さっきまで騒がしかった森の小部屋はようやく静寂を取り戻した。
目の前には全てのネタを出し尽くし満足そうな顔をしているショコラさんと
ようやく安息の時間を手に入れ、ホッとしているユーシさんがぴったりと寄り添っていた
羨ましそうな視線を送ると、ユーシさんはコホンと咳払いを一つつき、改まった表情を向けた。
「えっと、それじゃあ、そろそろお開きにするかな。今日はわざわざありがとう。」
「わたしも楽しかったよー。ありがとね。」
「いえ、こちらこそ。とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。」
「それとこれは一応、オレからのお祝いの品というか…
まあ、大したものではないんだが君に受け取ってほしい。」
そう言うとユーシさんは取引要請を出してきた。
すぐにその取引に応じると取引ウィンドウに置かれたのは一本の短剣であった。
それは"持っている人に幸運を呼び出す"と言われている師匠愛用の武器『フォーチュンソード』だった。
「もしかして…これは…」
「うん。ご推察のとおり、オレが今までずっと使い続けてきた…フォーチュンソードだよ。
さっきもこれで戦ってたし。」
「いやいやいや…!全然大したものですよ!これって師匠の愛用品ですよね?そんな大事なものおいそれと頂けませんってば!」
まさかの贈り物に驚き、両手交差させながらバタバタと手を振った。
するとあまりに焦っている自分を見かねてか、ショコラさんがなだめるようにフォローを入れてきた。
「まぁまぁ…データ上は普通のフォチュンと変わらないんだし、
あまり気にしないで、素直に受け取ってほしいな~」
確かに彼女の言うとおり、武器を使い込んだからといっても攻撃力が変わったり、
特殊な効果が付与されるわけでもない。
しかし、このフォーチュンソードはこれまでユーシさんがずっとこだわって使い続けていた相棒だ。
そんな大切なものをおいそれと受け取るわけにはいかない。
せっかくの申し出ではあるが丁重に断ることを決めた。
「せっかくなんですけどやっぱり──」
「そうだね。フォーチュンソードなんて対して価値もないし道端に転がってるしね。
また拾ってくればいいさ。」
受け取りを断ろうとした瞬間、
ユーシさんの発言とは思えない言葉で遮られ、思わず絶句してしまった。
同時に乾いた笑みを浮かべながらポリポリと鼻の頭を掻くその仕草にはデジャヴに伴う違和感があった。
ユーシさんはプレイスタイルに”こだわり”を持っているプレイヤーだ。
そしてそのこだわりは自分にとてもよく似ている。
自分はまだまだ未熟で志が簡単ブレまくってしまうところがあるが彼は違う。
彼は最初に決めたこだわりを最後まで貫き、それを成し遂げる力を持っている。
それは誰かに認めてもらいたくてそうしているのではなく、自分がやりたくてやっている。
その中で他人が感心してくれたり、喜んでくれたらそれでいいと思っていて、
一見すると執着にも近いが、何かの見返りを得たりすることは決してしない。
そのため自身に課した制約はとてつもなく重い。
であれば彼も自分と同じように多くの"こだわり"を持っているはずであり、
そのうちの一つがフォーチュンソードだと思っていた。
フォーチュンソードは正直ダマスカスとレア度を比較したら天と地ほどの差がある。
その理由がミストレスのMVPアイテムでしか入手できないダマスカスに対して、
スケルトン系のモンスターが高確率でドロップするため、
この世界においてフォーチュンソードは大量生産されている。
加えて、フォーチュンソードはダマスカスと比べ、攻撃力が約3倍近くも違うため、
あえて弱い武器を使って戦うプレイヤーはいるわけもなく、
ドロップしても拾われずにそのまま放置されているのだ。
そんな誰もが使わない武器をあえて使うことを決めた。
もちろんタダの縛りプレイではない。特性を見抜いたうえで武器に合わせたステータスを振ることで
武器の性能を最大限に引き出したのだ。
そしてその武器を握り締め、レベル99までの長い道のりを共に過ごしてきたに違いない。
そんな"相棒"をいくら弟子とはいえ、そんなに簡単に他人に渡すわけがない。
もし、手放すのならその理由は何だ──?
