──anim(アニム)
その名前を知らないプレイヤーはいないだろう。
風貌は見てのとおり、最も人気のない赤い逆毛をした男シーフであるが、
その強さはこの全サーバーに轟き、凡プレイヤーの自分ですらその噂を耳にしていた。
元々はYohane(ヨハネ)というマジシャンをしており、
あのArip(アリプ)と同時期にレベルがカンストしてからというものの
早くからボス狩りを中心に活動をしていた。
特に競争率の高いミストレスおいて、ヨハネのMVP奪取率の高さは驚異的であり、
強豪がひしめく中、第六感にも近い索敵能力でライバルを出し抜き、
これまで数多くのレアアイテムを手中に収めていた。
そんなマジシャン"ヨハネ"は今度は何を思ったのか突然セカンドキャラとしてシーフを始めた。
その新たに創り上げたキャラクターが"アニム"である。
当然のことながらレベルはカンスト。
レベル90にすら到達してないプレイヤーがいる中で、
セカンドキャラすらレベル99というのは驚きである。
さらにアニムはセカンドキャラの利点を活かし、
キャラクターメイクもこれまでのノウハウや仕様変更に対応しており、無駄も隙もない。
そんな、ステータス、装備、やり込みと
これまでの"ボス狩り"で培った鋭い嗅覚やプレイヤースキルを兼ね揃えた
アニムを"最強シーフ"と呼ぶことに異論を唱えるプレイヤーはいなかった。
「あれが…アニムか…」
最強と呼ばれたプレイヤーを目の当たりにし、気持ちが高ぶっていた。
自分が探し続けてきた"強さ"の完成形がすぐ近くにいる。
男なら誰しもが憧れる"最強"という称号。
その頂を手にしたアニムは今一体どいう気持ちでいるのか、知りたかった。
そんな広場の視線を一心に受けながらも、
アニムは不敵な笑みを浮かべながら遠くを覗き込んでいた──すると。
「さて、そろそろ行きますかね。」
そう、呟くとアニムはその場から飛び立ち──消えた。
恐らく"ハエの翼"という同一マップ内をランダムにテレポートするアイテムを使ったのだろう。
突然の出来事に不意を突かれ、周囲がざわめき出す。
「あ、あれ…?時間ってまだ先じゃ…?」
「ば、ばか!アニムが飛んだんだからもう時間ってことだろ、さっさといくぞ!」
すると、他のボス厨達もアニム釣られるようにテレポートを始めると、
あっという間に賑わっている広場がガランとなり、
残っているのはボスに興味がないか、狩りや観光でたまたま遊びにきているプレイヤーのみとなった。
「あらあら、またいつもの手に引っ掛かってしまったのですね。お馬鹿さん。」
「うん、まあアニムんの得意技だよねん…」
ことの様子を隣で傍観していた二人が肩をすくめながら声を漏らす。
二人の言葉からアニムが何かを罠でも仕掛けたのは容易に想像がついた。
ボス狩りならではの駆け引きなのかもしれないがそれが何なのかは分らなかった。
それにしても本当にこんな大勢のライバルがひしめく中で
アニムは本当にMVPを勝ち取ることが出来るのだろうか。
いずれにせよ、もし今が
結果には期待しつつも、傍観者でしかいられない自分に少しだけ歯がゆさを感じていた。
***
──わずか数分後
どうやら決着がついたのだろう、次々にプレイヤーが広場に帰還してきた。
その顔色はやや陰り、中にはため息を漏らすプレイヤーもいた。
「また、アニムにやられたわ…」
「ああ、俺が着いたころには
「正確な時間ってわかってるヤツいる?」
「いんや、ちょっと分らないな。まあ、大体今の時間から誤差一、二分ってところじゃない?」
「時間まで取られてしまってたら次も勝ち目ねーな。俺、次はパスするわ…」
戻ってきたプレイヤーによる敗戦の弁が聞こえ、あのアニムがMVPを取ったことを知る。
さらに、
ボスの沸き時間を知ってることは索敵においては圧倒的に有利である。
もちろん時間を知らない場合は他のプレイヤーの動きを見ながら行動すればよいが、
時間を知ってるプレイヤーはわざと沸き時間じゃないのに索敵する"フリ"をしてライバルをかく乱する。
そして既に倒されたのごとく振舞うことで少しでも競争相手を減らすという駆け引きをしている。
そのため、ボス時間を手に入れるということは次のMVPを取るのにぐっと有利になることを意味していた。
落胆した様子のボス厨達はそのまま、散り散りばらばらになりながら、ゲフェニアを後にした。
こうして二時間毎のイベントが終了し、さっきまでの喧騒が嘘のように広場はいつもの調子を取り戻した。
「いやー、アニムさんって本当に凄いんですね。
あれだけのライバルがいる中でさくっと取ってしまうなんて。」
興奮冷めやらぬ中、話題の中心にいたアニムのことを隣の二人に切り出すと、
その言葉に反応したパプチーさんが途端と蔑む様な目つきをした。
