ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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人魚の選択

身体の一部がズキズキと痛み出し、次第に強さを増していく。

 

心臓の鼓動は早くなり、目は開きっぱなしで焦点が定まらないまま、

どこかをぼんやりと眺めていた。

 

一瞬にして走り出した思考は一瞬にして停止し、

そこから先に進まなかった。

 

しかし、エルドラドはこちらの異変に気付くこともなく、さも羨ましそうな様子で話を続けた。

 

「まー、仲良くやってるならそれでいいんだけどさー。だいたいハルカは──」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。何、その話?ハルカさんとはあの時以来一度も会ってないし、

今はどこにいるかも知らないんだけど……」

 

勝手に語り始めたエルドラドを制止させるため、

大慌てで頭を整理して、再起動をさせた。

 

すると、エルドラドもさっきの自分と同じように一瞬で思考が停止すると、

再び動きだしたときには顔が驚きの表情に変わっていた。

 

「えっ…マジで!? ハルカはパーティー解散したとき、こっちの誘いを断って

ちるっちのところへ行くって言ったまま、音沙汰なしなんだが…」

 

その事実に困惑する──しかし。

 

「今の今まで、ボクはハルカさんと会ったことも、見かけたことすらないよ。」

 

嘘偽りのない真実を告げると、エルドラドは困惑の表情を見せる。

同時に押し黙るようにして口元をつむぐと、視線を逸らし考え込む仕草をした。

 

その様子とは対照的にこちらは「ふぅ」と息を整え、落ち着き払ったようにしながら、

頭上から落ちてくる水滴の粒を一つ、また一つと目で追った。

 

彼女がそのような言葉を残して、エルドラドの元を去ったのであれば、

考えられる結論は──

 

「…すまん、だとしたらきっとオレのせいだ。本当に…すまない。」

 

先に口を開き、頭を下げたのはエルドラドの方だった。

やはり、考えることは全く同じで、そしてその答えもまた全く同じだった。

 

──そう、彼女は恐らく、罪悪感に苛まれこの世界から脱出したのだろう。

 

『周りの様子を伺いながらバランスをとってうまく取り繕おうとしてて、

そしてその事に凄く疲れている気がするんだよね。』

 

以前、ハルカさんのことをリプレさんはこう分析していた。

そして自分もその通りだと思っていた。

 

今まで保っていた危うい均衡が、あの日以来、一気に傾き、そして崩れ去った。

取り戻せなくなってしまった現実と、彼女が背負ってしまった自戒に挟まれて、

苦悩の末に出した結論だったのだろう。

 

楽しくなくなってしまったのなら、他人との関わりに疲れてしまったのなら、

楽になる道を選んでも不思議ではないし、悪いとも思わない。

 

そして、どちらにも贔屓することが出来ないのなら、

その代償は自らに戒めを課す──ということなのだろうか。

 

エルドラドの肩にポンと手を置く。

 

「もう、いいよ。あの時のことはしばらくはトラウマにはなったけど、

最近、仲間も増えて楽しくやってるから、こっちのことは気にしなくていいさ。」

 

「すまん…」

 

「それにさ、続けるか辞めるかは本人の意思だし、ボクがとやかく言うことではないしね。」

 

「でも、きっとハルカは…また、ちるっちに会いに来ると思う…オレにはそんな気がする。」

 

「さて、どうだろうねぇ…まあ、ボクがこの世界に居続ける限りはその可能性はゼロ…ではないけどね。」

 

この世界は決して広くはない。

もしかしたら、たまたまどこかでばったりと会える日が来るのかもしれない。

会ったらどんな風に接したらいいのか分からなかったけど、

心のどこかでそんな偶然を期待していたのは事実だ。

 

──でも、エルドラドの言葉からその願いはどうやら叶わないことが分かった。

 

「さて、この話はこれでおしまい。ボクはそろそろ狩りに戻るとするよ。」

 

「あのさ…」

 

立ち去ろうと振り返った瞬間、もう一度声が掛かる。

 

「オレさー、ラヴィ…いやラヴィさんのパーティーに入ってから本当に色々あってさ、

なんか疲れちまって。」

 

「何があったんだい?」

 

「あ、それは聞かないでくれ。ちるっちには関係ないことだしね。」

 

「そうか…じゃあ、聞かないでおくよ。」

 

「で、まあ、この世界からおいとまするっての考えたんだけどさ」

んでもやっぱり俺はまだこの世界を捨てきれないみたいだから、

ちるっちみたいに新しい出会いっつーもんを求めてサーバーを移動することにしたんだ。」

 

