「ぐぅ…こんなはずでは…」
最初のナンパから1週間が過ぎた。
ネコ耳を受け取ってくれる女キャラを探し求め、
あえて人の多いゴールデンタイムを狙って毎日のようにタヌキ山を彷徨い続けるものの、
大した釣果は得られず途方に暮れていた。
最初は女アコライトに狙いを絞っていたのだが、
もはやそうも言っていられなくなった。
とにかく職業にこだわらず、女キャラを見つけては
片っ端から声をかけては取引要請を出す。
しかし、彼女達はそのナンパ行為に対して、
ドン引きしながら逃げ出してしまうか、
ガン無視するかのニ択でしか反応をせず、
頑張って集めたネコ耳もあれから一度も数が減ることなく倉庫の肥やしとなっていた。
ああ、きっとリアルの世界でのナンパも結局は今と同じ仕打ちを受けるのだろうか。
思い描いていた理想という身勝手な妄想が
「はぁ……」
元来持つマゾ気質のおかげで十や二十程度の失敗でへこたれない。
しかし、その二倍、三倍、四倍と数をこなしても成果は出なければ
流石の耐性も次第に崩れ、焦りと苛立ちを感じざるを得ない。
そうだ、こんな時は何が悪いか分析するべきだ。
近くにある森の木陰で一人腰を下した。
もちろんナンパ行為そのものが悪いのは言うまでもないことだが、
一度決めてしまったことなのでもはや後に引き返す事は出来ない。
こだわりを貫くことが自分の持っている最後の意地でもあるからだ。
…とは言うものの、
流石に毎日同じ場所で同じ失敗を繰り返していても埒が明かない。
プロのハンターは獲物が見込めないと分かるとさっさと狩場を変え、
別の獲物に狙いを定めるという。
であるならば、こちらも同じように成果が出ないこの場所は
さっさと諦めるが吉と言えるだろう。
そんな適当な思いつきから山篭りを取りやめ、街へ向かうことにした。
***
ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラ。
プロンテラ城の城下街として栄えるこの街は
武器屋、防具屋、道具屋といった冒険に必要なお店はもちろんのこと
大聖堂や王立騎士団、図書館、宿屋などの建物や施設も充実している。
また、街の中央にある噴水広場から南に下ったメインストリートでは
プレイヤーによる多くの露店が所狭しと並んでいる。
露天販売の多くは回復財などの消費アイテムを販売しており、
商人のスキルであるディスカウント(DC)によってNPC価格よりも安く仕入れ、
少しだけ色を付けた値段で売る事で差益を得ている。
このように、モンスターを倒す以外にも様々な稼ぎ方があるのも
MMORPGならではといったところである。
他にもモンスターから得られるレアアイテム、装備品を販売している店もあり、
この通りはどの時間に来ても露天販売や
ウィンドウショッピングをするプレイヤーで溢れかえっている。
もっとも、露天販売の多くは"Away From Keyboard"…つまりはAFK状態なのだが。
さらにメインストリートを南下すると外周と交差する南十字路がある。
ここではPT募集の看板が立ち並び、日々交流が盛んに行われている。
そんなたくさんのプレイヤーが集まる活気のある街がここプロンテラであり、
多くのプレイヤーがこの首都を
***
「相変わらず賑やか街だな…」
プロンテラの入場門は東西南北と四箇所ある。
タヌキ山から来る場合は東から北のどちらかの入り口を通り、
北から来る場合はプロンテラ城内を通り抜ける必要がある。
いつも、補給のため下山する際には最短経路である東門から入るのだが、
今回はプロンテラ城の観光も兼ねて北門から入ることにした。
とは言っても城の中は大して見るところはなく、特筆すべき点はなかった。
まだまだ未完成といったところだろう。
そうして城を抜けた先の跳ね橋を渡り、
ようやく首都プロンテラに到着した。
そしておもむろにある地点へ向かった。
そう、北門から来た理由はもう一つある。
それは本日の目的地である通称"ポタコ広場"がすぐ近くにあるからだ。
この場所ではアコライトがダンジョンや
他の都市やダンジョンへプレイヤーを転送するためのスキルである
「ワープポータル」を無償で提供している。
当然NPCではなく、プレイヤー自身による慈善行為みたいなもので、
このように自らの意思で冒険者を支援してくれるアコライトのことを
皆、敬意と親しみを込めて"ポタコ"と呼んでいた。
