「それじゃあ、おやすみなさいー」
ゲフェンの街中。
今日もつつがなくアユとの狩りを終え、いつものように一人の時間を迎えた。
最近はペア狩りで十分経験値を稼げているせいか
一人になっても、狩りには行かずに溜まり場で雑談をしてたり、
何も考えずにぼーっとしていることが多くなっていた。
「はぁ…」
ゲフェンにあるいつものベンチに座り、本日何度目かのため息をつく。
その仕草は今の心境を吐露していた。
やる気がでない原因はわかっている。
それは次の目標が見つからず悩んでいるからだ。
こだわり続けていたステータス、そして最速シーフという目標は
師匠であるユーシさんを超え、成し遂げることができた。
では次の目標はどうする?
これからはさらに攻撃スピードを極めるのであれば、
このままレベルを上げ続け、レベル99を目指せばよいのだろう。
しかし、それは自分との戦いであり、そんな目標にはまるで興味が沸かなかったのだ。
自分は周囲からの影響に大きく左右されるタイプだと自覚していた。
最初は"憧れ"から入り、「自分もあんなふうになりたい」と理想の姿に強く心を引かれ、
"願望"を抱くようになる。
そしてその"願望"を成し遂げることが可能かどうかを自問し、
それが確固たる意思へと変わることでようやく"目標"となる。
そんなひとつひとつ、ステップを踏んでからではないと前に進めないという、
とてもとてもめんどくさいヤツなのである。
悩みはもう一つある。
『それじゃあ、次に会うときは君がオレを越えたときだ。』
ユーシさんは別れ際に確かにそう言ってくれた。
そして彼を越えた今こそ約束を果たすべきなのでは?
そう思い、いざユーシさんに会いにいこうと思ってもどうしても決心がつかない。
…確かにステータスのうえでは越えたことは間違いないが、
それをわざわざ伝えてどうするんだ?
もちろん"師匠越え"を偉そうに報告するわけではない。
ユーシさんはまだステータスのテンプレ情報などが出回っていない中で
数々の試行錯誤を積み重ねてAGIシーフの原型を作った"始祖"であり、
師匠の経験から要点だけを学んだに過ぎない。
だからこそ弟子がいつまで経っても師匠を越えられないのは
逆に師匠に対して失礼であり、越えることこそが恩返しだと思っていた。思っていたのだが…
『やっぱりイヤミに聞こえないだろうか…?』
『上から目線と思われないだろうか…?』
そんなネガティブな感情が自分の決心を鈍らせた。
ちなみに連絡方法は簡単である。
つい先日、『耳打ち(WIS)』が実装され、
特定の相手一人にだけチャットが届くようになり、一対一で会話が可能になった。
おかげでこの世界以外の連絡手段や溜まり場を知らなくても
名前さえ分かっていれば連絡を取ることが可能になったのだ。
また、相手がログアウトしている場合は『相手が存在しない』というメッセージが表示される。
これにより、相手がログインしているかかそうではないかもわかるため、
非常に便利な機能として多くのプレイヤーに利用されていた。
そんな、好きな子にメールを送ろうかどうかウジウジしている自分に
後ろから突き飛ばされるようなWISが飛んできた。
(From YUWSHI)やあ、ちるちる君。久しぶりだね。その後、調子はどうかな?
「うわあああああっ!?」
直後、気だるそうにベンチに腰掛けていたはずの自分は
いつの間にかすっくと立ち上がり、まるで敬礼をとるかのように背筋をピンと伸ばし、
直立不動の姿勢をとっていた。
自分のことを"君"付けで呼ぶのはプレイヤーはこの世界で一人しかない。
そう、WISの相手は想い人のユーシさんからであったのだ。
(To YUWSHI)お、お久しぶりです…!あ、あの…そ、その…ち、調子はぜ、絶好調です!
突然の出来事にしどろもどろになりながら返答するとすぐにユーシさんからの返事が飛んできた。
(From YUWSHI)ははは。それは何より。こっちは最近あまりログインできなくてね。
(From YUWSHI)今日は久々に入ってみたんだけど、WISが実装されているみたいだし、
(From YUWSHI)せっかくだからと思って、声を掛けてみたんだよ。
(To YUWSHI)そうでしたか…、師匠をあまり"ピラ4"で見かけませんでしたので、
(To YUWSHI)もしかしたら狩場を変えたのかなぁと思ってました。でもこうして連絡が頂けて大変恐縮です。
(From YUWSHI)まあ、"色々"あったせいで最近ログインしてなかったんだよね。
(From YUWSHI)…それにしてもまだ"師匠"って呼ぶのね…まあ、いいけど…
切望していたユーシさんとの再会(とはいってもWIS上の会話だが)はあっさりと成し遂げられてしまった。
"色々"という意味深な発言が気にはなったが、久しぶりに師匠と弟子の会話を楽しみたかったのであえて追求することはしなかった。
***
(From YUWSHI)ハイディング弱体化はきついね~。
(To YUWSHI)おいそれとAFKできないのは面倒になりましたね…トイレにもいけない…
それからしばらくの間、シーフ談義に花が咲いた。
最近は度重なる仕様変更でシーフが弱体化し、
他職が優遇されているという件については思わずため息が出たり、ネガティブな発言も飛び出したが、
いきつく結論は同じで「まあ、仕方ないよね。シーフだし」とお互い、笑って済ませていた。
他には流行の"型"の話題で盛り上がった。
最近はRoyal Milk(ロイヤルミルク)や=CRD=(シーアールディー)といった有名AGI剣士がおかげで
剣士界ではAGIブームが巻き起こっているらしく、
シーフ界でもそうした流れがくるかもしれないと期待しているようだった。
それにしても同じ志を持つ人との会話は盛り上がり、話しは尽きないものである。
さっきまでの緊張はすっかりほぐれ、憧れの人との会話を楽しんでいた。
(From YUWSHI)そういえばさー
(From YUWSHI)ちるちる君ってステどうなったの?オレは越えたの?
