目の前が暗転し、しばらくして視界が明るくなると、
円形状に花壇に囲まれ、東西南北に配置されたベンチのある噴水台が目に飛び込んできた。
そしてその位置からでも見える
「何だか懐かしい気がするな…」
ゲフェンダンジョン自体は内部へのポタを利用していたため、
こうしてゲフェンの街に降り立つのは逃げ出るように立ち去った──あの日以来である。
とはいえ、ダンジョンには毎日のように訪れていたせいもあり、近いようで遠い、そんな距離にはあった。
街の景色はいつ見ても一つ一つが馴染み深く、
こうして青レンガで敷き詰められた道を歩くたびに心が穏やかになっていく。
やはりこのキャラが生まれ育った場所をそう簡単に捨てることなんて出来ないのだろう。
そんな道すがら、感慨深い思いを抱きながらも本来の目的を忘れないようにしなけれならない。
この街のどこかにいる──
***
ナナさんが見かけたのは
この街にある二つのカプラの周辺を覗くことにした。
一つ目は
噴水台の直ぐ傍にあるカプラであるが、いつにも増して人影がおらず、
例のピンク髪アーチャーも見当たらない。
「それじゃあ」と思い、もう一つである街の東の出口のすぐ傍にあるカプラへ向かい、
周囲を何度も見回したが、やはり彼女はいなかった。
「ここにもいないか…」
もしかしたら、もうとっくにログアウトしてしまったのではないだろうか。
そもそもレベル99になったのであれば、狩りをする必要なんてないのに何故ログインしているのだろうか。
経験値も稼ぐことができない、そしてボス狩りにもまるで興味のない彼女がこの街にいる理由は何だろうか。
そんなことを考え始めた矢先、ある違和感に気づく。
そもそも今までは狩り場の都合上、彼女の
それがこうして、ゲフェンに移り住んだ理由は──
「そんな、まさか…」
なんとなく、予感はあった。
だが、自分がその場所へ行く事を拒んでいたせいで
頭では分かっていても自然と足が遠のいていた。
「しかし、今日だけは─今だけは──」
意を決し、鈍る足取りを必死に
東のカプラから、外の通りと内側の通りを繋ぐ段差のある階段を下ると
そこにはゲフェンタワーが立ち塞がっていた。
その横を通り抜け、塔の周りをぐるりと取り巻く街路をさらに進むと
巨大な塔によって日陰になっている場所に辿りついた。
もう二度と来る事はないと思ったその場所──"Angel Heart"の溜まり場にやってきたのだ。
そして、予感は見事的中した。
そこにはピンク髪のアーチャーが何かを──誰かを待つようにちょこんと正座をしていた。
***
久しぶりに見た彼女の姿は凛とした美しさを放っていて、
そのオーラのような威圧感に気圧され、掛ける言葉を失っていた。
ごく自然に彼女の視界に入る。
当然、こちらの存在を認識できる距離にいるにも関わらず、
彼女はこちらに目を向けることなく遠くを見ている──そんな気がした。
しばらくの沈黙の後に、なかなか言葉にしない自分にイラだったのか
再会の第一声は彼女の素っ気ない、台詞からだった。
「なに?」
パーティー
「えーと…その…久しぶりですね。」
用意した言葉は沢山あったはずなのに、結局、言葉に出来たのは社交辞令的な台詞だけであった。
「あのさ」
「…はい。」
「わたし、怒ってるんだけど。わからない?」
「…分かりますよ。」
「じゃあ、いちいち言わなくても分かるよね?」
