ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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ダマスカス

「ヒィイイイイイイイイイイン!」

 

黒光りする短剣が怪しい輝きを見せるたびに

一匹、二匹とアニムの周りを取り囲んでいたモンスターが蒸発していく。

 

その圧倒的な破壊力(パワー)を目の前で見せ付けられ、

もはや「すごい」という言葉すら失っていた。

 

「ふー、これでラストかー」

 

そう言って最後の一撃をナイトメアの胸部に叩きこむと、

聞き飽きた断末魔を浴びせながら無残にも吹き散っていった。

 

アニムがナイトメアの群れに対峙してからここまでの間、

一瞬にも思える時間の流れの中でまざまざと最強シーフの力を見せ付けられた。

 

今まで数多くの廃シーフをこの目で見てきたはず。

それでもこのアニムというシーフはその次元を遥かに超えている。

 

他のシーフと一体何が違うのだろうか。

その強さに迫りたくなると、激戦を制した後で

まだ身体はたぎっているであろうアニムに恐る恐る話しかける。

 

「あ、あの…その強さ…一体、他のシーフと何が違うのでしょうか。」

 

「あー?…ああ、まあそんなことより、今度はお前の番だからさっさと見せてくれよ。な。」

 

そう言われてふと隣を見ると、抱えていたナイトメアがこちらに向かって

むなしく攻撃をし続けていることに気づき、思わず声が漏れる。

 

「あっ…」

 

そういえばここに来た理由はアニムに"珍速"を見せ付けるためだった。

最初は気乗りしなかったが、こうして彼の"強さ"を目の当たりにし、

自然と自分の"強さ"を見てもらいたい──認めてもらいたいという気持ちになっていた。

 

アニムは懐に短剣を仕舞い込むと、自分の真後ろにどさっと腰を下ろし胡坐をかいた。

そして、ふてぶてしい態度でこちらをひと睨みし、あごの先を反らし、「さあ、やれよ」と合図を送った。

 

前門のナイトメア、後門のアニム。

 

どちらと戦うかなんて選択の余地はない。

それに自分が貧弱な攻撃力しか持ち合わせていないのはわかっている。

それでも自分が目指した"強さ"の集大成を最強シーフがどう判断するか見てもらいたかった。

だから、弱くて恥かしいと思いは微塵も無く──アニムに向かってこくりと頷いた。

 

「すー」と深呼吸し、心を落ち着かせる。

鉛色の使い込んだ短剣(グラディウス)を逆手に持ち直し、身体を深く沈ませ構えを見せる。

 

そして、数秒だけ溜めを入れ、解き放つ。

飛ぶようにして蹴った地面が抉られると、その勢いのままナイトメアの懐深くに飛び込んだ。

 

最初の一撃はいつもと同じ軌道を描き、鈍い音と共にナイトメアに重なる。

交錯した衝撃が走るも、互いにビクともせず、次撃のための体勢を整える。

 

死神(ナイトメア)は鎌を振り上げるも、

遥かに上回る速さを持つこちらの攻撃は隙だらけの胸部に何度も斬撃を加える。

 

「ヒィイイイイイイイイイイン!」

 

心地のよい雄叫びに愉悦すると共に徐々に回転を早め、攻撃間隔狭めていく。

初撃以降、完全にタイミングがバラバラになった互いの攻撃は

二度と重なることはなく、ターン制のように変わる代わる撃ちつけていく。

もっとも、こちらのターンが回ってくる方が早いため、手数の差は歴然としていた。

 

「速く──なってる?」

 

レベル80台になってもダメージは相変わらず"1"しか与えることができない。

しかし、間違いなく速さは質は何段階も成長していることを実感していた。

 

ナイトメアとの戦いが始まると、アニムはしばらく黙ったままその様子を眺めていたようだった。

だが、突如として背中から大声が笑い声のようなものが聞こえた。

 

その声に驚くも攻撃は止めず、首だけ後ろを振り返ると

お腹を抱えながらひっくり返っているアニムの姿があった。

 

「あーっはっはっはっは!お、お前…1って…よえっー!弱すぎる!ぷぷぷぷぷー。」

 

最強シーフが下した評価は"弱い"だった。

そんな言葉を言われたにも関わらず、何故か自分の心はやけに落ち着いていた。

 

確かに本来"強い"というのはアニムのようなシーフであって、こんな非力なシーフは雑魚でしかない。

だから"弱い"と言われることに疑問も反論もない。

 

それでも自分がなりたい姿を目指し、それを貫くことが出来た事は誇りに思って良いだろう。

まあ、それでも最強シーフがどう感じたのかは知りたかったわけで。

 

「ま、当然だよな…」

 

顔を伏せ、何かを期待していたような呟きが零れる──すると。

 

