翌日。
「これでよし…っと」
貯め込んでいたステータスポイントを全て"DEX"というステータスに捧げた。
ステータスはキャラクターの個性を決定付けるための大事な要素であり、
一度振ってしまったら、二度と元に戻すことが出来ない。
そんなキャラクターの運命を左右する選択に──決断を下したのだ。
もちろん、後悔はない。
それは、これまで出会ってきた先駆者達の姿を目の当たりにすることで、
未来の姿が想像できるようになり、自分もこんなキャラクターを目指したいという気持ちになったからだ。
目指すべきは"最速"への道。
そして偉大な師匠であり、AGIシーフの始祖であるユーシさんを越えること──ただそれだけである。
こうして成長が止まっていたキャラクターがようやく動き出し、新しい世界へ足を踏み入れた。
──とはいえ、まだレベルも低いし、火力不足は解消されないままであったため、
いつもどおり、
***
同じ日、ゲフェンダンジョン内にて。
「ったく…そろそろ、一時間か。」
ほの暗く、湿り気も多い、陽の光がまったく差さない地下洞窟で一人腰を下ろす。
キノコの繁殖にはもってこいの場所ではあるがここは
そのため、なかなか獲物にはあり付けず、フェロモンより先にフラストレーションの方が溜まりそうである。
病院で診察を待っているときのように腕を組んだ指先が小刻みに動く。
今までは大して気にしていなかったが、やる気が出た途端に待たされるというのは困ったものである。
そろそろ身体で全体でイライラを表現しそうになろうとした矢先、
ふと、パーティーウィンドウに視線が行くとアユがログインしていることに気づいた。
「ありゃ、いつの間に…」
いつものことながら、アユはオンラインになってもパーティーチャットでは挨拶をしたりしない。
最初はこちらから声を掛けることもあったが、目の前に来るまでアユは一言も喋らない。
その行動に理由が分からず困惑していたが、次第にそれがアユのポリシーなのかと思い、
ログインに気づいても声を掛けることはしなかった。
パーティーウィンドウに表示された現在地によって互いの距離が徐々に近付いていくのが分かる。
最初はプロンテラの街から始まって、ゲフェンの街、ゲフェンタワーと、
アユはいつもどおり真っ直ぐこちらに向かってくる。
そして、こちらもお出迎えと称してダンジョンの入口に移動する。
ここまでたったの二人のパーティーの間には会話がない。
しかし、こうしてパーティーウィンドウを通じて、
互いに存在を確認していることだけは分かっている──それだけで十分だった。
目の前のワープポイントから金髪のアチャーがダンジョン内に現れる。
そのアーチャーはすぐに目の前にいるたった一人のメンバーに気づくと嬉しそうに寄り添ってきた。
そして、ここからようやく二人の会話が始まる。
「おっはよー!今日も頑張るよーっ」
「もう夜だよ、アユ。」
***
「あのね、それでね……この前のこういうことがあって──」
顔を会わせてからの会話はいつもながら話題が尽きない。
アユが積極的に話を振ってくれているおかげでこちらも助かってはいるものの、
毎日のように話していると自然とこの世界でのネタも尽き、
次第にお互いの趣味の話や、リアルの話題が中心になってくる。
最初は抵抗があったものの、アユはむしろ積極的に話を振ってくるものだから
ついこちらもそれに釣られてしまっていた。
もちろん、リアルの素性を聞いたりはしなかったが、
言葉の節々や趣味とかを日々の生活を聞く限りは女性なんだろうなぁと勝手に思っていた。
もちろん女キャラクターなのだから、"女性"扱いするのは当然のことであるが。
そんな邪な考えがちらつくの抑えるため、しばらく黙って狩りを続けていた。
するとアユは突然、とんでもないことを言い出してきた。