この世界には現在のところ三つのサーバーがある。

一つ目がここChaos(ケイオス)サーバー。

次に出来たのがLoki(ロキ)サーバー。

そして、最も新しいのがIris(イリス)サーバーである。

 

今ではどのサーバーも同じぐらいのプレイヤー数がいて、どこも賑わいを見せている。

当然サーバーを移動すると、これまでの装備やキャラクターはゼロから作り直さなければならないが、

心機一転、古い関係を捨て、新しい出会い求めるには決して悪い選択肢ではなく、

むしろよくある話であった。

 

「そっか…で、どこのサーバーに行くの?」

 

「へっへっへ…内緒だよ。ついて来られても困るしな。」

 

「はいはい」と肩をすくめる。

しかし、その口ぶりからはエルドラドは本当にこのサーバーを、

このサーバーで手に入れた"モノ"を捨て、新しい道を進もうとしてる決意は汲み取れた。

行き先を教えないというのも彼なりの覚悟なんだろう。

 

最初は「突然、目の前に現れて一体何しに来たんだコイツは」と、心の中で激しく憤る思いもあったが、

彼の持っていた悩みや葛藤もまた、自分と似ていたことに気づかされた。

そんな彼が新しい道へ進もうとする──その決断を下したことを素直に応援したいと思った。

 

「ああ、それでさ、俺、もうここに用ないから、アイテムとかゼニーを処分しようと思ってさ。

んでどうせなら一番迷惑かけた…ちるっちに──」

 

「いらないよ。確かに、今でも本心は酷い目に合わされたと思っているけど、

結果として自分が変わるきかっけを与えてくれたわけだし、もう、それだけでもう十分だよ。」

 

「そっか…なんか最後まで迷惑かけちまったな…」

 

「それに、ボクじゃなくて、他のメンバーにもさ──」

 

「あー、無理無理。リプレは今でも苦手だし、それに他のメンバーだって──」

 

エルドラドは視線を床に落とし、ギリギリと握りこぶしを強めると、

表情も連動し、みるみるうちにこわばっていく。

 

その様子がふいに自分の姿と重なる。

もしかしたら、エルドラドも自分と同じような仕打ちを新しいパーティーで受けていたのかもしれなない。

因果応報と言ったらそれまでなのかもしれないが、

その辛さを知っているだけにどうしても(あざけ)ることが出来なかった。

 

「まあ、でも、ハルカには最後に会いたかったな…ちるっちなら知ってるのかと思ってさ…」

 

「まあ、惚れてた女に最後は会いたいってのは男のサガだよな?」

 

「やっぱ、気付いてたか…」

 

「まあ、流石に分かるさ。じゃなきゃ、ボクを排斥する理由が見当たらないもの。」

 

「ああ…、俺は結局、"お前"に勝てなかったしな…先に出会ったのはこっちだったのに…」

 

「ばーか。ボクは勝ててないよ。現にハルカさんはどこにもいないわけだし。」

 

「でも、今、お前は──」

 

「今は今で色々と悩みはあるんだよ。でも、一つは…たった今解決したさ。」

 

「…………」

 

「だから…"リーダー"も元気でな。新しいサーバーでいい出会いが待っていることを祈ってるよ。」

 

「ありがとう…そして、本当にすまなかった。」

 

そう言ってエルドラドは深く頭を下げた。

その行為に対し「もう、いいから」と顔を背けながら照れくさそうにして手で制止させ、

そして、くるりと背中を向けた。

 

「じゃあ、ボクは狩り戻るから。達者でね。」

 

「ああ、それじゃあ、またどこかで」

 

彼が姿を消す瞬間を見たくなかったのか、

それとも歪んでいく自分の表情を悟られなかったのか分からない。

だけど互いに振り返らないことを決めたのであれば別れ方がこの方がいい。

 

そう思い、足を一歩ずつ踏み出し、ダンジョンの奥へと進む。

 

するとふいに背中から声が聞こえ──

 

「やっぱ、餞別ぐらい置いていくわ。つってもさっきゲットしたばかりの"とりたてほやほや"だけど。」

 

その声に反応し、思わず振り返るも、既にエルドラドの姿なく、

彼のいた足元の床には一つのアイテムが転がっていた。

 

「ったく…余計なことしやがって…」

 

ぶつくさ言いながらも、地面に落ちていたアイテムを拾い上げる。

 

─ブローチを1個獲得。

 

どうやらエルドラドは人魚(オボンヌ)だったようで。

 

その姿を想像してしまい、途端と笑いがこみ上げてしまった。

 

 

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