「お前…オモシロいな…!気に入ったわ!」

 

自身の膝をポンと叩き、そのまま立ち上がると、懐からアイテムを取り出した。

そして、ぶっきらぼうにこちらに向かって投げると

そのアイテムは回転しながら地面を滑るようにしてこちらの足元にぴたっと止まった。

 

「拾えよ。」

 

「えっ…!?」

 

一瞬、目を疑った。

アニムが投げ入れたアイテムそれはシーフの最強武器である──"ダマスカス"だった。

 

「お前もシーフなら一度は使ってみたいだろ?今日はサービスだ。遠慮せずに使ってみ?」

 

「え、いやそんな、そんな高級装備ボクには…」

 

「早くしねーと消えちまうぞ?」

 

アニムの言うとおり、地面に落ちたアイテムは数十秒経過すると消えてしまう。

このままでは超高級レア装備をこの世界から消滅させてしまう。

すぐさま攻撃を止め、「ええいっ!」と地面に落ちた短剣(ダマスカス)を拾い上げた。

 

その瞬間、自分はこの世界において初めてのMVPレアを手にした。

自分の持ち物でないにも関わらず、奇妙な緊張にまとわりつかれ、冷静さを失っていた。

 

──ダマスカス。

それはMVPモンスターであるミストレスのMVPアイテムであり、

シーフならば誰しもが憧れる最強の短剣である。

 

レベル99のシーフですら所持者はほとんどおらず、

ましてや自分なんかが手に入れることなど到底不可能なアイテムである。

そんな伝説の装備が自分の手の中にあるという事実に震えを抑えきれずにいた。

 

が、ハッとすぐに我に返ると、こんな分不相応な装備を手にしていいわけがないと自戒し、

MVPアイテムに目のくらんだ卑しい自分を振り切るように

あわてて持ち主に返却の取引要請を出した──が、すぐに拒否されてしまった。

 

「くくく…」

 

不敵に笑うアニムに困惑する。

こんな高級品を自分みたいな非力なシーフに持たせて何の意味があるのだろうか、

まるで意図が掴めない彼の行動に──

 

「ああ、もう、なるようになれ!」

 

雄たけびをあげ、半ばやけくそでダマスカスを握り締め、再び攻撃を繰り出す。

一撃を加えた瞬間、今までとは違った感触が腕の先から伝わってきた。

同時に今まで見たことのないダメージが表示され、思わず驚きの表情で手に持った短剣を見返した。

 

「えっ…?攻撃が通った…!?」

 

ナイトメアは高DEF型のモンスターであり、加えて大型モンスターということで短剣の相性は非常に悪い。

そのため、自分のように非力な攻撃力しかもたない場合、

その防御力を突破できず、最低保証ダメージの"1"しか与えることが出来なかった。

 

しかし、どうだろう。ダマスカスを手にしたことで

今まで幾度となく戦いを挑み続けてきたナイトメアに対して、

初めて攻撃らしい攻撃を与えることができたのだ。

 

「ほぉー、ま、少しはダメージ通るようになったんじゃねぇの?」

 

アニムは感心した表情で感想を述べると「ほれ、さっさと倒せ」と指示を出す。

言われるがまま、そして、恐ろしいまでの切れ味に驚嘆にしながら、ナイトメアを切り刻む。

やがて、いつもよりも何十倍も早く、そしてあっさりと地の底へ沈めた。

 

自分とは思えないぐらいの圧倒的な強さに正直、驚きを隠せずにいた。

しかし、このダマスカスを手にしてからどうしてもしっくりこない違和感を感じていて、

それが一体何なのか分からないまま何度も手にした短剣を目の前に掲げ、眺めていた。

 

「さて、お疲れさん。使ってみてどうだったよ?」

 

戦いを終え、とアニムは激励の言葉と共にダマスカスを使ったの感想を求めてきた。

 

「いえ、確かに強いんですけど…強いんですけどなんか…」

 

「ふーん…なんだ気に入らなかったのか?」

 

その質問に手に握ったダマスカスの刃に走る波紋を食い入るように見つめながら答える。

 

「いえ…そんなことはありません。この武器は…本当に強いです。」

 

すると、アニムは「ほうほう」といった具合にこちらをじろじろと眺めると。

 

「そうか。それじゃあ、それはお前にやるよ。」

 

突然、とんでもないことを言い出し始めた。

 

「えっ!?いやいやいや…こんな高級アイテム頂けませんよ!」

 

慌ててアニムの方に向きなおすと、ダマスカスを握ったまま両手を大きく振って拒否をする。

 

「くくく、別に気にしなくていいぜ?余ってるし。」

 

「なっ…」

 

