丸一日ポリンを追いかけ続け、ようやくシーフに転職することができた。
シーフの見た目は盗賊というよりも腹巻を身につけた大工のような風貌ではあったが、
座った時にどっしりと腰を下ろした格好に少しだけ愛らしさを感じていた。
そんなシーフになって数日が経ったある日のこと。
レベル20にもなり、ポリンやポポリンを叩く日々にも飽きてきた頃、ある情報を耳にした。
それはタヌキ山がとんでもない惨状になっているというものだった。
首都であるプロンテラ北東部には大きな森で覆われたがフィールドがある。
そこは通称タヌキ山と呼ばれており、
その名の由来は見た目がまんまタヌキの姿をしたモンスターである
"スモーキー"が数多く出現するからとされている。
この"スモーキー"はポリンと同様にいわゆる"ノンアクティブ型"のモンスターであり、
プレイヤー自身が攻撃しない限り、モンスターから攻撃を受けることはない。
さらにこの"スモーキー"にはもう一つポリンと似た性質を持っていた。
それはフィールド上に落ちているアイテムを視界内に検知すると
一目散にアイテムを拾いに来るのだ。
このように落ちているアイテムを拾いに来るモンスターのことを
"ルートモンスター"と呼び、このルートモンスターの性質を利用した
なんとも狡猾な狩り方がこのフィールド内で流行していた。
通常、ノンアクティブ型から攻撃されることはない。
よってこちらから攻撃を仕掛ける必要があるのだが、
毎回不規則に移動するノンアクティブ型のモンスターを索敵するのは移動の手間もあり、
近接職であればこちらから近づいて攻撃を仕掛けなければならないため大変面倒でもある。
そんな手間を省き、かつ効率を上げるために編み出されたのが
わざと不要なアイテムをキャラの近くに放置し、
ルートモンスターをおびき寄せるといった、通称"撒き餌"と呼ばれる狩り方であった。
この手法を使うことで自ら移動することなく、効率的に狩りをすることが出来る。
そのため、タヌキ山ではそんな楽な狩りが出来るという噂を耳にした
多くの初心者プレイヤーによってごった返しているとのことだった。
***
噂の現場をこの目で見るべく、タヌキ山に降り立った。
そして、実際の光景は噂以上のものであった。
フィールド内に溢れかえるプレイヤーの数。
そしてそのプレイヤー達が捨てたであろう、たくさんの撒き餌が散乱し、
多くのプレイヤーがその撒き餌から一歩も動かずにじっと待機している。
あるプレイヤーは真面目にモンスターを追いかけて攻撃をしようとするが
撒き餌に反応したモンスターは待ち構えていた別のプレイヤーによって奪われてしまっていた。
この世界のルールではプレイヤーが一度攻撃したモンスターを横から殴るといった行為、
いわゆる"横殴り"を禁止している。
そのため、例えモンスターを追いかけていたとしても、
先に別のプレイヤーにモンスターを攻撃されてしまえば、
もうそのモンスターを攻撃することは横殴りに該当してしまう。
このようなルートモンスターの性質を利用した狩り方に一部のプレイヤーから非難が殺到した。
特に遠距離攻撃を持っている職業が有利であるため、プレイヤー同士でモンスターを取り合い、
ときには口論に発展しており、噂通りタヌキ山は悲惨な状況になっていた。
また、こんな燦々たる狩場になっている原因はもう一つある。
それはこの"スモーキー"のドロップアイテムが人気の頭装備であるからだ。
この世界における装備品には武器と盾ははもちろんのこと、
頭、鎧、肩にかけるもの、靴、そしてアクセサリーといった部位も存在する。
特に頭の装備品はアイテムによっては見た目が変化するものもあり、
可愛いキャラクターが持ち味のROにとっては欠かすことのできない楽しみの一つである。
そしてこのスモーキーがドロップアイテムが
"猫耳のヘアバンド" 通称、猫耳と呼ばれている頭装備である。
タヌキのくせになぜ猫の耳を落とすのかはあずかり知らぬところだが、
とにかく装備をすることでキャラクターに頭部に猫の耳が生える。
そんなとってもキュートな猫耳を求め、多くのプレイヤーが
今日も血なまこになってスモーキーを追いかけ…おびき寄せていた。
***
血生臭い欲と罵倒が交差するこの光景を目の当たりにしながらも
よく見るとタヌキ山にはたくさんの可愛い女アコライトがいることに気づいた。
恐らく彼女達も猫耳を狙って、このタヌキ山をやってきたに違いないが、
近接戦闘しか出来ないアコライトにとって、競争率の高いこの山で勝ち抜くのは至難の業であると言える。
それにしても猫耳をつけた女アコライトは聖職者とは思えないぐらいけしからん姿になる。
想像するだけで何か悪いことをしているような気分になるのは気のせいではないだろう。
そんなことを妄想しながら、頑張っている彼女達の姿を見ていたら
とてつもなくくだらない閃きが頭の中を走りぬけた。
そうだ。このアコライトのために猫耳を手に入れて、プレゼントするのはどうだろうか?
