「もー!!エス君のバカバカバカ…パカーッ!」
「ミズキさんはそういうのすぐに引っかかるよね~!」
ポカポカとエスの胸元に向かって拳を振るわせるも、
エスはまったく効いた様子を見せず、優しくミズキさんの頭を撫でていた。
今日もモロクの溜まり場はのろけ満載カップルがイチャついていた。
そんな他愛もない夫婦漫才を中心に"にゃんこ団"はいつも会話が溢れており、
パーティーを組んでいなくてもお互いコミュニケーションばっちりである。
アユもようやく慣れてきたのか、会話に積極的に加わるようになり、
溜まり場のメンバーとの交流も深めていた。
「さぁて、ミズキさん、そろそろ狩りにいくよー!」
そう言うとエスはすくっと立ち上がった。
続けて、ミズキさんが少しどんよりとした表情で立ち上がり、ため息をつく。
「はぁい…今日も頑張りますぅ…。」
その様子を見ていた、彼女の親友のキョウさんが小さな声で呟く。
「また、デコイなのか…」
そのボヤキを聞いて、思わずミズキさんがキョウさんに飛びつく。
「そうなのー!聞いてよキョウちゃん!しかも最近はピラでデコイだからホントに痛くて仕方ないの!」
たまらず愚痴を零すミズキさんにゼノさんがやれやれといった表情で二人にお小言をぶつけた。
「まったく…ミズキさんもエスを甘やかしすぎだよ。
エスっちのセカンドの剣士だってもうそろそろレベル80台なんだからさー…」
ギロっと睨む目線にエスが慌てて言い訳を並べる。
「い、いやぁー、でもあと少しでミズキさんと経験値を公平できるようになるからさー…
もう少しの辛抱してもらう方向で…ねっ!ねっ?」
「はいはい…。エス君には頑張って公平圏内に来てもらってからたっぷり貢献してもらいます!」
「がってん承知だぜ!それじゃあ、みんな行って来るねー!」
溜まり場のメンバーが一斉に肩をすくめ、「やれやれ」と呟く。
しかし、その中の一人が「まあ、いつものことだな」付け加えると。
皆、諦めた様子で頷き、黙って二人を見送っていた。
その様子を隣で見ていたアユがこっそりとパーティーチャットで話し掛けてきた。
『なんかいいなー。二人とも仲良くてああやってお互い助けあってて…
わたしはちーちゃんに助けてもらってばかりだから、なんとかしたい!』
『まあ、なんか助けあっているように見えないけど…エスが頼りっぱなしに見えるんだけど…』
『きっと、二人きりのときはとっても大事にしてると思うよ。
じゃなきゃミズキさんだってあんなに態度取らないと思うし。』
『言われてみれば、ミズキさんのエスに対する献身的な態度にはホント感服するレベルなんだけど
当のエスが如何思っているかなんて聞いたことないからなぁ…まあ、二人が仲良ければそれでよいけど…』
『うん、わたしたちもあの二人みたいに仲良くしようね。』
その言葉に返事が止まる。恐らく他意ない──と思いたいが、
相変わらずこちらが照れるようなことを臆面もなく言ってくるのでどうしたらよいのか反応に困っていた。
『あ、そろそろ時間ー!今日はこれで落ちー!お疲れ様っ』
『あ、うん…お疲れさま。』
『ばびゅーん!』
こちらの返事を待たず、あっという間にアユは姿を消した。
皆に挨拶もせずにすぐに落ちたところをみるときっと急いでいたのだろう
──そう思った矢先、慌てた様子で再び姿を現す。
『あ、ごめんー! 忘れてたね。』
そう言って、隣に座り込むとエモーション(/ハート)をする。
この前と同じのようで違う感触。そして耳元で囁くように。
「じゃあ、おやすみ…ちーちゃん。」
そうして、再びアユはログアウトした。
取り残された自分はというと一歩も身動きすら取れなくなり、
しばらく固まったままでいた──周囲の視線の圧力によって。
「あゆ…オープンチャットだよ…。」
その後、周囲のメンバーからやっかみと追求を受けていたのは言うまでもない。
***
しばらくして──
「さぁて、ウチは森へ帰るかなー。」
「あ、私もゼノさんについていきますよー。」
「私は少しAFK。」
「んじゃ俺もソロってくるわー。」
さっきまで活気づいていたこの溜まり場も、
エスとミズキさんが居なくなった途端に各々別行動を開始する。
かくいう自分もこれからの時間はソロ活動に勤しむわけだが、
最近はレベル上げ以外にもう一つやらなければ増えてしまい、
しばらくはそちらの"作業"に専念することを決めていた。
「ボクも伊豆に行ってきますね。」
恐らく誰も聞いてないとは思いつつ、一人、衛星都市"イズルード"へ向かった。
***
イズルードは首都プロンテラの南東に位置しており、
広さからは都市というよりはむしろ町といったほうが正しいだろう。
町に入ると波の音が出迎えてくれ、海が近いことを感じさせてくれる。
入り口には大きな橋があり、渡りきったところに町の中心である広場がある。
