ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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MVP

ドッペルゲンガー──

 

その名のとおり、プレイヤーとまがうこの悪魔(モンスター)は、視線が合うと同時に止め処ない斬撃を向けてきた。

この攻撃に対して右へ左へと身体の重心を変えながら、振り下ろされる剣筋から寸での所で避ける。

 

最初は不意打ちで面くらったものの、落ち着いて相手を見れば意外とその動きが認識できた。

相手は異常な攻撃スピードで剣を向けてくるが、

どんなに素早い攻撃を繰り出しても当たらなければ普通のモンスターと変わらない。

 

そして、初めてのMVPモンスターとの交戦にも戸惑うことなく、

こんなに冷静にいられたのはきっと、この悪魔(ドッペルゲンガー)を見慣れていたせいもあるだろう。

 

ドッペルゲンガーの外形は金髪の男剣士──

その姿は元パーティーリーダーである"エルドラド"と全く同じ姿だったからだ。

 

最後に伊豆(イズルード)で会ってから今までの間、

ダンジョンや街の中で彼の姿を目にすることはなかった。

もっとも、狭いように見えて広いこの世界、そんなことは意外と珍しくない。

 

彼は今頃、何をしているのだろうか。

やはり別れ際に言っていたとおり、今頃は別のサーバーで楽しく遊んでるのだろうか。

それともまた人間関係に苦しみ、この世界からいなくなってしまったのだろうか。

 

いずれにせよ彼のその後を知る術はなく、知ろうとも思わない。

それでも今、目の前の剣士が苦渋を飲んだ彼の写し身に思えてならなかった。

 

そして、もう一人──彼女のことも脳裏にチラつき、ズキリと胸が痛んだ。

 

***

 

目の前にいるドッペルゲンガーの攻撃は、

ただひたすらに剣を俊敏に振り続けるだけの緩急の無い攻撃であった。

一度見切ってしまえば、剣が横を通り過ぎる風圧を頬で感じる程度に余裕も出る。

リズムの速い曲に合わせてステップを踏むかのような足取りで相手を翻弄していた。

 

そんな様子を楽しみつつ、ちらちょと横目で周囲の様子を伺った。

今頃他のプレイヤーは血眼になってドッペルゲンガーを探しているに違いなく、

いつこの戦いに加勢が来るかわからない。

 

「そろそろマジメに戦うか…」

 

腰に収まっていた短剣を抜き出し左手に握り、切っ先を相手に振り入れた。

「キィィィン」と甲高い音が鳴り、相手の胸甲に一筋の跡を残す。

ファーストアタックのダメージはたったの"1"だった。

 

ドッペルゲンガーは防御力も高く、短剣では大したダメージを与えられない。

概ね予想通りではあったので、悲観することはなかった。

 

そもそも短剣による攻撃がこんなに貧弱なら、弓を使うべきである。

しかし、相手が(つるぎ)を武器とする剣士(ソードマン)であるならば、盗賊(シーフ)としては短剣でお相手するのが礼儀だろう。

 

他のプレイヤーにMVPを掻っ攫われることが気にならないといったら嘘になる。

しかし、ここには一人のシーフとしての矜持(きょうじ)を見せたかった。

 

「うおおおおおお!」

 

ドッペルゲンガーの振り下ろしてきた剣先を鼻先で避け、

その隙に胸元へ潜り込みこちらの攻撃を与える。

甲冑の隙間に薄皮一枚程度の傷を負わせると、癇に障った悪魔が赫怒(かくど)の奇声を上げながら、

ワンパターンの上段攻撃を攻撃を放つ。

 

頭上に発生した重力を感じながら、寸でのところで左に避け、

がら空きの胴体へ握りしめた短剣(フォーチュンソード)を打ち込む。

綺麗な火花と共に甲冑を抉り取るような、金属の衝突音が鳴り響く。

 

