あれから数日が経った。
自分の居場所を探すため、色々な街を彷徨ったが、ついに見つけ出すことは出来なかった。
時折、胸が抉り取られるような衝動に
この日、唯一自分がしたことは
ゲフェンに戻ると"元"メンバーと鉢合わせになる可能性があったのでそれを避けるためでもあった。
とはいえ、もうあの溜まり場には誰もやってくることはないだろう。
ラヴィさんがリーダーのパーティーの溜まり場がこの世界のどこかにあって
今頃、彼らは自分のことなんか忘れて談笑しているに違いない。
パーティーを抜けた当初はあまりに追い詰められていたこともあり、
勢いに任せてこの世界からいなくなることや、別のキャラクターを作り、
心機一転の気持ちで新しいスタートをすることも考えた。
しかし、せっかくここまでAGI極というステータスにこだわって成長させてきたキャラクターを
ここで捨ててしまうのが何かこう悔しさを感じ、なかなか決断できずにいた。
この日はログインしてから一日。
モロク城を取り囲むオアシスの水面を眺めながら過ごした。
何も考えることなく、ただじっと。
***
再び何もない一日がやってきた。
今日も砂塵で薄汚れた街に一人でログインをする。
モロクはゲフェンよりも大分広いが、"辺境の街"と呼ばれているだけあって
交通手段も悪く、ここを溜まり場としているパーティーは少ない。
一部の廃人がよく南の
そして今日も水辺に足をかけ一人座りながら照り返す水面の光りを追っていると
ふと対岸にピンクの髪をしたアーチャーの姿が見えた。
瞬間、立ち上がり目を凝らすと、どうやらそのアーチャーは
パーティーメンバーと一緒にいるみたいなので
どさっと脱力しながらまた腰を下ろす。
「そういや、リプレさんってここを拠点にしてるんだっけ。」
パーティーを抜けてから初めて"元"メンバーのことを気にかけてしまった。
抜けた直後はそんなことを考える余裕もなかったが、
今こうして思えば彼女とは色々と対立しながらも、どこか認めていたところがあった。
それはこちらからの一方通行ではなく、お互いに──だ。
共に過ごした時間だけなら恐らくハルカさんよりも長いその戦友は今頃どこで何をしているのだろうか。
誰も居ないパーティーで一人黙々と狩りをしているのだろうか。
まあ、間違っても新しいパーティーの方に加入しているとは思えないが。
「弱いってことは罪か…」
彼女の言い放った言葉が頭の中で蘇る。
自分が弱かったから、大切なものを失ってしまった──これは間違いない。
自分が"弱い"ということを認めたくなくて突っ走ったのだから当然の結果である。
しかし、リプレさんはどうなんだろう?
彼女のようにレベルが高くて"強く"ても、自分と結果は変わらなかった。
じゃあ、"強い"って一体どういうことなんだろうか。
答えの出ない問い掛けを繰り返してたら、自然と「ふっ」と笑みが零れた。
そして、ゆっくりとけだるそうに立ち上がり、大きく伸びをする。
「さて──」
頭の中はまだ何も片付けられていないむしろ何もない空っぽの状態だけど、
彼女のことを思い出してしまったら、
文字通りの"廃人"のような今の姿を晒し続けるのも情けないと思い始めてきた。
このまま一人でいることは辛く、苦しいことだが
そんな苦しみも甘んじて受け入れなければ、彼女に合わせる顔がない。
何をしていか分からないが、この世界で出来ることをしてみよう。
そこから答えは出るかもしれないから。
***
「いよぉ~、ちるっち、元気~?」
結局、ゲフェンに戻ってきた。
とは言っても街ではなく、ダンジョンだが、
その目的は、この世界で出来ること──レベル上げのためである。
そして、ダンジョンに潜りこんだ直後、
いつぞや知り合った赤毛の男剣士、エスセキことエスがこうしてフレンドリーに声を掛けて来たわけで。
「今日もフェロモンむんむんだね。ちょっとデコイやってよ。」
「いや、ボクはまだここに来てから大して時間経ってないから…」
すると、こちら返事に「ちぇっ」とがっかりした素振りを見せると
自らの"デコイ"に寄って来るポイズンスポアを叩き始めた。
一撃、一撃が重く、デコイに張り付いたモンスターをあっという間に片付ける。
それにしてもこちらの事情を知らないとはいえ、
落ち込んでいるときに彼のようなキャラは少々鬱陶しいなぁと思いながらも軽口を返す。
「なんだ、エスセキさんは立派なデコイさんがいるじゃないですか。」
「まあね、なにせこのデコイさんは俺の相方なんで、相方ってのは助け合いが当たり前ってもんですよ」
「なるほど、ごもっとも!」と思わず納得し頷くと、
こちらの会話に割って入るように可愛いの声のツッコミがこだまする。
「もぉー! 二人ともひ~ど~い~~!」
今日も
***
ゲフェンダンジョンの一層における狩りの基本はフェロモンを溜めることである。
ある程度──最低一時間はダンジョン内にログインし続けないと、
ダンジョン内のあちらこちらのいる"デコイ"に対抗することが出来ない。
そのための時間潰しを兼ねて、彼らのところに留まった。
「ってか、エスセキさんって見たところレベル高そうだし、ミズキさんがデコイしなくてもいいのでは?」
「いやー、このキャラさ、この前、ちるっちと会ったときのキャラじゃないんだよね。」
「えっ…?どういうこと?」
「実は作り直したんだよ。ちるっちのせいでね。」
「ああ、そうなんだ──ってなんでボクの…せい?」
突然、突いてきた言葉に思わず目を丸くする。
「一応、メインキャラはレベル80の剣士なんだけど、ステ振り間違えてちゃってね。
んでまた作り直してたんだけど、この前、ここでちるっちを見かけてさ。」
「ああ、初めて会ったときのこと?」
「そそ、そんときのキャラはバランス気味に育ててたんだけど、
周回してる栗毛のシーフがなんかすげースピードでキノコ叩いてるから、びっくりしちゃってさ。」
「それって…ボクのこと…?」
「そういうこと。なんか個性的でカッコイイなーって見てて思ったわけ。」
「いやいや、冗談でしょ…?」
「いや、マジマジ。でもさすがに同じようなステータスにしても芸がないじゃん?