こんなこと思いてしまったのには理由がある。
実はナンパシーフのロールプレイというのは一体どうすればいいのか思い悩んでいたからだ。
単純にナンパと称して声をかけてもタダの怪しいプレイヤーにしか思われないだろうし、
そしてあまり露骨にやりすぎると、色々なところから目を付けられて変な噂を立てられても困る。
しかしどうだろう、相手が喜ぶようなことをすればもしかしたら…イケるのかもしれない…?
そして僅かな可能性と自分勝手な思い込みを信じて、プレゼント用の猫耳を集めること決めた。
とは言っても、このタヌキ山の惨劇を見る限り、スモーキーを狩ることなど容易ではない。
仮に撒き餌をつかって狩りをしようとしても、
遠距離攻撃が可能なアーチャーやマジシャンを相手にするのは分が悪く、非効率である。
ではどうするのか?…それは答えは簡単である。
それは一番人のいない時間帯を狙って狩りをすることである。
24時間存在するのこの世界においても必ずプレイヤーが少ない時間帯は存在する。
それはプレイヤー自身が睡眠を必要とする人間であるためであり、
このアイドルタイムを狙うことが競争相手いない、
快適な狩りを実現することができる唯一のチャンスでもある。
こうして、単純かつ明快な対策を実現するため、このプレイヤーで溢れかえるタヌキ山において
一番空いている時間帯がいつなのか、リサーチを開始した。
それにしても人のいない時間帯を狙うなんて、なんともMMORPGらしくないことである。
***
何日もかけ、一番空いている時間帯を調べた。
いわゆるゴールデンタイムと呼ばれる、18~24時の間は当然のことながら狩りにならない。
かといって24時から深夜帯や明け方の5時や6時も全く人が減る気配がない。
むしろこの時間の方がゴールデンタイムを避けたプレイヤーにとって
逆に活発に活動する時間帯なのかもしれない。
そんな中、調査を進めていくと唯一タヌキ山のプレイヤー密度が著しく低下する時間帯があった。
それは朝の7時からお昼過ぎであり、この時間帯は恐らく深夜帯のメンバーもさすがに眠くなり、
朝チュンと共に寝床へ向かったのだと推察できる。
そんな唯一の空き時間を狙って狩りをすることを決めると
今までの深夜型の生活を改め、健康的に早寝早起きをすることにした。
***
そうして迎えた狩りの初日。
寝起きの眠たい
何度まばたきをしても、辺りを見回しても人っ子一人いない。
伽藍堂のように静まり返ったそのタヌキ山は
ゴールデンタイムに見せる阿鼻叫喚の姿とはまた違った趣を感じさせた。
そして、誰もいないタヌキ山でただ一人、
短剣を振り回しながらタヌキを追い掛け回すシーフの姿がそこにはあった。
これからドロップ率は0.02%と言われているアイテムの獲得を目指し、
ただひたすらタヌキを追い掛け回す日々が続いていく。
低級モンスターであるスモーキーはいくら数を狩っても大してレベルはあがらないため、
モチベーションを維持するのは大変である。
しかし、目的のアイテムを一つまた一つ手に入れることは、
ある種のやり込みのような要素でもあるため、自然とやる気は備わっていた。
それにしても誰もいない狩りは快適ではあるが、やはり人恋しくなるものである。
***
快適な環境で毎日のように狩りを続けること約1ヶ月。
なんと合計8個の猫耳のヘアバンドを入手することができた。
今まで虐殺してきたスモーキーの数なんて食べてきたパンの枚数以上に覚えているわけもなく、
ただひたすら、己の欲望のままに狩り続けた成果がそこにはあった。
だが、目的はまだ果たしていない。
そう、それはこの猫耳を求め、タヌキ山で一心不乱に狩りをしている
女アコライトに手に入れた猫耳を配りにいくことである。