すると、ターン制だった互いの攻撃が徐々にタイミングがずれ始め、

こちらの手数が上回るようになってきた。

 

全モンスター中、最速のASPD(攻撃速度)を誇るドッペルゲンガーといえど、

速さだけを追求した"珍速シーフ"には敵うはずもなく、ちくちくと一方的になぶられ続けていた。

 

そんなドッペルゲンガーが少し哀れのような気もしたが、

こちらは一応全力なのでその辺は許してもらいたいところではある。

 

***

 

──十分以上が過ぎ、決闘は続いていた。

 

さすがにこれだけ時間が経つと他のプレイヤーにも気づかれ、

一人、また一人と対決の場所に集まり始める。

 

「まっ…よくもった方かな…」

 

MVPモンスターの"共闘"に関しては、各地にローカルルールのようなものが存在する。

ドッペルゲンガーの場合は基本は手を出すプレイヤーは少なく、

手を出すと"横殴り"扱いされ、非難されてしまうことが多い。

 

とはいってもシステム上ボスの共闘は許されており、

攻撃に参加する者がいてもそれは仕方ないことだと諦めていた。

 

集まってきたプレイヤーの中にはボスの"共闘(横殴り)"で有名なChikapo(チカポ)の姿も見え、

いよいよ、これ以上のタイマンは難しくなってきた。

 

…がしかし、これだけプレイヤーが集まっているにも関わらず、

ドッペルゲンガーに攻撃をしかけるプレイヤーは誰一人としておらず、

皆一様に周囲を囲うようにしてこちらの闘いをじっと見つめていた。

 

あのチカポですらその場に座して、決闘を見守っている。

まさかの状況に戸惑いながら闘いを続けていると──

 

取り囲んでいたギャラリーの奥からひょっこりと、逆毛のシーフが現れた。

 

「よー、頑張ってるじゃん。」

 

「あ、アニムさん、…なんかすみません。DOP(ドッペルゲンガー)FA(ファーストアタック)を取ってしまいました。」

 

別段、MVPモンスターへのアタックはボス厨の特権という訳ではないが、

彼もドッペルゲンガーを狙って訪れたに違いない。

偶然にも遭遇してしまったこちらとしては少し申し訳ない気持ちになった。

 

「んー?まあ、ここで狩りしてたらよくあることだし、いいんじゃない?」

 

それだけ言うと、ギャラリーの輪に加わりどすんと腰を下ろすと、

彼までもが傍観者を決めこんだようだった。

 

「でも、時間が掛かってしまって皆さんに申し訳ないです。別に叩いても構いませんので…。」

 

自分のこだわりを他人に押し付けている気がしてつい弱音を漏らしてしまった。

すると、そんな言葉に観客たちが口々に反応した。

 

「おもろいもん見せてもらってるから今回は見てるよ。だから、きっちりと最後まで倒してくれよ。」

 

「まー。FAとってしばらく経ってるんでしょ?どうせ俺らにはチャンスはないしなー。気にせずやってくれ。」

 

「珍速シーフが勝つとこを見せてくれよなー。」

 

「続けて下さいな。その代わり、支援はしませんのであしからず。」

 

「チカポが手出してないのに俺が手をだすのも気が引けるしなー。」

 

「……私も空気ぐらいは読めるよ。」

 

チカポの呟きに周りは皆苦笑いを浮かべていた。

そして、アニムもそんな皆の言葉を総括するように声を上げる。

 

「つーことだ。せっかくだから最後までやり遂げろよ。今日だけはサービスで手は出さないでおいてやる。」

 

その言葉に短剣を握る手がより一層強まる。

 

「あ、ありがとうございます。では、ちゃんと倒しますので最後まで見届けて下さい。」

 

「おお!そのいきだ!頑張れよ~」

 

「ちるさん、しっかり!」

 

「ふぁいとがお~!」

 

傍から見ればMVPモンスターの独占という迷惑行為にしか思えない行動に

ここにいる多くのプレイヤーがそれを許してくれた。

 