その様子に思わずびくっと反応してしまい、何か不味い事でも言ったのかと慌てふためく。
「ふん、大したことないですわよ。セコイ手を使って出し抜いただけですわ。」
急に語気を強めたことにナナさんが「まあまあ」と話に割って入ってくる。
そして、こちらに向かって目配せを送ると小さな声で「ごめんねん」と呟く。
「ところでさん──」
明らかに空気が悪くなったことを察したナナさんが
別の話を切り出そうとした──そのとき。
「よぉ。なんだか三人並んで楽しそうにしてんなー?オレも混ぜてよ。」
その声の方向に視線を向けると、
髪の毛を逆立てたシーフが目の前に立っていた。
「あ、あなたは…」
「よっこらせっと」
そのシーフは腰を下ろし、あぐらを組んだ膝に頬杖をつくと、
何故か視線をこちらに向けて目を細めた。
そう、目の前にいるシーフは──アニムであった。
すると、隣にいたパプチーさんはアニムの顔を見た途端、
「ふぅ」とため息をついた後、きっと睨み返した。
「あら、ごきげんよう。その様子だと
「やー、パプちゃん。今日も綺麗だね。そんなことより、オレも会話に混ぜてよ。」
「あら、意外。もしかして汚い手を使っておきながら、負けたなんて言わないでしょうね?」
「まー、一応倒したけど、アイテムはスカだったから実質負けに近いさ。」
「そう、残念ね?どうせ次も行くんでしょう?」
「まー。眠くなかったらね。んで…ナナさん、何でパプちゃんはこんなに機嫌が悪いん?」
「それは目の前の本人に聞いてみたらいいんじゃないでしょうか…。」
どうやら自分以外はお互い顔見知りのようだが、何故か険悪な雰囲気のご様子。
パプチーさんも辛辣な態度だし、ナナさんもなんだか間に挟まれて大変そうである。
それにしても、明らかに敵意剥き出しのパプチーさんに対して、
目の前にいる逆毛は嬉しそうにニコニコしていた。
「…………」
「…………」
いつしか会話も途切れ、辺りに不穏な空気が流れ始める。
この雰囲気に耐え切れずにすっと立ち上がり、ギブアップを宣言する。
「あ、あのぅ…、ボク、そろそろ狩りに出掛けますのでこの辺で…」
「おやおやつれないねー。まあ、美女二人はオレに任せてさっさと行って来なー。」
しっしっと手を払うアニム。その言葉に甘えるようにそそくさと立ち去ろうとするも。
「任せていただく必要はございませんので、私たちも失礼します。いきましょう、ナナさん。」
パプチーさんは不機嫌な表情のまま立ち上がると、
アニムに目を合わせることもなくぷいっと背中を向け、ダンジョンの奥へ進んでしまった。
「あーりゃりゃ。まあ、仕方ないか。んじゃ、ちるちるさん。また今度ねーん。」
すると、ナナさんもパプチーさんの後を追いかけるようにして立ち去ってしまった。
あっという間にその場にはシーフ二人が取り残されてしまった。
こちらとしては非常に居づらい雰囲気に気圧されて、話を切り出すこともできずにいると、
アニムは頬杖をつく視線のまま、二人が立ち去った方向を見つめ、ふーっと息を吐いた。
「…ったく、まーだ、引きずってるのか…。」
そう呟いた表情は少しだけ儚く、そして少しだけ哀しそうな眼をしていた──と思った次の瞬間。
「んじゃま、気乗りしねーけど、男同士でデートといくかね。」
「へっ…?」
突然のアニムの誘いに「何を言ってるんだこの人は」と困惑な顔をした。
「はっはーん。冗談、冗談。オレも男とデートなんてまっぴら御免だ。」
そんな風におどけるも、ぎろりとこちらも見て。
「んだけども、その相手が噂のちるちるって言うなら話は別だな。」
「えっ…?ボクのこと知ってるんですか?」
よもや、あの最強シーフにすら自分の名前知られていることに驚き、目を丸くする。
「なーに謙遜したフリしてんだよ。お前の存在はシーフ界じゃ大分知れ渡ってるぞ?
ゲフェンの"珍速シーフ"っていう異名でな。」
「ち、珍速シーフ…ってなんかその異名…とってもカッコ悪いですね。」
「とってもじゃなくて大分ダサイな。まあでもオレも興味あるしさ、ちょっくら見せてくれよ。」
「えっ…何を?」
するとアニムは自分の腕を二度叩き。
「その珍速ってヤツをな。」
「ええええええええええ!?」
突然の頼みごとに大きな声を上げる。
普段ならお願いされれば披露しないこともないが、その相手があの"アニム"なら話は別である。
最強のシーフに対して最弱のシーフが見せることなんて何もない。
それこそタダの見世物になってしまい、鼻で笑われてしまうことは目に見えている。
「えーと…──」
すぐに断ろうとするも。
「そいじゃま、ここじゃ邪魔になるだろうから、東の広場に移動しようぜ。」
そういってひょいと立ち上がると、こちらの返事も聞かず、東の広場に向かって歩き出した。
「あ、あの──」
「いいから、さっさと来いよ。」
「あ、はい…」
言われるがまま、アニムの背中を追った。