ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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見えない影

「よっこらせっと」

 

ログインと同時に勢いよく腰を下ろし、ずり落ちるように足を伸ばす。

今日もゲフェンの中央噴水広場は穏やかな時間が流れている。

 

この世界の神の悪戯(サーバーダウン)によってダンジョン内でたった二人きりとなってしまった"偶然"。

そしてその閉ざされた空間の中で出会うべくして出会った"必然"。

 

なんとも形容しがたい"必然の偶然"が起こした巡り合いに困惑しながらも、

"あの日"からの自分に変化をもたらすきっかけになったことを気づかされた。

 

そんなことを考えながらベンチに座り、広場から見えるゲフェンタワーを眺めていると──

 

「あっ…」

 

パーティーウィンドウのログイン状態を表すアイコンが二つとも点灯していたことに気づく。

ぼーっとしてたせいでメンバーがログインしてたことをすっかり見逃していたが、

焦って声を掛けるようなことはせずに"もう一人"のメンバーの現在地表示の変化を眺めていた。

──しばらくすると。

 

「ちーちゃん、やっほぉ~」

 

ベンチで寝そべるように座っていた自分を真上から覗き込むようにして笑顔を見せる。

いつもと変らないその無邪気な振る舞いに気恥ずかしさを感じながらも

精一杯の平静を装いながらいつもと同じように挨拶を返す。

 

「やあ、こんばんわ、アユ。」

 

アユは自分がどこにいても必ず会いにやってくる。

移動してる間は決してパーティー会話(チャット)話しかけるようなことはせず、

こうして、目を合わせてから初めて口を開く。

 

パーティーを組んでからもう一週間は経っているが、

彼女について分かったこと言えばたったこれだけである。

 

***

 

「エス、今日も頑張ってるじゃん。」

 

「こ…こんばんわー」

 

「よー、ちるっち、今日もアユさんと一緒に狩りかい? 二人共もお熱いね。」

 

「ちーちゃん、アユさん、こんばん…って痛っ!もぉ~エス君早く倒してよ~!」

 

「ミズキさん…その数多すぎない…?どんだけフェロモンむんむんなんですか…」

 

今日もゲフェンダンジョンではエスとミズキさんのカップルによるデコイ狩り生活が続いていた。

それにしても毎度毎度思うが、全くもってミズキさんは健気である。

 

アユとの時間のほとんどはここゲフェンダンジョンで費やされる。

お互いレベルが低いこともあって、ここは背伸びせずに気軽に狩れる適性狩場である。

もちろんペアならば、もう少し難易度の高い──例えばピラミッドやフェイヨンといったダンジョンもあるが、

自分の身体がその場所へ行くことを拒否していた。

 

そのため、この毒キノコの腐臭が漂う、どんよりとした地下洞窟が二人の活動拠点となっていた。

 

「しっかし、あれだけパーティーに入ることを頑なに拒否ってたくせに、

可愛い女の子のお誘いとなるとコロっといってしまうところに、哀しい男のサガを感じるねぇ…」

 

「うるさいぞ、エス」

 

フェロモンが貯まるまでのんびりと雑談をしていたはずが、

エスが余計なことを言ってきたので辛辣な態度で跳ね除ける。

 

彼とは最初に会ったときと比べてこちらも砕けた感じに対応できるようになったのも

きっと仲良くなったからに違いない──とはいえ、五月蝿いのだが。

 

ちなみにアユとパーティーを組んだことはこの通り、"にゃんこ団"のみんなには報告済みである。

エスやミズキさん、また溜まり場の連中は皆、歓迎してくれた様子だったので

ほっと一安心といったところだろうか。

 

アユも一緒にモロクの溜まり場に顔を出すようになったわけだが、

アユはどちらかというと人見知りするタイプらしく

モロクの溜まり場にいても積極的に自分から話題を振ったり、会話に加わろうとしない。

もちろん、話を振られたら会話はするものの、溜まり場だと黙っている時間の方が長い気がする。

 

そんなアユが何故こうして自分に懐いてしまったのかは謎だが、

こうしていつも自分の隣でくっ付いていると

偏見の目で見られてしまうことが悩みの種となっていた。

 

***

 

二時間後──

 

