ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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免許皆伝

ワープポイントを抜けると目の前にいたサイドワインダーユーシさん目掛けて襲い掛かってきた。

続けて入った自分は奥にいたハンターフライのタゲを取りいき、

お互い別々のモンスターと対峙することになった。

 

このモンスターはいずれもこの『迷宮の森』ダンジョン屈指の強敵であるが、

ケイオスサーバーにおいて最高峰の回避性能を持つAGIシーフの二人にとっては

ただのHPの高いポリンを相手しているのとなんら変わらない。

 

涼しい顔でモンスターの攻撃を避け続け、いわゆるモンスターを"抱える状態"になるとお互いにニヤっとした。

不敵な笑みを浮かべたのは他でもない、これから始まる速さ比べにお互いワクワクしているからである。

そのまま何も言わずに互いに背を向け合うと攻撃開始の合図を待った。

 

緊迫した空気が流れ、少しばかり身体が震えはじめた。

いつもの大道芸の披露する際にはたくさんのギャラリーに囲まれているが、

今日はたったの二人であるにも関わらず、えもいわれぬ緊張感に包まれていた。

その理由は──憧れであり、師匠であり──そして今はライバルである大きな存在に、

立ち向かい、乗り越え、成長を感じたいからに他ならない。

 

「じゃあ、いっくよーー!」

 

意気揚々とそして嬉しそうな声を上げると、

ジャッジを務めるショコラさんがカウントダウンをはじめた。

このゲームにおけるカウントダウンは特殊であり、キャラクター会話ウィンドウを利用するのだ。

オープンでチャットをするとキャラクターの頭上にその会話内容であるウィンドウが表示される。

このウィンドウはある一定時間たつと消えるため、そのタイミングを開始の合図とする方法が

もっともシンプルかつポピュラーなやり方として提唱されていた。

 

「3…」

 

「2…」

 

「1…」

 

「このチャット消えたらスタート!!」

 

ウィンドウの消失と共に、お互いに目の前にいるモンスターに向けて短剣を振りかざした。

ほぼ同時に繰り出された攻撃によってエリア内に二つの斬撃音が響き渡る。

それはまるで鍔迫り合いのように刃と刃が激しくぶつかり合うことで空気を揺らしていた。

 

逆手持ちにした短剣の刃先は幾度となくモンスター目掛けて斬り付けられ、ダメージを発生させている。

たったの"1"という貧弱なダメージであるが、

ダメージの間隔はシーフの持つダブルアタックというパッシブスキルのせいで切れ目がなく、

発生したダメージが前のダメージに追いつくのではないかと思えるぐらい線のように繋がっている。

また、短剣を振りかざす動作はまるで痙攣を起こしているとみまがうほどであり、

この速さこそがAGIを極めしものだけが到達することがきる"神速"の領域であった。

 

そしてそんな領域に存在するシーフが隣にもう一人居る。

そこには"ピラ4"で初めてその姿を見て衝撃を受けたときと全く変わらない光景が広がっていた。

サイドワインダーから発生しているダメージはどこを切り取っても全く同じ値であり、

ただ短剣で斬り付けているだけの単純な動作にも関わらずその所作の一つ一つが洗練されており、

ため息の出るくらいの美しさと力強さに溢れていた。

 

そんな超高速の斬撃音が犇めき合う中、裁定人であるショコラさんは『何これ信じられないと』いった様子で

シーフ二人の異次元の対決を我を忘れ呆然と眺めていた。

 

そしてその場にいる三人は徐々にある変化に気づきはじめる。

 

─そう、シンクロしていたはずの響音が少しずつずれはじめてきたのだ。

その変化に最初に変化に気づいたのはショコラさんだった。

 

「あれ…ちるちる君、段々とユーシより早くなってきてない…?」

 

「えっ…?」

 

「………」

 

そう言われて初めて気づいた。

明らかに師匠の繰り出す攻撃モーションに対して踏み込みが半歩速くなっている。

併走することでようやく違いに気づくぐらい僅かな差ではあるが、その差は徐々に広がってきた。

 

「す、すごい…すごい!すごい!」

 

たった一人の観客の拍手の音が響き渡る。

そのスタンディングオベーションに思わず顔がニヤける。

それは今この瞬間、はっきりと師匠であるユーシさんを越えたことを証明できたからである。

そんな喜びに浸ったのも束の間、すぐ隣でサイドワインダーの断末魔が響き渡った。

 

「ふぅ…」

 

彼の口から出たため息は疲労や消耗によるものではなく、

ひと仕事を終えた充足感から漏れる言葉に違いない。

それにしてもフォーチュンソードを握る悠然としたその立ち姿には

こっちがため息をついてしまうほどである。

 

速いだけではなく強さを兼ねそろえた神速シーフの完成形を改めて見て、

一瞬でも驕ってしまいそうになった自分を恥じた。

 

「ユーシぃ~お疲れー!」

 

ねぎらいの言葉と共にショコラさんは自分の横をトントンしながら、ニコリとした表情でサインを出す。

するとユーシさんはそのまま口を開くこともなく、何か考え事しているような表情のまま

そっとショコラさんの隣に立ち、じっとこちらの動きを真剣に眺めて続けていた。

 

