ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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悪夢を振り払え

「いやー、久々のデートは楽しいもんだなねー!」

 

何故かやたらとテンションの高いゼノさんと二人、

ナイトメアが出現するゲフェニアの地へ向かった。

 

途中、わざとらしくデートっぽさを演出しようと腕に絡めてくるゼノさんに

戸惑いながらも必死に腕を振り払い抵抗をする。

 

恥かしがるこちらの顔をみて嬉しそうな反応をする彼女。

一体何を考えているのかさっぱりである。

 

ひょんな…というかゼノさんの思いつきにより、

こうして半ば強引にに駆り出される形となってしまったものの

久々に足を踏み入れるゲフェニアの地に気持ちの高ぶりは最高潮になっていた。

 

***

 

ミズキさんが不在だったため、プロンテラのポタ屋を経由してゲフェンの街に辿りついた。

ここ最近はこの街は通らずに直接ダンジョン行きのポタに乗ってくるため、なんだか懐かしい感じもする。

 

とはいえ、塔の裏側を覗くようなことはせず、そのまま一直線で塔の中へ入ると、

奥にあるダンジョン入り口へと向かった。

 

ゲフェンの地下一階は最近はホームタウンと呼べるぐらい、

ほぼ毎日訪れては三時間、四時間、気分が乗ったときはそれ以上、

ここに篭っては毒キノコ(ポイズンスポア)を狩り取っている。

 

今の時間はゴールデンタイムということもあり、

狩りをしているプレイヤーの数はとても多く、夏休みのプールのような賑わいを見せている。

もちろん魂のない"デコイ剣士達"も大活躍し、血柱を上げながら必死にモンスターを引き寄せている。

 

そんないきつけの狩り場で唯一足を踏み入れるのに躊躇するのがこの地下二階に続く階段である。

 

過去に一度だけその階段を下り、広大な闇が広がるゲフェニアの遺跡を訪れたが、

今の自分では"まだ"という言葉を後十回ぐらい繰り返す必要があるぐらい、

文字通りの(STR)不足を痛感していた。

 

「ここを超えたら別世界か…」

 

その呟きを聞いていたのか、ゼノさんがおでこをコツンとしてきた。

 

「緊張してるのかい? 大丈夫、アタシがついてるよ。」

 

その言葉にいつのまにか無意識に足が止まっていることに気づいた。

緊張…はないと思っていたが、どうやら身体は勝手に反応していたようだった。

 

そっと目を閉じ、すぅっと息を吸い込むと──

 

「行こう!」

 

勢いよく、地下へ続く階段を降りた。

 

***

 

再訪したゲフェニアの遺跡は以前、来たときよりも少しだけ穏やかな空気が流れていた。

その理由が入り口から南下した広場に多くの人が集まっていたからだった。

 

ここは所謂(いわゆる)、廃人広場と呼ばれている場所だが、

一ヶ月前に来たときよりもプレイヤーの数は倍近くに膨れ上がっていた。

 

ところどころ、オープン会話が飛びかっているので聞く耳を立てみると、

ここにいるプレイヤーのほとんどはレベル90台の猛者ばかりで、

さらにこの中の一部のプレイヤーは既にレベル99に達しているという

まさにサーバートップクラスの集まりになっていた。

 

完全に場違いなところに迷い込んでしまった栗毛のシーフはしり込みしながら

そそくさと溜まり場の端へ逃げようとしたが──

 

「んじゃま、ワタシが(ナイトメア)を運んでくるから、ちるっちはそこで待っててね。」

 

一瞬、ポカンとなり、彼女の言葉を理解するのに秒を要した。

 

「ええええええ!? って皆さんがいる前でやるんですか…?」

 

すると、ゼノさんはさも当たり前のような表情をこちらに見せる。

 

「うんー? そりゃそうだよ。せっかくだからちるっちの勇姿をここにいるみんなに見てもらおうよ!」

 

「む、ムリムリムリィィィ!」

 

完全に腰が引けた状態で両手をバタバタと振って慌てふためくも──

 