そして、コイツだけはこの手で倒したいという気持ちが強くなった。

もし倒せたなら本当に自分が強くなったことを実感できる。

 

ここまでくるのにひとつひとつ積み上げてきた。今積み重ねているたった"1"のダメージのように。

一歩一歩はゆっくりとした歩みだったのかもしれない。

回り道もしたかもしれないけど、こうして歩みを止めずにこれたのは

きっと今まで出会ったプレイヤー達のおかげであるということを改めて実感した。

そんな、多くのプレイヤー達に感謝を込めて──超高速の斬撃をお見舞いした。

 

***

 

──戦い続けて二十分が経過した。

 

疾風のような撃ち合いは続いており、気づけば数えきれないばかりのプレイヤー達が取り囲んでいた。

その間も、観客たちはさながら交錯する(つるぎ)の舞に見入るように静かに決闘を見守っていた。

 

いつもよりもクリティカルやダブルアタックの発生確率も高いはずなのに、なかなか倒せない。

流石はMVPボスを名乗るだけはあり、ナイトメアのようにそう易々とはいかないようだ。

 

しかし、これだけの長い時間、この単調な攻撃を見ていては、さすがの見ている側も飽きてくるわけで、

中には「あとどれくらい掛かるんだろう?」と声を漏らすプレイヤーも出始めた。

 

それでも最前列に座るアニムは真剣な表情でこちら見つめたまま何もせず、

他の有名ボス狩りプレイヤーも黙って戦況を凝視していたおかげで、

ボスを独占している状況に不平不満を漏らす者はいなかった。

 

──ついに三十分以上が過ぎた。

 

回避性能が高いとはいっても最大回避率には限界があり、相手の攻撃もそれなりに被弾する。

初撃を食らったときのように攻撃が当たると、こちらはかなりの深手を負うことになる。

徐々にに回復剤の投入も積もり、残数も不安を感じるレベルになってきた。

 

『あとどのぐらい掛かるんだろう?』

 

先ほど聞こえた観衆の言葉が脳裏に浮かんでくる。

このままでは、相手より先に倒れてしまうことも考えられる。

そんな不安を振り払うように全神経を目の前の相手にぶつけた。

 

その瞬間──

 

目の前にいる金髪の男剣士(ドッペルケンガー)はプレイヤーが死ぬときと同じようにパタリと地面に倒れた。

 

そのあっけなさに一瞬何が起こったかわからなかったが、

突如、頭上に現れたくす玉がぱかりと割れると中から"MVP"と書かれた垂れ幕がひらりと舞った。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!やっ…ったああああああああああああああああ!」

 

気づくと歓喜の雄叫びをあげていた。

達成感というよりも安堵の方が大きく、

これだけお膳立てをしてもらって負けるわけにはいかなかったからだ。

 

それにしてもまさかこれだけの時間がかかるとは思いもよらず、

最初は楽観していたものの、やはりMVPボスは侮れないということを思い知った。

 

そして共に戦った強敵(ライバル)への手向けを送ろうと視線を向けると

地に伏したドッペルゲンガーは影のように薄い身体をさらにフェードアウトさせていった。

 

『じゃあな。またどこかで』

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

***

 

「ちるちるさん、おつー。そしてMVPおめ~」

 

「1ダメージでも倒せるもんなんだね。お疲れ様でした。」

 

「時間かかったなー。まあボス相手によく頑張ったよ。」

 

「さて、また二時間後にお会いしましょう。お疲れ様。」

 

長い激闘を制し、待っていたのはギャラリーからの惜しみない賛辞だった。

非力なシーフの私闘に、多くの人を巻き込んだ後ろめたさや罪悪感はあったが、

皆こうして戦いを黙って見守ってくれたことに、今はただ感謝をするばかりだった。

 

『塵も積もればなんとやら』

 

『当たらなければどうということもない』

 

