ゲフェンの町並みは相変わらずしっとりと落ち着いた雰囲気のまま、
いつもと同じようにゆっくりと時間が流れている。
唯一異なる点といえば、街の外れにあるベンチに肩を落とした一人のシーフが
惨めな姿を晒しているぐらいなものだ。
「はぁ…」
アユがログアウトしてから何度目かのため息をつく。
いつもなら「お休みなさい」の挨拶を交わしてから
見送るはずだったのだがどうしてこんなことになってしまったのだろう。
もちろん。恐らく、きっと──こっちが悪いに違いない。
それでも結論を出すことは出来ず、
考えても考えても今の気持ちを伝える方法がまるで分からなかった。
「あーもーダメだー!」
だーっと両手を後方伸ばしながら声をあげると、諦めの言葉を口にした。
彼女のことを思うがゆえに、彼女を怒らせてしまった自分の情けなさ、
そして苛立ちと焦りと不安に抗うにはこうして大声をあげて発散することぐらいだった。
ベンチの上でエビ反りになった姿勢のまま、
後ろを見ると、ふと目の前には逆さまの風景と一緒にある建物が目に入った。
「そういやいつも思ってたんだけど、この建物ってなんなんだろう…?」
各都市には大小様々な建物があり、中に入ることが出来る。
内装は作りこまれており、各部屋にはベッドやソファーなどが設置されていたりして
溜まり場にするにはもってこいの場所である。
恐らく今後実装されるクエスト用のNPCを配置するために
そういった作りこみをしているんだと勝手に想像していた。
そんなゲフェンの北西に位置するこの建物の外装はゲフェンの都市の雰囲気に合わせ、
青を基調とした東欧式の建築構造となっており、この街の雰囲気にとてもマッチしている。
普段はその建物に隣接している広場のこのベンチで時間を過ごすことが多く、
あまり気にも留めていなかったのだが、狩りにいく気分にもならないのなら
気分転換に建物探訪にいくのも悪くはないと思い、ちょっくら中を覗くことにした。
***
「お邪魔しますー!」
とりあえず、さっきまでの沈んだ気持ちを紛らわすように大声を出しながら
片開きの扉を開けるとそこには酒場のような光景が広がっていた。
内装はも外装と合わせたのであろう、青を基調としており、
天井に取り付けられた照明のようなわずかばかりの明かりが建物の内部を照らし、
シックで落ち着き易い雰囲気をかもしだしていた。
広間に並べられた丸いダイニングテーブルや椅子は均等に並べられており、
酒場といっても大衆酒場にはないモダンな大人の雰囲気の酒場といったところだろうか。
広間の中央には受付カウンターらしきものが無造作においてあるが、
出迎えるNPCなどおらず、がらんとしていた。
目を凝らして広間の奥を眺めると階段らしきものが見えたので二階に上がってみることにした。
折り返し状の階段を登った先は部屋になっていた。
一階の広さとは違い、意外とこじんまりとしたその部屋の内装は
腰をかけるソファーとベッドが二つずつあり、
雰囲気的にはRPGでよくあるどこかの宿屋の二人部屋の一室のようだった。
ふと目の前を見ると既に先客が一人、ベッドの上に座っていた。
青い髪のロングヘアーの女アーチャーであったがどうやらこちらには気づいておらずAFKのようだ。
とはいってもここを溜まり場としている住人だとしたら迷惑かなと思い、
すぐに
「あら、ちるちるさん?」
背中から自分の名前を呼ぶ声がした。
声の主はもちろん、さっきのベッドの主であることは間違いないが、
自分の名を呼ぶその言葉に少なからず違和感を感じていた。
振り返ると声の主はやはり先ほどの女アーチャーであった。
見知らぬプレイヤーから声を掛けられるのは、
"珍速シーフ"と呼ばれるようになってからはよくあることで慣れていたし、
記憶力はある方だと自覚をしていたものの、
どう頑張って記憶を掘り起こしても目の前にいるプレイヤーにまるで見に覚えがなかった。
もし知り合いだったとしたら申し訳ないという思いながら失礼ながら彼女素性を尋ねることにした。
「えーと、すみません。ど、どなたでしょう…?」
「うふふ、この姿でお会いするのは初めましてですね──ごきげんよう。」
「もしや……パプチーさん?」
確証はまるでなかったが、いつもと違う見た目でも
その貴婦人風の口調から、なんとなく彼女に雰囲気が似ていると感じ、直感的に名前が出てしまった。
すると目の前にいる女アーチャーはニコリと笑みを浮かべると、すんなりと正体を教えてくれた。
「はい、正解です。ご無沙汰していますね。お元気でしたか?」
女アーチャーの正体はパプチーさんであった。
以前からナナさんと共に"廃人広場"の溜まり場でよくお世話になっていた一人で、
最近はあまり見かけなくなってしまい、どこにいったんだろうと気にはなっていたが、
まさかこんなところで──そして別の姿でお会いするとは。
「は、はい…お久しぶりです。えーと一応はまあ…元気です。」
昔からどことなくお姉様気質のところがあり、
会話をしてると勢いに押されてなすがままにされることが多く、
そのせいもあって勝手に直立不動の姿勢をとってしまうクセがついていた。
「うふふ、その返事だとあまり元気そうではないようですね。何かありましたか?」
「い、いえ、何もありません!」
ビクビクと震えながら、後ろ向きのまま、そそくさとその場を去って彼女の追及を逃れたかったが、
彼女はそれを許さなかった。
「うふふ、まあ、いいからこっちにおいでなさい。」