「ねぇ、ちーちゃんはあたしのことどう思ってる?」
「…ふぇっ!?」
今までの流れから全く予想だにしなかった、ともすれば勘違いしそうなその問い掛けに
どこから出たのか分からない素っ
「な、なんだよいきなり…!」
何と答えて良いのかもわからず、困惑が言葉に表れる。
しかし、アユの方は何も喋らずにその問いに答えるのをじっと見つめていて、余計に狼狽してしまう。
責められているわけでもないのに、視線を合わせられない。
アユの真意を図りかねながらも、その純真な視線に"答えない"という選択肢は用意されていなかった。
「えと…アユとは一緒にいて楽しいと思うよ。じゃなきゃこうして毎日一緒にいないだろうし…。」
日頃思っている気持ちをそのまま話すも、奥底までは見せない形での答えだった。
「そうだよね…いつも一緒にいるよね。」
アユはそう言ってモジモジした様子で視線を下げた。
少しの沈黙…とても長く感じられたが…この時も正解の言葉が見つからず心中模索し続けていた。
その沈黙を破ったのはアユの方からだった。
「あのね、わたし達って出会ってからまだ三週間ぐらいだけど、ちゃんと契約をしていないと思うの。」
「え、契約…って?」
なんのことかさっぱり分らず、戸惑いの色のさらに濃くしながら、
アユの言いたいことをまるで理解できずにいた。
こちら様子を見ていたアユは「うー、うーうー」と唸るように声を絞り出すと、
何か吹っ切れたようにぷいっと背を向ける。
「もー。こういうのは~…男の人から気づいてほしいな~!」
若干ご立腹の口調でそう言うと、こちらを振り返りながらジト目で睨む。
しかし、"契約"というシステムが実装された記憶がなく、クエスチョンマークが頭に浮かぶ。
相当困った顔をしていたのだろう、彼女は「しょうがないなぁ」と諦めた様子でふぅとため息をつく。
そして、じれったそうに、上目遣いでこちらを見たその姿に、思わず心が跳ねる。
「あ・い・か・た──だよ!」
「へっ?…あいかたって…相方っ!?」
「そう。相方契約…まだ…してないよね?」
「えーと…それはつまり、ボクと相方になりたひ…ということですか?」
「むー、なりたいじゃなくてー…もう、わたし達って相方みたいなものじゃないのかなぁって言ってるのー!」
突然の展開にきょとんとしながらも、
頭の中ではアユと出会ったときの思い出が軽く走馬灯のように駆け巡っていた。
生きるか死ぬか──死んでもデスペナはない。
サバイバル状況で出会った二人──たまたま鯖落ちを免れただけの二人。
食料も残り僅か──回復剤である芋の手持ちは八千個。
いつ死が訪れるか分からない──サーバーが復帰するまで戻ってこれなくなるだけ。
そんな危機的状況の中──モンスター独占状態。
不安や恐怖に駆られながらも──邪魔なデコイがいなくなって経験値がうまい。
朝を迎えることが出来た──徹夜した。
サバイバル映画でありがちな展開も実際に置き換えてみると
つり橋効果が発揮されるとは到底思えない。
にも関わらず、アユの自分に対する信頼度は最初から高く、こうして好意まで寄せてくれていた。
確かに悪い気はしないし、気づいたら毎日のように行動を共にするようになって、
それが当たり前になって…
「相方」という定義は人それぞれあるのかもしれないが、
少なくても一緒にいる時間の比重が多い相手が"相方"と呼ぶに相応しいと個人的には考えている。
で、振り返ってみると出会ってからわずか三週間で
これまでソロのプレイスタイルを保ってきた自分にとっては不思議なくらい一緒にいる時間が多かった。
理由を問われれば何故かわからないが、自然に一緒にいるようになっていったのは間違いない。
もしかしたら自覚していないだけで、傍目から見ればこれはもう相方…と言っていいんじゃないか?