そんな緩みきった懐に隙ありの一撃が飛んできた。
不意を突かれたその質問に、自分の態度は最初の状態に戻ってしまった。
(To YUWSHI)え、えーと…その…ううう…
(From YUWSHI)ん?どうしたの?
ユーシさんが不思議そうに問いかけるも、頭の中に先程のネガティブな感情が駆け巡り、
中々口に出せずにいた。しかし、追い詰められた自分に対して何度も『言え!言うんだ!』と、
自らを奮い立たせることでようやく口に出すことができた。
(To YUWSHI)す、…すみません
(To YUWSHI)実はもう既に師匠のステータスを越えてしまいました…
思わず口にしたのは"すみません"の謝罪であった。
そして、しばらく反応がないまま、固唾を呑んで返事を待っていると、ユーシさんは疑問を投げかけてきた。
(From YUWSHI)…えっ?
(From YUWSHI)なんで謝るん?
(To YUWSHI)ボクは師匠の真似をしたにすぎませんし、それで越えたなんてなんだかおこがましくて…
(From YUWSHI)イヤイヤ、オレは真似だなんて微塵も思ってないよ?
(To YUWSHI)でも…
(From YUWSHI)確かに"型"としてはAGI-DEXの攻撃スピード重視型でオレと似てるのかもしれない。
(From YUWSHI)でも君は最初に火力を削ってでも、AGIを極めたじゃない?
(To YUWSHI)はい…確かにそのとおりです。
(From YUWSHI)だとすればオレとは歩んできた道のりは全く違う。
(From YUWSHI)オレは最初にSTRに振って火力を完成させてからAGIに極振りしたから、
(From YUWSHI)レベル上げは君の方が何倍も辛かったはずでしょ?
(To YUWSHI)それは…
(From YUWSHI)そりゃ"型"には流行りがあってさ
(From YUWSHI)プレイヤーによってはステータスが似たり寄ったりにはなることもあると思うけど、
(From YUWSHI)果たしてステータスが完成するまでの過程は皆、全く同じなのかな?
(To YUWSHI)いえ…
(From YUWSHI)経験値を稼ぐにしてもメイン狩り場の違いや、
(From YUWSHI)ソロだったり、ペアだったり、狩り方の違いだってあるんじゃないかな?
(From YUWSHI)他にもプレイ時間だったり、装備の違いだったり、みんな自分なりに苦労したり、
(From YUWSHI)試行錯誤しながらひとつひとつ目標とするステータスを積み上げ、
(From YUWSHI)作りあげてきたんじゃないかな?
「………」
(From YUWSHI)だとすればそれは誰かの真似なんかじゃないよ。
(From YUWSHI)だから君のキャラクターは間違いなく君のオリジナルさ。
その言葉は自分の胸にぐっと突き刺さった。
この世界におけるステータスは一度振ったらは元には戻せないシビアな仕様だ。
だからこそ決断は慎重になるし、苦悩や葛藤も付きまとう。
しかし、そういった苦難を乗り越え、取捨選択をしながらも一つ一つ積み上げてきた。
中には苦労や挫折や失敗といった経験もあるだろう。
だからこそたどってきた"道のり"は十人十色であり、
どれをとっても同じなどということは決してありえないのだ。
そういったキャラクターそれぞれが持つ"歴史"こそが、
かけがえのない唯一無二の存在を作り出しているということに気付かされた。
(From YUWSHI)よし、丁度いいや。今、森にいるんだけど、これから来れないか?
(To YUWSHI)ほえっ…?
唐突なユーシさんの誘いに変な声が漏れた。
(From YUWSHI)早速だけど見せてほしいんだ。
(From YUWSHI)オレを越えたシーフの存在をね。
しかし、その言葉でハッとなると、大きな決意を持って師匠の期待に応えることにした。
(To YUWSHI)…わかりました。
(From YUWSHI)じゃあ、三層の入り口で待ってるよ。
こうして最終試練の場所はプロンテラ北にある"迷宮の森"となった。