいである。
仮にアクティブモンスターのターゲッティング範囲内に複数のプレイヤーがいた場合、
モンスターが攻撃してくるのは、距離が近い方ではなく、ログイン時間が長い方のプレイヤーとなる。
その性質を利用することでわざわざこちらから移動してから索敵をしなくても
沸きの良いエリアの中心で待っているだけで、勝手にモンスターの方から近寄ってくるため、
近接職にとって狩りがしやすくなる──そんな狩れば狩るほど効率が上がる嬉しい仕様であった。
また、この仕様におけるログイン時間のパラメータをプレイヤー間では"フェロモン"と呼んでおり、
この仕様を"さらに"上手く利用した狩り方がここでは流行していた。
やり方は複数のキャラクター必要になってくるが、比較的容易である。
1. まずは"デコイ"を用意する。
2. デコイはVITが60程度あれば良い。職業は問わないが自動回復のあるソードマンが理想的である。
3. このマップ──ゲフェンダンジョン地下一階に長時間ログインさせておく。
これにより、貯まりに貯まった"フェロモン"が一気に
ダンジョン内の広い場所に放置していれば、
それこそ"デコイ"がモンスターによって埋まってしまうぐらいの数に囲まれる。
しかし、所詮は雑魚モンスターであるため、VITが高ければ被ダメージはたったの"1"なので
この程度が数十匹、血柱を上がるぐらいの攻撃をしてきても"デコイ"はびくともしない。
そして、モンスターのターゲットを"デコイ"が引き受けている間に
"デコイ"の持ち主である別のキャラクターが横から一匹ずつ倒していくことで、
安全かつ、移動をする手間を省きながら狩りをする事が出来る。
しかし、モンスターを独占することが可能なこの"デコイ狩り"は
いわゆる溜め込み行為に該当するため、マナーの悪い狩り方と評判になり、
"撒き餌"、"崖撃ち"に加えて"溜め込み"という三大マナー違反として悪名を轟かすのだが、
自分は"デコイ"よりフェロモンを多く貯めればいいやと思っていたぐらいなので気にはしてなかった。
この辺の考え方が廃人思考である気がしないでもないが。
***
「やあ、そこのシーフさん」
ダンジョン内をぐるぐると一体何周したかわからないぐらい狩りを続けてたら、
西の広場のど真ん中で一人のプレイヤーに話し掛けられた。
彼は赤い髪をした
名前は"esquiss"と表示されていた──が何と読むかはさっぱりであった。
無心で狩っているとは言え、流石にだれてくる。
周回しているときは暇つぶしにダンジョン内で狩りをしているプレイヤーの観察も兼ねていたが
この剣士も例によって、広場のど真ん中で堂々と"デコイ"を置いて狩りをしているようだった。
普通、"デコイ"として使う職業は大抵は剣士なのだが、
その赤い髪の剣士が使用している"デコイ"はなんとお下げ髪の女アコライトであったため、
「なんて酷いことをしているコイツは」と思っていたのだが。
「えーと、何か御用でしょうか…?」
とりあえず、声を掛けられたからには男とはいえ、一応、反応はしてみる。
すると彼は"デコイ"に張り付いていたモンスターを片付けると。
「ふぅ…えーと、さっきからぐるぐると狩りしてるみたいだけど、うちのデコイ使う?」
こちらがうろちょろしていたのが目障りだったのか、
はたまた善意の気持ちかどうか分からないが、反応に困る妙な提案をしてきた。
とはいえ、"デコイ"狩りに対して、あまりいい印象を持っていなかったのと、
そもそも誘い主は男であるため、検討するまでもなくこの誘いは丁重に断ろうとしたその時──
「デコイってひどくない?」
さっきまで身動き一つせず、キノコの群れに
「「えっ…中身いたの…?」」
思わず口に出てしまったその一言が"デコイ"の持ち主と被った。
「中身はちゃんといますよぅ~! 二人共、ひどいー!」
「ごめんなさい、てっきりデコイだと思ってて…」
その仕草が可愛かったものの、失礼なことを言ってしまったことにこちらは素直に頭を下げる。
が、隣にいる剣士は悪びれた様子もなく言い放つ。
「なんだ、戻ってきてたの? 俺もそろそろ戻ろうかと思ってたから、
彼にこの場所を譲ろうと思っていたんだけどな~」
