ポタに乗り、首都プロンテラに到着するとそのままポタ子広場へ向かった。
最近はダンジョン内転送も充実しているため、どこにでも行き放題である。
広場に到着して、ポタ子の出す看板を眺める。
しばらく広場をうろうろしながら見回ってみたものの、
残念ながら迷宮の森行きのポタは見当たらなかった。
どうやら迷宮の森はプロンテラから近いことや、
廃人御用達のダンジョンということもあり、あまり需要がないようである。
仕方なくポタ子広場を後にし、その足で迷宮の森があるプロンテラ北フィールドへ向かった。
途中、プロンテラ城、プロンテラ北カプラと通り抜ける。
昔、タヌキ山やマンドラゴラを狩るために通っていたルートに懐かしさを感じながら、
あの時の苦しくも楽しかった出来事を思い出すと、自然と笑みが零れた。
下草を踏みしめる音も徐々に力強くなってくる。
フィールド内に生える草木の丈が高くなり、生い茂るように緑色が深まる、その奥──
視界の先に苔にまみれた石造りの建築物が見えた。
それは難解な道程でプレイヤーを彷徨わせる、
この世界において最も難易度が高い"迷宮の森"へと
当然、これまで一度も足を踏み入れたことはない。
高レベルダンジョン特有の威圧感に圧倒されそうになるものの、それでも好奇心は止められない。
初めてゲフェニアに足を踏み入れたときと同じような不安を感じながらも、内心は少しワクワクしていた。
「いくか…」
弱々しくも覚悟を決め、未踏の地へ歩みを進めた。
***
迷宮の森は計三層からなるダンジョンである。
事前情報によると一層目と三層目はマップが格子状に二十五に区切られており、
各区画への移動はワープポイントを通る必要がある。
そのため、正しいルートを通らないとこのダンジョン名が示す通り、"迷う"のである。
普段からここを主戦場にしてる常連プレイヤーであれば、
きっとルートなんて頭の中に入っていて、すいすいと二層に辿りつくことが出来るだろう。
かくいう自分はというと、方向音痴という見えないステータスに加え、
今回が初潜入ということで、逐一ルートを確認しながら進まなくてはいけなかった。
一層は大して強いモンスターいないため"戦闘"に苦戦することなく、スムーズに進んでいると思われた。
その気の緩みがいけなかったのか、ふとしたことでルートを外れてしまい、
森は瞬く間に"迷宮"へと変貌した。
「え~っと、どっちだっけ…?わ、わからんー!」
すっかり迷い込んでしまったうえに無限ループにまでハマってしまい、右往左往していた。
しばらくして自分がどこにいるかすら分からなくなってしまい、ヤケになる。
「ええい、もういいや!」
適当にワープポイントに飛び込む行為を繰り返す。
すると、奇跡的に二層への入り口がある区画に辿りついた。
「…ぜぇ…はぁ…よ、ようやく…ゴールか。まったく…なんて面倒な。」
方向音痴のプレイヤーにとってはまさに拷問とも思えるギミックに
息を切らせ、ぶつくさと文句を言いながら、二層へ向かった。
***
二層に入ると、一層目とはうってかわって、
目の前には森というより木々に囲まれた、だだっ広い平原地帯が広がっていた。
南北の陸地を分断するように大きな川が流れ、その川を跨ぐように一本の橋が架かっている。
ナビゲーターを見る限り、橋を渡った陸地の最北端が三層への入り口となっているため、
今度は迷わずに辿り着けそうである。
橋を渡りきり、そのまま北上すると、多くのプレイヤーの姿が見えた。
どうやら三層入口の手前がこの迷宮の森の"溜まり場"となっているようで、
ゲフェンの"廃人広場"と同じように多くのプレイヤーが腰を下ろしていた。
「なんかすごい人数が溜まってるな…。」
廃人広場以上の込み具合に驚くも、本来の目的であるゼノを探すため、
それとなくきょろきょろと辺りを見回す。
「うーん、いないか…。」
願わくばこの集団のどこかに居て欲しかったが、
残念ながら、それらしい姿は見当たらず、がっくりと肩を落とす。
何せ、自分のレベルではこのダンジョンは分不相応である。
得意の回避性能で逃げ回るだけならなんとかなりそうなものの、
他のプレイヤーに迷惑をかけるリスクを考えると、三層へ進むのは少々気が重い。
とは言え、やはり消極的な姿勢は自分らしくない。せっかくここまで来たのだからと
意を決して、三層へ分け入り、ゼノを探すことにした。
入り口の手前のワープポイント立ち止まると、
気合を入れて一歩踏み出そうとした──その時。
「あ、今は行かない方がいいですよ。」
背中から声を掛けてきたのは、入り口付近で座っていた男シーフであった。
見た目は自分と瓜二つの栗毛の髪型をしており、