するとアニムはその言葉を証明するかの如く「ほれ」と地面に何本もダマスカスを投げ捨て始めた。

地面に撒き散らされた"最高級レアアイテム"はゆうに二桁を越えていた。

 

「元々ティアラを狙ってたからな。本命が出るまで大分掛かっちまって──その結果がこれだ。」

 

市場価格で一本何百万ゼニーもする大量のダマスカスを地面に敷き詰めながら平然とした態度を見せる。

一歩間違えたら消えてしまう恐れがあるのに一体どういう神経をしているのだろうか。

 

「わ、わかりましたから!消えちゃうかも知れないんでとにかく拾って下さい!」

 

慌てて、元に戻すように促すと、アニムは「ったくしょうがねぇなぁ…」とだるそうに呟いた。

そして、面倒くさそうに地面に投げ捨てた十数本のダマスカスを拾い始めると、

手に持ったダマスカスで肩をとんとんと叩き、首を傾げた。

 

「んで、なんでいらねぇんだ?こんなチャンスめったにないぜ?」

 

「アニムさんこそ、なんでボクなんかにこんなことするんですか!今日会ったばかりですよ!?」

 

「いやー、まあ、なんつーか…気に入った──からかな?」

 

「え、一体どの辺が…」

 

「お前、そのキャラ育てるのに結構苦労してきたんじゃねぇの?」

 

「ま、まあ、そりゃかなり苦労しましたけど…それは自分がやりたくてやってきたので…」

 

「そんな珍妙なキャラ育てるのに、色々苦労したんだろうなって思ったらさ、

 これまでのお前のその苦労に敬意を表して"おせっかい"でもしようと思ったわけよ。」

 

「しかし……。」

 

「まあ、気にせずに受け取れや、俺からの労いだと思ってさ。」

 

彼なりの自分に対する評価──なのだろうか。

確かに最強シーフにそんな風に思ってもらったことは正直嬉しい。

でもだからといって果たしてその好意に甘えてよいものだろうか。

 

そんなとき、ふとあの時のことが頭に浮かんだ。

 

『私は欲しいものは自分で手に入れます。それがRPGの醍醐味だと思っているので。』

 

そう、今のこの状況はあの時、自分がしたことと全く同じことだった。

 

確かにダマスカスは強い。強いし、使いたいと思う。

だけど、やっぱりこれは苦労して手に入れた人がようやく使える武器であり、

まだまだ未熟な自分なんかが使ってよいものではないはずだ。

 

そして借り物の力で得た"強さ"に意味があるのだろうか。

それが自分が求めていた"強さ"なのだろうか。

 

だから──

 

あのときのポタコ(パッフェル・ベル)さん言葉を今の自分に置き換えて返事をした。

 

「ボクは欲しいものは、自分の力で手に入れたいんです──それが盗賊ってもんですから。」

 

そう言って手に持っていたダマスカスをポイっと地面に投げ捨てた。

 

借りもののMVPアイテムを地面投げ捨てるなんていう無礼極まりない態度に

アニムは暫くこっちの顔をじっと睨み続けていたが、

徐々にに抑えきれなくなってきたのか、真剣な表情が緩みはじめ──力一杯の大声で笑い出した。

 

「ぷっ…ぷぷぷぷ…どわっはっはっはっ!ひぃぃぃーーっ!苦しいぃぃい!!!」

 

さらに後ろに笑い転げるようにして倒れると、こちらに向かって指を指した。

 

「あはははははは!盗賊っておまえ…!ぷぷぷぷぷぷ…っ!真面目な顔でそんな臭い台詞…ひぃーーー!」

 

こちらは真剣に答えたつもりだったのに大分馬鹿にされているようで少しだけむっとする。

まあ、ちょっと臭かったことには否定はしないのが。

 

静まり返っていたはずの広場にはアニムの笑い声がしばらくの間響き渡ることになった。

モンスターを呼び寄せないことを祈りながらも、アニムなら瞬殺なのでまあ、心配はないが。

 

しばらく笑い転げまわって疲れ果てたのか

ようやく落ち着きを取り戻したアニムが肩で息を吸いながら、呼吸を整え始めた。

 

「はぁはぁ…いやぁ…やっぱお前面白いな。」

 

「一応は真面目に言ったつもりなんですけど…」

 

「ぐはははは…いやぁー悪かった。俺が100%、全面的に、圧倒的に悪いわ。」

 

そういうと、投げ捨てられたダマスカスをひょいと拾い上げると懐に仕舞い込んだ。

 

「ま、お前の考え方はよくわかったよ。」

 

「すみません…せっかくのご好意を。」

 

「くくく、まあ、そんなヘンテコなステータスしてもんな。こだわりがあって当然か。」

 

「でも、いつか、本当に自分の力で手に入れてますので…見ててください!」

 