「はい…パーティー…抜けたことですよね。」
「どんな理由であれ、メンバーを置き去りにしたまま
黙って抜けるような真似をする自分勝手な人を私は許すことはできない。」
「それには事情がありました…それは──」
「いい。私には関係ないから」
「いえ、関係あります!あなただって当事者なんだ。
だから今からボクが話すことはちゃんと聞いてもらいたいんです!」
こちらの語気が強くなっても彼女はいたって冷静に。
「その話を聞いて私はどうするの?」
「わかりません。でも、聞いてくれないと…リプレさんはずっとボクを誤解したままになる。
それだけはどうしてもイヤで…こうして…会いにきたんです。」
「ふーん。」
「ダメ…ですか…?」
しばらく無言を貫いてたが、こちらの強い意思のようなものに折れた様子で
ため息を入れると。
「いいよ。話してごらん。」
ようやく彼女から許可を貰うことできたことでタガが外れたように語り始めた。
三週間前に一体何があったのか、どうしてパーティーを抜けたのか、その理由の全てを洗いざらい話した。
もちろん、エルドラドがリプレさんとそして自分をハブるためにとった卑劣な行為のことも全て。
そして思い出したくもない、ハルカさんへの思いと…裏切りと。全部。
「──以上です。」
吐き捨てるような言葉の一つ一つには怨嗟が篭っていた気がする。
そんな聞くことすら不快な言葉にも彼女は平然と耳を傾けていた。
全てを話した頃には身体はボロボロになっていた。
これほどまでに嘆きや悔しさをあらわにした事は今まで一度たりともない。
そして卑怯にも同じ境遇で同じ目に合ったリプレさんに対して
こうして言葉としてぶちまける事で少しでも味わった痛みを分かち合う、
そんな姑息なことすら考えていたのかもしれない。
「…それで…か」
彼女はおぼろげな声で呟くと、
その直後に「ふぅ~」とはっきりと分かるようにため息を見せ、言い放った。
「くだらない。」
その言葉に愕然とした。
自分が受けた痛みや苦悩を全て言葉に出して、
どれだけ辛い思いをしたのか事細かに説明したにも関わらず、彼女はばっさりと切り捨ててしまった。
「…そ、その言い方はないんじゃないんですか!」
無礼な振る舞いともいえる彼女の言葉に思わず声がうわずる
「結局のところ、ハルカさんに裏切られたからってパーティーを抜けたんでしょ。
それにそもそもその原因はちるちるさん、あなたにあるんですよ。」
「っ………」
痛いところを突かれ、ぐうの音もでない状況に荒げてた声が止まる。
「まあ、少しは自覚しているようだからこれ以上傷を抉るような真似はしたくないけど、
女に振られたからパーティー抜けるとかどうかしてるよ。」
その言葉にカチンと来てしまい、さっきまでオブラートに包んでたはずの言葉が途端と荒くなる。
「そ、そもそも…あ、あんたぐらい強くたって、結局はメンバーから妬まれ、疎まれて、そして裏切られたわけじゃないですか。結局はボクと同じ穴のムジナなんですよ!」
「あのさ」
「…なんですか。」
「私はまだ裏切られてたと思ってないよ。」
飄々と答える彼女には一切の悔しさも後悔の念も感じられなかった。
「そんなことあるわけないじゃないですか、現にこうして、一人で溜まり場で座って寂しそうに──」
…ちょっと待てよ。
何故リプレさんはここにいるんだ?