「んじゃいってくるね~。」

 

彼女はこちらの拒否反応に意にも介さず、颯爽とそして小気味良いステップを踏みながら、

ナイトメアを探しにゲフェニアの奥地へ向かってしまった。

 

「…なんてこったい。」

 

ため息と共にがっくりと腰砕けになる。

てっきり、ゼノさんだけに披露すると思っていたが、甘かった。

こんなたくさんの"廃人達"が見ている目の前で非力な姿を晒すのは恥ずかしくて仕方ない。

中腰の状態で両目を手の平で覆い隠すように絶望する。

 

軽い気持ちで彼女の誘いに乗ってしまったことを激しく後悔した。

 

***

 

しばらくの間、溜まり場に座ってゼノさんがナイトメアを連れてくるのを待った。

というか、そのまま戻ってこなくてもいいという邪な気持ちも入り混じりながらも、

どうせ、こんな弱っちいシーフのことなんて誰も気にしないだろうと

自分を卑下することで覚悟を少しずつ注入していった。

 

すると、広場の丁度東からけたたましい叫び声と獲物を追いかける慌しい足音が近づいてきた。

視線を向け、目を凝らすも、暗闇に覆われているため良く見えない。

しかし、その音は確実にここまで迫っている。

そして、次の瞬間、巨大な馬に乗り移った死神がふわっと浮かび上がると、

自慢の鎌で暗闇を切り裂くようにして現れた。

 

ターゲットはゼノさんが持っているため、直接攻撃をされているわけではないが、

巨躯な馬の身体をしたその悪夢(ナイトメア)は相変わらず物凄い威圧感である。

 

「さぁて、厳選してきたヤツを連れて来たよー! タゲ移すから、早速やろうか。」

 

そう言うと彼女はこちらの目の前に馬を連れてきてタゲを移そうとした。

敵をトレインしている最中に横から攻撃を加えることでターゲットは移るため、

彼女が動いた瞬間にナイトメアに攻撃を加えた。

 

「ヒィィイイイイイイイイイイイイイン!」

 

「よう…一ヶ月ぶりだな。」

 

こうして約一ヶ月ぶり、二度目のナイトメアとの対峙を果たした。

 

死神の姿を目の当たりにした瞬間、

不意に初めてナイトメアと対峙したときから今までの出来事が頭の中をよぎる。

 

「コイツと戦ってからボクの運命の歯車は狂い出したのか…」

 

そう呟くと、さっきまで恥をかくことを恐れていたのが馬鹿らしくなり、

途端とコイツを倒すことで、超えることで、

死神(ナイトメア)に掛けられた呪いを振り払うことが出来るんじゃないかと思えるようになった。

 

あの頃より、ほんの少しだけレベルは上がって、

攻撃スピードや回避率も多少は上がったものの、攻撃力は全く変わっていない。

つまり、"1"ダメージしか与えられないことは既に明白であり、この前の戦いで実証済みである。

 

であればやることは普段となんら変わらない。──モンスターのHPが0になるまで攻撃し続けることである。

 

***

 

「あははははっ!マジで"1"しかでてないじゃん!」

 

戦っている隣でケタケタと笑うゼノさんを横目に、ひたすら攻撃を続ける。

 

戦いを始めたことで、視線と気持ちは全てがナイトメアに向けてぶつけているため、

周囲の様子など気にも留めることもなく、夢中になっていた。

 

見事なまでに綺麗な"1"ダメージの連発にもめげず、

自分が出来ることはこれだけしかないという思いで、短剣を振るい、ダメージを与える。

たまにクリティカルが発生するもののそれすらも雀の涙程度のダメージであり、

一見するとやけくそのような戦いであるが、自分にとってはまさに真剣勝負(ガチンコ)であった。

 

すると、溜まり場で腰を下ろし雑談をしていたプレイヤー達が突然ざわつきだす。

廃人達が集まるこの場所で、突然、大道芸の一種みたいなことをやっている変なシーフがいることに

彼らも気づき始めたのだった。

 