最初に誰が始めたのか分からないが、
この場所は多くのポタコとお客さんである冒険者が集まるようになり、
いつしか"ポタコ広場"とも名づけられるようになった。
なお、無償とはいってもワープポータルを使うためには
媒体である"ブルージェムストーン(青ジェム)"を1個使用する。
そのため、ポタを依頼する側はお礼として
地面に青ジェムを地面にドロップするのが暗黙のルールになっていた。
中にはタダ乗りするけしからんプレイヤーもいるが、
そこは聖職者である寛大な精神をお持ちのポタコ様である。
文句や不満を言ったりするポタコは皆無であった。
そんな転送屋を営む麗しきポタコ様に
日々の感謝の意を込めて、あるサプライズを実行することにした。
***
ポタコ広場に着くと、今日も多くのポタコがポータルゲートを開いている。
その横には数多くの冒険者達が列をなし、今か今かと自分の番を待っていた。
この光景を見ても需要と供給のバランスが悪いのは明らかであり、
ポタコの仕事は毎日大忙しであった。
そんなポタコ広場の中で一際目立っているアコライトがいた。
当然女キャラである彼女は金髪にショートボブの髪型、
いわゆる"ノビデフォ"と呼ばれるノービス立ち絵の髪型であり、
自分が最も好きな髪型をしていた。
もちろん目立っていたのは見た目だけではない。
毎回丁寧な応対でポタに乗る冒険者一人一人に対して、
支援魔法を掛けながら見送りをしており、
そんな献身的な振る舞いにナンパシーフの血が沸き上がった。
「よし。あのコに決めた!」
そして意気揚々と彼女の元へ向かうと
列を成しているプレイヤーの最後尾に並んだ。
前の人が移動し、次はいよいよ自分の番になろうとしていた。
ときどき座っている様子から恐らくSPはギリギリ。
それでも丁寧に一人一人、支援魔法をかけているその姿に感動すると共に、
思わず涙が出そうになった。
「こんばんは。どちらまで行かれますか…?」
なんと健気で可憐な振る舞いだろうか…もはや天使、ヴィーナスと
言ってもいだろうその美しさは既に神…
「あ、あの…」
…すら超越しているに違いない。
そもそも美の女神アフロデーテという…
「あ、あの…すみませんが…」
一生懸命に呼びかけるその可愛らしい声が
悦に浸っていた世界に割り込み、一瞬で我に返る。
「ハッ!? す、すみません…えーとその…とりあえずゲフェンまでポタを出してもらってよいですか?」
「はい。承知しました。」
彼女は挙動不審なシーフの態度に少し戸惑ったようだが、
依頼にすぐさま反応して詠唱を始めた。
《ワープポータル!!》
詠唱が完了すると、目の前にワープポータルの転送ゲートが現われる。
と同時にブレッシング(ブレス)や速度増加(IA)の支援魔法も飛んでくる。
なんと嬉しいサービスであろうか。
しかし、ゲートは一定時間しか開かないため、急いで乗らないと乗り遅れてしまう。
感動に浸る間はなく、仕方なしに次の行動に移る。
それはこのタイミングでポタコに報酬を支払うことだ。
慌ててインベントリを開き、ポタコの目の前に行くとぽろっとアイテムを落とした。
彼女の目の前に落ちたのは─猫耳のヘアバンドである。
今までと異なるそのお礼にそのポタコは一瞬、動きが止まる。
してやったりと思いつつも、こちらからは何も告げることなく、
逃げるように転送ゲートの中に飛び込んだ。
***
暗転が解かれ、光が差し込むとそこは魔法都市ゲフェンの中央広場であった。
"ちるちる"が生まれたこの街はさっきまでいた
プロンテラのポタ子広場の賑わいと比べると
ゆっくりと落ち着いた時間が広がっている。
「ふー…うまくいったかな…?」
とりあえずは当初の目的を果たしたことに
ふーっと大きな安堵のため息と一緒に肩を落とした。
そして広場のベンチに腰を下し、
目の前に見えるに街の中央にそびえ立つ大きな塔を見ながら
今回のプレゼント作戦を振り返ってみた。
受け取ってもらえないなら、自分から無理やり渡してしまえばいい。
それが今回の作戦の趣旨である。
…しかし、こうしてやりきった後に大事な事に気づいた。
そもそもこの作戦って受け取った側の反応がまるで分からないということを。
喜ぶ様子が見たくてはじめたはずのプレイもこれではまるで意味がない。
必死になりすぎたせいで元々のコンセプトを逸脱していたことに
まるで気づいていなかったのだった。