この町には剣士の転職場や、回復アイテムなどの果物や芋を販売する商店が集合しており、
倉庫も近いこともあり、主に回復剤や消費アイテムなどの大量購入はこの町で行われている。
また、港もあり船を使って港町アルベルタや海底ダンジョンのあるバイラン島へ向かうことができる。
そんな海辺の町イズルードのことを多くの人は"伊豆"と呼んでいた。
さて、この町に来た理由はたった一つである。
それはつい先日実装されたばかりであり、AGIのステータスを上昇させてくれる
"ブローチ"というアイテムを求めてここへやって来た。
ステータスをあげるアイテムは様々あるが、
その中でも"アクセサリ"という部位に装着可能なアイテムのうち、
ステータスが上昇するのはネックレス・ブローチ・イヤリング・グローブ・ロザリーの五種類であり、
それぞれVIT・AGI・INT・DEX・LUKのステータスを上昇させてくれるため、装備をしておいて損はない。
さらにアクセサリは最大二個まで装着可能であるため、
ほとんどのプレイヤーがなんらかのアクセサリを二個装備していた。
当然のことながら、"速さ"を求めるためにブローチ以外の選択肢はないのだが、
ブローチ自体が実装されたばかりということもあり、市場にもほとんど出回っていない。
仮に取引で手に入れるにしても二百万ゼニー以上も必要なレアアイテムである。
日々、ゼニーのほとんどを回復剤に費やしている自分にとってはそんなお金があるわけもなく、
自力で入手するしか手段がなかった。
とはいえドロップするモンスターがそんなに強いわけでもなく、
この伊豆から船でいったバイラン島の海底ダンジョンの地下に生息する
"オボンヌ"というモンスターを狩るだけである。
しかし、このオボンヌとかいう人魚の形をしたモンスターはなかなかブローチを落とさない。
実は海底ダンジョンに篭りはじめてから既に五日は経過しているが、
ネコ耳や四葉のクローバーのときと比べ、全く出る気配がしない。
既に倉庫にはオボンヌの収集品である人魚の心臓は五千個以上溜まっており、
そろそろ確率の壁を打ち破ってほしいところなのだが。
***
いつものように伊豆の北東にある船着場に向かい、そのままバイラン島へ向かった。
船着場に辿りつくと目の前は木々が生い茂っており、島はすっぽりと緑に覆われていた。
バイラン島は中央が窪んだ構造になっており、そこに海底ダンジョンの入口があるのだが、
残念ながらここからでは丁度崖下になっており、降りることができない。
反対側に崖下へ続く道が用意されており、そのために島の外周を通りぐるりと迂回しないといけない。
面倒だなぁと感じつつも、森の奥へ向かう。
そうして石造りのどことなくプロンテラの迷宮の森っぽい入口に辿りついた。
そしてこの入口の直上、崖の上には"さいりの雑貨屋さん"という露天名の商人が座っており、
文字通り冒険に必要な
こんな
「さて、今日も行きますかね。」
さいりの雑貨屋さんに見守られながら、海底ダンジョンへ向かった。
***
海底の洞穴らしく、ひたひたと水滴が降り注ぎ、膝下ぐらいの高さの水嵩に吸い込まれる。
出来るだけ浅瀬を選んで進むも、奥へ進むに連れて水嵩は増していく。
そんな中を水音を立てて歩きながら進んでいた。
地下一階と二階はほとんどノンアクティブのモンスターしか出現しない。
ときどきヒドラといった面倒なアクティブモンスターの攻撃が足を絡めてくるものの、
大して強くないため、ひっかかる触手を払いのけつつ、
ようやく、獲物であるオボンヌが出現する地下三階を辿りついた。
イズルードの海底ダンジョンは三階が最下層であるが、
他のダンジョンと比較してさほど強いモンスターは出現しない。
そのため、経験値効率も悪く、さらにMVPボスも出現しないため、
不人気ダンジョンの一つに数えられていた。
狩りにやって来るプレイヤーのほとんどはブローチ狙いであるため、
ダンジョン内はいつも閑散としていた。
思えば、アイテム目的で狩場に篭るなんていつ以来だろう。
あのときは目的のものが出なくて、辛い思いもしたが、今思えば楽しい時間であった。
このダンジョンに篭り初めて五日目、
そんな久しく忘れていた感覚が急に蘇ると"彼女"の姿がふいに頭をよぎる──その瞬間。
「……えっ?」
突然、入口に一人の男剣士が現れた。
金髪のオールバック姿にサングラスを身に着けたその剣士を見た途端、
押さえつけていた記憶が一気に噴出した。
「よう、ちるっち。」
その呼び方をする"剣士"は自分の知る限り二人しかいない。
そして、そのうちの一人は今頃はピラミッドで狩りをしているはず…
あまりにも意外な、あまりにも唐突な登場に平静を保ちながらも、
拳はわなわなと震えていた。
そう──今、目の前にいる剣士は
かつて自分が在籍していたパーティー"Angel_Heart"のリーダー
エルドラドであった。