「じゃあ、わたしはそろそろ落ちますね。おやすみなさい。」

 

「また明日ね。」

 

「おつかれちゃんー」

 

「はいにゃー!おやすみなさいー!」

 

狩り場が込み合ってることもあり、

レベル上げも進まず、雑談ばかりになってしまった。

 

先日、目標であるレベル67にあっさり到達した。

そのせいで最近は"ある悩み事"を抱えてしまい、狩り自体に身が入っていなかった。

 

「それにしてもちるっちさ──」

 

そんな考え事をしている横でエスが話を切り出してきた。

 

「──アユさんっていつもちるっちにべったりだけど、付き合ってんの?」

 

「……っ!」

 

「こ、こら、エス君!」

 

慌ててミズキさんが間に入るも、エスは続けて喋り続ける。

 

「でもさー、最近アユさんと一緒にいるようになってから、ちるっちが少しずつ明るくなった気がしてさ。」

 

「…………」

 

自覚はないものの、そう思われていることには疑問は感じなかった。

 

「ま、オレとしてはちるっちにパートナーが出来てくれて素直に嬉しいよ。

オレがミズキさんを大事にしているようにちるっちもアユさんのこと大事にしろよ。」

 

エスがミズキさんを本当に大事にしているのかどうかは正直?マークが付くものの、

言わんとするところはわかったような気がした。

 

しかし、彼の問いには「分かったよ」とは答えられずに押し黙ったままにしていると、

今度はミズキさんから思いもよらない台詞が飛び出した。

 

「あのね…ちーちゃんは…アユちゃんとどういう関係になりたいと思ってるの?」

 

その言葉に困惑する。

 

"どういう関係"の前に、"何故一緒にいようと思ったのか"

その答えがはっきりしないのにどうこうしようという気が起きるわけがない。

ましてや一緒にパーティーを組んでからたったの一週間程度の付き合いである。

そんな考え自体、おこがましいし、時期尚早である。

 

「いや、関係だなんて…単に一緒に行動を共にしているだけだし、

特に何かを望んでいるわけじゃないですよ。」

 

「あ、ごめんね。でもあゆさんはもうちーちゃんに好意を寄せてることは間違いなし、

ここはちーちゃんの方からバシっ…と──」

 

「いえ──それはしません。」

 

真顔で制したことでミズキさんがびくっと反応すると、

すぐに「そっか…」と残念そうな顔を浮かべる。

 

彼女が何を聞きたかったのか、それとも自分にどうして欲しかったのかは分からない。

 

しかし…アユの後ろには『ある人』の影がずっと重なったままでいる。

その幻影がなくならない限りは、アユとの関係が進むことはないだろう。

 

***

 

しばらくの間、沈黙が場を支配し出すと、ミズキさんの表情がみるみるうちに曇っていく。

その変化に、その原因が自分にあるということにようやく気づくと。

 

「…ま、まあさ、ボクの話はこの辺にしとこっか。」

 

わざとらしく作り笑顔を見せる。

 

「ちーちゃん…」

 

ミズキさんなりに自分を心配しての助言だったのかもしれないが、彼女はこちらの過去を知らない。

深い傷を負ったまま、今もこうしてまだ引きずっているのだから、未練がましく情けない。

その情けなさこそが今の自分であり、そんな彼女の優しさは少々傷痕に染みる──ならば。

 

「ありがとう、心配してくれて。」

 

この言葉が精一杯の返事であると目で訴えかけると、ミズキさんは小さく息を飲み。

 

「ん、わかった。じゃあ、この話しはこれでおしまーい!」

 

彼女は大きく手を交差させながら声を上げると、普段の明るく柔和な表情に戻った。

 

一方、最初に話題を振ってきたエスはこちらの様子を見ながら「やれやれ」といった仕草していた。

思わず「お前が余計なことを──」とツッコミそうになってしまったが、

エスはいつも、こちらの悩みや考え事を見透かすように痛いところを突いて──そして気づかせてくれる。

ミズキさんと違って荒療治のつもりなのだろうか、全くもって厄介この上ない。

 

でもこんなカップルに凸凹な性格のカップルに出会ったからこそ、救われたのは間違いないわけで。

 

こんなダメなヤツのためにいつもありがとう──そっと心の中で呟いた。

 

 

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