「さあて、どうするかなぁ…」
両手を頭の後ろで組みながら空を見上げ、いつもと同じように仰向けの姿勢で深くベンチに腰掛ける。
さっきまでは狩りをしていたが、どうにも気分が乗らず、
いつも考え事をするこの場所で一人、物思いにふけっていた。
元リーダーとの訣別を果たした後、もう一つのブローチはいとも簡単に手に入った。
確率の壁は立ちはだかることもあれば、ときにはあっさりと乗り越えることを許してくれる。
こちらの感情を見透かしているのか、実に気まぐれで掴みどころのない"いきもの"である。
念願のブツを手中に収めたことで、ようやく、装備だけは
少しずつではあるが目標に向かって、その足は前に確実に進んでいることを実感する。
しかし、一方でもう一つの悩みを抱えている。
それは肝心のレベル上げが進んでいないことである。
レベル上げとなればやることはただ一つ、無心にモンスターをなぎ倒し経験値を稼ぐことなのだが、
低レベルのときからずっと同じダンジョンに生息し、狩りを続ける"作業"にもそろそろ"飽き"が訪れていた。
もちろん、当初は今のメイン狩り場で狩りを続ける気に満ち溢れていたのだが、
レベル70を半分すぎ、そろそろレベル80も見えてきたところで、
レベル上げに対するモチベーションが急降下してしまった。
一度、目標レベルまでに必要な経験値をポイズンスポアの数で試算したことがあるのだが、
途方もないぐらいの数を狩り続けなくてはいけないことがわかった。
おかげで別の狩り場を検討すべきことは理解できたのだが、その最適解を見出せずにいた。
現状、デスペナルティのないシステムとはいえ、
死ぬと
であれば、今の自分の"強さ"でも安定して狩りが継続でき、消費も少なくかつ、
経験値が美味しいモンスター─
腕を組みながら、目を瞑り、頭を何度もひねりながら思案に明け暮れる。
自らの知識をフル動員して唸り声を上げるも、やはり答えは見つからなかった。
「…ちゃん?」
「……ーちゃんっ!」
「……ちーちゃんっ!──ってば!」
ハッと目を開けるとそこにはふくれっ面をしながらこちらを覗き込んでいるアユの姿があった。
「もー、やっと気づいたー!」
プイっ視線を逸らし、すぐに横目でこちらを見つめる。
どうやらすぐに反応しなかったせいでご機嫌斜めのようである。
「ごめんごめん、ちょっと考え事しててね…」
「まったくぅ!」とふて腐れながらも、いつもと同じようにちょこんと隣に座り、寄り添ってくる。
最近はこの積極的なアプローチにも慣れてきたのか、
それともこれが自然になってきたのかは分らないが、
いちいち動揺することはなくなっていた。
すると、アユはベンチの上で足を抱えながら、こちらを向いて問い掛ける。
「それでー?考え事って?あ、もしかして相方のこと考えてくれてたの?」
「いや、そういうわけじゃなくて…」
「えー、なぁんだ…違うんだ…」
本当に自分がそんなことを考えているのを期待しているのか定かではないのだが、
そんなにがっかりされるとこちらもどうしたらいいのか分らなくなってしまう。
「まあ、ちょっと最近レベル上げが停滞してるもんだから、ちょっと別の狩り場の検討をね…」
慌てて元に戻した話題にアユが食いつく。
「えっ!別の狩り場?どこどこ?」
「いや、まだ全然考えきれていないんだけど、どこがいいかなー程度に。」
何かを期待してたのか、アユはこちらの答えに残念そうな表情を浮かべる。
しかし、すぐに何かを思いつくと、目を輝かせながら大きな声で手を上げた。
「はいはいー!じゃあ、私が考えてあげる!」
「えっ…」
「ちーちゃんはいつもなんか考えすぎなんだよー。
私がベストチョイスしてあげるから、ちょっと待ってて。」
「はぁ…」とそのまま勢いに押されてしまった。
相変わらず、無邪気でともすれば破天荒でもあるようなその明るさに
毎度のことながら巻き込まれっぱなしである。
「むむむ…」
一方、アユは真剣な顔つきで、眉を歪ませる。
自分のためにマジメに考えてくれているのは嬉しいのだが、
同時に突拍子も無い答えを出すのではないかとびくびくして待っていた。
そして、何か閃いたようにアユは苦悶の表情を解く。
「決めたっ!ピラミッドにしよっ!それも最上階ねっ!」
「却下。」
「ええええええぇえええええ!?」
アユの導き出した答えに即答で跳ね返す。
「いやいや、ピラなんて無理だって…すぐボコられて帰ってきちゃうのがオチだよ。」
「そうかなぁ…ちーちゃん回避能力あるし、私だってそれなりにダメージ出せると思うんだけどなー。」
そう言ってアユは弓を引くポーズを見せる。
そして、その姿を見てようやく自分の過ちに気づいた。
「へ…? あっ…ごめん、ソロじゃないんだ…。」
その呟きに「ぶー!」とベンチの立ち上がると、こちらを見下ろすようにして視線を降り注ぐ。
「ひどいっ!わたしのことを置いていくつもりだったんだ!」
やらかしてしまったことに弁明のホールドアップを見せ、両手を振って必死に否定する。