そう言うと彼女は自分が座っているベットの近くのソファーに座るよう指示をしてきた。
こうなるとお手上げである。言われるがまま、入り口からソファーに移動し、
へたりとソファーの上に腰掛けた。
目の前にはニコニコした表情をしたパプチーさんの姿がある。
いつもの銀髪の凛とした立ち振る舞いとは違い、
艶やかな青髪のロングヘアーは妖艶な雰囲気を出していた。
そして久しぶりの来客なのだろうか、
好奇心旺盛なパプチーさんは今から始まるであろう"尋問"を楽しみにしているようだった。
こちらも一方的にやられないよう、
先手必勝といわんばかりにありきたりの質問をこちらから投げつけ、お茶を濁した。
「と、ところで、ここはパプチーさんの溜まり場なのでしょうか?」
「ええ、そうですわ。ここは宿屋イフリートという名前が付いておりまして、
以前、私が所属していたパーティーの溜まり場ですの。
今では私一人しか利用しておりませんけど。」
"一人"という言葉に違和感を覚えたが、
目の前にいるゴシップクイーンの攻撃がいつ繰り出されるか怯えながら、
視線を合わせないように旅館の内装を眺め始めた。
「そ、そうだったんですか…そういえば首都の宿屋も確か"ネンカラス"って名前がついてましたけど、
ここもそんな名前がついていたんですね。」
「うふふ、ここにはあまり人は来ませんから内緒の話をするのにはもってこいですわよ?」
「そ、そうですか…」
怪しげな台詞と共に、こちらの動揺を探っているかの如く凝視し続けている。
すると彼女の目は何か面白いものでも見つけたかのように嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「ところで……例の相方さんとはうまくいってらっしゃるのかしら…?」
「ドキッ!」というべきか「ズキッ!」というべきか分らない擬音が鳴り、
傷を負った箇所へ鋭い矢のような攻撃が突き刺さった。
今の彼女は
その攻撃はいつも以上にピンポイントに弱点を攻めてくるのかもしれない。
「え、えーと…その…まあ、うまくいってますよ」
自分でも分かるぐらい目が泳いでいるため、
なんとかして誤魔化そうと必死になっているのがバレバレである。
そんな自分の様子を見て問い詰める必要もないと感じた彼女はニヤリともうひと笑いをした。
「うふふ、さてはうまくいってないようですね?」
「ぐっ…なぜそれを…」
「だって、ちるちるさんは普段、ソロ狩りか相方さんと一緒にいるところしか見たことがありませんし、
こんな辺鄙なところに一人でやって来るなんて何かあったとしか言い様がないですもの。」
「…………」
「沈黙は肯定の証と思ってよろしいのかしら?」
「ぐっ…参りました。」
相手の洞察力もさることながら、突付かれるとすぐに隠し事がばれてしまう
反応の悪さも相まって、射抜いた矢は見事に図星に命中してしまった。
「では、何があったか話して頂けますか?」
「はい…。」
なかば強引の引きずり出された形になり、
今日起こった出来事とそして事の発端を説明した。
元々面倒見が良い人ではあるが、何せゴシップ好きなのが玉にキズで
こういう話をすると良からぬ方向に持っていかれることを恐れていた。
「そう、そんなことがあったのね。」
一部始終を知って満足したのか、また何か変なことを思いついたのか分からないが
何かを思いついたように口を開いた。
「それにしても今回の件はちるちるさんが女心を理解されてないのが原因でしょうね。」
「それは一体どういうことでしょうか…。」
「わかってらっしゃるとは思いますが、
相方さんはセイフティリングの価値なんて最初から気にしてませんよ?
指輪というアイテムでしか見てないのでしょう。」
「…………」
「私は古い人間ですので、考え方が少々古風なのかもしれませんが、
女性にとって指輪というのは大きな意味を持つ存在なのですよ。」
「それは…ボクも分かっています。」
「いいえ、分かっていませんね。ちるちるさんが指輪を渡さなかった理由は何故ですか?
よもやセイフティリングがレアアイテムだから渡せなかったとは言いませんよね?」
「…………」
「やはりですか…ちょっと厳しめな発言になりますが、
ちるちるさんは"レアだから渡せない"とおっしゃって、
相方さんに対する気持ちを誤魔化したんですわよ?」
「………はい。」
「ちるちるさん自身、相方さんが怒った理由を理解されていたのに
知らない振りをしていたのが良く分かります。
そんな対応は男性としてとても情けないと思いますわよ。」
相談をしていたはずがいつのまにやら説教に変わってしまい、
一方的に責められることに嫌気がさしてきて思わず反論を口にしてしまった。
「しかし、それならボクはどうしたらいいんですか?彼女の好意を受け入れれば良いんですか!?」
「それはご自分で判断されれば良いのではないでしょうか。」
こちらの反論に対して、無常な正論を返してくる。
「ぐぬぬ」となりながらも、その言葉に大して再び反論をすることが出来なかった。
すると、パプチーさんは続けざまにある疑問を投げかけてきた。
「それにしても私は一つだけ気になることがあるのです。」
「な、何でしょうか…?」
「あれだけいつも一緒にいるのに何故、そんなにも相方さんの気持ちに応えてあげられないのですか?」
「そ、それは……」
パプチーさんの問いに答えられないまま、
次第に宿屋の中はの雰囲気は重苦しくなっていき、暫くの間、沈黙が続いた。