自分の戦いはまだ終わっていない。

火力の差は歴然であるため、倒すスピードは段違いなのは分かってる。

非力でも、1ダメージしか与えられなくても、こだわり続けた意味をぶつけていく。

 

さっきまでは連弾のように響き渡っていた金属の音色はソロへと変わると、

まるで静寂を嫌うように残響が耳を突き抜ける。

その瞬間、ある種走馬灯のようにこれまでの道のりが脳裏をよぎった。

 

いくつもの場面が頭の中を流れる始めるが、それはつらく苦しいものばかりであった。

挫折もしそうになったし、目的も見失ってしまった。きっと一人ではもう一歩も進めなかっただろう。

それでもこうして腐ることなくやってこれたのは多くの仲間と

そして目指すべき到達地点には"越えるべき存在"がいて、道標となってくれたからだ。

 

もし、師匠に出会わなくてもダラダラとレベル上げは続けていたかもしれない。

きっと火力を上げるため、STRに振って今頃レベル99になっていたのかもしれない。

でもそんな姿には自分は納得していなかったと思うし、きっと後悔していたに違いない。

 

そんな師匠に引き合わせてくれた幸運とやらに感謝しながら最後の力を振り絞り、

グラディウスを振りぬいた。

 

***

 

ユーシさんから遅れること十数分、ハンターフライの断末魔と共に、

すべてを出し切ったシーフがそこにいた。

 

消耗しきったせいなのかそれとも目の前にある大きな存在に対して顔を向けられないのか、

俯いたまま、じっと言葉を待っていた。

 

こういうときは積極的にしゃべりかけるはずのショコラさんもさすがにこの瞬間は黙ったままでいた。

しばしの沈黙の後、ユーシさんは真っ直ぐにこちらを見据えながら切り出した。

 

「ありがとう。本当によく頑張ったね。」

 

発した言葉は感謝と激励であった。

シンプルであるが、今の自分にとっては最も心に響く魔法の言葉であり、

同時に、胸を張って師匠の期待に応えられたことに自分を褒めてあげたいと思った。

 

「こちらこそありがとうございます。師匠を目指して、師匠を越えることが出来て、

こうして成長した自分を師匠に見てもらったことに感謝しています。」

 

「そこまで言われると困っちゃうな~…そもそも師匠というほど大したことはしてないわけだし…」

 

そう言うと照れ笑いなのか苦笑いなのかわからない、曖昧な笑顔を浮かべ、ぽりぽりと鼻の頭を掻いた。

その微妙な表情を見ながら、隣にいたショコラさんがニヤっと笑みを浮かべると、

嬉しそうにツッコミを入れてきた。

 

「あれあれ~?ユーシ~?なんか照れちゃってませんか~?」

 

「いや…そ、そんなことは…」

 

すかさず否定するも、彼女はニヤニヤと意地悪そうな表情でからかいはじめた。

 

「そーう?でもちるちるさんが弟子になりたいって言ってくれたとき凄く喜んでたよねー?」

 

「………………」

 

相方のまさかの暴露により、事実が白日の下に晒されてしまい、

ユーシさんはそっぽを向いたまま押し黙ってしまった

 

「えっ…そうなんですか…?」

 

「うんうん。めっちゃ嬉しそうにしてたよー。」

 

「………………」

 

「そ、そうだったんですか・・・その言葉を聞いて少しだけ安心しました。あのときは興奮してしまって、

突然に弟子入り志願してしまいまして…後から考えたら迷惑だったかなぁって…」

 

「ううん、ユーシはあれからもずっと、ちるちる君のことを気に掛けててね、

『そろそろレベル上がったかな?』とか

『そろそろオレを越えたかな?』…って、そんなの私に聞いても分かるわけないし、

こっちから会いにいけばいいのにって何度も言ったんだよー。

そしたら『オレは師匠なんだから彼がオレに会いに来るまでは絶対に会いに行かない!』

…なーんて頑なに拒否しちゃってさー。ねー?ユ・ウ・シ?」

 

「…勘弁して下さい……もう…勘弁してください!!」

 

悲痛な面持ちで降参するユーシさんの姿を嬉しそう見ながら他の暴露話ををするショコラさん。

そんな二人のやり取りに苦笑いしながらも、こんなにまで気にかけてくれたユーシさんの気遣いに感謝していた。

 

最初に会ったときから包み隠さず、自身のステータスやAGIシーフのいろはを教えてくれたり、

自分の迷惑な要望にも(結果的には)喜んで引き受けてくれて、そればかりかこうして気に掛けてくれて。

それに比べ自分は会いにいくことも躊躇したり、ネガティブな感情を抱いてしまったりで本当に情けない。

 

ステータスの上では越えたのかもしれないがプレイヤーとしてはまだまだユーシさんには及ぶべくもない。

ただただ己の未熟さと、そして師の偉大さを思い知るばかりである。

 

「でね~。ユーシが~…」

 

「うわあああああ、やめてーーー!」

 

それにしてもこのカップル…主導権は間違いなくショコラさんが握ってるよな…

 

 

 

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