「あちゃ~…だめだこりゃ…」
やっちまった感満載の表情で頭を抱えてると、
安堵の声が後ろから聞こえた。
「あっ…こちらにいらっしゃいましたか。安心しました…」
つい先ほど聞いたばかりのトーンの声に慌てて振り返ると
そこには先ほどポタを出してくれたポタコが立っていた。
ぽかんとして、その場で固まっていると
そのポタコはそっと取引要請を出してアイテムを置いた。
「これ、落としましたよ?」
「あっ…え…その…」
その言葉と取引ウィンドウに置かれた猫耳のヘアバンドが視界に入ると、
何が起こったのか理解すると同時に
そんな彼女の善意の行動に対してひどく罪悪感を覚えた。
恐らく、彼女は間違えて猫耳を落としてしまったと勘違いして、
わざわざ後を追って届けに来てくれたのだろう。
自分の後ろにはまだ列が続いていた。
彼女はその人たちを置いて、ここに来ている…来させてしまったのだ。
後ろめたさを抱えたままではあったが、
とにかく理由を話さないことには始まらない…そう思い、口を開いた。
「それは青ジェムのお代の代わりというか、ポタコで頑張ってるあなたにプレゼントしたくてわざと落としたんです。」
「…………?」
「あっ…えっとだからですね。紛らわしくて申し訳ないのですが、それは落としものではなく、あなたにプレゼントしたものです。どうぞ受け取って下さい。」
困ったように顔を曇らせていた彼女もこちらの説明でようやく理解したよう様子で
ポンと手を叩いた。しかし返ってきた答えは意外なものだった。
「…………いいえ。」
一瞬、聞き違いたのかと思い、「えっ?」と聞き返す。
「いいえ。このような高価なものを頂くわけにはいきません。私はあくまでポタを提供しただけですし、このアイテムを頂くだけの対価を支払った覚えがありません。」
「あっ…えーと…気に入らなかったですかね…? あはは、すみません。もしかしてもう持っていたりします?」
「いえ、まだ猫耳のヘアバンドは所持していませんが、見た目も可愛いですし、いずれ手に入れようとは思ってます。」
「じゃ、じゃあ、なおさらのこと受け取って下さいよ!きっと似合うと思いますよ…?」
こちらの要求を必死に訴えかけるも、彼女は一向に納得する気配はなかった。
可愛い顔に少し悩ましい表情を出しながら首をかしげた。
「えーと…シーフさんがどういう経緯で私にこのようなものをプレゼントしてくれるのかは良く分かりませんが、いくら自分の欲しい物であっても、私はタダ同然でこのようなレアアイテムを貰うことは出来ません。」
「そ、それは何故でしょうか…?」
「私は欲しいものは自分で手に入れます。それがRPGの醍醐味だと思っているので。」
その一言は強烈なカルチャーショックのようなものを与えると共に
こちら一方的な善意を取り下げるには十分な台詞だった。
多くのプレイヤーが露店で買う等、労せずにレアアイテムを手に入ることに対して抵抗がなく、それが当たり前だとずっと考えていた。
だからこそレアアイテムをタダでプレゼントする行為はきっと喜んでくれるに違いないと妄信的に思い込んでいた。
しかし、彼女のようにアイテムを自分で手に入れることを
この世界の楽しむためのひとつとしているのであれば
自分のやった行為はその楽しみを奪いとる略奪以外の何もない。
しばらく黙りこみ、沈黙するも、
その雰囲気と申し訳なさに耐え切れず、自然と言葉が出た。
「余計な真似をしてすみませんでした。」
そしてそのまま彼女の取引要請を受け、猫耳のヘアバンドは再び手元に戻ってきた。
ようやく目的を果たした彼女はほっとしたような仕草をするも
表情は一つも変えず、真っ直ぐとした目で落ち込んでる自分を見ていた。
「いえいえ、おきになさらずに。では、私はポタの続きをしてきますね。またのご利用をお待ちしています。」
その一言は落ち込んでくれている自分を慰めてくれたのだろうか。
それとも取り繕った言葉なのだろうか。
その真意を問いただすこともなく、彼女は再びポタを出してプロンテラへ戻っていった。
ゲフェンの中央広場は先ほどと同じく、穏やかな空気が漂っている。
その中で、意気揚々と打ち立てた作戦が脆くも崩れ去ったシーフが一人
打ちひしがれた顔で佇んでいた。
「そういや、結局ポタのお代、何も払ってなかったな・・・」
キャラクターの名前は
彼女の名前はPachelbel(パッフェル・ベル)
とても素敵な名前である。