そう思ったとき、アユの問い掛けにあっさりと納得してしまった。
「た、確かに…アユの言うとおりなのかもしれない…でも…」
「でも…?」
「…でも、わざわざそんな契約をしなくたっていつだって一緒にいるんだし…」
「嫌がる理由は何?」
アユは間髪いれずに問い詰める。普段とは違った強く鋭い口調に防戦一方となり追い詰められていく。
自分がアユの言葉を素直に受け入れられないのには理由がある。
それは、忘れようとしても忘れられない存在がいて、
それに対するけじめが全くついていないのに、
偶然にアユという新しい存在が生まれた。
路頭に迷い、潰されかけていた気持ちが少しずつアユのおかげで取り戻し
今ではこうして目的や意思を持ってこの世界に居たいという気持ちになった。
アユが好意を寄せてくれていることも本当は嬉しい。嬉しいのを自覚していながらも、
その真剣な想いに対して過去を引きずったまま、応えるができない──縋ることは許されないのである。
だけどそのことをアユに言ってどうするのだろう。
どうすればアユは納得してくれるのだろう。
アユは真剣に想いを伝えてくれたのに
ただひたすら悩み続けることしかできなかった自分は、
その問いに答えることが出来ず、黙って俯いたまま影を落としていった──すると。
「…わかったよ」
呟きに似た諦めのようなアユの声が漏れる。
もしかしたら、もうだめになってしまうかも、愛想をつかされてしまうかも
また一人に戻ってしまうかも、そんな覚悟も出来ないまま、
自分の取った
慌てて顔を上げて声を出す。
「あ、あの、あのさ──」
瞬間、アユの声が遮った。
「──じゃあ片想いってことで!」
「へっ…?」
「片想いの相方ってことで手を打ってあげるっ」
「はっ…はいっ!?」
「この契約なら、今のちーちゃんでも出来るよね?」
こちらに顔を近づけ、覗きこむように見つめる。
普段から押しの強い彼女の攻勢はさらに増し、こちらが面食らうことを許さなかった。
「いや、よくわからないけど…まあ、でもアユがいいならその契約で…。」
「じゃあ、契約成立だね!」と嬉しそうにニコっと笑顔を見せると
さっきの重苦しい雰囲気は一変し、そしていつもアユの調子に戻ったようだった。
──それにしても片思いって…一体どういう契約内容なんだっけ…。
「ということで話したかったことも話せたし、今日はここまでっ!」
突然の展開に今もまだ理解できずにいると、アユは「タタタ」っと軽いステップでこちらに近づき、
エモーション(/ハート)をしてきた。
わずかに触れたそのぬくもりが身体中を駆け巡ると、
間違いなく真っ赤になった顔を直視されることを避け必死に顔を隠した。
その様子を恐らく嬉しそうにしながら見ているアユは
「──…だね。」
と何か囁いたが、その言葉は全く耳に残らなかった。
***
その後、狩りもまるで手がつかず、僅かにあがった経験値の数字を見て絶望するも、
アユの機嫌が良くなったのであれば今日のところはよしとすることにした。
もちろんイヤな気分は全くないが、迫られるということに対してすっかり耐性が無くなっている。
いや、元からないのだということを思い知らされた。
「じゃあ、露天巡りしてから落ちるね。また明日ね、ちーちゃん」
そう言うと、ダンジョン内から蝶の羽を使って、彼女は街へ戻った。
一人の時間が訪れるとやはり、何か寂しさを感じてしまう。
とはいえ、遅れた時間を取り戻さねばと狩りを再開した。
しばらくの間、一身腐乱に狩を続けていると──パーティー
『あっ。そうだ言い忘れてた。』
『片想いの相方契約だけどだけど…』
『わたしはちーちゃん以外と一緒に狩りにはいかないし』
『ちーちゃんが他の人と遊んでたら、嫉妬しちゃうかも?』
『じゃ、おやすみー』
「…えっ!?」
こちらが反応する前に、パーティーウィンドウからアユのログイン表示を示すアイコンが「OFF」になった。
どうやらとんでもない契約を交わしてしまったことに今更ながら気づいてしまった。
とはいえ、もはやお互い一緒にいることは当たり前であり、
"片想い"などつけなくてアユとは相方で間違いない。
だからこそアユははっきりとさせたかったに違いない。
しかし、そうできないのは全て自分のせいなわけで。
申し訳ないという気持ちと、これからもっと彼女を大事にしなければいけない──そう、心に誓った。
それにしてもこんな自分のどこに気に入られる要素があるのやら。
アユは色々と早まってはいないかと急に不安に思えてきた。