「ん…?」
どうやらこちらがハイディングをしてる間にこの場所を訪れていたようで
銀髪の男アコライトと青髪の女剣士がこちらが隠れているすぐ傍で腰を下ろし、休憩をしていた。
誰が聞き耳を立てているかわからないのにオープン
せっかくなので二人の
Shangri-La:いやー、やっぱフェイヨンはアコライトだと楽だわー。
Raira=Rafelia:やっぱDBとDPのスキルは強いね。
Raira=Rafelia:支援スキルも凄く便利だよね。アコって強いのかなぁ?
Shangri-La:なんでもVITは60ぐらいあればフェイで死ぬことはないらしいぜ?
Raira=Rafelia:へー…そうなんだ。やっぱりVIT型の方がいいの?
Shangri-La:だな。ある程度はSTRを振っとく必要があるが
Shangri-La:アコは素手のAspdが高いから、先行でVITあげときゃなんとかなる。
Shangri-La:AGIとかイラネ
Raira=Rafelia:あはは…そういえば今日ピラミッドであの"にゃんこ先生"を見かけたよ。
Shangri-La:へー、例の「フェイヨンなんざ素手で」っていう有名人だな。
Raira=Rafelia:すっごく強くてあっという間にモンスター倒してどっかに行っちゃった。
Shangri-La:ま
Shangri-La:いずれ俺もそのぐらい強くなるからさ。見とけよ!
Raira=Rafelia:頑張って!
Shangri-La:そういや、ピラで思い出したけど結局、アイツと狩りに行ってきたんだっけ?
Raira=Rafelia:うん、ラヴィさんが私を待ってるみたいって言ってたから
Raira=Rafelia:…でもすぐ全滅しちゃったけど…ね
Shangri-La:どこいったん?
Raira=Rafelia:ピラ4だよー
Shangri-La:はぁ?ピラ4とか無謀すぎでしょ
Shangri-La:あそこは廃の御用達ダンジョンだぜ?
Raira=Rafelia:私、レベル低いからすぐにSPきれちゃって…。
Shangri-La:まあ、アイツもはるかの前でカッコイイところ見せようとしたんだろなー
Shangri-La:んで結局尻尾を巻いてご退散と
Shangri-La:カッコワル
Shangri-La:
Raira=Rafelia:そ、そうなのかな…ちーちゃんって誰にでもあんな感じだと思うけど
Shangri-La:いや、ハルカは特別扱いされてるね。
Shangri-La:なんてかあそこまで行くと
Shangri-La:キモイな
Shangri-La:
Raira=Rafelia:そ、そんなことないよっ!
Shangri-La:つーか、ハルカのマジが付けてるウサミミってさー
Raira=Rafelia:うん?
Shangri-La:どうせあれってアイツから貰ったんじゃねーの。
Raira=Rafelia:えぇぇっ!?
Raira=Rafelia:な、なんで…?分かったの…?
Shangri-La:いやさ、どう見てもバレバレっしょ。
Shangri-La:一応、空気を読んで知らん振りしてたけど。
Raira=Rafelia:私も最初は断ったんだけど
Raira=Rafelia:ちーちゃんがなんか頑張ってたみたいだから、つい…
Shangri-La:ふーん
Shangri-La:で、あいつには結局何って言ってこっちに戻ってきたん?
Raira=Rafelia:…今日はもう落ちるって…
Shangri-La:へー
Shangri-La:で結局、別キャラでログインして
Shangri-La:こんなところで隠れて狩りをしているわけなんですね。
Shangri-La:
Raira=Rafelia:やめてよ…
Raira=Rafelia:ただちょっと、ちーちゃん必死になってたから…
Raira=Rafelia:少し、頭を冷やしてほしいと思っただけだし…
Shangri-La:まあ
Shangri-La:もう、あのパーティーも解散かな。
Shangri-La:そもそもパーティーとしてもはや機能してないじゃん
Raira=Rafelia:まあ、それは…そうだけど…
Shangri-La:リプレみたいな廃人をメンバーにしたのが失敗したなー
Shangri-La:あいつがいるだけで公平できないしさ
Raira=Rafelia:そうだね…りっちゃんちょっとレベルあげるの早すぎだし…
Raira=Rafelia:それにあまりメンバーと関わらないし…
Shangri-La:なんであいつってパーティーなんか入ってるんだろうね?
Shangri-La:ソロでいいじゃん。
Shangri-La:正直な話、さっさと出て行って欲しかったわ。
Raira=Rafelia:少し、変わった人だよね…
Shangri-La:まあ、その点、ラヴィは大人だしな。
Raira=Rafelia:うん…
Shangri-La:彼のメインキャラのパーティーはメンバーも多いし
Shangri-La:公平圏内で調整してるからみんなで狩りにいけるし
Shangri-La:なによりも俺はリーダーやんなくていいのが楽で仕方ないわー
Raira=Rafelia:でもそれならちーちゃんも誘ってあげれば…
Shangri-La:はぁ?避けるだけのシーフとかって意味あるの?