生き別れた双子の兄弟といっても遜色のないそっくりの見た目であった。
戸惑いながらも、目の前に居る双子に問い掛ける。
「え…えーと、行かない方がいいって…?」
「今、三層の入り口はモンスターハウスですよ。」
「えっ…?モンハウですか…?」
その言葉にビクっと反応し、三層へ立ち入ろうと踏み出した足が無意識に引っ込んだ。
「はい、今、三層に入ると一瞬であの世行きです。」
丁寧な口調でとんでもないことさらりと説明をする。
「一体どのぐらいのモンスターが溜まっているんですか?」
「先ほど見た感じ、
「…えぇぇえええ!?」
三層も一層と同じようにマップ自体が二十五区画に分かれており、一つの区画の広さは非常に狭い。
その小さな空間に、大量の、しかも最強クラスのモンスターがひしめいている様子を想像し、
慌ててワープポイントから後ろに身を引いた。
すると、栗毛のシーフはこちらの恐れおののいた様子には意にも介さずにさらに説明を続け。
「もう少しお待ちいただければ、きっと"ヤツ"が来ますのでそれまでお待ち下さい。」
「"ヤツ"って…誰か来るんですか…?」
「はい。"はじめちゃん"が来ればこの程度は楽勝ですよ。」
彼の自信満々の態度に目を丸くする。"はじめちゃん"というのは一体誰のことだかさっぱりわからないが、
"いきなり最終回"の状況を打破できる
呆気に取られながら話を聞くも、ふとある点に気づく。
「…えっ、シャアも黒蛇も相当痛いはずですよ…?どうやって耐えるんですか…?」
そんな当然の疑問に対し、栗毛のシーフは顔色一つ変えずにさらりと。
「まあ、いつものことですから、大丈夫です。」
にわかには信じがたい言葉だった。
シャアと黒蛇の攻撃力は、ピラミッドのマミーやイシスより断然上で、もはやナイトメアクラスである。
さらに、ピラミッドやフェイヨンダンジョンでVIT型のアコライトが猛威をふるっているのは
アンデッド用の耐性スキルの恩恵があるからであり、
アンデットでないシャアや黒蛇ではその恩恵を受けることが出来ない。
いくらVIT型の剣士でも最強クラスの攻撃力を誇るモンスター30匹を前にして
果たして耐えきることは可能なのだろうか。
疑念の眼で覗き込むも目の前に栗毛のシーフは平然とした態度をしていた──すると。
「ああ、噂をすれば。来ましたよ。」
彼が指をさした方向は溜まり場から少し外れた木陰で、そこに一人の男剣士がログインしてきた。
その剣士はのそっととした動きをしながら、その場で座り込むと
大きく伸びをすると周囲をきょろきょろ見渡し、ボリボリと頭をかく。
風貌からはとてもその強さが
「えーと、彼が"はじめちゃん"ですか…?」
「はい。キャラクターネームは"HJM-X"で読み方はH(は)・J(じ)・M(め)です。正式かどうかは知りません。」
「そ、そうなんですか…」
「まあ、僕も会話したことないです。周りの皆は勝手に"はじめちゃん"と呼んでます。」
「な、なるほど…」
何かこうロボットを彷彿とするようなそのネーミングに若干言葉が詰まった。
しかし、はじめちゃんの登場により、さっきまで賑やかな雰囲気だった溜まり場周辺が
一気にピンと張り詰めた空気へと変わり始める。
それまで座って談笑をしていたプレイヤーも途端と真剣な表情になり、
皆、一同に
すると、さっきまで眠そうな眼をしていたはじめちゃんがゆっくりと立ち上がると
大きな欠伸をしながら三層入口のワープポイントに向かって歩きだした。
皆の視線を一斉に浴びていることなどお構いなしといった具合に大またでのっそのっそと歩く。
三層入口のワープポイント前を陣取っていたプレイヤーは自然と彼のために道を明ける。
そしてワープポイント前に着くと、はじめちゃんはその場でピタっと止まった。
「さて、準備してください。はじめちゃんが入った後に一緒に突っ込みますよ。」
既に栗毛のシーフはやる気満々のスイッチが入ったようで、
先ほどの淡々とした表情から一気に獲物を狩る目つきに変わっていた。
周りの熱気に押され、こちらもいつの間にか懐から短剣を取り出し、構えを取る。
何の役にも立たないことは分かっていながら、
こうして沢山のプレイヤーが一丸となって強敵に立ち向かうというのは
何故だか熱い高揚感に包まれる──そして、次の瞬間。
《インデュア!!》
スキル使用と共にはじめちゃんはモンハウとなっている三層の入り口へ突撃した。
続いて、ワープポイントに集まっていたプレイヤーが後を追うように次々と入っていった。
「さあ、行きましょう。」
そして栗毛のシーフに促さるまま、モンスターハウスへと足を踏み入れた。