彼女は今までこの溜まり場に来たことなんて一度もない。
なのに今はこうして当たり前のように彼女は溜まり場に座って
まるでメンバーがログインするのを待っているようである。
「だから、別に私は裏切られていないって。」
その言葉がある可能性を導き出すと、自然と質問が口から飛び出た。
「もしかして…リプレさんって今だにパーティーに…Angel Heartに入ってるんですか?」
その問いに間髪入れず、至極当然といった態度で答えが返ってくる。
「もちろん。」
「そ、それはなぜ…」
「抜ける理由なんてないし、それに今こうしてちるちるさんから脱退の経緯を聞いたけど、
今のところ抜けようなんてこれっぽっちも思っていないよ。
それは前にも言ったでしょう。私はリーダーが抜けろって言わない限りは抜けないから。」
「あっ……」
その瞬間彼女の言葉を思い出す。
『私は私なりにこのパーティーを大切に思っているよ。だから、抜けたりなんかしないよ。』
そう、彼女は自らに課したルールをこんな状況になりつつも、文句一つ言わずにやり遂げていたのだった。
「ちるちるさんが抜けて以来、私の知る限り、誰一人ログインしてきていないけど、
エルドラドさんからは抜けろという指示はないよ。」
「じゃあ、ここの溜まり場にいる理由は…?」
「レベル99になったから今度はこうして溜まり場に来るようにしたんだけど、
気づいたらちるちるさんが居なくなって、他のメンバーも全くログインしてこなくなっちゃったけど、
私は毎日ここに来てるよ。」
揺ぎ無い信念と一度自分自身に課したルールを貫き通す意思の強さ。
彼女は"ただ"レベルが高いだけではない。そのプレイヤーとしての"強さ"も他とは一線を画してた。
その芯にある強さに脱帽すると共に、そのまま黙って頭を下げた。
「…ごめんなさい。ボクが…間違っていました。」
彼女は誰よりもパーティーのこと、メンバーのことを気に掛けていた。
それが分かっていたはずなのに、どこか勝手にパーティーを見捨てて一人で生きてる。
そんなイメージを押し付けていた。
しばらくの間、彼女に向かって頭を下げると、リプレさんはいつもの口調に戻っていた。
「んー。まあ、ちるちるさんの気持ちは少しは分かるよ。
わざわざ、伝えに来てくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから。」
こちらの謝意が通じたのかわからないが、その言葉だけで何か救われたような気がした。
普段、辛辣な言葉しか発しない彼女の口から出た唯一のいたわりだからこそ──なのかもしれないが。
でも、それが心を傷を癒すのを十分だということも確かであった。
***
互いに落ち着きを取り戻すと、いつもパーティー会話で繰り広げてるような
やりとりが、お互いのキャラを目にしながら繰り広げられた。
周りにはだれもいない、この空間で二人、まるで仲の良いパーティーメンバーのように会話を続けていた。
「でさ、前に言ったよね?ハルカさんには気をつけたほうがいいって」
「いえ、悪いのは自分ですよ。ハルカさんは悪くないんです。」
「えー。まあちるちるさんがそれでいいのならいいんだけど。ウサミミぐらいは返してもらったら?」
「いやいや…一度あげたものを取り上げるなんてそれこそカッコ悪いですよ…」
「んー、まあそうだね。」
今回の一件で分かった事が一つある。
彼女の強さの根源がどこにあるのかということだ。
それはきっと彼女はずっとMMOをやってきた中で
恐らく、こういった同じような状況を経験してきたに違いないと思った。
そのたびに彼女は彼女なりにショックを受けて、
そして乗り越えて来たからこそ今の強さがあるんだろうと。
だからこそ、特には厳しい言葉を投げかけたり、
でもきちんとどこかで見守ってくれていたりするのは
一緒にいることだけを大事にするのではなく、パーティーとしての目的や意思
そして、プレイヤーとしてこの世界をもっと楽しませるために皆で強くなろうという
そんな彼女なりのメンバーを発奮させるための表現だったのかもしれない。
未熟な自分には辿りつくのはまだ大分先の話のような気もするが、
こんなプレイヤーになれたら、きっと強くなったと言えるのだろう。
彼女と二人なら…もしや…と考えたが、
加入権限を持つリーダーがログインしない以上、
自分がAngel Heartに復帰することはできない。
まあ、戻れるわけもないのだが。
それにリプレさんはパーティーを抜けことはないわけだから、
二人でパーティーを組むことは不可能である。
そして何より、今の自分は"にゃんこ団"での居場所を見つけはじめ、新しい目標も出来た。
とても残念だが、二人は別の道を進むしかないだろう。
「じゃあ、行きますね。」
「ん。」
すっと立ち上がり、背中を向け、溜まり場を後にする。
リプレさんは座ったまま、見送ろうともせず、ただそこで何かを守るように居続けていた。
距離が少しずつ遠のいてく。
恐らく、この場所には来ないだろうそんな思いを抱きながら、二人は
でも──
でも、許されるのなら──
「あの…また、見かけたら声を掛けてもいいですか?」
その問いに彼女はしばらく黙った後、
「cya」
背中越しにその言葉が聞こえた。