「はやっ…?なんだあのシーフ。」

 

「おいおい、あのスピード何?そしてあのダメージの低さってなんなの?」

 

「もしやレベル低い? いやでも、馬の攻撃避けてるぞ。」

 

「おいおい、なんか変なシーフいるな……おもしれぇな。」

 

廃人達は各々、率直な感想を口にすると、

もの珍しさから一人、また一人とこちらにやってきて腰を下ろし始めた。

さっきまで、この大道芸の観客はゼノさん一人だったにも関わらず、

いつしか、広場の住人達はナイトメアと対峙しているシーフを取り囲むような形で集まり始めたのだった。

 

流石にこれだけの数が集まり出すとさっきまで集中していた気持ちにぶれが見え、焦り始める。

 

するとゼノさんが、その様子を察知してか突然煽り出す。

 

「おいおい、ちるっち、これだけギャラリー集まったんだからしっかりやれよー!」

 

その言葉にしどろもどろになりながら懸命に「は、はい」と返事をする。

 

こちらの反応に彼女は「ふふん」とまるで他人事のように

そして座りながら足をパタパタさせて何故か嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

ゼノさんの一言で回りのざわつきと視線がさらに気になり始めると、

ギャラリーに混じっていた一人の女アコライトが話し掛けて来た。

 

「ねぇねぇ?ブレスと速度増加ってかけていい?」

 

「えっ…と、あ、はいっ! お願いします!」

 

突然の支援の申し出に言われるがままに有難く頂戴することにした。

そのアコライトは支援魔法をかけることによる変化を見たかったのだろうか。

とは言え、辻ヒールや辻支援をアコライト様の大事なお仕事の一つであるため、

断るなんていうのは言語道断である。

 

こちらの返事にその女アコライトは「やったね」と喜ぶと、

すぐにSTRとINTとDEXを上昇させるブレッシングとAGIを上昇させる速度増加の魔法の詠唱した。

 

《ブレッシング!!》

 

速度増加(Inclease Agility)!!》

 

詠唱完了と共に、ステータスの上昇の効果が現れる。

その効果が最も顕著に現れたのはもちろん攻撃スピードであった。

目に見えて速くなり、もはや短剣を握っている手が痙攣を起こすぐらいの

俊敏な動きを見せ、ナイトメアを切り刻んでいた。

 

その様子にギャラリーの面々が思わず声を上げる。

 

「うわっ!はやっ!!さらに加速しやがった!!」

 

「なんか動きがキモい…」

 

「えっ? 支援かけたのにダメージ変わってなくね?」

 

「おいおい、なんだこのスピード。チートみたいだ。」

 

バフ(・・)によって強化されたApsdに対して、住人達は驚きの声をあげていた。

その様子になんだか誇らしさと心地よさを感じていた。

 

それにしても"キモイ"とは酷い言われようであるが。

 

***

 

戦闘開始から十分以上が経過した。

 

相変わらず、"1"のダメージを積み上げだけの単調な攻撃にも関わらず、

周りを取り囲むギャラリーはこんな"ヤツ"を見たのは初めてと言わんばかりにもの珍しそうに見入っていた。

 

「ねぇねぇキミ、レベルいくつなん?」

 

すると、ギャラリーの一人であるポニーテールの女アーチャーが話し掛けてきた。

 

「え、えーと…レベル63です。」

 

その答えに周りはざわつきと共に驚きの声をあげる。

 

「えっ…レベル低くない…?」

 

「マジかよ…レベル63でナイトメアって避けれんの…?」

 

「いくらシーフでもそのレベルでナイトメア避けるのって無理じゃない?」

 

「なんか偏ったステしてるんかな…?」

 

皆、一様に今の自分のステータスが気になっているみたいなので思い切って、

この貧弱なステータスの全容を告白した。

 

「いやー…ステータスは生まれてこの方、AGIしか振ったことがなくて…」

 

その言葉だけでこちらが一体どんなステータスなのか察した彼らはさらに驚嘆の声をあげた。

 