だから、自分の剣士はSTR極振りで作り直そうって。」
「だから、デコイが必要なのか…」
「そういうこと。今はミズキさんに頼んで二回目の作り直しを手伝ってもらってるってこと。」
そう言って、彼は嬉しそうな顔でミズキさんにウィンクを送る。
「まったくぅ~。エス君の思いつきには困ったもんだよ。」
やれやれといった仕草をしながらミズキさんは呆れたような表情を見せるも──
「でも、一緒に狩りしたらきっと楽しそうだし、やりがいは感じてるよぉー!」
「さすがミズキさん、愛してるぅ!」
その言葉にエスが反応し、ミズキさんに抱きつこうとするも、
彼女は危機を察知し、咄嗟に身をかわすと捕まらないように逃げ回った。
「もー、エス君ってば、こんな人が往来するところでそんなことするのやめてよぉ~~!」
そして、どこかで見た光景が再び始まった。
それにしても、確かに敵に与えてるダメージが大きいことには気づいていたが、
それはレベルが高いせいであると思い込んでいた。
よもや自分と同じような極振りのステータスをしているプレイヤーがいることに
いつのまにか近親感を抱くようになってしまった。
「ボクと同じ、極振り型のステータスキャラを見たのは初めてかも…」
思わず零れた言葉に二人はじゃれあうのやめ、こちらに向き直った。
「んー? つっても、ちるっちは今まで一人でやってきたんでしょ? そっちの方が凄いと思うぜ。」
「うんうん、エスくん、ちーちゃん見た瞬間、凄い驚いてたもんね。」
「ま、俺はミズキさん手伝ってくれなきゃ無理だからね!頼りにしてるよ。みーちゃん。」
「…オイ。」
再び、楽しそうに会話を始めた二人をよそに自分はえもいわれぬ感動を味わっていた。
自分を見ていてくれていたこと、何の役にも立たない弱い自分が
こうして誰かの目標や道標になったことが素直に嬉しくて──そして救われた気がした。
そんな突然、固まるように止まってしまった自分を心配してか、
ミズキさんが話題を変えるように質問をしてきた。
「ところで…ちーちゃんってパーティーに入っていないの?」
その質問はさっきまでの自分だったら急所を突く一撃だったが、
こうして二人に支えられたことで少しは受け入れられるように変わっていた。
それでも少しだけ困惑した口調でミズキさんの質問に答える。
「ああ、ついこないだまで入ってたんだけど、ちょっと色々あってね。…抜けちゃった。」
「へー、そうなんだ。なにやらかし───」
横から割って入ってきたエスの言葉をミズキさんが遮り、叱る。
「こら、エス君!失礼でしょ!」
「いえ、本当に色々あったので説明すると長くなるかなと思って。全然大丈夫ですよ。」
「んじゃさ、ちるっち、今フリーならうちに入らん?」
気遣いの溢れたミズキさんの対応に感謝するも、
相変わらずエスはその軽いノリを崩さず、そして大胆にもパーティーに勧誘してきた。
今の自分にとって有難い話ではあるが、しばらくはパーティーに入ることは考えられなかったため、
その申し出を丁重に断ることにした。
「いやー。まだ、抜けてから日も浅いし、しばらくは一人身でいるよ。」
「そっか。じゃあ、まあ仕方ないね。無理にパーティー入らなくても構わないさ。」
やけにあっさりと引き下がるも──
「でもな、せっかくこうして知り合ったわけだし、せめて俺らの溜まり場に顔を出してよ!」
「頼むよ! 」と両手をパンっ!と合わせ、こちらの眼前に突き出すと、目を瞑り、頭を下げた。
すると、ミズキさんはタタタっとエスに寄り添うように近づくと、
エスの合わせた手に自分の手を重ね、こちらを見つめ。
「是非、我ら『にゃんこ団』のアジトに来てくださいな。」
こんな自分をまだ気に掛けてくれる存在が、いた。
恐らく、この二人は一人身になった自分を心配して、溜まり場に招待しようとしてるのだろう。
「まったく…世話焼きなんだから。」
彼らには聞こえないように小さく呟く。
そして思う。今だけはその優しさに甘えてもきっと許されるはず──ならば
「わかり……ました。」
弱々しい声が零れ落ちる。
──その瞬間、目の前には嬉しそうに笑顔を見せるカップルが居た。