「えー…なにそれ酷い! 私を置いてきぼりにしようとしたわけー! せっかく手伝ってるのに!」
「あはは、ごめんごめん、うそうそ、ミズキさんを置いてなんかいかないよ。」
「もぉ…ばかっ!」
そのアコライトはぽかぽかと剣士の肩を叩き、精一杯の反撃を見せるも、
彼は嬉しそうな表情を浮かべ、よしよしと頭を撫でた。
目の前で夫婦漫才を見せ付けられたような気分になり、
ぽかんとなっているところにその剣士は彼女を抱えたままこちらに視線を向けた。
「まあ、こういうのも何かの縁だと思ってさ、
さっきからなんかすげー怖い顔をしながら狩りしてるから気になってね。」
えっ…そんな顔をしていたのかと、自らの顔を手で触って確かめようとする。
無心で狩りをしていたはずが、恐らくさっきのことが無意識に頭を巡り、
自分に対する怒りが表情に出てしまったのだろう。
「恥かしいところをお見せしてしまったようで…」
肩を落として縮こまる様子に彼は慌てて両手を振る。
「ああ、いやいや…ただの勘だからさ、気にしないでくれ。」
すると続けざま、話題を変えるようにしてポンと手を叩いた。
「そうだ! 俺ってば自己紹介してなかったじゃん。」
「ああ、言われてみれば…」
「んじゃまずは俺からね。 esquiss──"エスセキ"って読むんだ。
みんなからエスって呼ばれてるからそう呼んでくれ。」
すると隣にいたアコライトが挙手をしながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「はい、はーい、私も、私も~!
えっとぉ…Mizuki_Kisaragi(ミズキ・キサラギ)って言います。ミズキでいいよ~」
「どMのミズキさんで覚えてくれ!」
「こら~っ!エス君、変なこと吹き込まないで!」
「あはは…えーと、ボクはちるちるって言います。しがないシーフやってます。」
「ちるちるさんね…うーん、そうだなぁ…んじゃ、"ちるっち"っていうことでいいね。」
「じゃあ、私はちーちゃんって呼ぼうかな~。」
何故自分のあだ名の付け方が男女共にワンパターンなのか気になるところではあるが、
他に変なあだ名を付けられても困るのでそのまま黙って了承することにした。
***
「でさ~…ミズキさんってね──」
「もぉ~やめてよ~エス君! 初対面の人の印象を悪くしないで!」
その後も目の前では夫婦漫才が繰り広げられ、
その様子を指で頬をポリポリと掻きつつ、とても気まずそうな顔をしながら眺めていた。
すっかり狩りが中断してしまったものの、
久しぶりの新しい出会いは何故か新鮮な感じがして、いい気分転換になった。
とはいえ、自分にはやるべきことがまだまだあるため、
せっかくの楽しい時間だったが、お
「自分はそろそろ、狩りに戻りますね。」
「ああ、足を止めちゃってすまなかったね。デコイはどうする?」
「こらーっ! デコイじゃないって!」
「わざわざ気を使ってくれてありがとう。でもボクは一人で狩るのが好きだし、
移動狩りのほうが合ってるから大丈夫だよ。 それにミズキさんに申し訳ないし…」
「そっか、んじゃま頑張ってよ。もし狩りに飽きたら遠慮なく声掛けてくれよ。」
「ちーちゃん、またね~!」
「うん、ありがとう。お二人とも…特にミズキさんは頑張ってね…」
苦笑いを浮かべた彼女に笑顔で反応すると、そのままダンジョン周回に戻った。
よい気分転換になったことと、こうして交流が増えたことでまた一つ世界が広がったような気がした。
「世界を広げるか…」
ふとパーティーウィンドウを眺めるも、ログインしてるメンバーは相変わらず一人だけだった。
そのことに対し、不意に足が止まるとある事を思いつく。
普段あまり行かないような狩りをすることで、もしかしたら新たな交流や発見が生まれるかもしれない。
ただの気晴らしかもしれないが、今の自分にはとても必要なことのような気がしていた。
そして、フェロモンが消えてしまうことに躊躇しつつも、別のダンジョンに向かうことを決意した。
行き先はフェイヨンダンジョン。
ピラミッドと同様にアンディットモンスターだらけのそのダンジョンは
アコライトのもう一つの聖地である。