…そうだ、自分ならどうするか?なぜそんな行動をとる?
そう考えたとき答えはあっさりと出た。
「あの師匠、もしかして――」
「…受け取ってもらえるかな?」
答え合わせをしようとしたところで再び遮られてしまった。
師匠の鋭い目つきから察するに恐らく自分が悟ったことに気づいたのだろう。
だとすれば結論は出ているし、もう聞きだせることは何もないし、意味もない。
そして目の前に刺し出された短剣は有無を言わせないよう、心までも縛りつけていた。
…少し長い沈黙が続いた後、何も言わずにその短剣を受け取った──受け取るしかなかった。
「ありがとう。」
嬉しそうに、けれどもほんのわずかに寂しそうな顔で微笑む。
そんな表情に対し、自分は何も返すことが出来なかった。
すると、ユーシさんは何かを思い出したように付け加えた。
「あ、そうだ、もうひとつお願いしておくことがあったんだ。」
「えっ…?な、何でしょう…?」
「できればちるちる君はそのままの自分でこれからもこの世界の楽しさを色んな人に伝えてほしい。
やり方は問わないけど、ま、ちるちる君には色んな人を惹きつける魅力があるし、きっと大丈夫。」
「ボクにはそんな力ないですよ…」
「まあ、まだ気づいてないだろうから、そのうち分かると思うよ。」
そう言って今度は少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべた。
その言葉の意味をまるで理解できないままでいたが、
師であるユーシさんの最後の頼みであれば、と黙って引き受けることにした。
こうして最終試練と継承式が終わった。
その後、しばらく取り留めのない雑談を交わしていたが、
丑三つ時となりお開きとなった。
「じゃあ、今度はDEX99だね。頑張ってレベル99を目指してくれよ。」
「は、はい…善処します。」
頼りない返事にも師匠はいつもどおりにっこりと優しい表情を浮かべ、
ショコラさんと共にセーブポイントへ戻っていった。
二人の姿が消えたあと、迷宮の森は再び静寂を取り戻した。
「…さて、行くか」
自分に向けて、そう呟く。
受け継いだ意思をまだ完全に理解はできていなかったが、
深く考えることはせずに今は前だけを見て進むことを決めた。
***
ゲッフェンのベンチに戻り、ぼーっとしていた。
実は別れ際、ショコラさんが耳元に呟くような声で「後でWISするね」と言っていたので
そのWISを待っていた。
そして数分後、約束どおりショコラさんからWISが来るとこれまでのいきさつを全て話してくれた。
不器用である我が師は最後もこだわりを通してカッコつけたかったらしく、
最後まで理由を話してはくれなかったが、ショコラさんはそれじゃあまるで理解できないだろうと判断し、
すかさずフォローを入れてきてくれたのだ。…さすが師匠、女性を見る目も一流である。
そして彼女の口から出た言葉はとてもとてもおめでたい話だった
元より、ユーシさんが下した決断に文句や不満を言うつもりはサラサラないが、
そういう事情であるならばなおさら手放しで歓迎したい気分になった。
でも、師匠はもう少しだけこの世界に留まって、
楽しさや面白さを伝えたかったという未練はあったんじゃないかなと思っている。
だってあれだけの凄いプレイヤーなんだし、何よりも彼は廃人であるわけで。
そしてなかば強引に託されたフォーチュンソードに最初はうろたえていたが、
その強いこだわりを持った武器をこうして手に取ることで、少しだけ誇らしくなった。
「自分にも…できるだろうか」
そう呟きが漏れる。
ケイオスサーバーにおけるAGIシーフの始祖である伝説のプレイヤーから受け継いだ
もちろんそれは名ばかりで性能は道端に転がっているフォーチュンソードとなんら変わりない。
しかし、初めて手に入れたものや、大切な人から貰ったもの、捨てられずに倉庫に閉まってあるもの。
プレイヤー誰しもが持っている楽しかった事、悲しかった事、他人から見ればほんのささいな事。
自分はそんな過去の思い出や記憶はアイテムにも宿るものだと信じている。
そして願わくばこれから新しい未来を歩き出す二人に幸運を──