はたしてその行為に何の意味があるのか、他人から見ればまるで理解されないだろう。
それでも構わない。単なる自己の欲求を満たすためだけの行為に意味なんて存在しないのは
分かりきっていたことだし、誰かに認めてもらおうなどと思ったこともない。
そんな意味不明な言い訳をしながら、
人が集まる時間帯になるまで、少しは自分の身体を労わることにした。
***
ゴールデンタイムのタヌキ山に時期尚早なサンタークロースが現われた。
相変わらず沢山のプレイヤーと撒き餌でゴチャゴチャとしてるフィールド内をきょろきょろを見回し、
お目当ての子を探した。
すると、タヌキ山の中腹にある木陰で休むように座っている女アコライトを目にした。
そしてその茶髪のポニーテル姿のアコライトはビレタと呼ばれる聖職者専用の帽子を被っていた。
その姿を見て「この子に決めた」と心の中で叫びながら彼女に近づいてみる。
すると至近距離まで接近したにも関わらず、彼女ははまるで警戒した素振りを見せない。
その様子を好機を判断し、突然、取引要請を出してみた。
この世界ではプレイヤー同士でアイテムの交換をすることができる"取引システム"がある。
無論、お互いに交換したいアイテムを地面にドロップすることでも取引は成立するが、
ルートモンスターが多いこのフィールドではそれは無謀であり、
下手をするとアイテムをロストしてまう恐れがある。
なのでレアアイテムと取引するときは当然このシステムを使った取引を使うのが一般的である。
「えっ……?なんですか…?」
見知らぬ
さっきまで緩んでいた警戒心を強めるものの、
そのアコライトはこちらからの取引要請に対して恐る恐る承諾した。
すると取引専用のウィンドウが目の前にポップアップした。
取引はこのウィンドウ上で行われる。
アイテムの交換であれば、自分のインベントリからアイテムを取り出し、
ウィンドウにセットするだけである。
そしてお互い目的のアイテムなり通貨なりがセットされていることを確認できたら
互いに承諾をする。
これが取引開始から完了までの一連の流れである。
そして今回は一方的な取引のため、
やることはこちら側が目の前にあるウィンドウに猫耳をほおり込むだけである。
ほおり込んだ時点で相手はどのようなアイテムが渡されるか確認できるため、
そのアイテムを見たアコライトは思わず、驚きの表情を見せた。
そこですかさず考えられるだけの臭い台詞を背一杯の丁寧語で包んで言い放つ。
「あなたのように清楚で可憐な方はこんな人間の欲が渦巻く、争いという名の腐臭が絶えない山に来てはいけない。すぐに山を降りるべきです。そしてその猫耳を身に付け、聖職者である職責をまっとうして頂きたい。あなたのような屈託のない弾けるような笑顔はきっと砂塵が見舞うこの荒野において愛という名のオアシスとなることでしょう。」
もはや意味すらもたない美辞麗句に対し、彼女はたった一言─
「(笑)」
─と返してきた。
そして嬉しそうに猫耳のヘアバンドを受け取ると"ありがとう"を意味するエモーションを出してきた。
色々と仕込んだ割には反応が希薄だったことに若干の不満はあるものの、
考えてみればやってるこっちの方が無礼なことをしている自覚はあるので
このままクールに立ち去ることにした。
その場から立ち去った後、一人になった瞬間に途端と恥ずかしさと後ろめたさが襲ってきた。
顔を覆い、苦しそうに悶えながらもこの世界における最初のコミュニケーション成功したことに
少しだけ笑みが零れた。
こんな傍から見れば一体、何をやってるんだと思われるのかもしれないが、
これがロールプレイの醍醐味であり、MMORPGという世界における
自分が見出したもう一つの楽しみかたなのである。
何はともあれ、ここに自称タヌキ山のナンパ師が誕生した。