「マジで!? ああ、なるほどだからそのレベルでそんなスピードと回避率を持ってるんだね。」

 

「よく今までそんなステでレベル上げてきたね…よくやるわ。」

 

「すごいね…何その極振り…っていうか"全振り"って言うべきかな?」

 

「なんか"全振り"って響きってカッコイイな、すっごいロマンを感じるわー」

 

てっきり、こんな低レベルの雑魚シーフが生意気にもゲフェンでナイトメアに挑戦するなんて

おこがましいとどやされるんじゃないかと不安を抱いていたものの

返ってきた言葉は全て賞賛の声だった。

 

その期待に今まで達成できなかった初のナイトメア撃破を成し遂げたいという思いが強くなり、

思わず口から力強い言葉が飛び出す。

 

「まだレベルも低いし、弱いですけど、なんとかナイトメアだけでも倒したいです!」

 

「いいじゃん、その心意気。」

 

「ちゃんと(ナイトメア)を倒す姿を最後まで見届けてあげるね。」

 

「横沸きしたら俺が始末してやるから、安心して戦ってるといい!」

 

「HP減ったら教えて下さいな。ヒールしますよ。」

 

いまだかつてこんな暖かい応援を受けたことがあっただろうか…

以前の自分はただ目立ちたくておかしな行動ばかりして空回りしていたのに

よもや自分が意固地になってこだわってきたステータスが

こんなにもプレイヤー達の歓心を惹きつけることが出来た事に

弱いステータスのまま、今まで我慢して本当に良かった──そう思えた。

 

ふと、ゼノの方に視線を送ると、

彼女は親指を上に突き出し、「グッ」とポーズを取った。

もしや彼女はここまで想定して、自分を巻き込んだのだろうか

ここに来た当初はかなり後悔の念にさいなまれたが、

こうして沢山の人に見守られながら、ナイトメアとの戦いに挑むことが出来て

本当によかったし、ゼノさんには感謝の気持ちで一杯になっていた。

 

***

 

既に戦闘を開始して十五分以上が過ぎようとしていた。

短剣の斬撃音だけが鳴り響くなか、ナイトメアは確実に死に近づいている。

途中、横沸きした二匹目のナイトメアがこちらを襲ってきたが、

取り囲んでいたギャラリーによって瞬殺され、タイマンの状況は最後まで続いた。

 

そして、その瞬間はついに訪れた。

 

「ヒィィイイイイイイイイイイイイイン!」

 

振りぬいた短剣の回数はおよそ三千回を超え、

じわりじわり体内に侵入した毒のようになぶられたナイトメアは

最後は馬の姿のまま悲鳴という断末魔を上げると共に、蒸発するようして消滅した。

 

その瞬間、最後までやりきった達成感が今の自分自身を形作る感情のほとんどを占めていたため、

頭の中はぼーっとし、立ち尽くしていた。しかし──

 

「おめーー!」

 

「おめでと、そして、おつかれさん!」

 

「やったね!初撃破おめっとー!」

 

「いやー、長い戦いだったけどいいもん見せてもらったわー!」

 

「つか、レベル63で倒せるもんなんだな、すげーな!」

 

多くのギャラリーから掛けられた祝福の声によって、

我に返ると嬉しさのあまり、人目もはばからずに大きな声を上げて飛び跳ねた。

 

「いっ…やったああああああああああああああ!」

 

初めてゲフェニアを訪れてから一ヶ月、

あれからまるで強くなったと実感できていないにも関わらず、

今はこうして宿敵を倒し、一ヶ月前とは違う思いに馳せている自分がいる。

 

あのときとは一体何が違ったのか分からないが、

死神に植えつけられた呪いはこうして無事取り払う事が出来た。

 

もちろん、自力で倒すことなんて到底無理に決まっているが、

今はただ"ナイトメアを倒した"という余韻に浸る事としよう。

 

こうして多くの観客を集めた栗毛シーフとナイトメアのショータイムは無事閉幕した。

 

 

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