「そんときは俺が全力で邪魔してやるから安心しなー。」

 

「ちょっと!アニムさんに全力で邪魔されたら勝ち目ないですってば~!」

 

「ま、受け取らなかったことを後悔するんだな。」

 

彼の目つきはまるで笑っていないことから本気で邪魔するに違いない。

そして競い合ったら間違いなく勝てないだろう。まあ、当分の間使うこともないし、

そもそも自分がいつかはボス狩りを始めて、MVPアイテムを手にすることなんて想像できることもなく。

 

当分、使い込んだ店売りの短剣(グラディウス)で我慢することにしよう。

 

***

 

「ってことであのロイヤルミルクって剣士は間違いない。女だ!」

 

しばらく雑談をしていたが、途中から話題のほとんどがどのプレイヤーがリア女であるかという、

他のプレイヤーが聞き耳を立てていたら非難の眼差しを向けられること間違いなしであった。

 

とはいうものの悲しい男のサガは否定できずに、話半分に聞いてる振りをしながらも

記憶に焼き付けていたことは内緒にしておこう。

 

「そいじゃま、いいもん見せてもらったよ。ありがとな。とりあえずオレは一旦モロクに戻るわ。」

 

情報提供に満足した様子で、アニムは大きく伸びをしながら立ち上がった。

 

「あ、はい。どうもありがとうございました。」

 

こちらもぺこりとお辞儀をすると、アニムはくるりと背を向け、背中越しに手を振った。

ふと、さっきのやり取りを思い出し、立ち去ろうとしたアニムに再び声をかけた。

 

「あ、そういえば、アニムさんってナナさんとパプチーさんとお知り合いなんですか?」

 

その瞬間、何か楔を打ち込まれたように身動きが止まり、

何か思いつめた険しい表情をしていたが、少し間をおいてから一言。

 

「…ただの古い知り合いさ。」

 

その言葉と雰囲気からなんとなくどんな関係かを察し、地雷を踏んでしまった自分に少し後悔した。

と同時にどんなプレイヤーにも語りたくない過去があり

それは忘れたくても深い爪あととして自分自身に刻まれている。

 

最強シーフであるアニムでもきっと同じなんだろう。そう思うと少しだけ安心した。

そして、これ以上の詮索は無粋と考え、何の関心も無い様な素振りを見せてそっと引くことにした。

 

「わかりました。それではお疲れ様でした。」

 

「おう、お疲れ様ちゃーん。」

 

アニムが戻った後、東の広場はガランと静まり返り、ダンジョンらしい不穏な雰囲気を取り戻した。

 

「こっちも戻るか…」

 

突然、どっと疲れが押し寄せ、ため息交じりに言葉を漏らす。

たったの一戦ではあったが、一応、ナイトメアと戦うことが出来たということで

今日のところは大人しく引き上げることにした。

 

***

 

ゲフェンの街に戻り、いつも一人で考え事をするゲフェンのベンチに腰掛け、空を見上げていた。

 

そうして、これまで出会った様々なプレイヤーとの出会いを思い出していた。

 

こうして考えるとこの世界でたくさんの人に出会い──そして別れを経験してきた。

多分、自分だけではなく他のプレイヤーも同じような経験をたくさんしてきたのだろう。

 

出会いがあれば別れもある。が、そしてその逆もしかり。

 

そんな無数の出会いと別れが交錯するこの世界ではプレイヤーは決して

一人でプレイしているわけではないことを気付かされる。

 

様々なプレイヤーとの出会いに影響され、自分自身を変化させてきた。

それは人と関わりを嫌うソロプレイヤーであろうが同じことだ。

モンスター、フィールド、アイテムなど同じ資源を共有するものがある以上は

他にプレイヤーを気付かない間に意識しているし、

自分と似たようなプレイヤーを見つけるとライバル視したり、

嫉妬や対抗意識を燃やすこともあるだろう。

 

面倒なことに巻き込まれて苦痛や怒りや悲しみなどを感じたりしながらもまだ続けられる理由は何か?

きっとそれは自分自身が他人とどこかで関わりを持ちたいと潜在的に思っているからではないだろうか。

 

自分自身、これから先どんなプレイヤーに出会い、

影響を受けることでどのように変化していくか全く想像がつかない。

それでもまだ見ぬ自分の未来の姿が少しだけでも成長していることに期待を込めながら、

ぼんやりとゲフェンの塔のてっぺんを眺めていた。

 

それにしてもあんな口が悪くてチャラそうなプレイヤーがシーフ界の頂点に君臨しているなんて、

もし、彼に憧れてるプレイヤーが真実を知ったら幻滅してしまうかもしれない。

 

悔しいけど、それでも"アイツ"は強くてカッコイイ。

 

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