Raira=Rafelia:でも…
Shangri-La:今どきAGI型なんてもう終わってるんだよ。
Shangri-La:これからはVITよVIT
Shangri-La:囲まれたらすぐに死んじゃうシーフなんて
Shangri-La:公平したって経験値を吸い取られるだけじゃん。
Shangri-La:
Raira=Rafelia:それは…
──興味本位で覗いた会話は"パンドラの箱"だった。
フェイヨンダンジョン地下三階の最深部。
ここは広場となっているが周りに人がいないこともあり、油断したのだろうか。
そして、卑怯にもすぐ傍でその会話を盗み聞きしているヤツがいるとは夢にも思わないだろう。
彼らはオープン会話で堂々とパーティーメンバーという本来仲間であるべき存在を否定していた。
(なんで…なんで…なんで…なんで…)
身を隠したまま、両手で頭を抱えて自問を繰り返す。
その度に襲ってくる悔しさと情けなさと悲しさが入り乱れた気持ち悪い感情に心の中を支配されていく。
出来る事ならば、このまま姿を現すことなく消え去りたい。
しかし、この世界の神はそれすら許してくれず──
「「えっ!?」」
リポップしたかの如く突然沸き出るように現れた栗毛シーフの登場に彼らも驚いた様子だった。
ハイディングには効果時間がある。
無常にもAFKをしてからきっかり五分が経過し、無様なシーフ姿が彼らの眼前に晒された。
そして出現からそのシーフが一体何者なのか認識するまでの僅かの間に沈黙が流れると、
リーダーが動揺を隠せない声色で呟いた。
「…ちるっちなんでここに」
「…………」
最も聞かれてはいけない相手がすぐ傍にいる事実を彼らはどう受け止めただろう。
他人の悪口や陰口を聞くのはあまり好きではないが、
その対象が自分の場合、一体どういう反応すればよいか正直よくわからない。
何か言い返せばいいのだろうか。
罵詈雑言を浴びせるだけ浴びせ、自分がすっきりする選択しもあるかもしれない。
だけど言葉が出ない。
今まで信じていた仲間がこうして目の前に対峙しているという事実を信じたくないからだ。
そんな風に黙ったままにしていると明らかに困惑し、
俯いてまま何も喋ろうとしない青髪の女剣士が目に映った。
彼女に聞きたいことは山ほどある。
「その剣士は何?」
「今日はもうログアウトするって言ってたよね?」
「いつからラヴィさんのパーティーにいたの?」
「何故自分には一言も言ってくれなかったの?」
「やっぱり…自分の存在は…迷惑だったの?」
喉元まで出掛けたその問い掛けは喉の奥に張り付き、声にならなかった。
そんなことを聞いても自分が惨めになるだけだと分かっているからだ。
ハルカさん…いや、今はライラ…と呼ぶべきだろうか
いつも明るく、元気に笑顔を振りまいている彼女の姿は今は自分の視線先には見えない。
悲痛な思いを抱え、不安そうにしながらリーダーの後に隠れるようにして佇んでいる。
「もう…無理だな…」
息をつくようにして落ち着きを取り戻す。
乱れたはずの感情は彼女のその姿を見て、すっかり整えることが出来た。
真実を知ってしまった以上はもう元に戻すことはできない。
彼女に優しくすることも、許すことも、何も見なかったこともにも出来ない。
それならいっそ…少しでも彼女に不安や後悔、辛い思いをさせないよう、
いつものハルカさんに戻ってもらうことにしよう。
意を決してインベントリしまってあるアイテムを取り出すと──
「あ、あの───っ」
さっきまで俯いていた彼女が何かを察したかのように声を上げた。
そして、彼女が何か喋ろうとした次の瞬間──彼女はその言葉を飲み込んでしまった。
今の自分が出来る唯一のこと──
それは転送アイテムである"蝶の羽"を使うことで、この場から逃げ出すことだけである。
***
無造作に敷き詰められた紺色の石畳を見ながら歩いていると
どんどん気持ちが落ち込んでいくのがわかった。
そんな気分のまま、ベンチに辿りつき、そっと腰を下ろし、空を仰ぐと、
「…はは」っと渇いた笑いが零れる。
すると、先ほどまで落ち着きを取り戻したはずの感情が一気にロールバックする。
「あ…うっ…っえぐ、ぐああああああああああああああっ……!」
押し寄せた感情が嗚咽となって吐き出され、誰もいない周囲にけたたましく響き渡る。
先ほどまで抑えていた気持ちがとめどなく溢れ、我を忘れて感情を爆発させる。
それは以前に抱いた、"復讐"という邪悪な感情ではなく、
もどかしく、やるせない不条理な"想い"に対する反抗のようなものだったのかも知れない。
だが、それが何なのかははっきりとは分からない。
しばらくして落ち着きを取り戻すと、
その得体の知れない何かにこれ以上支配されるを嫌い、
そのまま肩で息を吸いながらゆっくりと深呼吸を始めた。
「…………」
何もかもが無くなってしまった。
それが現実で、この世界の全てだった。
そんな世界で、自分は一体何をすべきなのか分からないまま
抜け殻のように空っぽになっていた。
「ああ、……そういえば忘れてた。」
そう呟くと思い出したようにパーティーウィンドウを開く。
そこにはたった三ヶ月という短い間だったが、
この世界で苦楽を共にした仲間の名が刻まれていた。
しかし、名前の横にあるログインを表すアイコンは今、一つも表示されていない。
「せめて、リプレさんにだけは挨拶しとくべきだったかな。」
彼女には話さなければならないことが山ほどあった。
もちろん今回の件も本来なら"告げ口"しておくべきだろう。
しかし、一刻も早くここから逃げ出したかったため、そんな余裕もなかった。
結局、誰にも別れを告げることなく──
─パーティー「Angel_Heart」を脱退しました。
その無機質なシステムログが流れたことを確認すると、
真っ白になったパーティーウィンドウを眺めながら一人、ゲフェンの街をあとにした。
次に行く宛てがあるわけでもないのに。