先人達の名言のとおり、ただひたすらに攻撃を避けつづけながら、

積み上げられた一万以上にもおよぶ『1』の数字はドッペルケンガーの(ヒットポイント)に届いた。

 

もちろん弓で挑めばもっと早く倒せたに違いないのがあえて短剣を選んだ。

横殴りは上等で仮にMVPを取られたとして後悔はなかっただろう。

 

それでも自分の誇りある『速さ』で戦いたかった。

それこそがずっと貫いてきたこだわりの一つだったからである。

まあ、もちろんこの結果は自分一人だけの力ではないのは確かであるが。

 

戦いが終わりしばらくして、取り囲んでいたギャラリーは各々に散会しはじめた。

そんな中、ポンポンと肩を叩かたので後ろを振り向くと、

そこには逆毛のシーフが親指を立てながら嬉しそうな様子で話しかけてきた。

 

「いやー、なかなか熱いバトルを見せてもらったなー。面白かったよ。」

 

「いえ、本当に見守ってくれてありがとうございます。

 あそこからアニムさんに攻撃されたらボクじゃ捲くられていたと思います。」

 

「まあ、今回は特別サービスだ。次は手加減しねぇからな。」

 

「あはは…今回はたまたまあっちから会いにきてくれただけなので、次はノーチャンスですよ。

後はプロの方々にお任せします。」

 

「まったく…まあ、お前みたいな無欲なヤツが多いとこっちは大助かりなんだけどな。」

 

アニムはやれやれといった表情で苦笑を浮かべた。

 

「んじゃま、とりあえずはお疲れ。二時間後にまた会おう。」

 

「あ、はい。多分狩りは続けていると思いますのでそのときはよろしくです。」

 

ボス狩りを主としているプレイヤーは様々なダンジョンやフィールドのボスを時間単位で管理している。

二時間で再出現するボスをメインにしているアニムも次から次へと来るボスの討伐時間のせいで

あまり道草を食っているわけにもいかないのだろう。

彼もまた早々にゲフェンを引き上げ次の戦地へと向かった。

 

しばらく、余韻に浸りながらぼおっとしていると。

 

「おっと…回復剤が無くなってしまったか。」

 

まさかのボスとの遭遇──そして撃破という予定にない行動のおかげで、

せっかく持ってきた回復剤もほとんど使い切ってしまっていたことに気づく。

一旦、回復剤の補充と、しばしの休息をとるためにセーブポイントへ戻ることにした。

 

***

 

ゲフェンの街に戻り、まずは倉庫で回復剤を補充する。

 

「えーと、収集品は…っと」

 

いつものように不要な収集品や装備品を倉庫に投げこむ。

自分では売らず、商人のOC(オーバーチャージ)を使って売るためである。

 

そして、ふとインベントリを覗くとそこには見知らぬアイテムがあった。

どこで拾ったのだろう、全く見に覚えのないそのアイテムは指輪の形をしていた。

 

「えっ…?」

 

手にしたアイテムをぼーっと眺めるとようやくそのアイテムが何か分かった。

同時にさっきまで軽々とアイテムを仕分けしていた手が震えだし、止まらなくなっていた。

 

皆がMVPボスを我先と争う理由は、高い経験値ではなく、強力なアイテムが入手できるからだ。

レアアイテムの中でも最高価格が付く至高の一品を狙って、

ボス厨たちはゲフェンダンジョンにやって来る。

そう、これは…ドッペルゲンガーが落とす、超絶レアな小さな指輪…

 

高ぶった興奮は頂点に達し、思わず言葉が溢れ、その場で叫ぶ。

 

「セ、セ、セ、セ、セイフティリングだあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

カプラの周りにいたプレイヤーは一体何事かと驚くようにしてこちらに視線を送ってきた。

 

 

…………

 

………

 

……

 

 

──MVPになりました!!MVPアイテムはセイフティリング

 

 

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