「あっ…いや、そういうつもりじゃ…ごめん、ちょっと勘違いしてた。」
アユは「もおっ!」と腰を下ろすと、そっぽを向く。
確かにペアで狩りにいくことは毎度の事とは言え、経験値の取得のほとんどはソロである。
そのため、今回の新しい狩場の検討も鼻っからソロしか考えていなかったわけで…
「ふーんだ、ふーんだ、もう知らないー。」
「ごめんなさい!アユのことを考えていなかったわけじゃなくて──」
すっかり、拗ねてしまったアユに対して、その後も釈明と謝罪の言葉を捧げた。
しかし、アユのお怒りはごもっともとはいえ、
やはり自分の中ではピラミッドという選択肢は最初から頭になかった。
無様に敗走した"あのとき"以来、少なくても"狩り"に訪れたことは一度もない。
ユーシさんに会うため一度だけ訪れたものの、それもただひたすら"逃げ"も徹していただけである。
仮にペアで行ったとして、もしかしたらまた同じ結果になるかもしれない。
そうしたら再び同じことを繰り返してしまう。そんな不安がどうしても頭をよぎってしまう。
なんとか説得して別の場所を提案しようとするも──
「じゃあ…ピラミッドに連れていってくれる?」
結局、振り出しに戻ってしまった。
恐らく、もう譲る気配はないのだろう。
いつの間にか追い込まれてしまい、選択肢を失われてしまった自分は
たじろぎながらアユの真剣な上目遣いに翻弄されていた。
「でも…、あそこは沸きが凄いから…まだボクらじゃ無理なんじゃないかな…」
「大丈夫っ、ちーちゃん避けまくるし…それにペアなんだし…お互い助けあえばきっとやっていけるよ。」
その言葉を聞いたとき、"あのとき"の会話が蘇った。
『えええぇっ!? "ピラ4"ってりっちゃんが狩りしてるところでしょ? まだ私じゃ無理だよぉ~。』
『ふふふ~ん、安心して! ボクは回避能力だけは高いから、モンスターのターゲットは全部引き受けるよ。
こっちが抱えてる間に、魔法でバンバン倒してくれれば、きっと余裕だと思うよ。』
『で、でもそれじゃあ…ちーちゃんに経験値が入らないんじゃ…。』
あのときはただ自分の"強さ"をひけらかしたくて、気乗りしなかった"彼女"を連れ出した。
経験値が全部入れば"彼女"も喜ぶと勝手に思い込み、殲滅を全て"彼女"に押し付けた。
お互いを助け合うというパーティーの基本を忘れて、独りよがりになっていた自分には、
パートナーを守ることなんて到底出来るわけなんてなかった。
今は無知や慢心はない。
"あのとき"よりレベルも上がってる。
そしてパートナーであるアユの強さも把握してるし、
あそこの狩り場の性質も理解している。
でも、そのうえで本当に狩りになるのか?あの時と同じことを繰り返さないか?
その問い掛けが繰り返される度に
無様に地に伏せたあの情景がここぞとばかりにフラッシュバックする。
そして、答えの出ないまま沈黙が続いた──すると。
「…はい、もう決定!じゃあ、早速出掛けよー!私も準備してくるから、ちーちゃんもすぐに準備してっ!」
返事がないのが返事とばかりに、アユは再びベンチの上に立ち上がってびしっと人差し指を立てた。
その表情はやる気に溢れている一方で指を指された側は悲壮感漂う表情をしていた。
もし、"あのとき"と同じ"結果"になったら…
身動きしない自分の様子を、アユは人差し指を立てたポーズのまま、ずっと見つめていた。
その瞳がこちら思考を見透かしているようで、つい視線を逸らしてしまった。
アユはしばらくじっとしていたが、ピョンと飛び跳ると再び隣に座った。
「もー!ちーちゃんは難しく考えすぎだよ?別にゴロンしてもいいんだよ?」
すぐ隣にアユの視線を感じる。
今の自分がどれだけ辛い過去を持ち、トラウマを抱えているかアユは知らない。
もちろん、あの無様な出来事を他人に話すようなこともできない。
では一体どうすればいいのだろうか?
こちらが押し黙ったままでいるも、アユは視線を外さない。
そのため、こちらの目の行き場がグラグラと彷徨う。
何も答えることできず、再び沈黙に陥ろうとしたとき、
今度はアユの方から視線を逸らし、口に手を当てながらそっと呟く。
「あっ…でも、ピラミッドの床はちょっと冷たくてイヤかも…」
その台詞に思わず、「ブッ」と噴出した。
かたや過去のトラウマに翻弄され、
情けないことにいつまでたっても過去を乗り越えることが出来ない自分に対し、
どんなことにも前向きで、いつも不安を取り除き元気を与えて
──そしてどーでもいいことを気にしているアユ。
まったくもってアユのその性格が恨めしい。
でも、そんな存在が傍にいるだけ、自分は恵まれているのかもしれない。
「ふぅ」と小さく息をつき、たくさんの不安を吐き出す。
「分かった。準備してくるよ。」
枷となっていた
すると、アユは本当に嬉しそうに笑顔を見せた後、
すぐに倉庫に向かって走り出した。
その後を見守るように後を追いかけ、そして──覚悟を決めた。