ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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パッフェル・ベル

今日もポタ広場は盛況で、冒険者が絶えず行き交う賑わいを見せていた。

 

そんな光景を、身を潜めて遠くから覗き見る栗毛のシーフが一人。

 

あれから当の本人はもちろん、他のプレイヤーにも迷惑をかけたという後ろめたさから

なるべくポタ広場には近づかないようにしていた。

 

だがしかし、どうしても彼女の姿を見たい気持ちを抑えきれず、

こうして申し訳程度に距離をとっている。

 

そう、あの出来事以来彼女、パッフェル・ベルさんのことが

気になって仕方なくなっていたのだ。

 

確固たる信念を持ち、その姿勢を崩すことなくこだわり続けているところに

勝手ながら、自分と似たような部分を感じていた。

 

もっとも、自分はまだまだ未熟であることを痛感したので、

こうして彼女を遠巻きで観察し、何か得るものがないか探していた。

 

…もちろん見た目と口調がモロ好みのタイプであることは否定しないが。

 

そしてあれから毎日のようにこの場所に立ち寄っては、ぼーっと考えて事をしている。

 

この世界で"ナンパ師"というキャラクターを体現するべく

日々精進をしてつもりでいたが、どうも空回りしている。

 

自分がイメージしていた"ナンパ師"は、言ってしまえば道化のようなものだ。

 

滑稽な仕草と軽快なセリフ回しで、思わず指を指して笑ってしまうような、

他人を楽しませる存在になりたいと思っていた。

 

そして、様々な駆け引きを通して、仲間や良きライバル、はたまた恋人のような存在を

この世界で手に入れたいと思っていた。

 

それなのに自分のとった行動はまるで正反対だ。

 

これは駆け引きなんてもんじゃない。

レアアイテムをひけらかして相手をなびかせようとする、ただの自己満足に過ぎない。

 

かっこつけた理想を持っていても、実際の行動はまるで矛盾していたのだから滑稽である。

 

「は、はは…」

 

思わず、乾いた笑いが零れ落ちる。

どうやら自分を笑わせる道化になら、今でも簡単になれそうだ。

 

そんな思考を張り巡らせることに疲れたのか暫くうなだれていた。

すぐ近くには多くのプレイヤーから感謝され、敬われる存在がいる。

自分の目指す方向性とは違うものの、主義を通すその姿は自分の理想とするものであり、

そして対極にいる今の自分の存在価値の無さに情けなくなるばかりであった。

 

「そろそろ……行くか。」

 

これ以上、彼女と比較するとダメなところしか見つからない。

気持ちを切り替えるためにも、どこか狩りに行こう。

俯いていた顔をあげ、パンパンと両頬を叩き気合を入れなおすと、勢いよく立ち上がる。

 

しかし、次の行動には移れなかった。

持ち上げた視線のすぐ先に、一人のアコライトが立っていたからだ。

 

「あれ…?えっ…?」

 

さっきまでポタコをしていたはずのパッフェルベルさんが、今、目の前にいる。

 

「て、天使か…?そこにいるのは天使なんですか…?」

 

「…?」

 

「あ、いやいや、えーとすみません。なんでもないです。」

 

何を言っているのか、自分でもよくわからない。

どうして、自分の目の前に降臨しているのか全く見当が付かない。

こちらの様子をじっとした目で伺っていた彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「こんばんは。すぐ近くにいらっしゃったので、ちょっとお願いがあって参りました。」

 

なんだなんだ…?実はこっそり覗いていたことがばれていて、

「覗きなんて気持ち悪いです。視界から消えてください。」とか

「もう付きまとうのはやめてください」とか

言われるのではないだろうか…

 

そして恐々としながら彼女の次の言葉を固唾を呑んで待った。

 

 

─Pachelbelさんから取引を要請されました。

 

 

「へっ…?」

 

そんな彼女から出てきたのは言葉ではなく取引要請だった。

 

「えーと、ある程度お金が貯まりましたので、去来(取引)に参りました。猫耳はまだお持ちですか?」

 

まさかの取引要請に唖然となりながらも、反射的にその要請を承諾した。

交換ウィンドウに現われ、相手側の支払い金額を示す欄には100,000zenyと表示される。

すると彼女は思い出したように確認を求めてきた。

 

「あ、値段ってこれで大丈夫ですか…? 一応、相場どおりだと思うのですが…」

 

「え、いや…多分、大丈夫だと思いますが…」

 

「そうですか、ではお願いします。」

 

彼女の言葉に、慌てて猫耳のヘアバンドをウィンドウに置き、

取引を承諾すると交換ウィンドウが目の前から消えた。

 

 

─取引が完了しました。

 

 

「ありがとうございます。それでは失礼しますね。」

 

「えっ、あっ…ちょ、ちょっと待ってください! その…、なんでわざわざ…? 」

 

「…?」

 

「この前、失礼なことをしたのはボクの方なのに、何故、露店とか他の人からではなく、

ボクから買おうとしたんですか…? もしかして…気を使って頂いたのでしょうか…?」

 

「いえ、露店を巡る時間も惜しかったですし、私の知り合いで猫耳をお持ちの方はあなた以外存じ上げなかったのでお願いしたまでですよ。」

 

彼女の至極合理的な答えに、何かを期待した気持ちが一気に冷め、肩を落とす。

 

「そ、そうですか…わざわざありがとうございます。」

 

なんとかお辞儀だけはこなすものの、そのまま顔を上げることが出来ずにいた。

 

「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。アコライトが狩りで入手するのはちょっと厳しいですからね。

では、失礼します。」

 

そう言うと彼女は背中を向け、一歩、また一歩と遠ざかっていく。

その様子を見送ることも出来ず、ただゆっくりとこの場から遠ざかるのを待つことにした。

 

すると足音がぴたっと止まると、何か振り返ったような音が聞こえた。

その音に反応し、顔を上げると、目の前にはさっきと同じようにこちらを覗いている彼女の表情が見えた。

 

「なっ……」

 

「似合ってますか…?」

 

その姿に大きく目を見開き、何度も瞬きをする。

 

さっきまで何も身に付けていなかったはずの彼女の頭には"猫の耳"が生えている。

その愛らしく、ぎゅっと抱きしめたくなるような姿を見て、湧き上がる不純な衝動を必死に抑えていた。

 

「えっ…あ、あの…その…!天使です!女神です!アフロデー…いや、フレイヤ…むしろヴィーナスかも知れません!」

 

知ってるだけの美の女神を上げるも、その可愛らしさを上手く表現できない語彙力を恨んだ。

 

「ふふふ。おかしな人。でもこれ、大事にさせて頂きますね。」

 

そう言いながら彼女は視線を上に向け、ネコミミをちょこちょこっと動かすと、初めて照れた表情を見せた。

その姿に既に心拍数はリミットブレイクを起こし、まともな神経でいることが難しくなった。

 

「えっと…それでは、今度こそ失礼します。」

 

呆然と立ち尽くしながらも、去り行く彼女の姿の後ろ姿を今度はきちんと凝視し、その目に焼き付けた。

さっきまでの落ち込んでいた気分はすっかりどこかに行ってしまい、

すっきりと晴れやかな気分に変わっていた。

 

 

「女神様って本当にいるんだなぁ…」

 

 

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